終業の鐘が鳴ると、まだ起立の号令もないのに数人の生徒が立ち上がる。遊び盛りの子供達にとって礼儀作法の授業など苦痛以外のなにものでもなく、今は既に放課後に何をして遊ぶかで頭が一杯だ。
苦笑しつつ教科書を閉じ、今日の宿題を言い渡して授業を終えた。明日はテストだぞーと脅しておくと、批難と不満の声が一斉に上がる。その恨みがましい声にクスクスと笑いながら教室を後にすると、すぐに火影様から呼び出しがあったことが告げられた。今日は受付がないので、雑用を言いつけられるのかと思い火影室に向かう。
重厚な扉をノックし、イルカですと名乗ると入室許可が出た。中に入るとまず銀色の髪が目に映る。どういうことかと内心首を傾げながら一礼し、姿勢を正して指示を待った。
「任務じゃよ」
「はい?」
三代目の第一声に思わず間抜けな声が出た。
受付と火影様の雑務を行っている、つまり里の情報をそれなりに持っている俺には滅多に任務が回ってこない。勘が鈍るのが嫌なので無理矢理サポートに付かせてもらうこともあるが、正式な任務は本当に少ない。ましてや火影様直々に言い渡されるような高ランク任務など、まだ若かった頃に数回行った程度だ。
「俺がイルカ先生を今回の任務の補佐に指名しました」
「はい?」
何故かどこか不機嫌そうなカカシ先生の言葉に、更に間抜けな声が出た。俺がサポートとして任務に出る時はカカシ先生の手が空いている時に限りとキツク言われているし、カカシ先生は俺がサポートを名乗り出ると大抵は承諾してくれる。しかし基本的にこの人は俺が里外に出るのをあまり良く思っていない。そうと面と向かって言われたことはないが、何となく分かる。恐らく心配してくれているのだろうが。
それが一体どんな風の吹き回しなのだろうかと、首を傾げる。
しかし三代目はそんな俺に構わず、何故かどこか億劫そうに淡々と任務の説明を始めた。
三代目の説明によるとだ。
事の発端は三年前。砂の国と岩の国に挟まれた小国、高の国による、朱雀と呼ばれるゲリラ指導者の暗殺依頼だった。その時任命されたのはカカシ先生で、高ランクの単独任務にも拘わらずカカシ先生は予定よりも早く任務を完了して帰還している。
ところが、二ヶ月後に高の国より「朱雀は生きている」と連絡があった。カカシ先生が暗殺したのは影武者であったと通達してきたのだ。国王は激怒しており、木ノ葉に報酬の返還を要求。その時既に次の任務、しかも遠方の戦場に赴き総指揮を執っていたカカシ先生を呼び戻すことができなかった木ノ葉は、それでも里の威信を賭けて調査及び依頼の完全遂行を申し出たが、高の国はそれを頑なに拒否。影武者に踊らされた木ノ葉など信じるに足らんと突っ撥ねた。
小国ながらも古い歴史を持ち各国からも一目置かれ、しかも情勢が些か不安定な高の国とあまり揉めたくない火の国の大名が直々に介入するに至り、結局は木ノ葉が折れる。その件についてろくに調査もできず、報酬の返還に応じるはめになった。通常ではあり得ない。
その後高の国は砂隠れ、岩隠れ、雲隠れの里などに暗殺依頼をするが、何故かどの里も木ノ葉同様に失敗に終わり、巡り巡って……恐らくもう隠れ里を一巡してしまったのだろう、再度木ノ葉に依頼が回って来たのだと言う。
「何ですかそりゃ。五影レベルのゲリラですか」
呆れてそう言うと、三代目は煙管に葉を詰めながら小さな溜息を吐いた。
「とにかくその任務、もう一度私にやらせて下さいと火影様にお願いしまして」
カカシ先生は三代目からの説明を受け継ぎ、俺に向かってそう言う。その声は俺に向けられていたが、視線は何故か三代目に向けられていた。
「ほとんど脅しじゃったがの」
ボソリと呟いた三代目の言葉を綺麗に無視して、カカシ先生は続ける。
「やらせて貰えることになりましたから、今回は補佐を付けることにしたのです。高の国の国王は難しい人ですし、前回のこともあります。今後のこともあります。私一人では幾分不安ですが、貴方なら上手く対応することもできるでしょうし。お願いできますか?」
カカシ先生は丁寧な口調で俺にそう訊ねたが、やっぱり俺の顔は見なかった。声だけならば普段と何も変わらないカカシ先生だ。
俺は横からそんなカカシ先生をじっくりと見詰め、そこに何があるのかしっかりと確かめた。
「拝命します」
俺の言葉にカカシ先生は何も言わず。
「頼むぞ、イルカ」
反応したのは三代目だった。