「止めなさい」
それまで微動だにせずただ静かに俺の話に耳を傾けていた国王が、初めて口を開いた。
「二度目はない……か。まぁ、少し調べれば分かることをここまで誤魔化して来られたのは幸運だったのかもな」
「誤魔化しきれてはおりませんよ。主要な隠れ里が朱雀暗殺に失敗した時点で、どの隠れ里にもおおよそのことは見当が付いていたはずです。糾弾しなかったのは各国の大名から圧力がかかったから。ただそれだけ」
その後に朱雀暗殺を依頼されただろう小さな隠れ里には細かな情報は入らないし、この手の大きな依頼は滅多に回って来ないだろうから浮足立ったはずだ。そしてまんまと梟の罠に嵌った。
「そもそも貴方達の国の商売は、忍あってのものでしょう。それなのに何故、忍そのものに喧嘩を売るようなことをしたんですか?」
国が戦争をしても実際に戦うのは忍であり、コウ硝石を使った武具はほとんど忍相手に売られる。武具で成り立っていたこの国にとって隠れ里を敵に回すのは死活問題だったはずなのだ。
国王はまず俺の手にあるクナイをヒョイと指差し、それを仕舞うように無言で指示をした。俺がそれに従うと、次に俺の背後に視線を向ける。カカシ先生が白鴉の拘束を解くと、国王は漸く俺の質問に答える。
「この国はどの隠れ里とも一線を引いてきた。どこの隠れ里とも武具の独占販売契約はしていないし、近隣諸国に攻め込まれた場合も毎回違う隠れ里に撃退を依頼してきた。どこかひとつとベッタリ関係を結ぶことはあり得ない。何故なら今こうしてかろうじて保たれているパワーバランスが大きく崩れるからね」
国王は俺が想像した通り少し早口にそう話し、一度言葉を切ると梟に向けて水差しを指差す。
「我々は今は周辺諸国とも上手くやっているが、国家に真の友人などいやしない。幾ら我が国に領土的野心などないと言っても、他国は決して信じない。仮にこの国が木ノ葉と親密な関係を築くとしよう。すると高の国と火の国は今よりも更に強大な力を持ち、火の国と接している砂の国の脅威となる。砂は高の国とも隣接しているゆえ、強国に挟まれた砂はまず間違いなく何らかの行動を取るだろう。木ノ葉だけじゃない。どこの隠れ里と親密になっても、均衡は崩れる。だから我が国はこれ以上強くなってはいけない。この、ギリギリで保たれている平和のためにも」
梟がグラスと水差しを持って来る。
静々と彼がグラスに注ぐと、国王はそれを手にして一口飲む。
それから一息吐き、話を続ける。
「どの隠れ里とも一線を置く。平等に武具を売り、どこにも肩入れしない。だからこの国はやってこられた。常に中立を保つことがこの国の信条だった。この計画もまた然り。どの隠れ里にも真実を話さず平等に利用させてもらう、それで大名達を納得させた。大名達も自国の隠れ里が必要以上に我が国と親密になり力を持ちすぎるのを良しとしないからね。戦時にはどこよりも強くあって欲しいだろうが、平時には自分達が抑え込める程度の力しか持って欲しくないのだろう」
「忍に悪感情を持たれることよりも、政治的な均衡を重視したわけですね」
「忍よりも大名の顔を立てるのは当然だし、そもそも忍という者達は基本的に良い割り切り方をするからな。次にこの国が攻め込まれても、金を積めばどこかは必ず引き受ける。君が言うようにこの計画を見透かされ誤魔化しきれていなかったとしても、事実各隠れ里の忍は今も普通に武具を買い求めに来ている」
俺は思わず苦笑する。
一度国家規模の茶番劇に利用されたからと言っても、所詮その程度だ。金を積まれ里長がその依頼を受ければ、忍はこの国のために戦う。そういうものだし、この国の武具は各自の思惑とは関係なしに、忍に必要なものだ。
国王はゆったりと足を組み、続ける。
「ところで君は城郭の中に何があるか知っているか? 我が居城の他に」
「コウ硝石を使って独自開発されている武具工場ですね」
国王はちらりと俺の背後にいる白鴉に視線を遣り、小さな溜息を吐いた。俺は慌てて続ける。
「鴉のトラップは大したものですよ。実際、私もはたけカカシも白鴉なしではここに入ることはできなかったでしょうから。しかし少し張っていれば分かることなのです。コウ硝石を運び入れるための裏門は通常より大きすぎますし、敷地内には消火器具は多すぎますし、他にも」
「――別に白鴉を責めるつもりはないよ。ただほんの一週間で君にここまで見破られるとは、やはり私達は忍を少し見縊りすぎていたのだなと思ってね。他里の忍にもバレているのだろうか」
「恐らくは」
「ゲリラ達が我々に生かされているように、この国もまた生かされている」
「ある意味そうだと思います。しかしこの国が生きているこの結果は、貴方を含め歴代の国王達の努力が実っているからだ。武力衝突を避け、できるだけ外交によって問題を解決してきたからこそ、この国は存続し続けられている」
そこに何があるか分かったからと言って、鴉がいる以上ここに侵入するのは容易くはない。しかし忍大国が国王暗殺レベルではなく本気でこの国を潰そうと動いた時、鴉だけでここを守れるかと言えば微妙だとしか言いようがない。昔と違い今は外郭だけでこの国を守り切るのは難しいだろう。しかしそれをしないのは、この国が火種となり再度大戦が勃発するリスクがあるとは言え、各国の大名がこの国を潰すことを望んでいないからだ。
俺は続ける。
「内郭に工場があるのは、コウ硝石ともに生き、そして死ぬと言う国王の意思の表れだと見受けられます。だが、幾ら国民に問題があったとは言え、そして別の道の模索を始めたとは言え、何故技術者まで放出したのですか?」
それによってもらされる損失は計り知れない。技術は一朝一夕で培われるものではないのだ。それを知っていたからこそ、歴代の国王は技術者を城壁の中に半ば監禁してきたのではないのか。