今日も今日とてぺったりとくっついているカカシ先生は、昨晩のあれこれもあってかぐっすりと眠りこけていた。余程良い夢でも見ているのか口元には薄らと笑みを浮かべ、窓から差し込む朝の光で銀色の髪と睫毛はキラキラと輝き、それらは見た者全てを確実に感嘆させる美貌を更に際立たせている。きっと誰がどれだけ頑張っても、この人以上に美しい造形にはならないだろう。いかに上手く変化してもこの人には敵わない。何せ毎日見てるのに目が覚める度に俺はこうして見惚れてしまうのだ。美しすぎて逆に腹が立ってくる。何だこの顔は。反則だ。左目に走る傷でさえその美しさを損なうことがなく、むしろこの傷が、作りものではない美しさとは何かを見る者に啓示してくるのだ。ずるい。卑怯だ。俺の顔を横切る傷はそんな高尚なものじゃないぞ。何故だどうしてだ中忍だからかバカヤロー!
頭にきたので鼻を摘まんでやったら、カカシ先生はほんの少しだけ眉根を寄せてから目を覚まし。
「おはよ」
天使だ。間違いない。
「朝っぱらから壮絶に美しい笑顔有難うございます。尊いと言うかもったいないと言うか、本当に無垢で麗しいやんごとなき笑顔でございました。もう腹も立てられない。天使すぎてもう腹も立てられない。俺は感動した! 猛烈に感動した!」
「ん、有難う。それよりも何か怒ってたの?」
「ええ、怒ってましたとも。アンタがあんまりに美人なもんだから、俺は醜くも嫉妬してアンタを窒息せしめんと試みていたのです! あなおそろしや」
ぺったりとくっついたままのカカシ先生をひっぺ返そうとしたが、俺の身体はしっかりとホールドされたままだ。起きますよと言う意味を込めてその背中をトントンと叩いてみたけれど当然のように離してもらえず、逆に頬を擦り寄せられる。
「だから昨日俺もしてあげるって言ったのにー」
「俺の怒りと俺の睾丸の中の諸事情とは全く微塵も関係ありません」
溜まってるから怒りっぽくなってるんだとか何とか勝手なことを言って俺の尻を撫で回そうとする天使様にチョップをし、それでもぺったりとひっつく天使様を引き摺って布団から出ると俺は風呂の準備をする。
「お風呂行くの?」
「昨晩は帰って早々俺の愛しい天才上忍様が可愛らしく甘えてきたので、入る暇がなかったのです」
「大変だったねー」
カカシ先生は他人事のようにそう言ってやっと俺から離れ、自分も風呂の準備をし始めた。
宿の風呂は俺が風呂でそこを選んだだけあって広々としているし、清潔だし、二十四時間入れるようになっている。長い廊下を二人で手を繋いで歩き、途中で朝食の準備も頼んでおいて大浴場に行くと、俺は肩を回して癒しタイムをどっぷりと楽しむための気合いを入れた。風呂はいついかなる時も俺を癒してくれる魔法だ。
元気良く全裸になり、タオルを引っ提げて洗い場に行く。コックを捻ってシャワーを浴び、モシャモシャと髪を洗っていると不埒な上忍が性懲りもなく如何わしい行為を働こうとした。勿論俺はその手をピシャリと叩く。
「御無体はお止めください上忍様。誰が入ってくるかもしれないのに」
「大丈夫。幻術かけておいたから、暫く誰もここには入って来られません」
ニコっと笑ってそう答えるカカシ先生に俺は絶句する。この人は何を!
「何を言っとりますかアンタマジでブン殴りますよ! 他人の風呂タイムを奪うとは信じられない悪行悪徳不道徳の極み! 極悪非道行為! 今すぐ幻術解きなさいッ!」
泡だらけになったまま立ち上がり風呂好きの代表者として糾弾すると、カカシ先生は一瞬キョトンとし、それからいかにも渋々といった感じで幻術を解いた。朝風呂を楽しみにしていた爺さんがカカシ先生の幻術により、この宿の廊下をウロウロするはめになったらどうするんだ。想像しただけで申し訳なくて仕方ない。
全く何を考えているのですかと叱りつけていたら、カカシ先生は反省したのかとても大人しくなった。大人しくなって、またぺったりと俺にくっついてきた。身体を洗っていてもぺったり。湯船に浸かってもぺったり。長風呂できないくせに俺にぺったり。叱られて反省して甘えているのは可愛いが、湯あたりでもされると困る。俺は頃合いを見計らってカカシ先生を浴槽の縁に座らせ、その膝の上に頭を乗せた。
「カカシ先生、朱雀の情報頂けますか?」
頬に張り付いた髪をかきあげてそう頼むと、カカシ先生の身体がピクリと動いた。
「声が出ないっていう、朱雀の情報」
目を閉じてそう続けると、俺の髪をカカシ先生はゆっくりと撫でる。
「ねぇ、イルカせんせはどこまで調査進んだ?」
「それなりに。後は憶測を確信にするだけです」
カカシ先生が喜んでいるのがその手先から伝わる。
カカシ先生によると、朱雀は国王が寄こした資料にある通り、コウ硝石の鉱山の北西にある森をアジトとしていた。ゲリラ活動は三年前よりも格段に沈静化しつつあるが、それでもまだ鉱山で採掘、選鉱されたコウ硝石の運搬を狙い、それを略奪しては他国に売り払って資金源にしたり、高の国の職人達に配ったりしているそうだ。ゲリラは主にコウ硝石採掘の制限により解雇された鉱山の労働者及び武具職人によって構成され、火工品の扱いに長けた男達はカカシ先生の目から見てもなかなか屈強らしい。
朱雀はカカシ先生が依頼を受けた三年前には既に声を失っているとされていた。何らかの事故により声帯を損なったと言われているが、初代朱雀が死に白鴉に二代目として担ぎ出された時には既に声を失っていたと言う話もある。よって朱雀は作戦の指揮を執らない。現行の指揮は戦略のプロとか何とかで雇われたシキョウと呼ばれる男が執っているが、この男の素性は不明。精力的に動いた前朱雀と違い、現朱雀はそこにいるだけの存在になっている模様。しかし、だからこそ多くの影武者達の中からどれが本物の朱雀なのかを割り出すのに手間取るのだろう。
途中で大浴場に客が入って来たので、話は一旦止まる。俺とカカシ先生は朝風呂をまったりと楽しんだ後、部屋に帰って朝食を食べながらまた話を再開させた。
朱雀の影武者が何人いるのか正確な人数は分からない。とにかくそのどれもが「いかにも朱雀らしい」扱いを受け、「いかにも朱雀らしい」振舞いをする。ゲリラの多くもどれが本物かは知らされていない。ゲリラは朱雀が生きているだけで良いのだし、とにかく朱雀が自分達の側にいるらしいと言うそれだけで勇気付けられるからだ。因みにシキョウは朱雀との接触をほとんどしない。現朱雀は文字通り、ゲリラ達の偶像なのだ。
朝食が終わると、クナイや手裏剣などの点検をして戦闘に備える。
「なに急に。今日はゲリラのアジトにでも行くの?」
朝食が終わるや否や当然のようにぺったりと俺にくっつくカカシ先生が、不安げな声を出した。
「カカシ先生も行きますよ。今日から一緒に行動です」
後ろから抱き締め頬を擦り寄せていたカカシ先生は、それを聞いてやけに喜んだ。猫がじゃれつくように俺に纏わり付き、しきりに俺に「んー」と甘えた声を出しキスを求める。拗ね拗ねのカカシ先生はそれはそれで貴重で可愛かったが、甘えたなカカシ先生もまた格別だ。まぁ、どんなカカシ先生でも俺はいつでも変わらず大好きなのだが。
「イルカせんせと一緒ならどこにでも行くよ。それにしてもやっと朱雀を探りに行くんだね。俺はてっきり、イルカ先生は初日から朱雀に張り付こうとするのかと思ったよ」
「天才上忍様は俺を馬鹿にしとりますか。朱雀に張り付きどれが本物か見極めようとするなんて依頼を受けた全ての忍がする行為。それでも影武者に踊らされたんだから、正攻法でいったって上手くいくわけないでしょうが」
ちょっとムっとしたのだが、カカシ先生はそんな俺を意に介さずやたら嬉しそうに俺にキスをした。