初代朱雀のことを。まずそこから教えて欲しい。
最初にそう頼むと、店内は一気に罵詈雑言で溢れた。国王派は比較的に大人しい人々が多いと思っていたが、そうでもないようだ。とりとめもなく各々が好きなように朱雀を罵りだすので、俺は教師として培った経験を活かし話を纏めては上手く導いていく。
結果、様々なことを知ることができた。
まず、君主制である高の国の政治体制は専制政治だ。国王は戴冠式と同時にこの国の全ての権限を継承され、文字通り全面的に支配する。つまり、この国のあらゆることを一身に背負うことになる。しかしいくら国王が働き者であったとしても、外交から内政に至るまで独りでこなすのは現実的に無理があるので、この国にも宰相がいる。宰相を務める者は古くから国王家に仕えている、ある一族から選ばれるという。国王の忠実な部下であり一番の理解者である彼等は、代々梟と呼ばれている。
「代々とか多いですねこの国」
ソーセージにフォークを刺しつつ門番に感想を漏らすと、高の国は全体的に世襲が多いのだと言われた。門番のように、特に城勤めの者のほとんどはまず世襲らしい。料理人や掃除婦に至るまでだ。ついでに茶屋の若旦那も「俺んところも俺で七代目だ!」と元気良く言っていた。それはどうでも良いんだが。
とにかく第二次忍界大戦が終結した後、武具の需要を失いコウ硝石採掘の制限までかけられ国の経済が一気に悪化し民衆の不満が募りに募り、そろそろ暴動でも起こるんじゃないかといった事態になった時にクーデターを起こしたのが、その当時の梟だったのだ。
「俺はさ、クーデターの第一報を聞いた時は城仕えなんてしてない、一般人が首謀者だと思ってた。アンタにゃ信じられないと思うけど、本当に当時のこの国はちょっとおかしかったんだ。誰も彼もが殺気立ってて、変なことばっかり口走ってた。でもな、それでも城仕えの者とは思わなかった。しかも梟とはな」
苦虫を噛み潰したような顔でビールを飲む中年男性がそう言う。
「梟の忠誠心はそれほどまでに強かったと?」
「さぁな。歴代の梟はまず滅多に表に出て来ない連中だった。いやそもそも、この国の中央は少々秘密主義っぽいところがあってさ、俺達下っ端は城の奥どころか城の表面を半分知ってるって程度なのさ。抽象的な意味でも文字通りの意味でもな。何せ俺達通い勤めは、住み込み連中のことを何も知らねぇ。城の奥に何があるのかも知らねぇし、国王の側近すらほとんど知らねぇ。でもな、それでもあの城に仕える者はみな、あるんだよ。どんだけ貧しくなって馬鹿みたいに不満漏らしたってさ、ここに」
男は自分の胸に拳を置き、俺を見詰める。
「血って言うかな。国王に全てを委ねてきた先祖代々の、国王に対する絶対的な信頼ってもんが」
男の言葉に周囲の人間が強く頷く。そうだそうだと小さく呟く者、悔しそうに唇を噛みしめる者、更には涙ぐむ者までいた。
「それなのに、梟は裏切りやがった。裏切ったどころの話じゃねぇ。梟の名を捨てて朱雀と名乗り、あろうことか国王に刃を向けやがったんだ。たった一夜にして、俺がこの国の主、俺こそが民衆の味方、なんて言いだしやがってよ」
「たった一夜にして?」
「そうだよ。突然ぽっと出てきて、これこれこうなった、俺がこれから高の国を良くする、これこれこんな案がある、こうすれば景気は良くなる、コウ硝石の制限を止める、こんな公共事業をする、こんな法を作る。そりゃもう国民が呆然としてんのを良いことに次々とそんなことを捲し立てて、勢いで国民を納得させちまった」
「実際口が上手い奴だったよ、初代朱雀は。梟やってたような奴だからそりゃ滅法賢くて弁が立った。誰が反論しても論破したしね。それに何て言うか、カリスマみたいなもんも実際持ってたねぇ」
黒ビールを運んできた太った女の給仕がそう補足した。
クーデターが起きた一夜のことを詳しく訊いてみたのだが、これはみな口を揃えて分からないと言うばかりだった。いついかなる時でも、城の奥で起こったことは外には漏れてこないのだそうだ。ここら辺りは徹底している。ただ、クーデターは一人でできるものではないし、梟派が小さな勢力であれば当時の情勢がどうであれ国王に刃を向けることはできなかったはずだ。そこを突っ込んでみると、また面白い話が転がり出た。
国王の近衛隊、鴉だ。
クーデターが起こるまで、鴉がどんな構成なのか知る者はおらず、またそれを見た者すらいなかった。その名を表すように黒装束を身に纏っているとか実はたった一人なのだとか色々噂はあったようだが、とにかく誰も見たことがない、それでも確実にいるとされていた存在。比較的新しい、とは言ってもここの連中にとっての新しいは五十年前とか百年前とかそんなだが、とにかく比較的新しく、その名称以外は秘匿されていた存在。
しかしその鴉が国王を裏切り、突然民衆の前に姿を現した。
梟がその舌先三寸で鴉を扇動し、それにまんまと乗せられた鴉がクーデターを起こしたとも言われているが、ともかく突如秘匿されていた国王の懐刀が姿を現し、自分達は梟に従うと声明を出した。
鴉の統率者は白鴉と名乗る大層威圧的な男だったそうだ。白鴉率いる鴉は腕の立つ連中だったらしく、この国にも小規模ながら国防軍はあるのだが、国王を救出しようと全面的に対決の意を表した彼等を、鴉はしっかりと制圧している。鴉は梟の右腕となり力で黙らせる役目を負っていたのだろう。
ともかく梟はその演説家としての才能と、白鴉率いる鴉の武力によってクーデターを成功させた。
「先代の国王に人望はなかったのですか?」
ほどよくビールが回って来た男達は、俺の問い掛けに苦笑を浮かべた。
「お優しい人だったけど、優しすぎたって言うかねぇ。どうも目立たない人だった。大きな戦が続いて国は潤ってて、みんなやたらと調子に乗ってた頃に王位を継いだから、不況以前も前国王を敬愛する気持ちは薄かったかもねぇ」
「で、梟と鴉は失脚後はどうなったんですか? いやその前に、国王は朱雀政権時、どこにいたんですか?」
「城の奥深くに幽閉されてるとかって噂はあったけど、よく分からないね。とにかく朱雀政権時もあの城の内部情報は一切漏れなかったからさ。梟は失脚後に死んだって言われてるよ。一族から破門されてたらしく、墓もないって噂。白鴉はその後梟の息子を二代目朱雀に仕立て上げた。その後もずっとその現朱雀と共にゲリラ軍を指揮していたが、ここ数年めっきり話は聞かなくなったな」
「前国王は?」
「現国王に王位を継承させてからすぐに亡くなった。元々身体の弱いお方だったから、幽閉生活が堪えたんだろうな」
俺は生ハムを食べながら考えを纏める。
「でだな、現朱雀の情報と言えば、やっぱあれだな。まず、声が出ないって言う――」
「あ、ビールおかわり!」
「聞く気ねーのか! あ、さてはもう集中力が途切れたな! お前親にいっつも落ち着きがない子だって言われてただろ!」
絡んで来る若旦那の相手をしつつ、その後は和気あいあいと雑談をして飲み明かした。門番がうちの子自慢を、居酒屋の店主が嫁自慢をする。警備兵その一とその二は喧嘩を始め、庭師が剪定に関する蘊蓄を披露。たまに現朱雀の話題に戻ったりもしたがその頃にはみな大概酔っ払いで、なんだかんだと感情的に喚くだけだった。
夜が更けてくると皆に礼を言い、店を出る。酔い潰れる寸前の若旦那を連れて行ってくれと言われたので、俺は若旦那に肩を貸して夜道を歩いた。
足元のおぼつかない若旦那は上機嫌で、大きな声で歌を歌い何が楽しいのか俺の肩を叩いて笑っていた。犬が吠えればそれを真似て吠え、猫を見掛ければ「サンパチ! サンパチじゃないか!」と話しかける。黒猫も三毛猫もブチも、みんなサンパチと呼び掛ける。何と言うか、この男が憎めないキャラであることは確かだ。
「俺ん家の焼き菓子はうめーだろ!」
夜の街を歩きながら若旦那が唐突に叫ぶ。
「ん。うまかった」
「四代前の国王様なんてよ、俺ん家の焼き菓子喰いに御一人でよく遊びに来たんだぜー」
「それは凄い。と言うか、国王はよく一人でフラフラするのか?」
「しねーよばか! 国王様だぞばか! ただ、四代前の国王様ってのはすっげー面白い人だったらしいの。こう、色々伝説作っちゃったような人。まず妾の数が伝説。殉死者の数も伝説。暗殺に来た他国の忍が国王様に惚れちまってそのまま居付いちまったって、嘘か本当か分かんねぇ逸話まである良い男っぷりも伝説。それから戦場での武勇伝も凄い。あと砂の国の大名に割り箸送った話とか、もうすげーよオイ。もうとにかくおもしれー人なの!」
若旦那はそう言ってバシバシと俺の肩を叩き、それから今度は急に泣きだして、クーデター時に自分は朱雀派だったのだと俺に懺悔した。
笑ったり怒ったりサンパチって言ったり、はたまた俺に泣きながら懺悔をし始めたりと全く忙しい男だ。