「俺は最近、イルカ先生に触ってもらっていない」
帰るや否や俺の最愛の恋人様は、何があったのか突然真面目な顔で不平を漏らした。昨日も今日も散々キスしてこの拗ね拗ね上忍様を宥めていたのだが、まだ足りなかったようだ。
俺は、座布団を折り曲げてそこに頭を乗せて横たわっているカカシ先生の側に行き、正座をしてその白い手を握った。
「ただいま帰りました。遅くなって申し訳ありません。カカシ先生、ごはんは?」
カカシ先生はへそを曲げた猫のように、すまし顔でそっぽを向く。
凶悪なまでに可愛い。
「ごはん、食べました?」
「いらない」
不機嫌な声を全開にしたカカシ先生は、すぐに自分の出した声と口調に対し瞳に後悔の色を浮かべた。しかしそれでも頑なに不平がましい態度を崩さない。
「絶対いつもより冷たい。イルカ先生はこの任務が始まってから、すっごく冷たくなった。あんなに俺のことが好きだったのに」
「今も好きです。この先もずっと好きです。貴方しか愛しておりません」
「でもキスしかしてくれない。俺は触ってもらってない」
視線を畳の上に落して拗ねた口調でブツブツと不満を漏らすカカシ先生を眺め、俺は笑いだしそうになった。カカシ先生はこの任務が始まった時から、いや俺がこの任務の説明を受けるために火影室に入った時から、ずっと普段通りの自分を演じようとしてきた。俺には随分と中途半端に見えたけれど、それでも本人的にはそれなりに頑張っていたのだろう。
しかし、どうやら限界がきている。
「うみの家の家訓なんです」
「でたな、うみの家の家訓」
「秋深し、イチャラブ行為は控え目に。さすれば幸運たまに来るかも」
「今は秋じゃないもん」
俺の手を振り解いて、カカシ先生は畳の目をほじほじと爪で引っ掻きだす。
こんなに甘えたになっているカカシ先生は初めて見る。カカシ先生は子供みたいに純粋で素直な人で、たまに猛烈に可愛い部分はあるけれど、それでも基本的には他の誰よりも大人だった。知的で落ち着きがあり、客観性があり中立的で、他者に対する距離の測り方も抜群に上手い。その美しい容姿に見合う言動をするし、常に余裕というものを持ち合わせていた。恋人となってからもキスは強請れど我儘なんて言ったこともない。本当に完璧な人だった。
それがこうも手のかかる甘えたになっている。
愛しくて愛しくて、俺は両手で振り解かれたその手を包み込んで持ち上げる。そして頭を垂れて唇を寄せた。
その狂おしく愛しい手の甲は俺に愛されるためにここにあり、その狂おしく愛しい指はまさしく戦忍のそれそのもので気高く美しく、その狂おしく愛しい爪は今日も理想的に形良く整えられている。
ありったけの愛を献上するように、俺はその手のあらゆる場所に唇を押しつけた。
「愛しております。貴方だけをひたすらに愛しております。溶鉱炉のような炎熱の愛を貴方だけに贈り続けます」
「溶鉱炉って例えは嫌かな」
「愛しています。大気を突き破るほどの轟音を上げ、全てを悉く打ちのめす嵐のように愛している。海を飲み干し天を引き裂き大地を木端微塵に粉砕するような、超越的に莫大な力で貴方を愛している。どんなものですら決して抑えきれぬ怒涛の如く、一切の妥協なく貴方だけを愛している」
カカシ先生は漸く俺を見上げる。
それから世界の支配者のような顔をして、視線だけで俺に続きを求める。
「地獄の炎よりも苛烈な灼熱の愛を貴方に捧げる。地上の生物が死に絶え、この星の寿命が尽き、この空に浮かぶ全ての星が死んで何もかもが無に帰しても、俺は貴方を愛し続ける。貴方を信じ、貴方を徹底的に愛する。貴方と俺以外の人間が残らずトマトになったって構いやしない」
「なにそれ!」
カカシ先生は子供のように目を見開き輝かせ、心底可笑しそうに笑った。
俺はそんなカカシ先生をうっとりと見詰めながら、愛を囁き続ける。そうしながら口付けをし、指で触れ、服を脱がせてゆっくりと素肌に触れていく。
俺は下僕のようにカカシ先生に尽くす。
指や手の平、唇や舌を這わせ、奇跡の如く完成されたその身体に愛を告げる。一心に真心を込め、極上の快楽を与えられるよう全身全霊でカカシ先生に奉仕する。カカシ先生が悦ぶのなら俺は何だってする。どんなことでもできる。
俺の唇がその身体の隅々まで余すところなく触れた頃、カカシ先生は熱い吐息を漏らして腰を浮かせ、そこに直接的な刺激をせがんだ。
だから俺はその愛おしい性器に口付けをする。
舌を出してなぞり、淫らな動物のようにそれをねぶり、柔らかく包み込むように咥え込む。カカシ先生の性器が口の中で熱く脈動する度に、俺は眩暈を感じるほど激しく高揚する。全身の血液が滾り細胞全てが歓喜し熱狂するのを感じる。カカシ先生の悦びは俺の悦びであり、カカシ先生の喘ぎは俺の喘ぎだ。
俺は一途にカカシ先生に尽くす。ひたむきに、そして断固として揺るぎなく、情熱的に。
カカシ先生は不安なのだ。
この任務が始まってから、いや俺が火影室に入ってからずっと不安がっている。上忍の、いや、はたけカカシとしての誇り高さが前回失敗したとされているこの任務に拘りを抱かせ、同時に強い屈辱をもたらし、そしてその屈辱が不安に結びついている。
俺の、はたけカカシにおける評価が下がっているのではないのかと。
カカシ先生は誇り高く、俺の前では体裁が悪いことなんて絶対しない。任務で負った小さな怪我でも不必要に恥じ、「俺、カッコ悪いな」と何度も呟くような人だ。いつでも任務は完璧にこなしたい人なのだ。そして案外嫉妬深く、俺が他人を誉めると可愛く嫉妬したりもする。
そういう人なのだ。
そういう人だからこそ任務の失敗、特に単独任務の失敗は極端に屈辱だと感じるだろうし、呆れるほど余計な心配もしてしまう。俺にどう思われているか不安になる。
その夜、俺は俺の中に湧きあがる凶暴なほどの愛しさを手懐けることもできず、病的なくらい執拗にカカシ先生に尽くした。