チャクラが完全に回復する前に、カカシさんは出て行った。
信じきることができない俺の心なんかほったらかしにして蜜月のような日々を過ごしていたんだけど、カカシさんは行ってしまった。
一日に何度も何度もキスをした。キスをして、べったりとくっついて余すところなくカカシさんの世話をして、色んな会話をして笑い合ってまたキスをする。それを繰り返す、溶けるように甘い日々だった。
まだ身体を繋げることはしなかったけど、お互いの身体を探り合うことは始めていた。真っ暗闇の中で手のひらと指先の感覚だけを頼りに未知の世界を探検するみたいに、俺達は互いの身体を慎重に、時に大胆に探り合い始めていた。その探検はとても愉しく気持ち良く、俺達は……少なくとも俺は、どんどんカカシさんにのめりこんでいった。
それなのに、カカシさんは行ってしまった。カカシさんは少し動けるようになるとすぐに無理を押してナルトの修行に付き合うようになっていたから、チャクラの回復が凄く遅くって、まだまだ本調子からはほど遠い状態だったのに。
暁の動きが活発になり、カカシさんの全回復を待てる状況ではなかったということは分かってる。それに、辛すぎることが起きてしまったのも分かっている。
アスマ先生が亡くなったのだ。
カカシさんはアスマ先生ととても仲が良かった。だからその一報が入った時、カカシさんの静かで激しい嘆きと怒りは俺なんかではどうすることもできなかった。だから出て行ってしまった。
カカシさんはアスマ先生が亡くなったと聞いた日から、凄く様子が変だった。怒っているような苛立っているような、とにかく何か言いたそうな目で俺を見て、黙りこくっていた。多分、「イルカ先生は知っていた?」って訊きたかったんだと思う。アスマ先生が死んじゃうこと、知っていた?って。
俺は知らなかった。後からアルカナに、死は確定していたことなんだって聞いただけだった。
とにかく、カカシさんは出て行ってしまったんだ。十班の代理上忍師として。
俺はすぐにアルカナにカカシさんの運命を訊いた。死の確定はあるのかとしつこく訊いた。アルカナは確定していないと教えてくれたけど、俺は不安で不安で仕方なくって、どうしても十班の後を追いたくなった。勿論アルカナはそんなこと許してくれなかったし、綱手様にも凄く怒られた。
カカシさんを待つ日々はそれまでの甘いそれとは一転し、苦渋一色のものとなった。カカシさんに何かあったらと思うと眠れない。それなのに待つことしかできない。人を好きになるってことがどういうことなのか、忍に恋をするということがどういうことなのか、はたけカカシを好きになることがどういうことなのか、そういうことを心底思い知った。だけど俺はもう、引き返せないくらいカカシさんを好きになっている。
待つことしかできないから待った。待ち続けた。祈ることしかできないから祈った。祈り続けた。
そんな日々を送っていると、カカシさんはボロボロになって帰って来た。
今度は入院しなくて済んだけど、傷だらけだったしチャクラだってほとんど残ってなかった。でも、俺を見て開口一番「アスマの仇はシカマルが取ったよ」と告げるカカシさんには後悔の色なんて欠片もなく、とてもすっきりした表情を浮かべていた。
カカシさんは、とてもクールな部分と驚くほど情の強い部分を両方持っている。一線を引いて他人を観察して自分のテリトリーには中々入らせないような人だけど、この人の仲間を想う気持ちは本物だ。そこは誰にも負けてないくらい強くって、とてもじゃないけど口出しなんかできない。だからこれからも、こうして無理をするんだろうと思った。そしてその度に俺は、待ち続け祈り続けるしかない日々を送るんだろうと。
帰還を果たした当日の夜、カカシさんは気絶するみたいに眠った。
そして翌日、俺を抱いた。
カカシさんは、胸が締め付けられるくらい優しく俺を抱いてくれた。絶対に早急にならず絶対に痛みなんて感じさせないって、百年も前から心に決めてたみたいに徹底して優しくしてくれた。今まで触れられたことのない所にも触れてくれて、今までキスされたことのない所にもキスしてくれた。そうやって俺の身体を準備させてくれた。
俺達は一晩で数えられないくらい気持ちを囁き合い、キスを交わした。
撫でられて、擦られて、舐められて、あやされて、咬まれて、愛されて、俺はとろとろになった。カカシさんのことしか考えられなくなって、もう他のことなんかぜんぶぜんぶどうだっていい、もう一生こうやってたいって思うくらいに心も身体もとろとろになった。そんで、そのくらいしてもらってその後やっと身体を繋げてもらった。
痛くも苦しくもなかった。
ただ全部入った時に、カカシさんが俺の心臓の上に指を置いて「ここもちょうだい」って小さな声で言ったのが、どうしてもどうしても切なかった。
俺の心なんかもうとっくにカカシさんのものだ。カカシさんのためならこの命だって簡単に差し出せる。それなのにカカシさんはそんなことを言う。好きだって気持ちも何度も何度も告げたのに。心を込めて告げたのに。
俺のことを信じてないから、そんなことを言うんだ。
「ここ、ちょうだい」
だから俺もカカシさんの心臓の上に手を置き、そう言い返してやった。
カカシさんは一瞬傷付いたような顔をし、それから切なげな笑顔を浮かべて「そこはとっくにイルカ先生のものだよ」と言った。嘘か本当か分からないけど、その言葉自体はとても嬉しかった。
きっと俺とカカシさんは、信じ合うことができない。
それでも俺はカカシさんが好きだ。好きなんだ。この気持ちはもうどうすることもできない。
だから抱かれるのは嬉しかった。キスされることも、何でもないことで笑い合うことも、一緒に暮らすことも全部嬉しかった。カカシさんはその日から毎晩のように抱いてくれたし、任務で里を離れている時だって逆に心配になる頻度で式を寄越してくれる。里にいる時は必ず料理を作ってくれるし、一緒にお風呂に入って髪の毛を洗ってくれる。好きですよ、好きだよっていつも言ってくれる。
全部嬉しかった。幸せだった。
自来也様が亡くなり、ナルトが再び修行に出て、状況は目まぐるしく変わっていく。
けれどカカシさんはひとつも変わらずに俺を抱いてくれた。
好きですよ、大好きですよ、愛してますよと言って。