イルカの住処は実に居心地が良かったようで、死神はそれから三日間も無遠慮に滞在した。気心が知れているとは言え俺はイルカと蜜月を楽しみたかったし、そのイルカが死神を大層怖がったので迷惑甚だしかった。
俺はイルカの勝ち気で跳ねっ返りのところが気に入っているのだ。契約を結んでいるのに思うように動かないところを愛しく思っているのだ。それなのにイルカは死神が近くにいるだけでおどおどし、光を放っていた瞳は力を失い、俯きがちになり、息を潜めて災禍が過ぎ去るのを待つ猫のように大人しくなってしまう。
最もつまらなかったのが閨だ。俺はイルカが俺の身体の下で虎の子のように暴れるのが好きだった。決して折れない不屈の精神を持つイルカの身体を命令形をとった言葉によって自由に操り、汚い言葉を喚きながらぼろぼろと泣くイルカを見るのが好きだった。それなのにイルカは死神が来た日から性行為に集中してくれず、たまに怒りの炎を目に宿すことがあっても、すぐに死神がいる部屋の方を気にしてしまう。
三日目になって、我慢の限界を覚えた俺は、死神にはっきりと出て行けと言った。俺はイルカと蜜月を楽しみたい、だからとっとと出て行けと。
死神は妙に愉しそうに笑い、まだここにいたいとほざいたが、俺は勝手に死神の荷物を纏めて外に放り投げた。
「酷いことをするじゃないか。俺とお前の仲なのに」
休憩中の悪魔のようにのんびりとビールを飲んでいた死神は、余裕たっぷりにそうぬかす。
「うるさいよ。俺はイルカと愉しいコトをしたいんだ。アンタは早く消えてくれ」
「すれば良いじゃないか。今までは俺がいようがなんだろうがお構いなしだったろうに」
「今まではね。でもとにかく出てけッ」
玄関を指差して声を大きくすると、漸くのったりと死神が立ち上がった。俺も立ち上がって玄関まで行き、急かすようにもう一度外を指差す。
しかし何故か死神はドアには向かわず、恐々と様子を窺っていたイルカと向き合った。
「ちょっと! それは俺のだって言ったでしょ!」
苛々しながら部屋に戻り、取られるものかとイルカの腕を引くと、恐怖で硬直していたイルカがバランスを崩した。よろけるイルカの身体が崩れないよう、もう片方の腕を握ったのは、死神。
イルカに触れた死神に鈍い怒りが湧き出す。これは俺のものであり、俺だけが触れられるものだ。イルカの腕も足も背中も目も唇も何もかも俺のものであって、何人たりともこの天使に触れることは許されない。それが例え俺の唯一の友人であろうともだ。
「君は、匣を知っているかね?」
殺気立った俺を見向きもせず、死神はイルカにそう問うた。
「イルカから手を放せ」
「光上の役で人類に勝利を齎した匣だ。聞いたことはないかね?」
「死神、手を放せ」
「匣について、何か知っていることがあれば教えて欲しい。君は両親が天使、もしくは片親が天使だろう? 何か聞いていないかね?」
「死神!」
声を荒げてナイフを突き付けたところで、死神はやっとイルカから手を放した。それから俺に視線を向け、ナイフを仕舞えとジャスチャーで示すとのんびり玄関に向かって歩き出す。
「今のはアンタが悪いよ。イルカに触れた。俺のイルカに」
ナイフを仕舞い、まだ湧き上がる怒りを言葉にすると死神がクスリと笑う。それから振り返って言った。
「匣について思い出すことがあれば、是非教えてくれ給え。もし教えてくれたら、カカシにかけられたその呪印を消してやろう」
死神の言葉に激怒することもできなかった。
夕日を背中に佇む死神は、真っ黒な影のようだった。逆光と目深に被ったフードがその顔を黒く消し潰し、ひょろりと枝のように細長いその姿は正に死神そのものに他ならなかった。惨禍を運び人々の命をその大鎌で刈り取っていく死神そのものすぎた。
情報は常に共有している、匿ったことも匿ってもらったこともある、背中を預けて戦ったこともある。死神はこの世で俺が唯一信用している人間だ。
それでも、その死神の姿はあまりに不吉すぎた。
イルカが思わずといったふうに俺の背後に隠れる。
「行け」
そんなイルカを守るように両腕を少し広げ、顎をしゃくって退出を促す。
死神は暗い影を落としつつ、ゆっくりとドアを閉めて去って行く。
「もう行った。もう大丈夫」
背後に隠れているイルカに声を掛けながら振り返ってみると、イルカは余程怖かったのか俺の服の裾をひしと掴んで小さく震えていた。負けん気の強いイルカも良いが、こうして俺に縋っているイルカはもっと可愛い気がする。
イルカの腰に両腕を回して持ち上げ、尻の下を片手で支えながらソファーまで移動するとそこに腰掛ける。イルカは俺の膝の上に乗せた。
「アイツ、もう行ったよ。もう怖くない」
軟弱な小動物を宥めるように黒髪を優しく撫でてやると、イルカがコクリと素直に頷く。
素直なイルカも悪くない。大人しいのはつまらないが、素直なのは結構良い。
「あの人なんだ? あの人、怖い」
「死神って呼ばれてるけど、本名は誰も知らない。元農夫らしいけど今は俺と同業。つまりは殺し屋」
「殺し屋? あの人そんなんじゃない。もっと……」
イルカはそこで言い澱み、小さな声で「もっと悪い」と続けた。
確かにもっと悪いモノなのかもしれない。知り合ってからもう随分経つが、死神の底知れない呪術力と生命力は俺でさえも敵わないんじゃないかと感じる。コイツは人間ではないのかもしれないと幾度思ったことか、そしてその驚異的な呪術力と生命力に幾度助けられたことか。
天使が生き残っていたように、光上の役で絶滅したと言われている悪魔も生き残っているのかもしれない。その生き残りが死神なのかもしれない。
しかし、アイツは。
「アイツはね、そりゃ人の命なんて馬糞か何かだと思ってるような奴だよ。でも今まで俺の命を何度も助けてくれたんだ。いわば命の恩人。ま、俺も同じくらいアイツのこと助けてきたけどね」
今まで死神が俺を裏切ったことはない。それは確かだし、俺も死神を裏切るつもりはない。
「確かに不気味な奴だけどね」
そう話を締め括り、イルカを堪能しようとその身体に手を這わせる。黒髪に隠れた項に顔を埋め、舌を出してゆっくりと舐め上げていく。
イルカは死神による恐怖で暫くは大人しくしていたが、次第に元気良く暴れだした。気色悪いだの変態だのと悪態を吐きながら抵抗し、逃げようとし、力で抑え込めば更に激しく暴れる。怒りで顔を真っ赤にして睨み付けてくる。突っ込んでやれば悔しそうに顔を歪ませ、思いつく限りの罵詈雑言を口にしながら痛い痛いと喚く。
三日ぶりにイルカが性行為に集中してくれたので愉しくて仕方なく、上に乗って腰を振れと命令すると、逆らえぬイルカの身体は俺の命令通り動いた。ボロボロと泣きながら。
イルカの身体はもう分かっている。どこが悦いのか、どうすると射精するのかも知っている。
下から悦い場所を突きあげてやりながら性器を扱いてやると、イルカは子供のようにわんわん泣きながらたっぷりと射精した。あまりに可愛かったので手加減せずそのまま責め続けてやると、今度は悲鳴を上げながら射精した。
イルカは本当に可愛い。
可愛いから俺が満足できるまで散々鳴かせてやった。
翌日、イルカはそんな俺への報復として、家にある塩を全てブチ込んだかのようなとんでもない料理を作った。