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 イルカ先生とのオナニー大会でトンチンカンな射精しかできなかったのは、きっと身体が鈍っているからに違いない。そう結論付けた俺は翌日さっそく崖登りの業に励んだ。伝説のジ・オナニー職人、ジ・Oには負けるものの、俺は上級オナニストだし、暗部時代には「オナニーに関してはカカシの右に出る者はいない」とまで言わしめた孤高の男だし、年間最優秀オナニスト賞暗部部門の三年連続受賞者だし、暗部良質オナニー開発賞も受賞したことがあるし、もっと言うと本日の良質オナニー賞なんかは数えきれないくらい受賞してるんだ。常にナイスオナニーができなくてどうする!
 だがしかし、崖登りの業を始めて半分くらい経ったところでおうちに帰りたくなった。せめてもうちょっと低い崖から挑戦すれば良かったと後悔しきりで、右手が痛いし股関節も痛いしケツの筋肉も痛いし肩も凝るし、周りに誰もいないから気晴らしに会話に花を咲かせることもできない。これが暗部の修行ならすぐに「おまんこくぱぁ」「くちゅくちゅ」「ひぎぃい!」「ぬぷぬぷぅ」「それはらめぇええっ」みたいな、集中力が切れて飽きてくると全く何の脈絡もなく始まる「暗部だらけの淫語大会」で気を紛らわせるのに、それすらできないのだ。ああ、久々に淫語大会したいなぁ。俺、暗部に帰りたくなってきた。
 そもそもこの崖登りの業って単調すぎてつまんないのよ! 左手縛って崖を登るだけってそりゃアンタ、誰でも途中で飽きるってもんでしょ。オナニーも単調すぎると飽きるから、たまに左手でシコったり熟女モノに手を出してみたり凌辱週間を作ってみたりするじゃない。変化ってのは大事なのよ。でもこの崖登りの業ってその変化がなさすぎなの。もう飽きたって仕方ないじゃない。誰も俺を責めることなんてできないじゃない。
 しかし足場が崩れた時、俺はハっと我に返った。
 そう、ここで止めてはイルカ先生とのオナニー大会でまた恥を晒してしまうんだ。今度こそ、カカシ先生って本当に上級オナニストなんですか?なんて言われてしまうかもしれないし、暗部のオナニーレベルってたいしたことないですね、とか言われちゃうかもしれないし、君はまだまだ俺とオナニー大会を開くレベルではないのだよ、なんて言われちゃうかもしれない。いかんいかん! それはいかん!
 俺は残りのチャクラを一気にチンコに集中させ、勃起率を確認した。よし、まだまだ俺のチンコは元気溌剌で若々しい。まるで十代のよう! 崖に登りきった後でも余裕でシコシコできる! オナ禁マラソンのことなどすっかり忘れ、俺は目の前のシコシコに胸とチンコをワクワクさせて崖を登った。
 すると崖の上に人影が現れた。サスケだ。
「フッ。……ようやく来たか」
 そろそろ俺のナイスオナニーを伝授させてくれって言う年頃だろうなとは思っていたんだ。サスケくらいの年齢になるとアレだからな。ちんちんが元気すぎて毎朝便所で苦笑しちゃうからな。押さえてないとションベンが飛び散るぅ!って。ま、俺にもそんな時代がありましたからね!
 が、遠い目をして過去に耽ってから崖を登りきり、ズボンとパンツを下して「実際にやってみせよう。俺の技を盗んでみろ!」とカッコ良くキめようと思った瞬間に「千鳥教えろ」って言われた。そっちだったか! サスケめ、俺の裏をかくとは大したやつだ……。
 まだ独自にオナニー道を突き進むらしいサスケを前に、俺はチンコに集めていたチャクラを右手に回して何度も千鳥を見せてやった。千鳥、またの名を雷切、更にまたの名を手淫実行本部右手実働部隊隊長の本気。最後のは長いから誰も呼んではくれないけど。
 んでも、見せてやったは良いけどぜんっぜん駄目。サスケは俺の裏をかくのとマスをかくのは得意みたいだけど、とにかく駄目。千鳥どころか小鳥にもなりゃしない。もうピヨピヨって言うか卵の殻も割れないレベル。木ノ葉の歴史で例えると、木ノ葉創立以前レベル。つまり初代様が精子の頃くらい。
 論外も甚だしいので、とりあえず雷切を教えるのは後回しにした。んで、砂の子対策を二人で練って体術のレベルをもう少し上げましょうってことになって、リー君の動きをイメージさせて訓練した。イメージトレーニングであってこれはイメージクラブではない。イメクラに行ったらリー君のコスプレした女の子が出てきたら困るよね! リー君のコスチュームを女の子が着るとそれはそれでかなりイケる可能性あるけど、あの眉毛だけはいただけない。俺ならあの眉毛が出てきた瞬間「チェンジ!」って言うね。店長呼んで来させるね。
「今、かなり上手くいった」
「うお!」
「なんだ?」
「今リー君のコスチュームはガイのコスチュームと同じだということに気付いて、その瞬間イメクラの女の子の顔が一気にガイの顔へと変貌、俺のエロ中枢神経に大打撃を受けた!」
 うがあ!っと頭を抱えているとサスケに思いっきり殴られた。上忍師を殴るとか何なのこの子。どんな教育受けてんの? 上忍師の顔が見たいわ全く。
 憤慨しつつ、何故か同じように憤慨しているサスケの修行を見てやってその日の修行は終わった。帰り際に「オナニーは三回までにしとけ」ってアドバイスしてやったらもう一度殴られた。サスケはまだまだ分かっちゃいない。あの年齢ってのは、「こんなにオナニーばっかりするのは、俺だけなんだろうか。俺は周りの男よりもよっぽど酷いエロリストなんだろうか。こんなにシコシコばっかりしてて良いのだろうか」なんて思ってちょっとナーバスになっちゃうんだよね。そんで周りの連中に「おい、お前って毎日オナニーする?」とか訊いちゃうの。で、あの年齢の子ってのは大抵は「毎日はしねーよ」とか答えちゃうんだよね! 毎日元気にシコってるくせに! このシコッティ!



「ま、そんな感じの一日でした」
 修行の帰りに受付に寄ってイルカ先生の仕事が終わるのを待ち、只今顔面に幻術かけて絶賛焼き肉中の俺達。
「お疲れ様でした。それにしても、いくらサスケでもそんな急に千鳥なんてできやしませんよ。むしろできたら怖いですよ。え、カカシ先生唯一のオリジナルなのに一日でマスター?とかってなっちゃったら、千鳥の有難味ってもんがなくなります。AV見始めて三秒で女優がパンツ脱いでた、いやむしろAVをデッキに入れたら既に女優がイった後だった。みたいなもんですよ。物事には順序というものがあるのです」
「そう言われるとそうですね。そのカルビ、もう良いですよ」
「それに教えた当日に気付いたらサスケが雷を切ってた、なんてことになったら何だか寂しいですよ。クライマックス早すぎるだろ!みたいな感じで。ビビンバ来ました。わけっこします?」
「わけっこします。あえて言うとイルカ先生が食べ終えた残りが欲しいです。箸付きで」
 何気なく欲望の赴くまま変なことを口走ってしまったのだが、イルカ先生に気にした様子はない。よくよく考えると自分の発言が変態じみているような気がするので、俺も深くは考えない。
 それから二人で、もどかしさとじれったさの話をした。サスケがなかなか千鳥を覚えない、そのじれったさが良いんですって話だったのに、次第にエロ話に移行した。オナ禁マラソンは続いていたけど、昨日二人ともタマキンの中身を出したのでちょっと余裕があったのだ。
 炭火焼きの煙に巻かれながら俺達は焼き肉を食い、ビールを飲み、力強くエロ話をする。
 特にイルカ先生は、焦らし、というものが如何に大切なものなのかについて熱弁をふるった。
「AVでは特に大切ですよね。エロ漫画は良いんです。ページが限られておりますしコマの間に入れる妄想こそがオナニーの醍醐味でありますから。しかしAVは焦らしが大切なんです。最初にある女優の意味不明な自己紹介、テメーそんなのどうでも良いんだよ! ささっと脱げよパイオツ見せろよコルァアア! と言いたいあの無駄な時間、あれもまたオツなものです」
「分かります、分かります」
 俺はタン塩を食べつつ激しく頷いた。
「大して焦らさずすぐにパンティを脱ぐなんぞ言語道断」
「まさしくその通りです」
「パンティは穿いたまんまが良いんです。むしろパンティを中心に動くべきです」
「全く同感」
「あと、パンティにむしゃぶりつく男優って万死に値すると思いません? ばっかじゃないのあれ。監督もよく許しますよねあんな最低なクソ行為。パンティの上からヴァギナを舐めることを許すAV監督は火影岩の上から突き落としてやれば良いんですよ。それが世のため人のためオナニストのためってもんです。男優が散々むしゃぶりついておきながら、もうこんなにベトベトにしちゃって、なんて言葉責めとかもぉ張っ倒したいですよ! そりゃテメーのヨダレだろーがぁああ!!」
「同意せざるをえない! それには同意せざるをえないッ!」
「ですよね! あとあと、男優がむしゃぶりついてない時に限ってパンティのシミをしっかり写さない監督とかって馬鹿なの? ねぇ馬鹿なの? パンティのシミこそ女優さんが感じてる証拠ってもんじゃないか! そこを映さずして何を映すと言うのかね君は! 大体パンティのシミが張り付いてちょっと透けて見えちゃったりしてヴァギナの形がハッキリ見えるとか最高じゃないですか。そこに男性諸君はチンコをギツギツにさせるわけじゃないですか。大陰唇の膨らみから少しクパァってなってるそのへこみ、可愛く突起しちゃってるクリトリス! パンティの上からそれらを想像し俺達オナニストは我慢汁と煩悩が大変なことになっちゃうわけでしょ!」
 俺はビールグラスをテーブルの上にガツンと置いて立ち上がった。
 何もかもが、あまりにも何もかもがイルカ先生の言う通りすぎる! 正論すぎる!
「この場で雷切出したいくらい俺は共感しています!」
「そもそも、パンティ下ろしても……」
 イルカ先生はキリっとした顔ですっと立ち上がり、拳を握りしめて全身全霊で魂の雄叫びをあげた。
「そこに映ってるのはモザイクなんだよォォオオオオオオッッ!!!!」
 ―その瞬間、全オナニストが泣いた。
 その主張は全オナニストの主張であり、血の涙が出るほど共感せざるをえないその絶叫は全オナニストの絶叫だった。イルカ先生はまさしく、全オナニストの代弁者。
 俺は涙を拭うこともせず、立ち上がってテーブルを飛び越えイルカ先生に握手を求めた。
「……作りましょう、イルカ先生。俺とイルカ先生で作りましょう。新時代のAVを!」
「カカシ先生!」
 もうもうと立ち込める焼き肉屋の煙の中、史上稀なる上級オナニスト二人の男が溢れる涙もそのままに熱く抱擁し合った。終わったのだ。この時、旧AVの時代が。「あのアイドルが遂にAVデビュー」ってパケに書いてるけどこれ誰よ?みたいなのとか、コスプレものなのにいきなり全裸とか、中年男優が生徒役というそれ無理過ぎるからって設定、マジで勘弁して欲しい男優のケツアップ、更にはぶっ殺死!確実なパケ写詐欺。そんな時代がその時遂に終焉を迎えたのだ。
 それは同時に、堪え難きを堪え続けてきた上級オナニスト二名による新レーベル発足の歴史的瞬間でもあった。
「イルカ先生。俺達なら、俺達なら、全オナニストを満足させられる!」
「ばか、泣くところじゃないでしょうに」
「うふふ」
「あはは」
 俺とイルカ先生は口付けしそうなくらい頬を寄せ合い、固く抱きしめ合って笑い合った。初夏の草原を手を繋いで駆け回っているような、そんな清々しい気分だった。
 そして、俺達はその後
 AV女優は拘らないとね、なんて言いつつ焼き肉を食べ、俺はイルカ先生のビビンバの食べ残しを箸付きでもらい、そうだそうだ、あのテーブルに座って俺達を妙に見てるあのくノ一、前に「アタシ、カカシと寝てみたいわ」とかなんとかほざいてたからちょっくら声でもかけてみましょうか、なんて話になり、アンタ、AVに出演してみない?って誘ってみたら店内のくノ一全員からフルボッコにされた。
 女には分からないんだろうね。俺達の崇高な試みが。どれだけ俺とイルカ先生の作品が世界中のオナニストから求められているのかなんて、チンコを持ってない彼女達にはきっと一生分からないんだろうね。俺なんてフルボッコにされているイルカ先生を懸命に庇いながら「クリトリス責めもしてやるよ?」って言ったんだけど、余計殴られたからね。
 顔中って言うか身体中痣だらけ、満身創痍になって焼き肉屋から逃げ出すと、夜は傷付いた俺達を優しく包み込んだ。夜は優しい。俺達をフルボッコになんてしない。

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