夢を見ている。その自覚はある。
イタチが言う。
「大丈夫だから。まだ可能性はあるから。だからイルカ先生にまずは謝ると良い」
イタチは優しい。木ノ葉が失ったものをイタチは持っていたんじゃないだろうか。目覚めたらサスケに言わなくちゃなんない。お前の兄さん、本当は誰よりも誰よりも優しい人なんだよって。絶対教えてあげなくちゃなんない。
四代目が言う。
「あーなたと来たわ火の国おんせん〜、あーなたと入った日替わりおんせん〜」
うるさい黙れ。人の夢ん中で歌うな。あと、バック映像で羊の交尾流すな。
三代目が言う。
「カカシよ。変態的凌辱じゅぷじゅぷ密書の続きがわしの書架の二段目の左から三番目にある。あれをあの大名に渡してやっておくれ。それだけが心残りなんじゃ」
分かりました。三代目と大名のオナニスト同士の固い絆は守ってみせます。安心して眠ってください。あと俺にも変態的凌辱じゅぷじゅぷ密書読ませろ! 二人だけで楽しむな! ばか!
父さんが言う。
「え? 俺自害したことになってんの?」
そーです! アンタのせいで俺、小さい頃結構大変だったのよ? て言うかアンタの本当の死因って何なのさ。あ、消えないで。ちょ、意味深なことだけ言って消えないで。うわ、なにニヤニヤしてんのこの人! さいてい! ばか!
四代目が言う。
「わたしー、ゆかたぁを、はーだけさせ〜」
うるさい黙れ。なんでアンタだけ二回も出てくるんだ。羊の交尾流すな。振付しながら歌うな。
イルカ先生が言う。
「カカシ先生、起きて」
目覚めると綱手様の顔があった。
昔と変わらないその豊かすぎる乳。零れそうな乳。今にも飛び出そうな乳。むしろ爆発しそうな乳。
乳に見惚れていたら、綱手様の言葉を聞き損ねた。何を言っていたのかよく分かんないけど、ま、恐らく労いの言葉だろう。カカシ、よくやったね。流石天才エリートだよ。今度ご褒美に右乳揉ませてやるよ。みたいな。いやでもごめんね綱手様。俺、もう乳には興味ないの。俺が興味あるのはイルカ先生だけ。
イルカ先生に会わなくっちゃ。それからイタチの助言通り、謝るんだ。全部正直に言えば良いと思うよってイタチは言った。だからその通りにしてみる。それで許してもらえなかったとしても、イルカ先生には謝らないといけない。誠心誠意謝って、それで死のう。伝説となるような見事な死に方をしよう。イルカ先生が生徒や同僚に「伝説の忍である写輪眼のカカシは、俺のことが好きだったんだぜ?」って自慢できるような、そんな死に方をしよう。
覚悟は決まっているのに、また眠くなる。
もう少し眠ると良いよと、綱手様の声がした。
次に目覚めると、ムフームフーと鼻息の荒いデブのドアップだった。
「お、目覚めましたねモザイク上忍」
お前、ヤマブシ! つか、精神攻撃受けて死にかけてようやく意識が正常に戻りつつあるってのに、ヤマブシのドアップですか! ここでヤマブシのドアップですか! え? これ新しい精神攻撃? 新しい嫌がらせなの?
「なんでお前がいるんだよ」
思わずむっとして訊ねると、ヤマブシはベッド脇に置いてあった林檎をひとつ手にし、ベストの裾でそれを磨いてからクナイで器用に皮を剥き始めた。
「今日はイルカにどうしても抜けられない用事ができて、それが終わるまで俺が替わることになったんです」
「イルカせんせ? どういうこと?」
「イルカ、貴方が寝込んでから貴方の世話をずっとしてたんですよ。毎日毎日ここを訪れて、床ずれしないように身体の向きを変えたり、身体を拭いたりしてたんですよ」
ヤマブシはそう説明しながら、うさぎちゃんの形に切った林檎にクナイを刺しアーンと言ってそれを俺の口元に運んだ。林檎を剥いてくれたのは嬉しいしうさぎちゃんの形も可愛い。だがそれにクナイを刺すな。なんか悲しくなる。あとお前にアーンってされるのは絶対にお断りだ。
「イルカせんせいが、なんで?」
「なんでって、イルカとモザイク上忍、付き合ってるんでしょ? イルカは毎日貴方の頬を撫でながら、カカシ先生起きて、カカシ先生起きてって泣いてましたよ?」
ヤマブシの爆弾発言に俺はクナイから抜き取った林檎を落とした。
イルカ先生は、本当に。
もしかしたら本当に、俺のこと好きになってくれたのかも。
「恋人なんでしょ?」
そう問うヤマブシの声が遠い。
どうしても期待してる自分がいる。イタチの言う通りになるかもしれないって期待して、ドキドキしてる自分がいる。でも少し怖い。イルカ先生は優しい人だから寝込んだ俺を心配していただけで、やっぱり恋愛の対象にはできないって言われるかもしれないと臆病になってる自分もいる。
「もうすぐイルカ来ますよ。あ、噂をすれば」
「え、まだ心の準備がっ」
ちょっと待ってそれはあまりにも唐突すぎるでしょ! 待って待ってよ今反省文書きあげるから。俺の誠意が伝わるような文章考えるからちょっと待って。お願い。えっと何て言えば。開口一番ごめんなさい? え、もうどうしたら良いの? 土下座? 初っ端から土下座する? 誰か助けてお願い! とにかくちょっと待ってぇええ!
跳ねあがった心臓を抑えるように胸に手を当てたところで、寝室の扉が開いた。
現れたのは俺が恋をした最初で最後の人。この世で一番愛しくて、大切で、こうして目にするだけで涙が溢れそうなくらい好きで、好きで、たまらない人。
どうしよう。俺、どうしよう。謝らなくっちゃ。俺、ごめんなさいって言わなくっちゃ。あんな酷いことしてごめんなさい。イルカ先生の信頼を裏切ってごめんなさいって。それからイルカ先生のこと大好きで大好きでたまらないんだって、全部言わなくっちゃ。とにかく、全部言わなくっちゃ。
「カカシ先生?」
俺の好きな人が小さく呟いて。
「イルカ、せんせ」
心の準備なんてものをしていても、きっと無駄だったに違いない。だってイルカ先生を見ただけで胸が一杯だったのに、良かった良かった目覚めてくれて良かったってイルカ先生が駆け寄って俺を抱きしめてくれるから。俺心配してたんです俺カカシ先生がもう起きないんじゃないかって怖かったですって口早に言うその声が震えているから。
俺は顔をくしゃくしゃにして、泣いてしまったんだ。
「カカシ先生が無事で良かった」
耳元に聞こえる震える声も、ポタポタと二人分の滴がシーツに落ちる音も、俺を抱きしめる腕の強さもその温もりも匂いも、何もかもが俺の心をいっぱいにする。
「あのね、イルカせんせ。あのね、俺ね」
くしゃくしゃな顔のまま、俺は全部話した。イタチに助言されたまま、本当に全部をイルカ先生に聞いてもらった。イルカ先生が好きだったこと。イルカ先生とエッチなことがしたくて、理由を作っては言いくるめてアレコレしちゃってたこと。本当はそれも後ろめたかったけど、止められなかったこと。イルカ先生が他の誰かとヤってる妄想をしてるのが、凄く嫌で仕方なかったこと。俺はイルカ先生のオナニーの道具なのではないかと言う恐怖があったこと。それから、あの日のことは本当に後悔していること。
「本当にごめんなさい。主にグーで殴っても良いです。でもお願いだから嫌いにならないで。俺、もう二度としないから。だから嫌いにならないで」
しゃくりあげながら全て話して、謝った。泣きすぎて目と頭と耳が痛くなるくらい泣いた。
許してくれるんだったら何でもしたかった。
「俺も、ごめんなさい」
コツンと当てられた額にドキリとする。ふられる? それとも。
「俺、カカシ先生に酷いことしてました。調子に乗って、あれこれしてもらってそれが当然だと思ってて。カカシ先生はいつも俺を見ててくれたのにね。エッチなことしてる最中もずっと俺を見ててくれたのにね」
これは……イタチの予言通り?
ドキドキしながら話の続きを待つと、驚きで引っくり返るくらい正確にイルカ先生はイタチの予想と同じ思考を辿ったことが判明した。カカシ先生を傷付けた。胸が痛い。苦しい。切ない。あれ、これって恋? という。
「俺ね、自分が本当にカカシ先生に恋をしているのかよく分からなくなったんです。一日中カカシ先生のことを考えて切なくなってるその状況はまさしく恋に当てはまるようだけど、でも俺は恋ってしたことないから確信が持てなかった。そこで俺、家でオナニーをしてみたんです。あのダブルベッド、カカシ先生の匂いが残ってるんですよ。だからそれをオカズにして、あとは妄想任せで。それでその後確信したんです。激しいオナニーの後の訪れる賢者タイムで、悟ったんです。まるで天啓のように」
そこでイルカ先生はすっと背筋を伸ばし、俺を見据えてとても穏やかに微笑んだ。
俺はイルカ先生に見惚れる。その表情はまさに、宇宙の真理を得た者の表情。
イルカ先生は口元に笑みを浮かべたまま、言った。
「俺はカカシ先生が好きだ。チンコ、嘘吐かない」
格好ウィイイイイイイ!!
流石上級オナニスト、分かってらっしゃる! そうですそうです、俺もそれ大好きな言葉です! 迷った時はチンコに訊け! チンコ、嘘吐かない!
「イルカせんせっ」
「カカシ先生っ」
それは俺達が真の恋人になった瞬間であり、木ノ葉史に刻まれる俺達二人の伝説のはじまりであった。
なんと言うバラ色の人生。
なんと言う幸福すぎる俺の恋。
「ぶびびび〜〜」
ちょっと、今良いとこでしょ! ドラマで言ったら最高のクライマックスでしょ! ぶびびび〜ってなんなのよ!
殺気立って音のした方を見やると、そこには涙を流し鼻をかんでいるヤマブシの姿があった。いやほんと、マジでコイツ空気読めないのね。そもそも何でまだここにいるのかな。そこからして意味分かんない!
「感動的な話ですなー。映画化決定ですぞこれは」
うっさいばか! ほんと、出てけ!
ヤマブシの馬鹿にプリプリしているとイルカ先生は苦笑して俺のほっぺにキスしてくれた。それから耳元に口を寄せて「カカシ先生が元気になったら、今度こそ本当のセックスしましょうね」って言ってくれた。
その瞬間俺の下半身の極一部が即座に元気になったのは言うまでもない。