上級オナニスト!

 せめてここがレンタルビデオ屋のAVコーナーでなかったら、何か適切な言葉が浮かんだはずだ。
 俺も彼も、こんなに硬直せずに済んだはずなのだ。


 忍社会において絶対的な意味を持つ階級差をものともせず、「早すぎます」だの「アナタとは違う」だのとやけにアグレッシブに喰ってかかってきた中忍先生と俺のやりとりは瞬く間に木ノ葉に広がって、どうやら今日はどこもかしこもその話題で持ちきりのようだけど、まぁそれは良いと思う。内勤外勤暗部ともども面白おかしく、もしくはコソコソと、尾ひれを付けて好きなだけ俺と中忍先生のやりとりを酒のつまみにすれば良いよ。俺には関係ないし。
 同時に中忍先生が俺から制裁を受けることになるとか、俺が問題児を抱える七班を意図的に潰そうとしているとか、はたまたそれが上層部の意向だとか何だかろくでもない噂が立ったようだけど、まぁそれも良い。こちらもまた同様に精々尾ひれ腹ひれ胸びれ括れ痺れを付けまくって勝手に噂をしていれば良いよ。俺には関係ないし。あかの他人という存在は、クールな俺には常に関係ないものなのよね。
 だがしかし、騒動が起きてからまだ六時間と少し。見解の相違で対立してしまい少し煽るようなことまで口にしてしまった中忍先生を前に、あのやりとりの当事者である彼を前に、俺は今、何を思えば良いんだろう。何を言えば良いのだろうか、じゃなくて、何を思えば良いのだろう。もうそこから分かんない。分かんないったら分かんない。
 大昔に四代目が俺とオビトとリンに「性教育をする」と言い出して、何故か俺達を一室に集めて羊の交尾のビデオを見せたことがある。リンの前で勃起したらどうしようと汗を滝のように流していたオビトと、医療忍術者らしくそんなもの屁でもないと余裕綽綽だったリン、どうせ性教育するんだったらいっそ筆下ろしさせろとブツブツ言っていた俺。そんな俺達三人の前で、粛々とただひたすら羊の交尾が流れていたあのわけの分らない日。あの日もまた、何を言えば良いのか、どころではなく、何を思えば良いのか分かんなかった。あれの意味は今も分かんない。
 ともかく、性教育と称して羊の交尾を見せられた時と同じくらい俺は困惑していた。シコってて、しかももうすぐ出るなって時に唐突に四代目が歌う「おもひでの火の国温泉」がエンドレスで脳内に流れた時と同じくらい困惑していた。暗部時代に殺した敵忍の最期の言葉が「朝勃ちチンコを制御してションベンを」だった時と同じくらい困惑していた。
 せめてここがレンタルビデオ屋のAVコーナーでなかったら、何か適切な言葉が浮かんだはずだ。俺も彼も、こんなに硬直せずに済んだはずなのだ。
 しかし俺の手にはしっかりと「淫乱くノ一、調教しごき千本ノック」が握られているし、彼の手にもまた「大穴狙いの自慰1グランプリ〜最後の直腸〜」と「前戯なき戦い」が握られている。因みに「前戯なき戦い」は良作として有名で俺もお世話になったことがある作品で、また「大穴狙いで自慰1グランプリ〜最後の直腸〜」は最近勢いのあるレーベルの今月の新作であるはずだ。そんなことはどうでも良いけど。
「……どーも」
 無難な挨拶に逃げたわけじゃないよ。決してそのようなものではないよ。ただちょっと、それ以外に何を言ったら良いのか分らなかっただけ。
 俺の手に握られた「淫乱くノ一、調教しごき千本ノック」がやけに疎ましく思える。さっきまで輝いてたのに。くそ、これが「仔犬の小次郎三郎忠興と亀姫の純愛物語〜全木ノ葉が泣いた!〜」とかだったらな。いや、仮にそうだとしても彼の手に「大穴狙いで自慰1グランプリ〜最後の直腸〜」と「前戯なき戦い」が握られている以上この気まずさは変わらないはず。と言うかAVコーナーで出会ってしまった以上その手あの手に何が握られていようが如何ともし難い状況に陥るのは明白だったり。
 ああもう何でも良い、ともかくこの状況を何とかしなくては。
 って、どうすりゃ良いの! だから、どうすりゃ良いの! ここはアレ? 階級が上の俺がにっこり笑って「おやおや先生も今晩はパンツ下ろしてシコシコデーですか? 俺もですよ!」とでも言えば良いの? そうやって何気に実はフレンドリーな上忍を装いこの場この状況を回避すべきなの? 「まぁアレですよ。昼間の顔と夜の顔は違って当然ですよねお互い」ってニコって笑って昼間のことをサラリと流せば良いの? それとも「金曜日は左手でシコります」と、何故か意味もなくカミングアウトしてこの場の空気を和ませれば良いの?
 て言うかおいお前! 中忍! 俺が「どーも」って挨拶したんだから何かちょっとくらいリアクションを返してよね! 俺は敵忍殺すのは得意だけど、こういうの苦手なんだよ!
「カカシさん……」
 追い詰められたような感覚に囚われ思わず苛立ちが漏れた俺の気配に気付き、中忍先生は漸く口を開いた。
 俺は瞬時に上忍的思考で彼の次の言葉を予測し、その対応を検討する。その一、彼がその手この手に握られたものを見なかったことにし昼間の出来事について律儀に謝罪するパターン。その二、謝罪すると見せかけ、直後にしかし俺は自分が間違っているとは思いませんとやっぱりアグレッシブに討論を仕掛けてくるパターン。その三、それはさておき今日の報告書、ミスがありましたよとネチネチと精神攻撃をしてくるパターン。その四、
「カカシさん」
 あ、ちょっと待って俺まだ途中だから。
 俺は手を上げて彼の言葉を遮る。
 その四、正々堂々とあの手この手に握られたAVについて語りだし、雰囲気を良くしてから昼間の謝罪。その五、通路塞がないでください、早くどいてって言って俺の繊細な心を傷付けるパターン。その六―。
 俺はその後三十二通りのパターンを考え、すっきりしたところで手の平を差し出して中忍先生の言葉を促した。もう大丈夫。どんと来い。かかって来なさい。
 彼はキリっとした表情で真っ直ぐ俺を見据えていた。この感覚……パターンその一か! まぁ真面目な彼のことだからそれは最も妥当なところ。俺とて鬼ではないから、謝罪されたら昼間のことは水に流そう。
「カカシさん、それはハズレです」
 ハズレか。ではパターン二か。それでも良かろう彼がもう一度喰ってかかって来るのであれば俺は上忍として七班の上忍師として受けて立とうではないか。また煽るようなことも口にしちゃうんだからね! この生意気な中忍め!
「パッケージ詐欺ですよそれ。まずジャケ写と本編の女優が別人かってくらい顔違います。すんげー皺のあるオバハンですよ実際は。あと裏パケにあるシーン、本編にありませんから。その千本の訓練をしながらの調教シーン、一切ないんですよ。ハメながら千本に毒を塗るシーンも本編にはありません。俺もそれに騙されましたから間違いないです。それはハズレです」
 キリっとした顔でハキハキと説明する中忍先生に俺は焦った。なんてこったいこの裏パケを見てどのシーンで射精するのかまでもう決めちゃったのに!
「ちょっと待ってよ! このハメハメしつつ千本を的に当てるシーンがないってどういうことよ!」
「そこのレーベル最近パッケージ詐欺多いですから、気を付けた方が良いです」
「でもここ!」
「はい、半年くらい前までは良作連発してたんですけどね。最近ちょっと変わっちゃったみたいです。残念ですが」
 彼はふうと重い溜息を吐いて首を振り、憂いた表情をしてみせた。
 そうだったのか。またひとつ村が死んだのか。またひとつ良心的なレーベルが腐海に沈むのか。
 このパッケージを見た時の俺のトキメキを返せ。俺の股間の滾りを返せ。俺の純情を返せ。この女の子が「お豆ちゃん擦らないでぇ〜」って涙目で喘ぎながら千本に毒を塗っているところをレンタルビデオ屋のAVコーナーで想像し、ちょっと呼吸が荒くなった分の酸素を返せ。
「カカシさん、ジャンルは何が好きですか? 俺、良かったら見繕いますよ」
 涙が溢れそうになった傷心の俺に優しく声をかける中忍先生が、まるで天使のように見えた。
「俺はゲイとロリ以外だったら基本的に何でもイケます。パケ写詐欺じゃなくって最初から熟女なら、小皺でもなんでも来いです。でもあんまりにもなデブと激しいスカトロとマニアックすぎるものは駄目です。虫とかね、あの辺りは回避でお願いします」
 クスンクスンと鼻を啜りながら未練たらしく「淫乱くノ一、調教しごき千本ノック」に目線を落としつつそう告げると、中忍先生は「了解しました」と言って陳列されているビデオを吟味していった。本当に優しい人だ。ちょっと感動してしまう。しかし俺はまだ「淫乱くノ一、調教しごき千本ノック」に未練があった。何しろとても期待してたんだ。くノ一がハメられながら「ああん、そこだめぇ〜っ お豆ちゃんだめなのぉ」って言いながら腰をクネクネさせて千本を的に当てる訓練をするとかもう最高じゃないか。想像しただけで俺の期待と股間は膨らむばかりじゃないか。くそ、青いお空のばかやろう! 三代目のあんぽんたん! 四代目のむけむけちんこ!
 俺も今まで何度も何度もパケ写詐欺に遭ってるけど、こればっかりは上忍の力を持ってしても写輪眼でも見抜けない。しかしパケ写詐欺のダメージというものは本当にデカイんだ。ちょっとブサイクでもパケからして普通にブサイクで写ってれば「ふふ。本日はこーんなのでヌクってのも乙だーよね」なんてそんな気分になっちゃったりする時もあるのに、パケで可愛くて実物ブサイクの時のダメージは異常。しかも裏パケのシーンが一切ないとか言語道断。先生、パケ写詐欺ってのは本当に悪質だと思います! これは里をあげて取り締まるべきだと思います!
「カカシさん、これが俺のお勧めです」
 未だに陳列棚に「淫乱くノ一、調教しごき千本ノック」を戻せない俺の元に、中忍先生が戻って来て三本のタイトルを手渡した。「くノ一ハメハメ帳。おっぱい乱舞の術」と「くノ一調教淫汁絶頂地獄」と「おんなの意地・くノ一バキュームフェラ対決」という、俺の未見のものばかりだ。くノ一もので揃えてきたのは恐らく未練たらしく「淫乱くノ一、調教しごき千本ノック」を手にしたままの俺の心中を察してくれたのだろうと思う。中忍先生は優しい。
「夜のオカズに関して何かお困りのことがあれば、いつでも相談してください。ロリ以外でしたら全てご要望にお応えできます」
 相変わらずキリっとした表情でそう断言する中忍先生が、かなり凛々しく見えた。いや実際に凛々しいだろこれは。ロリ以外なら全て俺に任せろなんてこと口にする忍が一体何人木ノ葉に存在するのよ。


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