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 だがしかし!!
 ここに来て俺のハートに火がついてしまった。「淫乱くノ一、調教しごき千本ノック」がパケ写詐欺だったことに衝撃を受け、思わず人の好いキリっとした中忍先生のペースでコトが運んでしまったけど、俺とて並みの忍じゃないのよ。写輪眼のカカシよ、俺。忍術体術オナニー術、どれをとっても一流の男ですから!
「イルカ先生、随分と自信があるようですね?」
 シコシコに関してなら俺だって負けないよという対抗心を剥き出しにして少し挑むような口調でそう言うと、中忍先生は余裕のある笑みを口元に浮かべた。
 そしてAVコーナーを見渡して、ゆったりとした口調で俺に告げる。
「俺、ここのAVはほぼ制覇してますから」
―くッ」
 こやつ、ただものじゃないな! ちょっと内勤だからって毎日毎日AV見放題で楽しくおかしく健やかにチンコ扱いてるなんて! 俺なんてオナニーしたくてもできなくて忍刀振るいながらブーブー文句垂れるのが常なのに。このクソ中忍め。めっちゃ羨ましいその生活。俺も内勤になって毎日オナニーしたい! ばか!
「俺は外勤だからAV見る暇なくって制覇まではできてないけど、でもエロ雑誌なら負けてないですよ。常備してるくらいだし?」
 オナニーの手練としての誇りをかき集め、俺はすっとポーチの中からイチャイチャパラダイスを取り出した。これはサイズ的にもエロ度的にも任務中のオナニーネタになってくれる世界で最も優秀で実用的な本だ。あなたもこれ一冊でいつでもどこでも楽しくオナニー! いちチンコいちイチャパラ!
 ふん、と鼻息を荒くしてふんぞり返った。木ノ葉広しと雖もイチャパラを常備している男は俺しかおるまいて。
 だが中忍先生は俺と同じく、ポーチからすっと一冊の本を取り出した。
「アンタも……イチャパラ常備とは!」
 慄く俺を見て中忍先生が白い歯を見せてニカっと笑ってみせた。
 こやつ、マジで何者なの! イチャパラ持ってるってだけでくノ一達からは白い目で見られ、多くの男性諸君がひっそりこっそりとそれを愉しむ中、正々堂々と「俺、イチャパラーですから」って往来でも読んで見せちゃう俺の男気って相当凄いはずなのに、そんな俺と張り合うこの中忍先生ってマジ何者なの!
「アンタとは、ゆっくり話し合わないといけないらしいね」
 本気モードに入った俺の身体から殺気が漏れた。男には負けられない闘いがある。七班の子供たちよ、良く覚えておけ。男には負けられない闘いというものがあるんだよ!
「イルカせんせい、だっけ? 今からちょっと顔貸してくれないかな? 俺の家まで。て言うか俺の家の本棚の前まで」
 俺の秘蔵コレクションを見せれば、この男も俺の実力というものが分かるはず。ハズレは一切なくジャンルごとに全て分別され、A〜Dまでランク付けが行われている、暗部では半ば伝説と化している「はたけカカシ神コレクション」を見れば、この男も俺の前に膝を突き涙を浮かべて「流石はたけ上忍だ、こんなレアアイテムばかりを。俺尊敬しちゃいますっ」と潔く敗北を認めるはず。
 俺の勝利は目前! さぁ、柔らかい言い方したけど一応上忍命令だよ。付いて来なさい貧乏人。アナタの知らないめくるめく世界に連れて行ってあげるから!
「いえ、俺はこれからオナニータイムですから。失礼します」
「え! ちょっと!」
 白い歯をキラっと輝かせ、何の拘りもなくレンタルビデオ屋のAVコーナーから去ろうとする中忍先生の肩を思わず掴んだ。
 この中忍先生、オナニストとしての誇りを賭けた闘いよりも己のオナニーの方が大切ってことなの? 何時如何なる状況においても己のオナニータイムは決して譲れないってことなの?
 つまりこいつは。この中忍先生は……。

 上級オナニスト!!

 間違いない。この貫禄、この潔さ、この澄んだ瞳。こいつは完全に悟ってやがるぅうう!
 上級オナニストに関しては四代目から聞いていた。常日頃から己のオナニー道を追求し続け、非常に孤高の存在で、この世の終わりが近付くとどこからともなく地上に降臨し、この星に堕ちてくる惑星の軌道を変えたり恐怖の大魔王を退けたり、悪の組織と孤独に闘ったりするとかしないとか。主にしないって言ってた気がするけど、とにかくそういう存在だと聞いていた。
 そしてその存在を知ったその日から、俺は上級オナニストを目指して生きてきたんだ。
「イルカ、せんせい」
「はい?」
「イルカ、せんせい……」
「どうなされました?」
「お、俺は負けてないんだからねっ。俺だって上級オナニストなんだから。自称だけど上級オナニストなんだから」
 悔しくなんてないよ全然悔しくなんてない。この涙は悔し涙なんかじゃないんだからね。ちょっと煙草の煙が目に染みただけ。
「勝負してよ。イルカせんせい、俺と勝負してよ」
「しかし俺はこれから」
「オナニータイムの前に俺と勝負ですー。勝負なんですー。逃げたら負けなんですー!」
 三本のAVと未だ陳列棚に戻せない「淫乱くノ一、調教しごき千本ノック」を手にしたまま、俺は地団太を踏んでうみのイルカを挑発した。ここでこの男を逃がせば俺のプライドは傷ついたまま。絶対に勝負に持ち込まなくてはならないんだ。
「でも俺、本当にオナニータイムが」
「だめだめだめ! はい残念これ上忍命令だから。中忍のアンタに拒否権なんてないから。アンタはとにかく俺の部屋に来て俺の秘蔵コレクション見なくちゃならないんだから」
 もう一度その場で地団太を踏んで、上忍命令上忍命令と言い張って、中忍先生の手を掴んでぶんぶん振り回して、それで漸く頷かせることに成功した。
 二人でレジに行って今晩のオカズとなるAVを借りて店を出た。因みに俺はどうしても諦め切れなかったから「淫乱くノ一、調教しごき千本ノック」も借りた。ハズレでも良い。逞しく育って欲しい。チンコが。
 俺の部屋に行くまでは、二人してちょっとしたAV業界の蘊蓄合戦になった。途中まで俺も善戦してたんだけど、中忍先生がAV女優のおっぱいの平均的なほくろの数というちょっと画期的な蘊蓄自慢を始めたから、俺は焦って今期期待の新人AV女優の話題に移行させた。負けられぬ。上級オナニストはたけカカシに敗北はないのだ。
 それから俺と中忍先生はエロ話に花を咲かせ、尻の大きさの話題や最も興奮する体位、陰毛の重要性などを語り合い、美乳とは何かという極めて奥深いテーマについて話題が移った時に俺のマンションに到着した。レンタル屋からマンションまではそんなに遠くないはずだったけれど、俺は中忍先生と凄く濃い会話をしたと思う。こんなに濃いエロ話ができたのは久し振りだった。
 階段を上り印を結んで結界を解く。それから鍵を開けて中忍先生を中に入れた。
 俺の部屋はとにかく狙われやすい。理由は勿論、俺の秘蔵コレクションを狙う輩が多いからだと思う。だってあまりに過激で発禁になった本とか、裏ルートでしか入らないAVとか、金持ちが個人的に作らせた変態写真集とか、一杯持ってるもん!
「おじゃまします」
 中忍先生がサンダルを脱ぎ、行儀良くそれを揃えて部屋に上がる。
「ん。じゃ、こっち来て」
 早く早くと急かすように俺は中忍先生の手を引っ張って、奥の部屋へと案内した。
 二重に張った結界を解いて、扉を開ける。
「好きなだけ見て良いよ」
 完全に勝利を予感している俺は満面の笑みを浮かべて、太っ腹なことを口にした。本来この部屋に入れるのは木ノ葉でも極一部の者だけ。俺が認めたオナニストだけ。それでも俺のこの部屋は、この本棚は、暗部では半ば伝説と化し「はたけカカシ神コレクション」と称されているのだ。
「素晴らしい!」
 中忍先生が感嘆の声を上げたので俺の鼻は一気に四メートルくらいにまで伸びた! 気がした。
「ん。まーね」
「これ、幻と言われている木ノ葉姫子のヌード写真集!」
「それはかなりクるよ。股間的に」
「わ、これはエロ漫画の巨匠、タワー森山のデビュー作!」
「絵は拙いけど、その頃からエロは凄いから一見の価値ありだね」
「ぎゃーーー! これは尻マニア垂涎の一品、発禁処分を食らったお尻愛になりませんか三!」
「その監督の尻に対する情熱は素晴らしいよね」
 完全に俺のペース! もらった! この勝負は圧倒的に勝利! 天国のお父さん、四代目、カカシは元気に生きてます!
 おいお前、中忍先生、拝め! 拝んどけ! 俺の秘蔵コレクション拝んどけ!
「あ」
「なになに?」
 得意気になって中忍先生が手にしたブツを覗き込むと、それは俺が何度もお世話になった「恥ずかしの書」だった。
「これすっごいから。ほんとに。すっごい勢いで精子飛ぶから。マジで。精子出しても出してもすぐにフル勃起だからっ。一番のお勧めだからっ」
 俺なんて表紙を見ただけでちょっと鼻息荒くなったね。今、むっふーってなったね。心なしかもうチンコが反応しようとしてるもんね。チンコ、嘘吐かない。
「カカシさん、これ、どこで手に入れました?」
「ん? 確か木ノ葉川の土手だよ。捨ててあった」
「やっぱり。これ、俺が捨てたものです。お盛んな青少年のために、俺が行う小さな親切なんです」
 おさがりか!
 俺はアンタのおさがりでめっちゃシコったのか!
 屈辱に燃える俺の前で中忍先生は次々と本棚の中身を検分し、三冊ほど取り出して「借りて良いですか?」と尋ねてきた。
 俺の目に浮かぶのは涙じゃないよ。違うよ違う絶対違う。ちょっとゴミが目に入っちゃっただけ。
「いーよ」
 余裕を見せてみた。頑張ってみた。俺の秘蔵コレクションの中でも、最もチンコが反応するそれが中忍先生のおさがりだったことなんて、全然気にしてないってところを見せなくちゃならなかったから。
「一杯ヌいてね」
 ぐすんと鼻を鳴らし、俺は大人でクールなはたけカカシを演じた。最後まで演じきった。
 中忍先生は俺に礼を言うと、すぐさま「では俺はオナニータイムがありますから」と白い歯をキラってさせて颯爽と帰って行った。
 良いもんね。全然気にしてないもんね。俺のあの三冊で、中忍先生のチンコがえらいことになっちゃえば俺の勝ちなんだもんね。
 俺はぐすんぐすんと鼻を啜りながら、今日借りたAVをデッキに入れてズボンを下した。


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