21

「よう! お二人さん…仲のよろしいことで……デートですか?」
 通りがかったアスマと紅にそう声をかけると紅は頬を染めてデートを否定し、アスマは特に否定もせずお前こそ何やってるんだと訊いてきた。
 人生の終わりについて考えてました、なんて正直に答えても仕方ない。せめて木ノ葉のために戦い死にたいと思ってました。できれば強い敵と戦って死ぬのが良いです。更に言うなら火影くらいのレベルで、しかも相討ちが良くって「はたけカカシ、ここに伝説となる」みたいな死に方が良いです。なんて事細かに答えても仕方ない。
 そして俺が昨日どれだけ致命的な過ちを犯したか、その罪にどれだけ慄き後悔しているのか、そんなことは説明する必要はない。どうせ誰も聞いてくれないし。
 昨日。
 出すもんを全て出し切って漸くイルカ先生の中から性器を引き抜くと、イルカ先生の意識は既になかった。冷え切った身体はぐったりとしていて顔は苦痛に歪み、涙の痕が幾重にも頬に走っていた。それはとてもじゃないけれど想いを遂げた恋人のセックスの後、という光景とは程遠く、性的ファンタジーにありがちな、最初は強引だったけど私幸せです、みたいな表情とも程遠く、絶望的に現実的な光景と呼ぶしかないものだった。
 そしてその、絶望的に現実的と呼ぶしかない光景を目の当たりにして俺がとった行動と言えば。
 逃げることだった。
 俺は逃げた。傷付いて汚れて冷たくなったイルカ先生をほったらかしにして、一目散に自分の家に逃げ帰った。怖くて怖くて仕方なくて、ガクガクと震えながらシャワーを浴びた。一晩中、朝になるまでそうして浴室で震えていた。戻って土下座して謝るなんて選択肢はハナから切り捨てられていたから、もうどうにもできなかった。だって俺は、取り返しのつかないことをしたから。
 俺は自分の人生に終わりが来たことを知った。もし今後生きながらえることができたとしても、そこには俺の人生なんてない、ただの陽炎のようなものになるだろう。
 俺は失ったんだ。自分の、最も大切なものを。
「カカシ。アンタが先にいるなんて珍しいな…」
「ま! たまにはな…」
 現れた途端厭味を言うサスケにも心の中でお別れを言う。上忍師として頑張ったつもりだけど、至らない部分があったかもしれないからそれはごめんね。お前には俺の必殺技も伝授できたし、それで許してねって。あと今日早く来たのは、最後くらいみっちり修業を見てあげようと思ったんだって。
 お前には俺の全てを託す、全て受け取れ、今日一日で!って気分だったのに、団子屋の中にいた二人組がサスケ登場と同時にさも意味ありげに姿を消した。あのさ、何なのあの二人組。他の通行人と比べてよ、明らかに浮いてるから。自ら大声で「ワタクシ、怪しいものではありませぬ!」って叫びながら歩いてるようなもんじゃないの。どんだけ自分達のこと気にして欲しいの?
 アスマと紅に視線で「今の見た? 注目の的になりたかったら明日から黒地に赤の雲のマントって出で立ちをすれば良いって暗号?」と訊いてみたら「間違いないわ。しかも目立ちたいのにシャイなタイプには、笠でも被れば万事解決ってオマケ補足付きよ」と返された。やはりそうか。何と言う計画的ファッション。
 新時代のファッションリーダー二人組のことは、とりあえずアスマと紅に任せた。俺はサスケと団子を買い、慰霊碑に向かう。
「お前には色々と言っておきたいことがあるんだ」
 俺はそう切り出した。サスケにはイルカ先生絡みで色々相談に乗ってもらったから、最後くらいは優しくしたかった。俺が溜めこんだオナニーのオカズも、全部サスケにあげるつもりだ。俺がコピーした術も、できる限り今日見せてやってコピーさせてあげたい。木ノ葉の忍として強く生きていけ。復讐なんて止めて、健全に毎日シコシコしながら生きていけと助言するつもりだった。サスケは復讐に拘っているけど、イタチはベラボーに強いから疲れるだけだと思うんだよね。何せイタチは十三歳で暗部分隊長になった男で、無口でクールな割には団子が好きで、暗部の任務中でもむしゃむしゃと団子を……。
 団子?
「言っておきたいことは多々あるんだけど、突如チョコ入り丸パンが食べたい病気になった。あとお前の気持ちに最後まで応えられなくてごめんね。俺の心はイルカせんせのものだから。それからもし俺が死んだらイルカせんせに、本当に本当に愛してたって伝えておいてくれ」
 サスケがいつものように怒鳴りだす前に、俺は瞬身でその場から消えた。遺言になるかもしれないけれど、言いたいことは全て言えたので満足した。
 不穏なチャクラを辿ってアスマと紅の元に到着すると、危惧した通りそこにはイタチがいた。この団子マニアめ! 団子喰いに木ノ葉に戻って来るな!って思ったけど、ダラダラと会話をし、エイヤーペロっと戦闘してみるとイタチは昔よりもっと強くなっていて、俺は月読を喰らってしまった。
 辺りが一瞬のうちに暗くなって、無数のイタチに囲まれている。しかも俺は罪人のように磔にされちゃってる。
「これから七十二時間…アナタを刀で刺し続ける………」
「ちょっと待て! 無数のイタチに囲まれてるってこの状態がかなりシュール! 俺こんな微妙なシチュで死にたくないし!」
「俺が無数にいて悪いか。美形に囲まれて嬉しいだろうが」
「美形って言ってもお前男でしょ!」
 脇腹を刺されて俺はあんぎゃーーーと絶叫する。
「ちょっと待って。俺さっきまで、人生の終わりについて考えてたのよ。俺はせめて木ノ葉のために戦い死にたくて、できれば強い敵と戦って死ぬのを望んでるの。更に言うなら火影くらいのレベルで、しかも相討ちが良くって「はたけカカシ、ここに伝説となる」みたいな死に方が良いの。ぐあーーー!」
「俺は強いから良いではないか」
「でもこんな精神世界で殺されたら、俺は伝説になれないじゃないの! ちょっと元に戻して! あんぎゃーーー!」
「そもそも何故人生の終わりについて考えていたのだ」
「それは聞くも涙語るも涙、実はカクカクシカジカ、うぎゃーーーー!!」
「うるさい」
「ちょっと刺すの止めてくれない?」
 イタチが刺すの止めてくれたので、俺は涙ながらに詳細を語って聞かせた。イルカ先生との運命的レンタルビデオ屋AVコーナーでの出会いの巻。それから同棲に至るまでの経緯。更にはオナニー大会を経て俺の恋の自覚、フェラチオ、その悶々とした日々、俺の深刻な悩み、そして、昨日の一件まで。
 イタチは俺の話を真剣に聞いてくれた。木ノ葉にはない優しさとこんなところで出会えるのは何という皮肉だろうと、ちょっと思った。 
「というわけで、俺の人生はもう終わったの。バイバイなの。あとはどう死ぬかなの」
 くすんくすんと鼻を鳴らすと、大勢のイタチはみな沈黙し、暫く考え込んでいた。
 どうでも良いけど一面イタチだらけってどうなんだろう。あの遠くにいるイタチとか、意味あんの? あっこから刺しに来るの? おい、そろそろ替われよ、次俺の番だぜ? とかって揉めはじめて終いには喧嘩になっちゃうんじゃないの? いやそれよりもこんなに大勢の自分に囲まれて平気とは、イタチって相当なナルシストだよな。精神世界を具現化できるなら普通女の子一杯のハーレムにしない? それを全部自分って。おいおいお前、どんだけ自分好きなんだよ。俺、そう言う意味でお前がこわい。
「俺は、カカシさんはまだ脈アリだと思う」
 長考の末に導かれたイタチの回答は、それだった。
「え?」
「イルカ先生のことは俺も知ってるけれど、あの人ってホントに天然入ってる部分がある。あと恋とか愛に疎いだろうから、自分の気持ちに気付いてないってカカシさんの予想は合ってたと思う。そうじゃなかったら、そこまでしない」
 かつて、ここまで俺を勇気づけた助言はあっただろうか。
 うちはイタチ、君こそ本物のマイフレンド。お父さん、三代目、四代目、カカシにも良い友達ができました!
「で、でも俺、昨日……」
「全部正直に言ってみると良い。自分はイルカ先生が好きだったこと、オナニーの道具なのではないかと言う恐怖があったこと、それから本当に後悔していること。全部隠さず話してみると良い。少なくとも俺の知っているイルカ先生は、人の話をちゃんと聞いてくれる人だ。ただし昨日の愚行については主にグーで殴られる可能性はあるが」
 主にグーくらいなんだ! 主に連続上段蹴りでも全然構わないよ!
「ホントに、まだ脈ありだと思う?」
「思う。今イルカ先生は、凄くビックリして戸惑って、悲しんでる。でもすぐに、カカシさんは何故そんな行為に及んだのだろうかと考え、あれこれと過去を振り返ってみて気付くだろう。カカシさんの瞳が、いつも恋をする者の瞳だったということに。そしてイルカ先生は思うはずだ。自分はそれに気付かず、カカシさんに奉仕ばかりをさせていた。自分はカカシさんを傷付けていた。カカシさんごめんなさい。俺は胸が痛いです。苦しい。切ない。カカシさん……。やだ、なにこの気持ち。もしかして、これが……恋?」
「きゃーーーーー! なにそのカカシ完全勝利の巻、みたいな展開! ホントに? ホントにそうなる可能性あるの?」
 俺は磔にされたままジタバタと身悶えた。無数に存在するイタチが全て天使に見える。俺、天使に囲まれてるんじゃないの?
「ある。可能性はある!」
「ああ、イタチ……心の友よ! 君は俺の希望の光!」
 今の今まで俺は人生を完全に投げていた。イルカ先生に嫌われることをしでかした以上、生きていたって仕方ないと思っていた。一晩中後悔にまみれ、何もかもを諦め、妙なテンションまで生まれつつ死に向かって走ろうとしていた。どこか壊れてしまうくらい、俺はあまりに大切なものを失ってしまったと思っていた。
 でもイタチは、我が心の友はまだそれを失っていないと言う。
 だったら俺は生きていける。イルカ先生を失っていないなら、俺はどこまででもしぶとくしつこく生きてやる!
「よっしゃやる気出てきた! どんと来い!」
 気合いを入れて叫ぶと本当に刺された。流石イタチ、大した奴だ……。
 それからも刺され続け、俺は悲鳴を上げ続け、それでも我慢に我慢を重ねた。俺は耐え切る自信があった。イルカ先生が俺の傍にいてくれるなら、どんな苦難にも打ち勝つ自信があった。それに、昨日のイルカ先生の方がもっと痛かったに決まってる。信頼していた俺に裏切られ、身も心も痛かったに決まってる。それに比べたら俺なんて、さっきから腹が痛いだけ!
 そう思った瞬間、下腹部に激痛が走った。
「あ、ちょっと待って。イタチ、俺のズボンとパンツ下ろしてくれない?」
 いててって唸りながら頼むと、イタチはちゃんと俺のズボンとパンツを下ろしてくれた。俺のチンコとタマキンが大勢のイタチの前にぽろりんと晒される。
 俺はキリっとした顔で言った。
「ところでこいつを見てくれ。どう思う?」
「すごく……ちいさいです」
 イタチは顔を赤らめて答える。
 そう、いつもはあんなに激しい角度で殺気立っている俺のチンコが、今はらっきょうのよう!
「今、お前の剣先がちょっと際どい部分に刺さったんだ。だからキンタマがひぐぅってなってチンコも怯えて小さくなった。刺すならもう少し上を狙ってくれ。勃起不全なんかになったら、イルカせんせと両想いとかそういう角度とは違った部分で俺の人生終わるから」
「了解した」
 イタチは俺との約束を守って、最後までキンタマやチンコ付近から遠い脇腹を狙ってズカズカと刺した。本当にコイツはイイヤツだと思う。イイヤツって言うか、むしろ紳士だと思う。
 ただ元々真面目な奴なので馬鹿正直にずっと刺し続けやがって、俺は大打撃を受けた。


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