ぽっかりと浮かぶ月の下、寝静まった街をカカシ先生に背負われて帰る。
トントンと機嫌の良い散歩中の犬のように歩くカカシ先生は今にも鼻歌でも歌い出しそうで、カカシ先生がどれだけ浮かれているのかその歩調から充分伝わって来た。何がそんなに嬉しいのか知らないが、可愛いったらありゃしない。天才上忍様がこんな可愛くて良いのだろうか。反則じゃないのだろうか。しかも野良猫が一匹電柱の陰から姿を現すと、カカシ先生はチチチと舌を鳴らし「光圀おいでー」と呼びかけたりしている。カカシ先生と言いあの若旦那と言い、通りすがりの猫に勝手に名付けを行って呼びかけるのが昨今の流行なのだろうか。
よいしょ、っとカカシ先生が俺を背負い直す。何が可笑しいのかクフクフと笑って、何が楽しいのかさりげに俺の尻を撫で回す。馬鹿者、とその手を叩いてみたら、もっと可笑しそうに笑う。
何がそんなに嬉しいのか、カカシ先生はやたらとはしゃいでいる。とても無邪気に、まるで小さな子供みたいに。
それでもカカシ先生は誰よりも何よりも美しかった。月の光が銀色の髪を照らし白い肌を照らすその様は、あまりに麗しい。小さな小さな光の粒子がこの人の髪に落ち音を立てて弾けているのが見えるようで、この人と月の組み合わせは本当に、凄まじいほど感動的なのだ。
月光の下のカカシ先生はひとつの奇跡だと思う。見る度に激しくそう感じる。こんなに美しいものが存在しても良いのかと疑問に思うほど。
俺はそっとその頬に触れる。
「なに?」
カカシ先生は擽ったそうに笑いながら嬉しそうに俺に問う。
「貴方が実在してくれて嬉しいです。ただここに存在してくれているだけで、俺は嬉しい。カカシ先生は幻でも誰かに作られた架空の存在でもない。貴方が確かにいるというそれだけで、全細胞が熱狂的に喝采するほど俺は嬉しいのです」
背負われたままその身体にしがみつき、俺はカカシ先生の存在に浸る。
この世に存在する全ての者に見せてまわりたい。この人の存在を。この世にあるどんな美しいものをも遥かに凌駕するこの人の、この絶対的で強固な至高の存在を見せてまわりたい。そして全ての生物がこの人にひれ伏せば良い。この人の存在に屈し崇め奉れば良い。しかしそれと同じくらい強く、俺はこの人を隠してしまいたい。岩壁と氷雪壁が行く手を阻む険しい山脈を越え、荒波と強風が渦巻く海を渡り、誰の目も届かぬ場所にこの人を隠してしまいたい。他に何もいらないから、この人を完全に独占してしまいたい。
「ねぇイルカせんせ」
「ちょっと黙っててください。今俺、アンタの存在に陶酔してるところだから」
ピシャリとそう言うと、カカシ先生はひっどーいと文句を垂れながらも嬉しそうに笑った。
月光が作る影が淡く地面に落ちている。俺はカカシ先生の影すらも愛おしく。
「ねぇイルカせんせ」
「ちょっと黙っててくれませんかね。俺は今うっとりとアンタの存在に溺れたいんですよ。一仕事終えた今、ちょっとアンタの背中で恍惚としたい気分なんですよ」
「ねぇイルカせんせ」
「黙らっしゃい。俺の至福の時を邪魔すんな」
「ねぇイルカせんせー。俺のことどれだけ好きか言ってよ」
聞いちゃいねぇなこの美形上忍様は。
俺はハァと溜息を吐き、馬鹿に御機嫌なカカシ先生の耳元に口付けしてから力一杯抱き締め、美形上忍様の求めるがままに愛を囁く。
「梟と呼ばれる者がそうなように、俺もまたカカシ先生のためなら何だってします。貴方が考えることなら何だって同意し、貴方の手足となり貴方のために働きます。俺は貴方の忠実なる従僕ですし、貴方のためなら他者を欺くことすら厭わない。俺はね、カカシ先生。貴方のためにこの世界を作り直したいとすら思うのです。貴方に害を成すモノを消去し、貴方が望むモノでこの世界を満たしてしまいたい。全ては貴方のため。貴方のためだけに俺は生き、考え、行動し、精神と肉体を貴方だけに捧げたい」
「でもシチュー作ってくれませんでしたー。あとお風呂でイチャイチャもしてくれませんでしたー」
「カレーとシチューの違いなど些細なことですし栄養分は一緒です。むしろ恐らくきっと多分あの日カカシ先生はカレーを食べるべきだったのです。それから俺の風呂タイムは譲れないぜ上忍様よぉ」
「睦まじげに戯れ合っている最中にすまんが、私はそろそろ失礼させてもらう」
うっかりその存在を忘れていた白鴉の声に、俺は背筋を伸ばす。挨拶するために降ろして貰おうとカカシ先生の手を叩いたが、カカシ先生は俺を離さず「そ。じゃーね」と彼に向って素っ気なく言っただけだった。
白鴉は何か言いたげにカカシ先生を見ていたが結局何も言わず、代わりに俺に向けてとても友好的な笑顔を極めてわざとらしく向けた。
「今度は一人で観光にでも来ると良い。私は鷹山としてこの国を放浪していると思うので、是非立ち寄ってくれ。その時は茶の一杯でも出すし、トラップ談義でもしようじゃないか。私も他里の教育カリキュラムには興味があるし、それを聞かせてくれたならコウ硝石を使った起爆符でも土産に持たせるよ」
「有難うございます。ではまたいずれ」
「うん、いずれ」
彼は俺だけにニッコリと微笑み、瞬身で消えた。
月下に残るは俺と、今の会話で一気に機嫌が急降下したカカシ先生のみだ。
今のなに?と訊かれても他意はないし、明らかに彼の対はたけカカシ用の嫌がらせだったのに、こうもすんなりと引っかかってしまうこのお馬鹿な人には手を焼いた。でもそこが可愛い。可愛いから思わず白鴉の悪戯に乗ってしまった。鴉の話を聞いてみたいのは本当だけれど。
浮気したら許さないよ、なんて言われると嬉しくて堪らなかった。その声にどれだけ上忍の本気の凄味があっても、俺にとってはこの上なく嬉しい言葉であり凄味であり嫉妬だった。一人で他里なんて行かせないよ、なんて言われると嬉しくて叫びだしそうになった。心と身体の束縛によって指先が痺れるほどの快感を得ることができるなんて、この人を愛するまで想像すらできなかった。カカシ先生によって束縛されている実感が、俺をこうも幸福にする。全てはカカシ先生によって与えられる。苦しみも悲しみも喜びも。
はたけカカシこそ俺の全て。
その意味が分かるだろうか。この言葉の本当の意味が、果たしてカカシ先生に理解できるだろうか。
「大体さ、イルカ先生は俺以外の人間は見ちゃ駄目だと思うんだよね」
宿に到着するとカカシ先生は俺を下ろし、座らせる。
「御安心ください。俺はアンタ以外の人間はみな、空飛ぶミート・スパゲッティのようなものに見えます」
「なにそれ。美味しそうだか何だか分かんない」
サンダルを脱がすとカカシ先生はまた俺を背負い、階段を上って行く。それから部屋に到着すると、今度は俺のベストを脱がせ脚絆を外す。いつもは俺がカカシ先生にすることを、今日はカカシ先生が俺にする。
しかし、布団に寝かされるや否やカカシ先生が覆い被さって来たので俺は慌ててその胸を押して逃げようとした。が、すぐに捕まる。
「俺は風呂に入りたいです! 一仕事終えた後の風呂はまた格別!」
「もう一仕事残ってるじゃない。これが終わったらお風呂に連れて行ってあげる」
えー、と抗議の声を上げてみたが、全くもって無駄に終わった。カカシ先生は凄くやる気だった。ずっとしてなかったよと囁かれればそう言えば挿入はしていなかったなと思い、ずっと我慢してたよと甘えられれば俺もその気になる。任務中、カカシ先生はとても良い子……と言って良いのかどうか微妙だが、本人的にはとても良い子で我慢していたんだろう。
服を丁寧にはぎ取られ冷たい布団の上に全裸で寝そべると、カカシ先生の掌が俺の肌の上をそっと滑る。それは脇腹から胸元に這いあがり、そこにある小さな性感帯を素っ気なく通り過ぎて腕に渡る。二の腕の内側を爪で軽くなぞりながら指の先まで舐めるように撫でると、また脇腹に戻る。それからその掌はゆるゆると足の付け根の方へ向かう。
「足が痛いので優しくしてくださいね」
「俺が優しくしなかったことなんてないじゃない」
カカシ先生は耳元でそう囁きながら少しだけ笑った。
「足以外の部分も色々手加減してくださいね。俺、明日の早朝には出立しないと大事な授業に間に合わないんです」
「優しくするけど手加減はしないよ」
その艶のある低い声が耳から身体全体に染み渡り、俺をじっくりと溶かしていく。カカシ先生の掌と僅かに聞こえるその息遣いが俺を淫らな生き物に変貌させていく。身体中を這う手が、指が、ぐったりと力の抜けた肉体に性的行為とその快感の始まりを告げていく。神経が通る場所なら全部、どこもかしこもで愉しもうよと俺を甘く誘惑する。そして俺はそれに逆らうことなどできない。逆らうつもりもない。
俺より少し冷たい唇が俺の唇に触れた。それから感触を愉しむように何度か啄ばみ、弾力を確かめるように押し当てられる。互いの息が掛かり、混ざる。触れ合わせるだけの口付けに夢中になっていると、不意に胸の尖りを摘ままれて身体が大きく震えた。
小さな嬌声を漏らし、堪え切れずに舌を差し出すとカカシ先生は優しく受け入れてくれる。意思を持ったひとつの生物のようにそれはいやらしく、そしてねっとりと絡められ、伝ってくる温かな唾液を俺は浅ましいほど必死になって飲み込む。コクリと喉を鳴らしてそれを飲み込むだけで、唾液を含んだ熱い舌で俺の舌をゆるゆると撫でられるだけで、思考は煮崩れしていき性的な願望と妄想に支配されていく。
じわりと、身体の奥底で熱が生まれる。
胸を弄られ深く口付けされるだけでその熱は広がり、焦げ付くような肉欲はすぐに血脈を滾らせる。
この人になら何をどうされても構わない。どんなことでもして欲しい。どんないやらしいことでもして欲しい。俺の妄想を超越するような淫らな行為を、失神するまで強制して欲しい。どんな格好でもしてみせる。どんなことも口にしてみせる。この人が望むのであれば、何だってできる。何だってして欲しい。
指を挿入されるとまた身体が大きく震えた。
「イルカ先生、今日凄いね。もうとろっとろ。ずっと出してなかったもんね」
嬉しそうにそう囁くカカシ先生の声と瞳は酷く淫猥で、俺の肉欲を堪らなく強く刺激する。熱い身体を擦り寄せてもっとと訴えれば、カカシ先生は指で俺を悦ばせてくれた。
「んっ……あ…も」
身体をくねらせてその身体にしがみ付くと、瞼の上に宥めるようなキスが落ちてくる。
「まだ無理。もうちょっと待って」
指が増え、好きな所ばかりを攻められるとそれだけで射精しそうになる。熱に浮かされ汗が滴り何もかも蕩けているのに、カカシ先生がくれる快楽が身体の深い所を鋼鉄の硬さで暴れ回る。
暴れ回る。
暴れ回る。
「――あ、あっ…カカシせん…ァ……」
強い射精感に襲われ腰を浮かせると指を抜かれた。嫌だと叫びそうになったところで片足を抱えられすぐに性器を押し当てられる。そして、重く押し入ってくるその質量と熱さに俺は歓喜の声を上げながら射精した。
どうにかなりそうなくらい気持ち良い。気持ち良い。
全身がのたうつほどキモチイイ。
根元まで挿れられるだけで喚きたくなるくらいキモチイイ。
この身体を揺らして燃やして欲しい。繋いで溶かして欲しい。俺を求めて欲しい。カカシ先生によって与えられる卑猥な悦びに永遠に縛られ完全にねじ伏せられたい。
なまぬるい泥沼に抱き合いながらゆっくりと沈んでいくように、俺とカカシ先生はセックスに耽溺する。どこまでも果てしない、底のない、もったりとした重たい泥沼の中に。俺達はそこで溶け合ってしまえば良いんだ。肉体を融合させてしまえば良いんだ。指を絡め舌を絡め身体を繋げ同じ快感を追い続け、身の内に燃え盛る激しい炎が神経を焼き切るまでこの行為に溺れ息も絶え絶えにヤリまくろう。嗚呼、なんてキモチイイ。
悲鳴を上げるほどキモチイイ。
貴方の存在そのものが俺の五感を司り俺の精神を支配する。貴方の存在そのものが俺を新たな悦楽へと導く。貴方の存在そのものが。
――嗚呼。