その後、カカシ先生は城の東、俺は城の西で情報収集を行うことになった。
 俺はまず飯屋に行き、腹ごしらえしながら相席となった客や店の者から情報を集める。高の国は塩漬けの豚肉と塩漬け牛タンが名物で、店主と仲良くなるとそれをやたらと御馳走してくれた。名物に美味いものなしなんて言葉もあるが、それはちゃんと美味しかった。しかし情報自体はこれといったものはなく、ただ全体的に国王が嫌いな様子だった。年寄りほどその傾向が強い。嫌いと言うよりも憎悪に近い感情を抱いている者もいる。俺は過去、如何にこの国が繁栄していたか、如何に生活が豊かだったのかを熱心に語る人々に囲まれながら、豚肉の塩漬けと牛タンの塩漬けをたらふく胃に収めた。
 腹が膨れると店を出て街をふらつく。コウ硝石を使った武具を扱う店が多く、何件かの店ではかなり本気で起爆符が欲しくなった。コウ硝石を使った起爆符は威力が高く、火工品としては抜群の安定感もあり使い勝手も良いので、忍なら誰もが欲しがる。しかしその分高価で、中忍の俺には手が出ない。
 その他にも、見たことのない武具が幾つもあった。全てに目を通し、使い方と効果を説明してもらう。敵に使われた時、その武具に関する知識の有無は戦況や生還率を大きく左右する。
「アンタ、木ノ葉の忍?」
 誇らしげに爆雷の説明をしていた店の主人が、俺の顔を覗き込みながらそう訊ねる。
 一般人が武具を求めることはほとんどないだろう。店に訪れる者は大抵忍のはずだし、長年忍を相手に商売をしている店主は出身を当てることなど造作ないのかもしれない。
「はい。ここには観光に。あと、商売道具を買いに」
「またまたぁ。朱雀様暗殺しに来たんだろ?」
 にやにやと笑われ、俺は言葉を失った。
 ありえない。考えられない。何故それを平民が知っている?
 しかし話を聞くと、各里の朱雀暗殺とその失敗は高の国の人々なら誰もが知っていることなのだと分かった。任務失敗は里の恥だし、同じく国王の恥のはず。にも拘わらず朱雀暗殺計画は何故か毎度国民に漏れ、その失敗も当然のようにすぐに漏れるのだと言う。とは言っても正式に依頼を受けたのは今日だ。先程だ。あまりに早すぎる。とすると、高の国が木ノ葉に暗殺依頼した時点で国民に漏れ、国民は「今度は木ノ葉がやって来る」と待ち構えていたことになる。
 朱雀を支持する者達にとって暗殺計画失敗ほど痛快な話はないらしく、朱雀派らしき店主は面白可笑しく過去の忍の失態と朱雀の活躍を語ってくれた。
 曰く、朱雀は神出鬼没で何人もの影武者を使い敵の目をくらます知恵者。曰く、ゲリラ軍を率い国王軍に幾度も辛酸を嘗めさせた手練。曰く、朱雀はこの国に革命を起こし、残り少ないコウ硝石を独占せしめようとする国王を打倒しようとする真の英雄。
「仮に俺が本当に朱雀暗殺に訪れたとしたら、俺は朱雀派の貴方の敵ですか?」
「いやぁ、朱雀様の武勇を増やすだけになるからな。ただの話の種さ」
 店主は俺の顔を見ては愉快そうに笑う。しかしそこに悪意はなく、数ヵ月後に流れるだろう朱雀の武勇伝を単に心待ちにしているだけだった。それから店主は俺に武具の説明をしながら、ちょこちょこと国王批判を繰り返した。
 どうやら武具屋のほとんどは朱雀派のようで、その後他の店に寄っても頻繁に国王批判と朱雀を支持する声を耳にした。朱雀は俺達国民のために戦っていると彼等は口を揃えて言う。前朱雀は富と権力を牛耳る国王に真っ向から立ち向かった勇敢な英雄で、今の朱雀も父の遺志を継ぎ正義を成さんとしている。それに比べ国王はコウ硝石を市場に流さず、富を独占しようとしている。おかげで自分達は随分と苦労しているんだと彼等は強く主張する。彼等は多くの不信と不満を抱えており、中には飯屋にもいたように激しい憎しみを抱いている者もいた。
 しかしこんなに堂々と国王を批判できるとは、なんとも平和なことだと思う。反国王派はそのことに気付いてはいないだろうが。
 店を出ると城壁を出て農村地へ向かった。
 高の国は乾燥地帯だが、砂の国とは違い砂漠は少ないので農業もそれなりに盛んである。ただ品種改良や加工技術はあまり上手くないようで、国を支える産業にまでは至っていない。しかし村の人々は首都の人々よりものびのびとしており、労働というものを楽しんでいるように見えた。暮らしは慎ましいが子供達は健康そうだったし、作物もよく実っている。
 ここらでは先程と打って変わって国王派が多いように感じた。
「先代の国王さんも今の国王さんも、治水工事に力を入れてくれてねぇ」
 川で収穫した農作物を洗っていた老婆は、のんびりとした口調で俺に説明する。
「そりゃ以前に比べたら暮らしぶりは悪くなったかもしれないねぇ。でも羽振りが良かった頃のことを、いつまでも引き摺ったって仕方ないじゃないのかねぇ。国王さんが農村地に色々計らってくれるのも、国民にひもじい思いをさせないようにするためさねぇ。優しい方だよぉ、あの方はねぇ」
 老婆は、ほれ、と真っ赤に熟れたトマトをくれる。土が悪いのか品種が悪いのか、甘みに欠けて酸味が強すぎるトマトだった。お世辞にも美味いとは言い難い。
「食べるものさえあれば何とかなるからねぇ。朱雀政権は農業をないがしろにしてたから、干ばつが起こった時はちょっと大変だったんだよぉ。それに比べて国王さんは、農業と備蓄がどんだけ大切なことかぁ、分かってなさる。さぁて、わしはもう帰るよ。最近膝がぁ痛くて仕方ないんだ。そろそろ鷹山先生が来てくれるだろうから、それまでの辛抱だけどねぇ」
 こんもりと農作物を入れた籠があまりに重そうで、家まで送って行くよと申し出ると、老婆はとても喜んでくれた。長閑な畦道をのんびりと歩いていると、老婆はトマトをもうひとつくれた。勿論あまり美味くはなかった。
 膝が辛そうだったので老婆を背に乗せ、籠を通常の逆、つまり胸の前に抱える。抱えると言うかぶらさげる。背中で老婆が自分の膝と鷹山先生の話を繰り返していたが、鷹山先生とは凄腕の医者のようだった。高の国内を常に放浪しており、ふらりとやって来ては民の病を治し、またふらりと去って行く。それでも訪れる季節は大体決まっているようだ。鷹山先生はおっとこまえさねぇ。鷹山先生はなーんだって治してくれるよぉ。などなど、老婆はしきりにその医者を誉めていた。因みに帰り際、夕食を一緒にどうかと誘われたが、それは丁重に断った。
 宿に戻るとカカシ先生が待っていた。
「シチュー」
 おかえり、ではなく、それが第一声。よほどシチューが食べたいようだ。
「美味いシチューを提供する店を調べました。三件あります。一、牛肉たっぷりビーフシチューで有名なお店。二、鶏肉たっぷりクリームシチューのお店、三、魚介は少しだけどこの国で唯一ブイヤベースを出すお店。さて、どれにいたしますか?」
「四、イルカ先生のシチュー」
 それは嬉しいリクエストだったが、鍋もなければ具材もない。全て買い揃えてそこらで火を起こして作っても良かったが、どう考えても時間の無駄のような気がした。
 では鶏肉たっぷりという噂のクリームシチューにしましょうねと言うと、カカシ先生は素直に付いて来た。特にこれと言って特徴のない店に入り、シチューを注文する。その間、カカシ先生はずっと無言だった。
 料理が運ばれるまでの間に、俺は本日の調査報告をする。
 とは言え一日目なので、まだ何とも言えない。ただ、コウ硝石を国王が独占しようとしている噂があること、それを国民が不満がっていること、特にコウ硝石を扱う者達は非常に不服に思っていることは確かだろう。噂と言えば朱雀暗殺の話を思い出し、それも報告する。
「接見の間で暗殺依頼する王と、自分達の英雄を殺しに来る忍を待ち構えている国民。まぁ何とも平和な国ですね、ここは」
 苦笑しつつそう言うと、料理が来た。
「カカシ先生の方はどうでした?」
 俺の報告をつまらなさそうにそっぽを向いて聞いていたカカシ先生にそう訊ねると、カカシ先生はスプーンを手にしてシチューを食べる。
「美味しいですか?」
「ん」
「良かったですね」
「ん」
 口布を下げ至極淡々とシチューを食べるカカシ先生は、ただそれだけで絵になった。美しい人は何をしても美しいのだなと感心する。古いテーブルの木目とそこに置かれた薄暗いオイルランプ、くすんだ壁紙、銀のスプーン、白い皿、そしてカカシ先生。要は絵になる人なのだ。ただそこにいるだけで。
「愛してますよ。海よりも深く空よりも高く、全てを焼き尽くす焔より熱く貴方を愛しています。頑ななまでに実直に、強情なまでに忠実に、貴方だけを愛しています」
 誠意を込めてそう告げると、カカシ先生は漸く俺の顔を見た。
「俺が愛するのは貴方だけ。貴方だけが俺の全てです」
 愛しいその瞳を真っ直ぐに見詰めてそう続けると、カカシ先生は子供のような無垢な笑顔を浮かべる。俺が愛してやまない、カカシ先生の魂をそのまま曝け出したような笑顔。
「で。カカシ先生は今日、どんな按配でしたか?」
 そう問うと即座にカカシ先生は顔を背け、「特にこれといったことはなかったよ」と、実にわざとらしい、実に普段通りの声を出してそう言った。
 今日俺が分かったこと。
 国王は効果を知って言葉を使う。国民は国王派と朱雀派に分かれているが、高の国は基本的には平和。特産物の豚肉の塩漬けと牛タンの塩漬けは美味いが、トマトはいまいち。ここの店のシチューはそこそこ。
 それから。
 この任務は、どうやら俺一人で解決しなくてはならないと言うこと。



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