六日目、目覚めれば当然のようにカカシ先生がぺったりとくっついている。
そろそろ朝日も昇ろうかという頃合いだしカカシ先生のおかげで温かくてよく眠れたし、普段ならばどこにも問題はないのだが、ここは俺のアパートではないので熟睡して良い場所ではないし、そもそもここは他国でしかも野宿をしていたわけだし、更に言うならばカカシ先生はどこで誰に狙われるか分かったものではないビンゴブックの常連である。だから昨晩見張りを、と言う話になったはずなのだ。
ところがどうだ。俺は交代時間に起きることもせずぬくぬくと眠り続け、カカシ先生も俺にぺったりとくっついて幸せそうに眠っている。見張りはどうした、見張りは。
緊張感の欠片もないカカシ先生を起こして交代時間に起きられなくて済みませんと謝ったら、結界張ったから問題ないよと言われた。だからって外で二人でぐーすか眠りこけるのはどうなんだとか昨晩のじゃんけんの意味は何だったんだとか色々と言いたいことはあったが、目覚めと同時にカカシ先生が俺にうにうにと甘えてくるので何も言えなかった。カカシ先生はどんどん甘えたになっている。しかしこの甘えは拗ねていた時のような不安からくるものではなく、俺がこの任務の状況を把握しつつあることに対する喜びの現れだ。
なかなか離れないカカシ先生をよしよしと可愛がりながら出発の用意をし、朝食を食べながら今日の予定を立てる。どうしたい?と訊ねられたので、一旦宿まで戻りましょうと答えた。自分の目で確かめたいことがあったし、少し調べたいこともあったのだ。
カカシ先生に背負われて、移動を開始する。
まだ少し肌寒かったが、今日もよく晴れていた。雨なんて降っていたら、それだけで気力と体力を消耗する。忍は天候に左右されないよう修業を積んでいるけれど、そして任務によっては雨天の方が仕事がしやすかったりするけれど、負傷者を背負って長距離を移動するには晴れている方が良いに決まっている。決して体重が軽いとは言えない俺は晴天に感謝し、俺を楽しそうに背負うカカシ先生に感謝をする。
途中でコウ硝石を運搬している一団と擦れ違ったが、良い警備の仕方をしていた。あのド素人ゲリラだけでコウ硝石を略奪することは困難だろうから、成功させる時はそれなりの者がそれなりに動くに違いない。洞窟にいたあの二人組のような者達が。もっとも彼等がそう頻繁に、しかも目立って行動するわけもないので、バレないように上手くやっているのだろう。そう思うと、彼等は彼等で御苦労様なことだ。
午前中には宿に到着できたので、まず風呂に入った。当然俺にくっついてくるカカシ先生と一緒に、昨日今日の疲れと汚れを落とし、風呂場に誰もいないのを良いことにイチャイチャと仲睦まじく風呂に浸かる。温泉談義をし、最近俺達が嵌っているドラマがこれからどうなるのか予想し、何だかんだと言い合いながらしっかりと疲れを取った。合間合間に数えきれないキスを交わしながら。
部屋に戻るとさっくり頭を切り替える。
俺は国王が寄こした封筒をカカシ先生から貸してもらい、資料と正式な依頼書を再確認した。資料はブレた写真以外は引っ掛かる点がなかったし、偽情報も書かれていないようだった。綺麗に纏めてある上、そこそこ使える情報が記載されているように見える。依頼書にも不自然な個所はない。最下部には「国王御印」と篆刻された印がしっかりと押されていた。俺はそれを眺めながら時間をかけて思考を纏め、俺の身体を足の間に挟んで髪を拭いていたカカシ先生に移動のお願いをした。
その後準備を整え、城の近くにある比較的背の高い建物の屋上に運んでもらう。
内郭の塀の向こうに政務を行うためらしき建物があり、その向こうに国王の居館が見えた。閑散とした城の北側に比べればチラホラと人影もあるが、それでも塀沿いに作られた道の中でここらは比較的人通りも少なく、仕事をしやすい。しかし、だからこそこの辺りは厳重にトラップが張られている。
「カカシ先生、塀に感知トラップがありますから、それで敵を呼んでください」
痛めた足を庇いながらその背中から降り、そう頼む。
「少し相手をすれば良いの?」
「いえ、敵に発見されることなく戻ってください。それからトラップが発動したのはあくまでも偶然、といった感じでお願いします。人為的なものではなく、偶然」
偶然、という言葉に力を込める。ここでひと悶着起こしたくはないし、無闇に警戒されるのも避けたい。それから、万が一戦闘になったら困る。ただでさえ俺の実力は高くはないのに、今は足を負傷して下忍以下レベルだ。カカシ先生の足手まといどころの話じゃない。
「りょーかい」
カカシ先生は俺の言葉ににっこりと笑って頷き、足元に落ちていた小枝を拾った。それからその小枝にほんの少しだけチャクラを込めながら、目を細めて塀を見詰める。どれだけ目を凝らしてもここからはどのようなトラップが仕掛けられているのか見えないので声を掛けようとしたのだが、結局何も言わずに済んだ。
カカシ先生は知っていたのだ。以前の任務時に調べたのか、それとも今回俺と別行動を取ったいた時に調べたのかは分からないが、とにかく塀のひび割れの隙間にある感知符の存在を知っていたのだ。
カカシ先生は印を結び、風遁で強い突風を巻き起こす。風属性でもないのに、この人は全ての属性の忍術を何故ここまで強力に発動させることができるのだろうと不思議に思うほど、それは広範囲を駆け抜ける見事な突風だった。そしてその突風に乗じて、カカシ先生は手にしていた小枝を投げる。勿論狙い通りの場所に突き刺さる。
それを見て、この距離で何故そこに当てることができるのだと、はたけカカシ絶対至上主義者である俺ですらやりきれなくなった。この人は完璧すぎてたまに頭にくる。
「一歩も動かずしてやってのけるとは流石です」
「いつもより心がこもってない賛辞だね」
「あまりに超越したものを見せられると、凡人は感嘆することすらできんのです。しかも高度な忍術などではなく、容易にできそうでまず凡人にはできないコトをさらっと見せつけられると、俺ですら言葉を失うのです。むしろなんか腹立ってくるんです。この世の理不尽さみたいなものを目の当たりにした気分です。なんすか今のなんすかなんでこの距離からあんな隙間狙えますか俺だったらそんな発想も浮かばないし浮かんでもできないしあああ中忍舐めんなよ!」
「イルカせんせの身体は舐めたいけど、イルカせんせは舐めてないよ」
「黙らっしゃいこのド天才上忍が!」
嬉しそうにじゃれついてくるカカシ先生を放っておいて監視を続けていると、随分の間を開けて漸く塀の向こうから二人組の男が顔を出した。身を隠して見ていると、彼等は周囲を警戒し人目がないことを知ると感知符の確認に向かう。それから身を屈めてそこを調べ、何事かを囁き合い、カカシ先生が放った小枝を丹念に調べ、最後に肩を竦めて戻って行った。どうやら突風によって小枝が偶然引っかかり、感知符が動作したのだろうと結論付けてくれたらしい。
ここの城には様々なトラップが仕掛けられているようだが、ここは感知と幻術を両方行う非常に高度な札で守られていた。仕掛けた者でないと解除はまずできないものだ。もし彼等にそれだけのものを作れる技術と知識と忍術レベルがあるのなら、小枝が意図的に刺さったのだと気付くだろう。いくらカカシ先生が本物の超絶的な天才でも、それがどれだけ僅かでも、一旦チャクラを流した以上その痕跡は残るのだから。
しかし彼等にはそれを感じとるだけの腕はなかった。
「やっぱり額当て、してませんでしたね」
彼等が引き揚げると俺はそう呟いて立ち上がり、カカシ先生に手を差し出す。カカシ先生はすぐに俺の前に回って身を屈め、俺を背負ってくれる。
それから俺は茶屋の若旦那のところに連れて行ってもらい、簡単な昼食を食べながら話を聞いた。どうしても知りたかったことが二つあったが、有難いことに若旦那は両方とも知っていた。
それは良いのだが、何故かカカシ先生が所有権を誇示するかのように若旦那に俺との仲をアピールするのは参った。何を考えているんだ、この上忍様は。
午後からは若旦那に教えられた通り、城壁を出て西に向かった。初日に婆さんにトマトを貰った村の方だ。
小さな村を回って、情報を集めながら進む。
何かの種を蒔く人々、穏やかに水を流す用水路、時折顔を覗かせる小さな生き物、そして畑の上でひらひらと舞っている蝶達。空は晴れわたり、空気も清々しい。これが任務でなかったら、その辺の木陰でカカシ先生と一緒に昼寝でもしたいくらいだ。こんな平和な場所ならば、慌ただしい日常を忘れ、カカシ先生と一緒に幸福に満ちた時間を心ゆくまで満喫できるだろう。
そんなことを考えながらぼんやりしていると、牛車に乗った老人に手招きされた。何だろうと近付くと、俺を背負ったカカシ先生が大変そうだから、乗せてくれると言う。老人も丁度俺達が向かっている村に行くところだったので、御好意に甘えることにした。
世間話に花を咲かせていると、老人が何気なくトマトをくれた。ここらの老人は他所者にトマトを与える風習でもあるのだろうか? 良く分からないが、断ることもできないのでカカシ先生と二人で食べる。勿論あまり美味くはない。
「あまり美味くはないだろう」
感想を漏らさず二人で黙々と食べていると、老人が俺の心を見透かしたように言う。何と返事をしようか一瞬迷ってしまった。
「この国は土が痩せていて、農作物が上手く育たなかったんだよ。それにこの国は豊かすぎて、何もしなくても生活できたもんだから、私達農夫から向上心と言うものが失われていた。ここら辺りなんて酷かったよ。適当に作物を作って街に出しても、街には他国から入る美味いものが溢れてるから売れやしない。売れなきゃ廃棄だ。それでも生活は国が保証してくれる。本当に自堕落な生活を送っていたさ」
そこで言葉を切り、老人は辛そうに笑った。
自堕落だったのはきっと農夫達だけではあるまい。この国は豊かすぎたと、樵の老人も言っていた。他の人々も口を揃えて過去の繁栄を語った。この国は恐らく本当に裕福すぎて、大切なものを多く失ったんだ。
老人は続ける。
「それでも歴代の国王は、何とかしようと力を入れてくれた。自分達の手で、コウ硝石や豚の塩漬けにも負けない良いモノを作りなさいと、沢山お金を投資してくださった。国が貧しくなっても、投資はずっと続けてくださった。国が混乱し、生活が苦しくなり、追い詰められ、私達はやっとその有難味に気付くことができたんだ。トマトだって、昔に比べたらそれでも美味しくなったんだよ」
老人は牛車に揺られながらしみじみとそう話してくれた。
婆さんがくれたトマトもこの老人がくれたトマトも、勿論北の村の人がくれたトマトも、美味しいものを作ろうと努力している最中のトマトだったのだ。貧しくなって、それでも援助を続けてくれる国王の熱意を感じて、みなで努力している最中のトマトだったのだ。俺は手の中にある齧りかけのトマトを優しく撫で、大切に味わって食べた。