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 それはよく言われる。むしろ俺のオナニー好きを知った者全てに同じ問い掛けをされた。経験的にやっかまれる可能性が高いことを知っているので、普段は面倒臭くって説明しない。でも俺は、イルカ先生には全てを話しても良いなって思った。
 だってイルカ先生なら、きっと分かってくれる。俺のこのキモチを。
「俺はね、確かに女に不自由したことないんです。どこにいても女の方から寄って来るし、若い頃はそりゃもう遊びまくってました。やっぱり男ってほら、セックスの技術があった方がカッコイイじゃないですか。カカシったらすっごくセックス上手いわ〜なんて言われたら気分良いじゃないですか。カカシのあっちのテクは最高って言われると鼻高々じゃないですか。だから俺もかなり熱心に女体の研究をしました。元々凝り性な部分あるし、器用ですから実際に相当なテクを持ってると思います。でもね、ある日戦場で、思ったんです」
 そこでひとつ間を置き、イルカ先生を見据える。
 そして俺は正直に告白する。
「ヘトヘトになるまで戦って戦って殺して殺して漸く帰って来たってのに、なんで俺、女のくっさいバギナ舐めなきゃなんないの?って」
 普通ならここで引く。分かってる。普通の女ならここでドン引きしてその後大激怒、男なら贅沢言うなってへそを曲げる。
 イルカ先生も眉根を寄せた。
 言わなきゃ良かったかな。やっぱぶっちゃけ過ぎたかな。でも本当にそう思っちゃったんだから仕方ないよね。でもでもイルカ先生に嫌われるなら言わなきゃ良かったのかな。
 どうすれば良いのか分かんなくて割り箸袋を指でモジモジしていると、イルカ先生は眉根を寄せたままキリっとした表情で口を開いた。
「カカシさん」
「はい……」
 怒られるかな。
「ヴァギナです」
「は?」
「バギナではありません。ヴァ、です。下唇を歯で噛んで、ヴァギナ、です。はい言ってみて?」
「……ヴァギナ」
「よろしい。では続きをどうぞ」
 イルカ先生は白い歯をキラっとさせて笑顔を向け、俺に話の続きを促した。良く分かんないけど、怒ってはないみたいだ。
「ん。それでですね、その日からバ…ヴァギナを舐めるの止めたんです。ま、指でヤれば良いかって思って。でもそのうちそれも億劫になってきちゃったんですよ。俺、ヘトヘトなのに何で女を悦ばすためにあれやこれやしなくちゃなんないの?って。そんで、何もせずにチンコだけ突っ込むセックスをするようになったんです。それでもある程度はクールなカカシってキャラに合ってたようで何も文句は言われなかったんですけど、そのうちはたけカカシはセックスが下手だ、なんて吹聴する女が出てきましてね。面倒で遊郭にも行ってみたんですけど、何かもうその頃には俺のセックスに対する情熱も薄くなってきまして、オナニー頻度が上がって行きました。で、ある日思ったんです。オナニーは自由で良いよね!って。思ったって言うか、むしろ悟ったんですよね」
「オナニーには自由がありますよね!」
「ですよね! オナニーの自由さは異常! 俺、オナニーだいすき! オナニーしている時の俺はフリーダム!」
「俺もです! オナニーだいすき!」
 俺とイルカ先生はテーブルを挟み、受付所でしたようにもう一度力強く握手をした。
 やっぱり言って良かった。イルカ先生はちゃんと分かってくれた。四代目、お父さん、カカシにも良き友達ができました!
「イルカ先生は、どうしてオナニストに?」
 イルカ先生の空になったグラスにビールを注ぎそう訊ね、やって来た料理を少しつまんだ。豚バラのピリ辛炒めは俺には少し味が濃すぎたから、ビールで流し込む。
「俺はこの見てくれですから、女性にはモテません」
「そう? イルカ先生別に格好悪くないのに」
「もっさいんです。今までの人生、イルカ先生ってもっさいよね〜、きゃははっ!って約六百回くらい言われました」
 賢明な俺はそこに対しては無言を通した。沈黙は金だよね。
「モテませんけど俺も男です。若かりし頃は滾る身体を持て余し、チンコを抑えながら、セックスしてーセックスしてーっ、ああセックスしてーよぉおおお!!って布団の上でしょっちゅうのたうち回ってましたよ。約八百回くらいは布団の上でチンコを抑えて転げ回りました。くノ一の足のマニキュアを見ただけでチンコが反応していた頃です。毎日痛いくらい股間が張り詰めて隙あらば爆発しそうだった頃です。本当に、セックスしたかったです。俺はセックスがしたかった!」
 そこでイルカ先生は涙を浮かべつつ、テーブルの上に置いた拳をぎゅっと握りしめた。
 俺がヤリまくってた頃にこの人はそんなにセックスがしたかったのか。
「毎日毎日おっぱいやヴァギナのことを考えオナニーしまくってました。努力はしたんです。モテモテになりたくてイメチェンを試みたことだってあります。しかし当時の憐れで愚かな俺は、イメチェンを試みて木ノ葉商店街のファッションセンターカブトに行くほど駄目な男だった!」
「それは残念なセンスでしたねぇ」
「ええ、店員に伊達眼鏡を薦められて思わず購入したら、帰りに同期のくノ一に、なにその丸眼鏡ありえないって速攻で笑われました。俺は駄目な男だったんです。先輩に遊郭に連れて行ってもらった時も、本物のパイオツを見て盛大に鼻血を噴き出し、血が止まらなくなって医療班に来てもらったほど駄目な男です。二回目に行った時はパイオツ見ないで頑張ろうって思ったのに、着物の裾から生足が見えただけで緊張してチンコが怯え、まるで使いものになりませんでした。俺のちんこの意気地なし! ばか! もう知らない!」
「そんなこと言わないで! いたいけなチンコ責めないで! 怯えていただけなんだよね? カイにクイ、せんせのチンコを覚えてる?みたいな気分で頑張って!」
「有難うございます。カカシ先生は優しい方だ。だが、俺は結局生乳も触れぬままでした。生乳! 憧れの生パイオツ! 乳首をくりくりするのが俺の夢だったのにぃい!! ……でもね。俺、毎日妄想して毎日シコシコして、ある日思ったんです。激しいオナニーの後の訪れる賢者タイムで、悟ったんです。まるで天啓のように」
 そこでイルカ先生はすっと背筋を伸ばし、俺を見据えてとても穏やかに微笑んだ。
 俺はイルカ先生に見惚れる。こんな表情をする人間をかつて一度も見たことがなかった。
 そしてイルカ先生は口元に笑みを浮かべたまま、言った。
「童貞だって良いじゃない、人間だもの」
 かっこいィィイィィイイイイイイ!!!!
 後光が差してる! 今この人に後光が差してるのが見えるわっ。はっきり見えるわっ。俺、惚れちゃうよ! マジで恋する二十四秒前だよ!
「悟りを開いた後は、気が楽になりましたね。オナニーに対する認識も変わりました。セックスには温もりがあります。時に愛もあるかもしれません。しかし、オナニーには夢がある。自由がある。俺の妄想は誰にも止められやしない! 扱け性器、駆け抜けろ青春、羽ばたけ妄想!」
「きゃーーー! イルカせんせステキィイイイイ!!」
 漲る興奮のままにテーブルをバシバシ叩きつつ、俺とイルカ先生はその晩遅くまでオナニーについて語り合った。
 イルカ先生のオナニーへの情熱は俺をいたく感動させ、また同じように俺のオナニーへの拘りはイルカ先生を激しく感動させた。俺とイルカ先生は一晩で、まるで血を分けた兄弟みたいに仲良くなって、理解し合って、もう俺、イルカ先生がいてくれるなら残りの人生どーなっても良いやって思うくらいだった。
 その日は帰りに、今度は俺がイルカ先生の家に行った。
 イルカ先生のコレクションは金をつぎ込んで集めた俺のコレクションと違い、完全に内容勝負だった。希少品は少ないけど、厳選された名作揃い。
 寝室の本棚に並ぶのはAVビデオとエロ小説で、押し入れの下側にみっしりと詰まっているダンボールの中は、ヌード写真集、ビニ本、裏本。裏本の種類がかなり多い。それからベッドの下にあるスペースに押し込まれているコミック用収納箱の中身は、全て同人誌を含めたエロ漫画。
 俺はそれらを全て見せてもらった。どこに何があって、どういう順番に並んでいるのかも教えてもらった。ランク付けを行う際の基準や、美乳コーナーの新設を予定していること、心がささくれた時に使う特設オカズコーナーも教えてもらった。
 全部全部、イルカ先生は俺に教えてくれたんだ。
 勿論その日も俺はイルカ先生からオカズを貸してもらって、次の日は俺の部屋に来てもらってオカズ交換。勿論その前に一緒にご飯を食べて、有意義なエロ談義もした。その次の日も次の日も、俺達は一緒にご飯を食べて一杯盛り上がって、オカズ交換をするためにお互いの家に行ってってことを繰り返した。中忍試験目前ってことで俺にはハードな任務は入らなかったし、イルカ先生は準備で忙しそうだったけど全く構わないみたいだった。むしろ疲れた日のオナニーって良いですよねって言ってるくらいだった。
 俺はイルカ先生と一緒にいるのが楽しくて楽しくて仕方なかった。
 オナニーについて語り合える仲間は他にもいるけど、これほど気が合う人は初めてだったし、俺がオナニストとして尊敬できる人もイルカ先生が初めてだった。イルカ先生は優しいし、それに本当に人柄も良かった。オナニーに関することは当然ながらその他の知識も豊富だったし、それに打ち解けてみると、イルカ先生は真面目ながらもかなり面白い人だった。俺達が馬鹿話をし始めるととめどもなく盛り上がり、このまま世界征服できちゃうんじゃないの?って思うくらい調子に乗ることができた。
 一緒にご飯を食べながら、二人で何の意味もないサインを決めたりもした。例えば「今日はSMモノでヌきたい」なら右手をぐっと握りしめて突き出し、その次に親指と小指を立てて左右に振る、とか。本当にそんなの何の意味もないんだけど、すっごく楽しかった。俺はイルカ先生が受付にいる間は上忍待機所に行くことなく、いつも受付のソファーに座っていた。それでイルカ先生と目が合うと、二人で作ったサインを出し合ってクスクスと笑い合った。
 中忍試験前日は、流石のイルカ先生も疲れが溜まっていたようで、ビールから焼酎に移行して暫くすると箸を持ったままウツラウツラし始めた。少しだけ寝せてあげようと思って、隣に移動して膝を貸してあげたらイルカ先生は完全熟睡態勢に入ってしまった。どうしようかと迷ったけれど、俺は寝ているイルカ先生に「今日はうちに泊まりなさいよ」と言い、寝ぼけたイルカ先生が頷いたのを良いことに彼をおんぶして自分の家に連れて行った。だって起こすのがあまりにも可哀想だったんだ。
 それに無防備に寝顔を晒すイルカ先生を、ずっと見ていたかった。
 自分のベッドに横にすると、俺もその隣に潜り込んで朝までイルカ先生を眺めていた。
 キリっとした顔で俺におっぱいや太腿について語るイルカ先生が、とっても可愛い顔をして眠っている。結っている髪紐を外して、黒い髪を指で梳いてみる。ぷすー、ぷすー、と寝息を立てる鼻を突いて遊んでみる。
 俺は飽きることなくイルカ先生を眺め、髪や鼻やほっぺに触れて楽しんだ。
 何て言えば良いんだろう。何て言えば良いんだろう。
 それは多分、生まれて初めて友達ができた時みたいな。
 うん、そんな感じ。
 そんな感じで、俺はイルカ先生に夢中になっていた。


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