二日目、目が覚めるとカカシ先生は俺の身体にぺったりとくっついて眠っていた。その体温とチャクラはカカシ先生が熟睡していることを正確に俺に伝え、俺を安心させる。
 穏やかに眠るカカシ先生を起こすのは忍びないし、無防備なカカシ先生を飽くことなく見詰め続けたい。カカシ先生だけを慈しみ、カカシ先生だけを眺め、他の一切を消去してカカシ先生の存在だけに浸っていたい。その鼓動を感じその存在に耽溺していたい。この状態で時が止まっても構わない。
 だが時計は元気に時を刻むので、俺は仕方なくカカシ先生を起こした。最初は優しく、いつものようにカカシ先生に愛を囁きながら意識を覚醒させる。今日がカカシ先生にとって良き日になりますようにと祈りながら、何度もその頬を撫でて起こす。カカシ先生は一流の忍なので、勿論すぐに覚醒する。しかし今日は布団の中で俺にぺったりとくっついたまま、なかなか起きられないふりをした。
 最初は優しくしていた俺も暫くすると、鼻を摘まんだり髪を引っ張ったりして肉体に訴えてみた。それでも起きない。普段ではまずないことだ。擽ってみたら漸く目を開けて「おはよう」と美しい顔で挨拶してくれたが、それでも俺の身体を離しはしない。それどころか「まだ良いじゃない」と二度寝をしようとしたり不埒なことをしでかそうと試みたりする。少し強めに背中を叩いたりもしたがこれでは一向に埒が明かないと分かり、仕方なくはっきりと言った。
「カカシ先生、任務」
 任務、の部分を些か強調すると、カカシ先生はすぐに俺から目を逸らして後頭部をガシガシと掻き回した。それからいかにも普段通りの顔と仕草で身体を起こし、そこに大きな欠伸までサービスした。可愛いったらありゃしない。
 その後朝食を摂りながら今日の予定を訊ねてみると、「昨日と同じ」と言われた。それ以上の指示はなく、場所の指定すらされなかったので、俺の判断で自由に動いて良いらしい。
 無口になってしまったカカシ先生にあれこれ世話をして脚絆を巻いていると、今度は無言のままキスをせがまれる。
「愛してますよ」
 ちゅっと音が鳴るようにその愛しい唇にキスをすると、カカシ先生は嬉しそうに目を細める。そして俺が脚絆を巻くのを再開させると、また無言で顔を寄せてくる。
「俺は貴方の忠実な下僕ですよ」
 形の綺麗なその唇を二度啄ばむ。それから脚絆を巻き終えてカカシ先生の額当てに手を伸ばすと、まやもや顔を寄せられた。まったく駄々をこねたり拗ねたりやたらとキスをせがんたり忙しい人だと、俺は心の中で微笑む。それでも俺はそんなカカシ先生が愛しい。俺はどんな時でも、たとえ俺が死んで世の中の生物が死滅してこの星に終わりが来ようとも、俺の魂はこの人を慈しみ続ける。永遠に、終わりなく、絶えることなく愛しい愛しいと俺の魂は、はたけカカシを盲目的に愛し続ける。
 カカシ先生は俺の全てであるから、俺はカカシ先生に関しては一切の妥協を許さない。キスをせがまれれば何十回何百回何千回、永遠に真心を込めたキスをする。
「絶対的で純粋な信頼と愛を込めて」
 コツンと額を合わせて誠意を込めてそう呟き、口付けをする。
 それでカカシ先生は、漸く気が済んだようだった。



 二日目は北で情報収集を行った。
 城の北部はこの都市の中で最も治安が悪い地区らしく、目に映るものは何もかもがみすぼらしかったし、人々は全体的に剣呑としていた。それでも食べるものだけは何とか入手できるらしく、子供達の発育は悪いことは悪いがまだ大丈夫だなと思えるレベルだ。
 大人や年寄りは国王への不満で一杯だということはすぐに分かった。直接話を訊くまでもなく、そこらをウロウロするだけでそんな話題ばかりを耳にしたからだ。特に増税に対する不満と、子供達の教育に関する不満がかなり激しい。貧しい人々にとって子供は大事な働き手のひとつだ。それは分かるし、どの時代でもどこの国でもそうだ。しかし国王は子供に教育を受けさせることを何よりも重視し、法律を整備しこれを義務付けた。善政だと言える行為だが、貧しい人々にとっては死活問題だ。
 増税への不満も凄まじかった。残り少ないコウ硝石を独占し人々に重税を強いて、己は私腹を肥やしている。今も何だかんだと理屈を捏ねて税の比率を引き上げようと目論んでいる。高の国の歴史上最悪の暴君、暗君、この国を滅びに導く者。要はそんなところらしい。時折物騒な言葉も飛び交っていたので、国王への反発はかなり強い。クーデター時はここらの人々が主に朱雀を支援したようだ。
 城壁を抜けると乾いた荒野が広がっていた。
 遠くに聳える山脈に向かい、ひらすらに駆けていく。昨日行った首都の西側とは大違いで、北は枯れ木や岩、乾いた土しかなかった。
 南方から吹く少し暖かい強風に押されるように進むと、ぽつりぽつりとテントが散見し始める。情報収集以前に、どういった人々がどういった暮らしをしているのだろうと純粋に知りたかったのだが、彼等は酷く排他的でろくに会話を交わせなかった。行商人として行李の中の商品を見せ興味をそそろうとしても近付きもしない。話し掛けても無視される。
 しかし諦めて次の集落に向かおうとした時、一人の女が俺に近付いてきた。痩せた中年女性で驚くほど無愛想だったが、焦らずじっくり会話を試みると意外なほど色々と喋ってくれた。
 彼女は、自分達のことを「バーリ」と呼んだ。この荒野に生えている特殊な植物を見付けてはそれを根扱ぎし、その実や葉や根を食べて生きている移動生活者なのだそうだ。「カルデ」と呼ばれるその植物は栄養価が高く、またその実は非常に高価な薬にも使われるようで、他所者が商談に来ることがある。しかしカルデの数は少なくバーリ独自の風習にも密接に絡んでいるので、彼等はカルデを売ることはまずない。それでも金目当てにカルデを欲する者は絶えないので、バーリは他所者には冷たいのだと彼女は語った。
 カルデに興味が湧いたが、あまり訊くと警戒されるので俺は相槌だけ打っておく。それからできるだけ自然に話題をこの国のことに移行させたが、彼女は政治には興味がなかった。彼女だけではなく、バーリは政治には興味がないようだ。
「子供に教育を受けさせるって、たまに街から教師がやって来る。だから我等の子供達は読み書きができるようになった」
 彼女は誇らしげにそう言った。それから俺の行李の中を物色して、こう続ける。
「国王も朱雀も我等に干渉しない。カルデは金になるのに、彼等はそれを奪うこともしない。しかし教師を寄越して子供達に読み書きを教えてくれる。我等は政治には興味はないが、国王にも朱雀にも好感を抱いている」
 彼女は行李の中から二枚の衣服を取り出し、欲しいと示した。金額を告げるとバーリは金を持たないと言うので、では物々交換をしようと提案したが、彼女は金銭の代わりに歌を歌うと言った。
 彼女が歌い出すと近くのテントから女子供が集まり、合唱となった。それは独特のリズムを刻み、複数の異なる動きを持ち、不協和音をあえて入れている、俺が初めて聴く非常に独特な音楽だった。


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