いつの間にか木ノ葉崩しと名付けられていたこの騒動の被害は、想像を絶するものだった。
里の中は怪獣がスキップしながら駆け抜けたみたいな荒れようで、里随一の鉄壁と呼ばれた結界のおかげで俺のオカズコレクションは無事だったものの、建物は全崩壊、周囲も同じような感じだった。どこもかしこもボロボロズタズタ、鬼豚に凌辱し尽くされた可憐な乙女のような有様だ。しかしそんな中、一楽とイルカ先生が住むアパートが無事だったのはただの偶然ではあるまい。巷ではオナニー神の加護があったからだろうと真しやかに囁かれているが、俺もそう思う。間違いないよ。
「カカシ、次はこっちだ」
呼びかけられるまま移動し術を発動する。土遁が得意な俺は毎日チャクラが切れるギリギリまで働いているが、それは里にいるみなが同じだ。俺なんて帰る家があるから良いものの、多くの忍や一般人は住居まで失っているので未だ避難所暮らしの者が多い。早くどうにかしてやんないといけない。避難所暮らしは可哀想すぎる。心置きなくオナニーすらできない。
可哀想と言えば残念なことに俺は自分に浸っている暇がなくなってしまったので、今の精神状態はかなり良好。むしろやること多すぎてイルカ先生とスキンシップしてる暇もなくなったのが良かった。フェラどころかオナニーどころかキスどころか、一日にイルカ先生と会話できるのは朝だけという有様だからね。そしてそれを悲しいとか寂しいなんて言えないくらい、俺達は忙しかった。
毎日繰り返す土木工事。毎日耳にする「俺、嫁さんとセックスもできない」「俺なんてオナニーもしてない」「うちのスネちゃまは天才ザマス!」なんていう会話。クタクタになって眠る日々。
しかしそんな過酷な状況でも、早く里の者が安心して暮らし、子供を育て、シコりたい時に思う存分シコれるようにと皆が心を一丸としたおかげで、里はみるみる復興していった。
「明日から任務が入りました」
久々に土木作業が早く終わった俺は同じく久々に仕事を早く片付けたイルカ先生に誘われて、今、昨日から営業を再開させた居酒屋に久々に来ている。
お疲れ様と乾杯し、ビールを胃に流し込んだところで俺は早速そう切り出した。毎日土まみれになって辟易していたので、任務が舞い込んだのは有難い。俺はナルトのように任務に浮かれていた。
「長いんですか?」
「いや、日帰り」
「良かった!」
イルカ先生があまりに嬉しそうにそう言うから、何だか顔が赤くなった。そんなふうに言われると勘違いしそうになる。イルカ先生は俺のこと好きなんじゃないかって。
「なんで?」
自分で気付いてないだけで、アンタ本当は俺のこと。
「だって俺、毎日ヘトヘトになって帰って来ても、カカシ先生がベッドで眠ってる姿を見ると安心するんですよね。ああ、今日もここで眠れるんだって。この温もりの中で眠れるんだって。それでね、カカシ先生の隣に潜り込んで、カカシ先生をぎゅっと抱きしめてぐっすり眠るんです。目覚めた時もカカシ先生の顔を見ると、よし今日も頑張るぞって思えるし」
ああ何でそんな顔して笑うかな。何でそんなこと言うかな。
視線を手元のビールグラスに落として無理矢理えへへと笑ってみせるとどうしてか泣きそうになったから、俺はグラスに残っていたビールを一気に飲み干した。
嬉しいこと言われたのに、よく分かんないけど胸が痛い。飛び上がりそうなくらい嬉しいはずなのに、心のどこかで「俺とキスしてる時も他の誰かのこと想像してるくせに」ってイルカ先生のこと詰ってる自分がいる。「アンタにとって俺は、ナイスオナニーするのに欠かせない存在だもんね」って皮肉ってる自分がいる。でもその一方で、「イルカ先生は自分で気付いてないだけで、本当は俺のこと好きなんだ」って。
そんな希望に、泣きそうになりながら必死でしがみついている。
「早く帰って来てくださいね」
イルカ先生は焼き鳥に手を伸ばしながら、無邪気にそう言う。
「うん!」
俺は瓶ビールを傾けてグラスに注ぎながら、いつも通りの元気な俺を装って返事をする。
もしここで、俺が告白したらどうなるんだろう。俺は本当はアンタに恋をしています。キスもフェラも本当はリハビリとかオナニーとか関係なくって、アンタにしたいからしてたんです。アンタにキスしたくて、アンタに感じて欲しくてやってたことです。いつもアンタを想ってます。どうかお付き合いしてください。必ず幸せにしてみせます。
きっと驚くだろうな。驚いて、その次はどうするだろう。きっと困った顔をする。うん。で、その次は。
顔をくしゃくしゃにさせて、ごめんなさいって言うイルカ先生が見えるよう。
ポカンとした顔をした後、戸惑いながらも俺に押し切られるイルカ先生が見えるよう。
どっちに転ぶか分からない。どっちが現実となるのか分かんない。
「あのね、イルカせん」
「――遅れてスマンかった! イルカ、俺の悩みを聞いておくれぇえ!」
個室の引き戸をバシッと開けて、イルカ先生とよくツルんでる太った中忍が飛び込んで来た。
「うお! なにこの顔面モザイク!」
うるさい! 急に入って来るから上手く幻術かけられなかったの!
「その方はカカシ上忍だよ。カカシ先生、コイツは俺の同僚でゴン・ヤマブシです」
「宜しくお願いします! モザイク上忍!」
変なあだ名付けないでくれる? そして空気読んで登場してくれる? 今、俺は人生の分岐点にいたんだけど。やだ、カカシったら遂に告白しちゃうの?みたいなドキドキの展開だったんだけど。少女漫画で例えると、モノローグ連発でキュンキュンさせた後に大ゴマ割いた背景真っ白のフキダシで「イルカせんせ」と呼びかけて読者が目を離せない!みたいな展開だったわけなんですけどぉおおお!
「いやぁ、今日も忙しかったですねー」
うっさいばか! イルカ先生の隣に座るな!
ヤマブシは出されたおしぼりで顔を拭き、その次に首を拭いて最後にはシャツの中に手まで入れて脇まで拭っていた。イルカ先生と同年代の割にはもう完全に終わってやがる。多分くノ一アンケート「嫌いな中忍男」で三年連続首位とかだな。そんで「いつもどこかから変な汁出してるんだもん。中忍中年汁は勘弁(二十代・くノ一)」「ママがああいう男とは結婚しちゃ駄目ですって言ってた(十代・アカデミー生徒)」「自称ぽっちゃり系ほど始末におえないものはない(三十代・牛丼屋アルバイト)」とかってコメントまで載せられちゃうだろ。お前そのタイプだろ!
ヤマブシは鼻息をフーフーさせながらビールを飲み、勝手に俺が注文した唐揚げまで食べた。レモンを勝手にかけるなっての!
「で、早速俺の相談なんですけどね、モザイク上忍も聞いてくれます? 俺、今度合コンすることになったんすよ。合コンに誘われるなんて七年振りなんすよ。ファッションセンターカブトで新しい服も買ったし、新しい下着も買いました。薬品部のモンに頼んでおいたやりたがりFXも届いたし、あれをシュッシュと付けて合コン参加すりゃ女どもはみなイチコロです。盛った猫みたいに俺を求めるはずです。合コン会場は俺のハーレムと化すのは目に見えてます。でも俺、心配なんです。何か重要なことを見落としているようで」
沈痛な面持ちで俯くヤマブシに、イルカ先生は眉を顰めた。
「……ヤマブシ。ファッションセンターカブトは止めておけとあれほど言ったのに、何故あえてその店をチョイスした?」
「だって俺、お洒落な店に行くの怖いんだもん。お洒落な店に着ていく服がないんだもん!」
何と言う正直な告白。こいつは勇気があるようだ。
感心したので俺も助言をしてやる。
「くノ一にそんじょそこらの媚薬は効かないよ。あいつら媚薬の耐性スゲーから。恐らくアンタの方が自分に吹きかけた媚薬に酔って、合コンの席で一人で勃起して、キモーー!ってことになると思うよ。もっと普通にして行きなさいよ」
「普通にして彼女できるなら、俺はとっくに脱・童貞してます! 俺は童貞を捨てたいんです! 俺はイルカのように悟ることなんてできないんです!」
フーフーと鼻息を荒くして、ヤマブシは拳で机を叩いた。
チラっとイルカ先生の方を盗み見ると、イルカ先生は若干羨望の混じった目でヤマブシを見ている。間違いない、その目は「俺も合コン行きてー。できれば俺も童貞捨ててー」だ!
きけん!
俺の脳内にサイレンが鳴り響き、一斉に非常警戒態勢が指示された。
「だから俺を誘わなかったのか?」
寂しそうに呟かれたイルカ先生の声に、ヤマブシと俺はハッと息を飲む。イルカ先生行っちゃだめぇええ! イルカ先生が行くんだったら俺も行くから! んで合コンに来た女全部俺の虜にして、女どもからイルカ先生を守るから! ついでにヤマブシをフルボッコにしてやる!
「だってお前、いっつもずーーっとカカシ上忍の話ばっかしてるから、もうこういうのに興味ないのかと思って」
え? 君、ちょっと待った。
思わずイルカ先生を凝視すると、イルカ先生は俺から目を逸らせて顔を赤くさせている。
ヤマブシ君に連絡です。ヤマブシ君に連絡です。今のどういう意味か、またイルカ先生が普段君にどんな話をしているのか、五百頁の大長編上下巻にして発行し俺に届けなさい。
「行きたかったのか?」
ヤマブシが訊ねると、イルカ先生は更に顔を赤くさせて俯いた。
「や、行きたかったような気もするけど……カカシ先生と一緒にいる方が楽しい気もするし……それに俺、合コンなんて行っても何喋ったら良いか分かんないし」
俺といる方が楽しいに決まってる! もう良い! イルカ先生がどんな妄想を繰り広げようが俺はアンタのチンコどんだけでもしゃぶってみせる!
「俺も俺もー。合コンって何喋ったら良いか分かんないんだよね。ゲンマ特上が主催だからゲンマさんに任せて、あとは空気読めば良いとは思うんだけどさー」
ゲンマ主催ってことは、仮にお前がどんなに良い男であっても確実に誰一人お持ち帰りできません。下手したらお前、合コン出席者の金全部払うハメになるくらいだから。ゲンマはそれくらいの男だから。伊達に合コン王名乗ってないから。あと、お前は空気読めないから!
「自分の得意分野の話でもすれば良いんじゃないのか? 自分が極めた道の話を語る男は、カッコイイぞ?」
「んな事言ったら俺、エロゲの話しか出来ねーよ」
エロゲ!
ヤマブシ、お前エロゲなんて羨ましいものやってんのか! しかも極めてるってなに。なんなのこいつ。エロゲは時間食うから俺みたいな外周りの忍は手が出せない高嶺のオカズ。内勤のイルカ先生すら忙しいからって数本しか持ってない。それなのにお前は得意分野とかって。このエロデブ! ばか! へんたい! 今度貸せ!
悔しくて思わずハンカチを噛みしめたくなった俺を見て、ヤマブシが頭を下げる。
「モザイク上忍はモテモテですよね? どんな話をすれば女性にモテますか? 教えてください」
その、どことなく卑猥な呼び方をまず止めてくれない? と思いつつ、今度お薦めエロゲを借りたいので俺は誠心誠意真面目に答えてやった。
「まず、痩せろ。目標三十キロ減」
「変化します」
「努力しますじゃねーのかよ!!」
俺とイルカ先生が声を揃えて突っ込んだ。
それから俺とイルカ先生は、フーフーと鼻息が荒いヤマブシにアレコレと助言を与えた。ヤマブシはやる気はあるんだけど、何事も常に楽な方へ楽な方へと向かおうとする思考回路の持ち主なので、ちょっと苦労した。
その後、空気の読めない闖入者ヤマブシが「俺も今日はイルカの家で泊まりたい」なんてトンでもないことを口走ったので、俺は即座にそれを却下し、それでも喰い下がるから五百回くらい却下し、尚且つ喰い下がるヤマブシのみぞおちに正義の雷切まで喰らわせ、それでなんとか諦めさせることに成功した。
それから三人で飲んで食って喚いて。
エロ話に花を咲かせて、酔っ払って、そろそろ帰ろうってことになって店を出て。
「お星さま、綺麗ですね」
途中まで一緒に帰ろうと五月蠅かった空気の読めないランキング世界王者のヤマブシがようやっく去ってくれると、イルカ先生は澄んだ瞳で夜空を見上げてそう言った。
アンタの方がずっと綺麗です。酒に酔ってほんのりを頬を染めて、そうやって夜空を見上げてるアンタはきっと誰よりも綺麗です。
そっと伸ばした手を、イルカ先生は嬉しそうに握ってくれる。なんの躊躇いもなく握ってくれる。
夜風に当たりながらのんびりと歩き、家に帰ると風呂に入って歯を磨いて布団に入る。最近御無沙汰してた、そう言うありきたりな日常生活行動と時間。
「木ノ葉崩しで発送が遅れてたそうですけど、明日、ダブルベッドが届くそうですよ」
俺の腕枕に頭を載せて、イルカ先生がそう言った。
「ダブルベッド! 遂にやって来るんですね」
「これで寝返りできなくてうなされる、なんてこともなくなりますね」
そうなのだ。シングルベッドに俺とイルカ先生二人だと、寝返りする隙間もなくてちょっと大変だったのだ。
「でも俺、ダブルベッドが来てもイルカせんせにくっついて寝ちゃうから!」
「勿論俺も」
イルカ先生が可愛い顔をして可愛いことを言うから、ちゅっとその頬にキスをした。それから髪にも可愛いお鼻にもキスをした。
「ねぇ、イルカせんせ。合コンとか行かないで。俺、寂しい」
ぎゅっと抱きしめて、本音を吐いた。半分だけの本音。
本当は寂しいだけじゃない。イルカ先生が女を作るのが怖い。もし彼女なんて作ったら、もしイルカ先生が女を抱いたら、俺は何をしでかすか分からない。
「行きません。俺、カカシ先生の腕の中で眠るの大好きだから。カカシ先生と一緒に時間を過ごすの大好きだから」
イルカ先生が幸せそうに俺の胸の中に顔を埋めてそう言うから。
俺は確信した。
イルカ先生は、俺のことが好き。絶対好き。ただ、自分で気付いてないだけ。
童貞でずっと彼女もいなくて、そして多分恋もロクにしていないイルカ先生は、自分が男を好きになるわけないって思い込んでて、だから身も心も俺という存在を「特別枠」として扱うことで自分を納得させてる。本当は俺のことが好きなのに。
だってそうじゃなかったら、こんなこと言うわけない。
俺はイルカ先生にキスをする。両手で顔を挟んで上を向かせ、その唇を優しく啄ばむ。
ほら、嫌がらない。
イルカ先生は俺が好き。俺が好き。
本当は、俺達は両想い。
俺は涙を堪えて何度もイルカ先生にキスをした。