鉱山は城の北東にある。
 鉱山と街を結ぶ街道は、コウ硝石を運ぶ重要なものなので完璧に舗装され警備もしっかりしており、間違っても山賊の類には襲われない作りになっていた。少し行くと乾燥地帯に入り殺風景な景色が広がるのだが、要所要所には見張り台もあり敵襲に備えている。手抜かりはない。
 鉱山にも行ってみる?とカカシ先生に訊ねられたが、そこにはあまり興味がなかった。なかなか凄い警備だよーとカカシ先生は笑っていたが、俺が万が一ドジを踏むと国際問題に発展し火影様の迷惑になる。それにコウ硝石の採掘や選鉱を見ても社会見学的な気分にはなるがただそれだけだし、実際のコウ硝石の残量にも興味はない。
 鉱山を右手に見ながら街道を外れ北西に向かうと、徐々に緑が生い茂るようになり、ひとつ河を越えて更に進むと森林に入った。そこはこの国特有の動植物が多く、移動しつつも何気に観察していると、遠くの方からドンという地響きがする。そして風によって運ばれる火薬の臭い。
「今交戦中ですかね。正規軍が出張ってるのかな」
「っぽいね。こっちが正規軍。こっちがゲリラ」
 カカシ先生は返事をしながら指を小さく左右に振るので、俺は右を指差し正規軍の方に行くことを告げる。
 正直に言って、ここに来るまでこの高の国に本当にゲリラなるものが存在し、またそれが本当にゲリラらしい活動しているのか甚だ疑わしいと思っていた。そりゃ不満もあるようだがそんなものどこの国でも一緒だし、それに城壁内はともかく郊外はとにかく羨ましいほど平和だった。だからもしそれが存在していたとしても、ロクに活動していないのではないかと訝しんでいたのだ。
 しかし戦線に近付き木に登って観察してみると、これがなかなかどうして結構なものなのだ。ゲリラ達の顔にも使う火薬の量にもその本気が窺える。体躯も良く、カカシ先生が言ったようになかなか屈強そうだ。でも、何故か不思議なことに戦術は酷くいい加減のように見えた。ド素人まるだしと言うか何と言うか、俺一人でもどうにかなるレベルだ。正規軍は流石にしっかりしているが、こちらはゲリラを上手くあしらっているだけのようだった。
 ひとしきり戦況を観察して見回りの目をかい潜り、正規軍の司令部に行く。歩哨に立つ男に「こんにちは」と朗らかに声をかけ、反応をさせずにそのままテントの中に入った。
 折り畳み椅子に座り、簡易テーブルに広げられた戦地図の上に足を乗せて大きな欠伸をしていた男が驚いて俺達を見る。
「こんにちは。木ノ葉の忍です」
 そうにこやかに挨拶すると、後ろでカカシさんがクスリと笑った。
「へ?」
 男はポカンと口を開け、間抜けな声を出す。
「木ノ葉の忍ですよ。ほら、今回朱雀を暗殺しに来た。噂になってませんか?」
「あ、ああ。なってる。……なってるけど」
 それ俺ですよー、と親しみのある笑顔を向けながら俺は男に握手を求め、男が呆気に取られながらも慌てて足をテーブルの下に引っ込め握手に応じると今度は勝手に椅子を出して男の正面に座った。ここまで来れば後は俺のペースである。
 暗殺依頼を受けた忍が挨拶に訪れたのは初めてですよ、なんて言われたが、お互い大変ですよねぇと世間話に花を咲かせながら話を聞いてみると、正規軍も俺達と同じく、国王に朱雀以外を傷付けるなと言われていることが分かった。しかし調子に乗せることもできないので、それなりに、それなりに、うまーくあしらっているらしい。御苦労さまですとしか言いようがない。
「最初は違いましたよ。手加減なんてできないくらい向こうも凄かった。規模なんて今の十倍はあったし、統率も取れていたし訓練もされていた。こっちも向こうも結構死者が出てました。それが徐々に落ち着いて規模も小さくなって、今では国王様も、朱雀以外は殺すなー、なんて仰られるようになるまで弱体化した。良いことなんですけど、適当にあしらうのも難しいし朱雀がどこにいるのかも分からないしで、結構大変なんです」
 男はハァと深い溜息を吐いて俺に煙草を勧めた。俺は丁寧にそれを辞退する。
「ゲリラの指揮を執っているのは、シキョウという男らしいですね。どんな男ですか?」
「見たことないんですよ。捕虜に訊いても、滅多に戦場には顔を出さないって言ってました。話によると、背が低くて女みたいに髪の長い男だそうですが」
 長くゲリラを相手にして戦っているのにロクな情報を得ていないことを恥じ、男は少し苦笑する。
 それでは現場で指揮を執っているのは誰ですかと訊ねると、隊長格の者はコロコロと変わっていると言う。ここ最近などは、もう日替わり定食の如く変わるのだと言う。じゃんけんで決めてるんじゃないかと疑ってしまうと、男は笑った。それにしても何とも適当なゲリラもいたもんだ。
 俺も男に合わせて笑いながら、情報を纏める。正規軍も朱雀以外には手を出すなと国王に言われている。ゲリラの指揮、指導者的な立場にいるのはずのシキョウは、滅多に顔を出さない。
 しかし、それではシキョウは普段どこにいるのか。
「白鴉の方は?」
「白鴉は三年ほど前からパッタリと見なくなりましたね。捕虜に訊いても、死んだんじゃないかなって言ってたし、俺もそう思いますね。結構年取ってたし。白鴉を見なくなってからゲリラが一気に弱体化して、その代わりにシキョウが来たようなんですけど、シキョウは役立たずというか何と言うか。何なんでしょうね」
「ほんと、何なんでしょうかね」
 俺は心底男と正規軍に同情し、その後お互いの健闘を祈りテントを出た。歩哨の男に「どーも」と挨拶をして来た道を戻る。
 それから、ハァと重い溜息を吐き。
 荒っぽい足取りでガサガサと音を立てながら歩き。
 ガツンと一発木の幹に拳を当ててから。
「何ですかありゃ! 戦略のプロって設定ならもうちょっとどうにかすべきでしょうに!」
 少し移動してから誰に言うともなく声を荒げると、カカシ先生が楽しそうに笑った。
「戦地図?」
「そうですよ。現場に顔を出さずとも、もうちょっとやりようってものがあるでしょう? 何ですかあの兵站線。ド素人丸出しじゃないですか!」
 テーブルの上に置かれたそれを見た瞬間から、その出鱈目さに溜息が零れそうになった。戦争のプロである俺達忍でなくとも、それなりに軍事を齧っている者であれば誰だって頭を抱えたくなるだろうその兵站線。正規軍もきっとそこを突けば早いと分かっているのだろうが、ヘタをすると餓死者が出かねないので放置しているのだろう。生かさず殺さずは良いが、ゲリラ相手にダラダラと戦わなくてはならない正規軍が不憫でならない。
 先程まで勃発していた一時的な交戦が終わったようなので、前線に近付き、もう一度木に登って確認してみると、もう嫌になるくらい出鱈目な撤退が目に映った。
 本人達はきっと生かされているとは思ってもいないのだろう。まさか毎回毎回こうやって生かされていると思いつくはずもない。
 再度ハァと重い溜息を吐き、次はゲリラのアジトの方向へ向かう。
 ゲリラは鉱山から北西に伸びる森林地帯を根拠としており、その森は岩の国との国境付近まで続いている。地図で見るとなかなか広いので、そこにどれだけの影武者朱雀を置いているのだろうと想像するだけでゲッソリした。とてもじゃないけれど、全部回ってチェックする気にはなれない。しかし、ここまで来たのだから一人くらいはこの目で見ておきたい。何でも良いので一番近い朱雀の場所まで案内してくれませんかと頼むと、カカシ先生はヘラリと笑って、分かんないと答えた。この人、ここ数日一体何をしていたのだろう。


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