仕方ないので、一番朱雀がいそうな所を目指した。ゲリラの本拠地でもあり後方支援を行っているとされる、国境付近にある小さな村だ。遠いので面倒臭いのだが朱雀を探して森林の中をうろつくよりは早いし、ゲリラの偶像がいかにもいそうだ。
 そろそろお腹減ったねー、とか、喉乾いたからお水飲もうよー、とか、もうほとんどピクニック気分のカカシ先生の相手をしながら森林を駆けて行く。気を抜くとうっかり手でも繋いでしまいそうな雰囲気になるので、とても困った。俺は任務中なのだが、大好きなカカシ先生に可愛く「お腹減ったー」なんて言われると、すぐさまその辺りの野鳥でも狩ってじっくりコトコト煮込みポトフでも作ってあげたい気分になってしまう。危険だ。
 休憩時にはカカシ先生のために作った俺特製兵糧丸だけを渡して、俺もそれを食べた。日が暮れるまでにはある程度のことが知りたかったので、肉体の疲労が取れるとすぐにまた移動する。甘えん坊のカカシ先生の相手はそれはそれは楽しかったが。
 予定より早く村に到着できると、早速俺とカカシ先生はいかにも朱雀がいそうな場所を探した。ちょっと確認したいだけなので、何だって良い。影武者だろうが鬼武者だろうが武者小路さんだろうが、朱雀を名乗っているならばその正体が何であっても良い。
 日が沈む頃になるとカカシ先生と一旦合流し、成果の報告をする。「いかにも」と言う場所があったよとカカシ先生が言うのでそこに一緒に赴く。そこは村の外れにある神社の奥の、全くもって出来過ぎているだろうと突っ込みたくなるくらいの洞窟だった。確かに「いかにも」だが。
「ああ、ここトラップが張ってありますね。アタリですね」
 何かしらの事情があって村民がここを使っているとしても、こんなトラップなんて使うわけない。朱雀と名乗る男がいると見て間違いなかったので俺がそう呟くと、カカシ先生は嬉しそうに笑う。そこは笑いどころか?
「イルカせんせ、さっすがー」
 俺がトラップに気付いたから嬉しかったというわけか。
 実際にそのトラップは上忍レベルにしか分からない高度な技術が使われていたが、何となく見縊られたような気分がして少々むっとした。するとカカシ先生がすかさず頬を擦り寄せ、キスまでしてきた。どうもカカシ先生には緊張感というものがない。ピクニックの延長気分過ぎる。
「しかしこれは解除面倒ですね。感知トラップと起爆トラップの二重、三重かなぁ。慎重にせねば……と言いたいところですが、こんなところでモタモタするつもりはないので敵を呼びます。カカシ先生、相手していただけますか? 俺はさっくりと中を見たいので」
「りょーーかいっ」
 カカシ先生の長い腕が俺の身体に巻き付き、ぎゅっと強く抱き締められた。おまけにもう一度キスされる。どうやらカカシ先生の機嫌は鰻のぼりの鯉のぼりで、風に吹かれてパタパタと気持ち良くたなびいているようだ。昨日までいじらしく拗ねていた人とは思えない。
 纏わり付いて離れないカカシ先生を良い子良い子と撫でながら、俺は感知トラップだけを上手く反応させた。それからカカシ先生に指で隠れるように指示し、俺自身はセールスマンのように姿勢を正しそこに突っ立つ。
 暫くすると洞窟の中から視線を感じ、そのまま辛抱強く待っていると二人の男が顔をだした。
「はじめまして、こんにちは」
 俺は爽やかな笑顔を作り、はっきりした口調で男達に挨拶をした。我ながら良い笑顔ができたと満足する。男達は怪訝そうにお互いの顔を見合わせる。
「私は朱雀暗殺を依頼された、木ノ葉の忍です。ここまで噂は流れていると思いますが、それが私です。どうぞ宜しくお願い致します。しかし私は正直なところ、ただのしがない中忍でして、ノコノコとここまでやって来たは良いのですが困ったことにトラップの解除ができません。トラップ好きなのでここにトラップが張ってあることは分かったのですが、解除となるとこれがまた」
「何だお前」
「いやですから、木ノ葉の忍なんです。朱雀暗殺を依頼されている者です」
 顔の傷をポリポリと指で掻きながらヘラリと笑うと同時にトラップが解除され、二人が飛びかかってきた。
「カ―」
 カシ先生、と名を呼ぶ前に抱えられ、身体が宙を舞う。カカシ先生は着地するや否やまた跳躍、着地した地面にクナイが突き刺さる。早い。カカシ先生ではなく敵の攻撃が想像以上に早い。思った以上の相当な手練。
 敵が印を結ぶとカカシ先生は俺を下ろし、相殺印を結ぶ。俺はカカシ先生の後方に回り、とにかく敵の攻撃を回避することにだけ集中する。クナイを避ける。飛ぶ、避ける、下がる、飛ぶ。敵はそのうちカカシ先生だけに集中しだす。
 俺はそこで水遁の印を結ぶ。
「させねーよ!」
 敵が俺に気付き相殺印を結んだところで、カカシ先生が動いた。素早く距離を縮めて上段蹴りを喰らわす。しかしもう一人の敵が一気に俺に近付きクナイを突き付け―。
「はやっ!」
 ギリギリのところで回避し思わず素で叫んだら、敵に笑われた。続いて右側頭部に蹴りが来る。避けきれないと判断し右手をガードに回すと敵の足が途中で軌道を変え右足を蹴られる。クソッタレなくらい重い蹴りに激痛が走り、そしてまた笑われる。
「俺はしがない中忍って言っただろ!」
 痛めた足を庇い次の攻撃を必死で回避しつつそう喚くと、殺気を漏らしたカカシ先生が援護に来る。敵がカカシ先生の攻撃に四苦八苦しだすと、俺はそそくさと戦線離脱をして洞窟内に向かった。
「あ、カカシ先生その人達殺したら駄目ですよー」
 そう叫びながら振り返ったら、カカシ先生に蹴り飛ばされた敵が復活していた。だが俺がここに入ってしまえばもう関係ない。如何にあの二人が手練だろうが、俺という枷がなくなったカカシ先生の相手ではないのだ。その証拠に、二人を相手にしながらカカシ先生は「はーい」と、えらく呑気な声で返事をした。
 洞窟の中は長細く、行き止まりに見えた個所の仕掛けを見破ると奥はアジトと呼ぶに相応しい作りになっていた。だらだらと続く廊下、各所にある蝋燭の弱い光、幾つもある扉、食糧庫、簡単なトラップもあるし裏口も二つある。
 よく作ったなぁと感心しながら痛む足を引き摺って中を見て歩き、最奥まで行くとちゃんと朱雀はそこにいてくれた。
「こんにちは」
 虚ろな目をしている朱雀に声を掛け、俺は敵意がないのを示すために部屋の扉を開けたままの状態で立ち止まり、両手を上げてニッコリと笑う。
 国王が寄こした写真はブレていてとてもじゃないが人相の判別には役に立たないが、それでもこの男が朱雀だと言われたらそうかもしれないと思うくらいには、彼は写真の男と似ていた。着ているものも身に付けているものもそれなりなのだが、顔色やその雰囲気からして長いこと日の光に当たっていないのは明白で、鎖で繋がれているわけでもないのに男はどこか罪人を思わせる。年はまだ若く、日光に当たっていないだけで肉体的には恐らく健康そのもののはずだが、精神的には残念な状態になっているだろう。その目を見る限り僅かでも自意識と呼べるものが残っているかすら怪しい。
「少し近寄っても良いかな?」
 床に散乱している手紙を読もうと優しい声を掛けながら一歩近付くと、男は機械的な動作で自分の胸元を指差した。
「自爆かな? そういう暗示にかけられてるかな?」
 返事はないし、男は俺の言葉を聞いているふうでもない。ただ他人が近付いたから決められた動作をした、それだけのようだ。
 男が反応できない忍としてのスピードで近付くのは容易いが、しかし迂闊に近付くのは止めておこうと思った。どの朱雀も、殺されても良いからそこに配置されている。死んでも良いと判断されているから朱雀として配置されている。だからこそのトラップも張れる。それに危ない橋を渡っても、ここで得る情報など知れている。
 一歩進めた足を戻して部屋の中を見渡していると、カカシ先生がやって来た。
「早かったですね。殺してませんよね?」
 振り返ってその頭を撫でると、カカシ先生は嬉しそうに俺に擦り寄った。
「どっちも殺してないよ。イルカ先生を蹴った方はちょっと痛めつけておいたけどね」
 ちょっと痛めつけておいた。そのちょっとがどの程度かかなり気になるが、殺してないのならば良いだろう。骨一本程度で済んでいて欲しい。
「で、どうなったんですか?」
「二人とも逃げたよ」
「忍が来た場合、少し相手をして毎回逃げているのでしょうね」
 背後からぺったりと俺にくっついてくるカカシ先生は、何が可笑しいのか俺の言葉にクスクスと笑う。それから俺と一緒に部屋を見渡し、ふーんと素っ気ない感想のようなものを漏らした。
「で、どうすんの? これから。イルカ先生、あの男を調べたい? 手伝おうか?」
 俺の肩に顎を乗せて、良い子のカカシ先生がお手伝いを申し出てくれる。
「いや、結構です。あの人からはどんな情報も出てこないでしょう。出てくるとしたらさっきの二人組でしたけど、まぁ彼等も口を割るような根性ナシでもないでしょうし。それよりもここに散乱している手紙、凄い量ですね」
 顎でそれを示して視線を落とす。
「だねぇ」
「ここがゲームの始まりなんですね」
 そう言うと、カカシ先生は俺の背中で大層愉快そうに笑った。それから俺の身体をぎゅうぎゅうと抱き締め、口布まで下げて俺に何度も何度もキスをした。
「イルカせんせは、一体どこまで分かってる?」
「大体のことは。朱雀暗殺任務を受けた忍はまずここにやって来て、入口のトラップとあの二人の襲撃に驚くことになる。ゲリラが忍を雇っているなんて情報はありませんでしたからね。額当てもしていないから、抜け忍かどうかも分からないわけですし。で、少々混乱させておいて次はここ。この人に上手く近付いて情報を探ろうとし、そこに何もないと分かると次は散乱した手紙。ぱっと見るからに暗号文ですよね。しかもこの量。きっといかにも怪しいことが書いてあるんだろうなぁ」
「だろうねぇ」
 カカシ先生が甘えたな猫のようにじゃれついて来るので、俺はその頭をよしよしと撫でてあげる。
「その解読が終わって、次に行く。どうせそこにも何やかんやととっても楽しい仕掛けがあって、その次、その次、あーそろそろ本物の朱雀に近付いてきたぞ、って頃には一週間くらい経ってるんだなぁきっと。多くの忍が失敗してるとあってこの任務に就く忍も警戒してるはずだ。その裏をかくんだから、そりゃもう限りなく白に近い朱雀が本物だったー、みたいなオチが待ってるのかな。それともそのまま真っ黒朱雀が出てくるのかな。どっちにしろ、俺達忍が夢中になるような、知的で体力も消耗する、いかにもそれらしいゲームになってるんでしょう」
 些か興味はある。興味はあるがそれをする時間はない。
「で、イルカ先生はそのゲームには?」
「参加なんかしませんよ。そんな暇ないし意味もないし俺、足が痛い。宿に帰ります」
 重心を後ろに倒してカカシ先生に背中を預けると、カカシ先生は擽ったそうに笑いながら俺を抱き締め、今日何度目かになるのかも分からないキスをした。
 それから俺はカカシ先生に背負われ、そのアジトを後にした。外に出ると完全に日が暮れていたし俺の足のこともあったので、今日中に宿まで戻ることを諦め途中で野宿をした。
 カカシ先生は俺の足の具合を見ると端正な顔を顰め、もうちょっと痛めつければ良かったと呟いた。それから俺に向かって、守れなくてごめんね、とも。手当てが終わると川で魚を採って食べ、腹が膨れるとどっちが先に見張りに立つのかじゃんけんで決めた。俺が先に休むことになった。薄い毛布は持って来ていたけれど、ここらの夜はとても冷える。小さく丸まっているとカカシ先生が俺を優しく抱えてくれた。
 見上げれば悠然と微笑むカカシ先生がいる。その向こうには満天の夜空が広がり、目に映るもの全てはあまりに美しく俺を恍然とさせた。



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