ふわりと。
 忍のものとは思えぬ乱れた殺気が俺の隣で膨れ上がった。
「事故、とも呼べる。しかし、はたけカカシはただ自分の任務を遂行しただけ。貴方に依頼された任務を遂行しただけ。問題は、はたけカカシが当時担ぎあげられていた朱雀を偽物と見破り、その背後で事を操っていた前白鴉こそが朱雀そのものだと看破するほど有能だったこと。いや、そもそも貴方達全員が木ノ葉を、忍そのものを見くびっていたことなのかもしれません」
 俺はここに足を踏み入れてから一度も開口していないカカシ先生を見遣る。
 カカシ先生は白鴉の殺気を浴びても平然と国王を凝視していた。
「カカシ先生、貴方は任務失敗などしていない。しっかりと完遂している。そうですね?」
「そうだよ」
 カカシ先生は素直な子供みたいな口調でそう答えた。
「白鴉と偽朱雀を殺したんですね?」
「白鴉だけだよ。偽物は所詮偽物、朱雀と名乗っていただけの傀儡だった。俺がその時受けた依頼は、速やかにゲリラ指導者である朱雀を暗殺すること」
 俺は頷いて国王に視線を戻す。
「前白鴉は影で上手く立ち回っていたでしょうが実際に彼こそがゲリラ指導者だったし、そして彼は、事実朱雀だった。朱雀計画の立案者であり実行者である三人の中の一人ですからね。はたけカカシが彼を殺したことは、実に適切な判断だったとしか言いようがない」
「あの頃は今ほど凝ったゲームを作っていなかった。偽朱雀は一人だったし、その偽朱雀自身に関しても俺の目を欺けるほどの工作をしていなかった。前白鴉は恐らく、見破られても自分が暗殺者を撃退できるという自信があったんだろうね。彼は確かに強かったしセンスもあったけど、実戦経験においては俺に遥かに劣った。でも彼は引かなかった。驕っていたのかもしれないね」
「師匠を悪く言うな! 師匠はお前から仲間を逃すために時間稼ぎを―」
 カカシ先生の言葉に白鴉が怒声とともに立ち上がった。
 その言動に梟が顔を顰める。
「それでも彼はあまりに真っ向から俺に戦いを挑みすぎた。まるで自分の力を試してみたいと言わんばかりにね」
 淡々としたカカシ先生の言葉に、白鴉は息を飲む。
 国王の近衛隊として長くそれだけに特化してきた鴉は、一般の忍よりも戦闘の機会が少なかった。それでも戦闘技術や組織としてのレベルは高いし、少数精鋭の鴉達もそれを自負しているだろう。しかし実戦経験はどこかで積まなければならないし、国王を狙う他国の暗殺者を退けてきたという自信からも彼等は実戦自体を強く望んでいるはずだ。強い力を持つ者なら誰もがそうであるように、彼等は純粋に知りたいのだ。自分達の力がどこまで通用するのかを。
 一昨日対峙した鴉の二人組もそうだった。彼等にはどこか、自分達の力を試してみたいという気持ちが見え隠れしていた。小さな世界で生きている彼等には、自分達が井の中の蛙なのではないかという不安が必ずあるはず。だから戦闘時にはやけに好戦的になる。白鴉の反応からして、鴉に所属する者達はみな同じ傾向にあるのだろう。
 黙りこくった白鴉を見て、俺は話を再開させる。
「前白鴉の死は貴方達に動揺をもたらした。しかしすぐに後継者を立て、計画を続行させる。朱雀という架空の存在を復活させ、国民と木ノ葉にその情報を流し、更には木ノ葉と揉めるのを避けるために、火の国の大名に話を付けてくれるように取りはからってもらう。また、同じ過ちを犯さぬように新白鴉は現場に出さず、各国の忍をしっかりと騙せるように綿密に計画を立て直し対朱雀暗殺忍用の楽しいゲームまで作った」
 本物の朱雀を探すゲームはさぞかし面白いのだろう。何せ他里の忍がまんまと騙されている。疑うことを常とする忍の更に上をいくのだから、戦略的にも戦術的にもそれは大したものだ。
「どの隠れ里の追求も強引に絶ってきたのでしょうね。忍は大口顧客である大名に手を引けと言われれば引かざるをえない。貴方達はそれも見越して最初から各国の大名には話を付けてあるし、隠れ里に支払われるべき金額を大名達に渡せば話は丸く収まるのだから楽なものだ。そうやって忍と国民を騙しながら、新白鴉には新しい仕事をしてもらう。国民に未来のビジョンを見せ、正しく導く仕事を」
 また白鴉が殺されたりしたら堪ったもんじゃないですからね、と俺は付け加える。
「民衆のガス抜きをしていくのと同時に、民衆を教育していく者も必要ですよね。熱に浮かされた人々をコントロールするためのカリスマが前梟だったように、分かりやすく未来を提示するカリスマが現白鴉……鷹山先生だったわけだ。良いと思います。私はこの計画についてとやかく言うつもりはないし、とやかく言う権利もない。群衆がいもしない英雄を実在すると思い込み、朱雀という幻に踊らされていても木ノ葉には関係ない」
 それから大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐きだして少しの間を開け、俺は再度強い視線を向けて言う。
「ただし、国王。二度目はないのです。木ノ葉を舐められては困ります」
 俺は硬い口調でそう告げた。
 一度目は火の国の大名に横槍を入れられ追求を断念して報酬の返還に応じることになったが、二度目はありえない。木ノ葉の威信にかけて。
「今回もどうにかなるとお思いになったのですか? 木ノ葉をそれほど見くびっておられますか? 今回も我が里の至宝、はたけカカシが直々に参上したわけですが、それでもどうにかなるとお考えになられましたか?」
 俺はゆっくりと立ち上がり、一歩前に進む。
 それに続いてカカシ先生も立ち上がり、静かに場の空気を強張らせた。
 俺は国王と対峙し、しっかりとその目を見据えて問う。
「お聞かせ願いたい。貴方は朱雀暗殺を木ノ葉に依頼なされたが、我々は誰を殺せば良いのですか? 顔を変えられ暗示をかけられ、喋れないように喉を潰された罪人達を全て殺せば良いのですか? 白鴉とその仲間を全滅させれば良いのですか? 梟とその一族も根絶やしにすれば良いのですか? そして、前国王と貴方の親子二代に渡る……いや、国王、梟、白鴉、この三者が二代に渡りここまで仕立て上げたこの計画自体を潰せば良いのですか? それとも、貴方を殺せとでも?」
 ヒュン、と音を立てて白鴉がクナイを投げたがそれはカカシ先生によって軌道を変えられ俺の髪を一筋切り落とし壁に突き刺さった。梟も小刀を抜いて国王の前に立ちはだかったが、俺はそれらを全て無視して国王と睨み合う。
「今現在ゲリラの指導者はシキョウという名の男だそうですね。滅多に現場には訪れないようですが、シキョウ……鴟梟ってそのまんまじゃないですか。俺はその方を殺せば良いのですかね」
 唇を噛み決意を露にした梟を視界の片隅に入れたまま、俺はクナイを抜く。再度白鴉が俺を狙いそれを阻止せんとカカシ先生も動く。キィンというクナイ同士がぶつかる音がし、俺の背後で激しく両者の攻防が繰り広げられる。
 俺の髪がまた一筋切り落とされ、その直後に白鴉の呻きが聞こえた。カカシ先生に拘束されたのだろう。近距離での戦闘に巻き込まれベストも切り裂かれたが、俺はそれらに一切構わず国王を真っ直ぐに見据え続ける。
「やれるものならやってみるが良い」
「梟を殺してみろ、宣戦布告とみなす!」
「私は争いに来たわけではありません。お伺いを立てに来たのです。一体誰を暗殺すれば良いのかと。それに―先に木ノ葉を謀ったのは貴方達だッ!」
 敵意を剥き出しに叫んだ梟と白鴉に、俺は声を張り上げる。木ノ葉だけではない。彼等は全ての隠れ里に泥を塗る行為をした。


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