踏ん反り返ったような青空とそこにぷかりと浮いた真っ白い雲はあまりにも自信満々で、そこに一羽の鳶が空高く優雅に舞ったもんだからもう文句の付けようもなく、無駄に完璧とも言えるその光景は俺を酷くうんざりさせた。こんな日はせめてショボショボとしみったれた雨でも降ってくれた方が良い。その方が可哀想な自分に思いっきり浸れる。
昨晩のイルカ先生の衝撃的発言は俺を圧倒的に打ちのめし、俺のチンコなんてもう一生勃起しないんじゃないかなって思うくらいの大打撃を与えた。
別にイルカ先生を恨む気はない。ちょっと恨んだけど、もうそんな気にはならない。だって考えてみたら俺とイルカ先生のあれこれは、間違いなくオナニーの延長だったから。セックスなんかじゃなかったし奉仕活動でもない、オナニーの延長だったから。それに妄想力が落ちてるって気落ちしてたイルカ先生の心の隙を突いて、俺が「リハビリしましょう」と誘惑して毎日あれこれしてたんだ。リハビリなんだからイルカ先生が妄想して当たり前。
キスだって。
俺じゃない誰かとキスしてる妄想した方が楽しいに決まってる。オナニー時以外にもキスしたけど、普段は舌を入れるような深いのはしてない。だからほっぺにちゅって感じで、じゃれ合ってるくらいな気分で、俺が強請るから、してくれてたんだろう。そうだ、イルカ先生からキスしてくれたことなかったもんな。
俺達は恋人みたいに仲良しだ。ほんとうに、仲良しなんだよ。
でも恋人と何が違うって言えば、イルカ先生の気持ちが……。
「なに泣いてんだよ」
呆れ返った声でサスケが言う。
本戦は既に始まってるけどまだ千鳥ができたりできなかったりと不安定だから、どうにかコツを掴もうとサスケは頑張ってるところ。
で、ブスっとした顔をしつつも俺を心配して声をかけてくれたところ。
「聞いてくれる?」
涙を零しながらそう言うと、サスケは渋い顔をしながら俺の前にしゃがみこんだ。
「手短に話してみろ。もう時間ねーから、三行でまとめろよ」
「三行ね。分かった。まず、お空が綺麗で嫌になっちゃったんだ。イルカ先生は俺がおちんちんしゃぶっててもローザとかザンビアに夢中で、俺の泣き顔が可憐すぎるからって言われても俺はイルカ先生一筋だからサスケの気持ちには応えられない。ごめんね」
「もうちょっと分かりやすく説明しろ」
「つまり、もう俺のチンコは勃起しないくらい大打撃を受けた」
「結果だけじゃ分かんねーだろ!」
「だから、イルカ先生は上級オナニストすぎて俺の遥か斜め上をいってたってことなの! だから泣いてんの! 俺可哀想なんだから怒らないでくれる? あと優しくされても俺はなびかないから、ごめんね!」
「もう俺この上忍師嫌だ! チェンジを希望する!」
サスケは怒鳴りながら立ち上がり、怒りに任せて千鳥を完成させた。良かったね。
「俺のおかげで千鳥完成できたじゃない」
「それは否定しない。これから千鳥を使いたい時は必ずアンタの顔を思い浮かべる」
「俺のこと好きになっても無駄だから! ごめんね!」
「死ね! 五千万回死ね!」
恩師に向かって五千万回死ねとか、ひっどいよねー。どんな教育受けてんのか知らないけど、逆に可哀想になってくるよここまでくると。全く、上忍師の顔が見たいもんだ。
サスケはプリプリしてたけど、とにかく千鳥のコツを掴んだので俺達は本戦の会場へ向かった。
ちょっと遅刻しすぎた感はあったけど、サスケと愛・戦士の対決は後回しにされたそうで失格にならずに済んだ。ガイが俺の千鳥、つまり雷切を「ただの突き」とか暴露しちゃったりしてとっても頭にきたけど、「スーパーハイレベルグレイトダイナマイトどっかーんばりばり的突きなんだよ!」って突っ込む元気もなかったからそこは無言を貫いた。俺、今日は本当にブルーなの。
んでサスケが愛・戦士と一生懸命戦ってるってのに突如事態は一変し、もう完全にしっちゃかめっちゃか状態になった。
何せ会場全体に幻術をかけられるわサスケは愛・戦士を追ってどっか行っちゃうわ俺は可哀想な気分だわ、その上三代目と大蛇丸は戦うわ歴代火影は出てくるわ音忍ところか砂までウジャウジャ潜入してて暴れ回るわ俺は可哀想な気分だわ、なんでこんな時にこんなことが起きるのかな。日頃の行いは良い方だと思うんだけど。
「もう動くの嫌なんだけど」
「カカシィ! シャキっとせんかぁああ!」
「俺今日はホントに駄目なの。悲しみの海に沈んでいる恋の沈没船なの」
「写輪眼のカカシ、俺が打ち取ってくれるわ!」
「俺は上級オナニストの嵐のような妄想力に進む道を失った恋の遭難者」
「尋常に勝負しろ!」
「もう嫌ー。今日の俺は精子を拭きとるためだけに生産されたティッシュみたいに惨めな気分なのー」
もう嫌だって言ってんのに次から次へと湧いて出る敵忍は、絶対空気読めない人たちだと思う。こんなに悲しみに包まれたオーラを纏っているのに、まるで「ねぇ今日のシコシコのオカズなに?」って訊いてくるみたいに気軽に襲いかかってくるんだもん。普通薄暗い影を背負って一人しんみりしてる時にオナニーのこと訊いてくる? そういう時はさ、何も言わずすっと新作AVを渡すもんじゃないの? そんですぐに踵を返して歩き出し、元気出せよ、なんて台詞はを背中で語るもんじゃないの?
無神経な敵忍をダラダラとやっつけると、今度はやることがなくなる。だから会場内の敵忍を始末したメンバー全員でぼんやりと三代目と大蛇丸の対決を見物した。
だってしょうがないのよ。結界あったから。
「カカシ、今日は一体どうしたのだ」
隣で同じように観戦していたガイが、眉根を寄せてそう訊いてきた。
何だか説明するのも億劫になってきた。そのくらい悲しいの。て言うか俺、数時間前までダラダラと泣いてたから。写輪眼のカカシ、両手で顔を覆ってひっくひっくって泣いてたから。
「まず、お空が綺麗で嫌になっちゃったんだ。そしてイルカせんせは俺といっぱいキスしたのにホントは俺とキスしてなくて、おちんちんちゅうちゅうしてもローザとかザンビアに夢中で、でもそれは俺のせいでもあるし、俺はイルカせんせがホントに好きなんだけど、キスだってするのにやっぱり俺は恋人じゃないんだなって」
そこまで説明するとまた涙が溢れてきた。
キスだってするのに、俺は恋人じゃない。
あえて言葉にすると傷付く。
嫌だなぁ。俺、別にイルカ先生と恋人になった気でいたことなんて一度もない。片想いだって分かってて、イルカ先生が俺を見る目に恋なんて感情は一欠けらもないことなんて完全に理解してて、だからどうやったら俺を好きになってくれるんだろうって思ってたし、騙してあれこれやってることもずっと気になってた。
なのになんでこんなに傷付くのかなぁ。
ハッキリと現実を突き付けられたからかなぁ。俺がチンコ咥えて一生懸命尽くしてる時に、イルカ先生は他の誰かと乳繰り合う妄想してたなんて現実を。……いやはや凄い現実だ。なんか今、むしろ感動した。俺より可哀想な人間ってそうそういないと思う!
「俺、かわいそう!」
「うむ、とにかく可哀想らしいな! カカシはかわいそうだ!」
「すごくかわいそう!」
「かわいそうなやつめ! 青春!」
ガイは信じられないくらい優しかった。「うるせーよ」とか「ウザイわ」とか「お二人とも騒がないで欲しいんスけど」とかブツブツ言ってた他の奴らとは比べ物にならないくらい優しい。今まで冷たくしてごめんね。上忍待機所のお前のロッカーにハズレだったスカトロ本捨ててごめんね。
「俺の胸で泣け!」
「それは断る」
そこはキッパリと断りを入れて一人でさめざめと涙を零していると、上の結界が消えた。どうなってるのかサッパリ分からなかったけど、敵が動いたのは見えた。ガイが騒いだけど、俺は追う気にはなれなかった。だって今日はそんな気分じゃないし、オカマの大蛇丸って怖いし、このメンバーで追ったら確実に俺の尻が狙われるから。俺は尻バージンは死守したい。
そしてそこに現れたのが、謎の丸メガネだ。暗部面を被ってたけど、バレバレだから君。
「で…お前は結局見てるだけか……カブト」
メガネの上から暗部面って、どうなってんの? メガネしてる人用の暗部面ってあるの? それとも丸メガネ用暗部面を自分で作ったの? 夜なべして創作活動?
そこが気になって仕方なかったけど、「えー、写輪眼って丸メガネ用暗部面が購買部で売られてることも知らないんだー」とかって言われちゃう可能性が無きにしも非ずだったので黙っておいた。今度暗部の購買部を覗いて確認してみよう。
「やっぱりバレてた…」
そう言ってカブトは面を外す。
くそー、メガネが気になって仕方ない。そこに釘付けになっちゃう! なんで数あるメガネの中からあえてそれをチョイスしたの? 丸メガネは良いの丸メガネは。でもその大きさってなんなの! ああ、気になる気になる。これはアレ? 視線誘導の一種? 誰だって気になるよだってダサイなんてもんじゃないもんあれ。お前のセンスには限界を感じる!
イライラしていると、カブトと砂の人が退散するとか言い出した。一杯暴れたけど後片付けは全部任せるからヨロシク、みたいな感じで頭にきた。
「また俺から逃げるのか?」
そのメガネを壊してやりたいのに!
そう挑発してみたが、結局は逃げられた。ただカブトが「コピー」とか「うちは一族」とか「その眼」とか何か言ってた気がするけど、俺は迂闊にもその視線誘導に引っかかり夢中になって丸メガネを凝視していたので、カブトが何を言っていたのかよく分からなかった。
くそ、大したメガネだ……。