高の国は、コウ硝石と呼ばれる特殊な硝石が採取される。古くはそのコウ硝石を求める大国に幾度も攻め込まれて来たが、外交手腕に優れた歴代の国王による知略と策略により、多少の領土減少はあれど歴史上から一度も高の国は消滅していない。一時期はコウ硝石の輸出とそれを応用した独自の起爆材開発技術で繁栄を極めたこともある。
しかし地下資源に頼る国の多くがそうであるように、国民は資源が永久的にそこにあるものだと信じ込み、自分たちの未来に対しあまりに無計画だった。資源枯渇が囁かれ始めた頃には技術者の流出も酷く、第二次忍界大戦後、国は一気に衰退していく。
高の国は長く国王による政治が続いていたが、不況により民衆の不満は増大し、国内に不穏な空気が漂いだす。そして国王暗殺計画がまことしやかに囁かれ始めた時、前国王の補佐を務めていたとされる朱雀と名乗る男が突如決起。クーデターを起こした。政権が変わり景気も上向くと思いきや、その後も国民の暮らしは良くならず情勢は悪化。朱雀政権は五年も保たず事実上崩壊する。その頃からしきりに王権復活が叫ばれるようになり、現国王の戴冠式と同時に結局高の国は君主制に戻った。
それが俺が出発前に調べた高の国。
因みにクーデターを起こした朱雀と今回のターゲットである朱雀は同一人物ではない。ターゲットはクーデターを起こした朱雀の息子なのだそうだ。現朱雀は前朱雀である父の遺志を継ぎ、君主制の廃止を掲げてゲリラ活動に勤しんでいるらしい。
里を出て四日目の夜に、高の国に到着した。首都は周囲を高い壁で囲んだ典型的な城壁都市だった。
大きな門の前で入国手続きをし、首都の中に入る。どんな感じなのだろうかと興味津々で街の様子を窺ってみたけれど、想像していたものとはかなり違っていた。
資源が尽き、貧しく治安の悪い国かと思っていたが、街の中を歩いてみるとそうでもない。活気があるわけではないが、人々の暮らしぶりは大して悪くない。食材がずらりと並べられた露店はそこかしこにあるし、見かける子供達の発育もそこそこ良い。むしろ元気に駆け回っている。社会の安全や治安を維持するための行政機関も機能しているようで、街角には制服を来た屈強な男が歩哨に立っているし、彼等も俺が眉を顰めるような物騒なものは携帯していない。それに女性が平然と一人で買い物している。犬の散歩をしている老人なんかも見掛けた。
「思ったより豊かな国のように見えますが」
率直な感想を口にしたが、カカシ先生は何も言わなかったのでそれは俺の独り言になった。
カカシ先生は今回の任務が始まってから酷く口数が減っている。それどころか俺の顔もまともに見ないし、俺に触れようともしない。勿論怒っているわけではないし、不機嫌なわけでもない。拗ねている、という表現が最も的確のように思える。
しかし俺はそんなカカシ先生を気にせず、風呂の大きな宿を探してその日は思うがまま旅の疲れを癒した。一見古くて平凡な宿だったが、仲居さんは必要以上に構ってこないしお茶請けは美味かったし風呂は大きく清潔だったし、ついでに飯も美味かったのでとても満足した。特に風呂の大きさと清潔さはポイントが高い。良い所を見付けたなと悦に浸り、俺はぐっすりと眠った。
翌朝は国王との謁見だった。
大国に挟まれつつ自国を守り抜いたという歴史と誇りを感じさせる街の城塞は見るからに堅牢で威嚇的だったが、城自体を守る内郭もそれに負けず劣らずのものだった。壁は不必要なほど高く頑丈そうで、その内側と外側をしっかりと隔てている。
大柄な門番に身分証明を渡すと待つように言われた。暫くすると小柄な女がやってきて、付いて来るように言われる。
敷地はやたらと広くて目測できないほどなのに、途中で庭師と擦れ違っただけで他に人が見当たらない。キョロキョロと辺りを見渡していると、案内人の女から「見るのは良いが勝手に道から逸れないように」と強く警告された。別にそんなつもりはなかったが、とりあえず頷いておく。
遠目に見える国王の居館らしき建築物の外観は、予想に反し比較的落ち着いているものだった。朱雀政権時に居館が取り壊されたと言うわけでもないらしく、しっかりと歴史は感じさせるが、幾分質素にも思えた。虚栄を張る金もないのかと一瞬思ったが、民の様子を見た限りそこまで落ちぶれているとは思えない。それに外装は地味でも内装は凝っているのかもしれない。
それから俺とカカシ先生は、一応変装しているとは言え暗殺依頼を受けると言うのに何故か堂々と国王が執務を行う東塔と呼ばれる場所に案内され、何故か堂々と謁見の間に連れて行かれた。そして大したボディチェックもせずに案内人の女は「跪き、頭を垂れてお待ちください」と言い残し部屋の外へ出て行く。王座の両側に護衛はいるものの、こんなんで大丈夫なのかと他国のことながら少し心配になる。それに謁見の間で堂々と暗殺依頼を受けるなど、聞いたためしがない。
「これじゃ暗殺依頼ではなく、ただの粛清依頼みたいですね」
密やかに行われるのが暗殺だ。でも全然密やかじゃない。
少し苦笑して呟いたが、それはやはり俺の独り言となった。カカシ先生は本当に反応してくれない。
謁見の間の装飾品は、いや見たところ東塔の装飾品はどれも品が良く慎ましい感じがした。窓にかかるカーテンも床を覆う絨毯も柱の彫刻も、派手なものや煩いものはひとつもない。無駄を省き静かで上質なものだけを置いているのだなと思う。
「面を上げ」
膝を突き顔を伏せて国王を待っていると、奥から声が掛かった。
顔を上げるや否や次の言葉がやってくる。
「お前達がすることはひとつ。速やかに朱雀を暗殺することだ。影武者を殺しても報酬はやらん。良いか、影武者を殺しても報酬はやらん。ターゲットは朱雀のみ。他の者には手を出すな。革命派とは言え私の大切な国民だ。朱雀さえどうにかすれば、ゲリラ軍が自然に解体するのも目に見えている。ここに必要なものは入っている。以上。質問は受け付けない。行け」
慣れているな、と思った。
挨拶すらさせない。矢継ぎ早に自分の言いたいことだけ言って、ピシャリと終わる。一方的に終わらせる気迫と威厳もある。
カカシ先生が投げ渡された封筒を拾い、一礼する。俺もそれに倣い一礼する。
謁見は俺が顔を上げてから三十秒で終わった。
その間で分かったことと言えば、国王は髭が生えた細身の男だということ。声は低くはっきり喋り、意図的であったにせよ恐らく本来も幾分早口。眼光鋭く、威圧的。効果を知って言葉を使う。それから、封筒を左手で投げて寄こしたので、多分左利き。そんなものだ。
同じ女に案内され正門まで送られる。
外へ出るとカカシ先生が封筒を開けて中から一枚の写真を取り出した。顔を寄せてそれを見たが、写真はブレていて非常に顔の判別がし辛い。
「分かりにくいですね」
「ん」
「それが朱雀ですか?」
「らしいよ」
「三年前と同じ写真ですか?」
そう訊ねると、カカシ先生は少しだけ嫌な顔をした。
カカシ先生は忍としてのプライドが非常に高い人だ。だから任務失敗とされている三年前のことに触れるのはとても嫌がる。そもそもカカシ先生がずっと拗ねている理由もそこにある。
「同じ」
「そうですか。ところで、初代の朱雀はどうなったんです?」
「朱雀政権が崩壊した時に国王派の者に殺されたと言われている。誰も死体を見ていないけどね」
「分かりました。では指示を」
「情報収集するよ。朱雀に関しては俺が情報を集める。イルカ先生はその他の、何でも良いから何か面白そうな情報を集めて。それから今日はシチューが食べたい」
「了解しました」
三年前のことに触れられ俺からずっと視線を逸らしている可愛いカカシ先生の指示に頷き、今日はシチュー、この国で一番美味いシチューを探す、と心に決めた。