バーリに別れを告げ更に進むと、小さな村と火工品を作る工場がいくつか並ぶ集落に出た。
 コウ硝石と関わりが深いここならさぞかし良いネタがあるだろう、朱雀の資金もここら辺りから出ているのかもしれないと勇んで情報収集に臨んだが、大変興味深いことにここの人々もバーリと同じく、朱雀も国王も関係ないようだった。
「そりゃさ、昔は国王なんて大嫌いだったさ。この国が傾いた時に真っ先に被害を受けたのは俺達だもん」
 めしや、と大きな看板を掲げた大衆食堂で相席になった大柄で人懐っこそうな男は、ふんだんな野菜と米をトマトベースのスープで一緒に煮込んだものを美味そうに食べながら俺に言う。
「独自技術を使った武具って、俺達扱ってなかっただろ? なかったんだよ。技術流出防ぐために、そういうのは全然別の場所で作ってんの。んで、第二次忍界大戦が終わって、世の中ちょっと平和になって、武器なんて必要とされなくなったらさ、俺達みたいな単にコウ硝石使ってるってだけの平凡な火薬屋は真っ先に淘汰され始めるじゃん? まぁ、普通に考えたら当然だよなぁ」
 確かに当然の話だった。
 熱心な聞き手として神妙な顔で頷くと、男は続ける。
「でもさ、やっぱ当時はキツかったのよ。もうあっという間に、ほんと、あっという間だぜ? 一年もしないうちに、今までの生活がひっくり返っちまったんだ。それまでもチョクチョク平和な時代はあったけど、それでも需要ってもんはあったのよ。それが突然、武具は売れねぇわコウ硝石は残り少ねぇってんで採掘制限されるわで、しっちゃかめっちゃかよ」
「武具が突然売れなくなった理由は?」
「開発者と技術者の引き抜きよ」
 男はそこでフーっと大きな溜息を吐き、水を飲んだ。
「扱いが難しいって有名なコウ硝石を使って、威力のある、安定した武具を独自開発してた奴等だぜ? そんな奴等がこぞって大国に引き抜かれちまってよ。それまでも引き抜き話はあったよ? 有能な職人の拉致騒ぎなんかもあったもん。でもよ、何とかなってたわけ。それまでの国王は外交手腕凄かったしな。それがまぁ、何でか急に歯止めが利かなくなったみてーにバンバン外に流れてよ。んで大国は有能なのを随分持ってって、そいつらがまた引き抜き先で良い武具を開発してよ。そりゃコウ硝石使った武具より威力は弱いが、頭の良い奴等だったからよ、混合火薬でそれなりのもんを色々とよ、作っちまって。そら俺達の食いぶちが減るのも当然ってことよ」
 これも確かに当然の話だった。
 しかし色々と重なったものだ。大きな戦争の終結、開発者及び技術者の流出、コウ硝石の採掘の制限。
 男はスプーンで皿の中をかき混ぜて中からジャガイモを見付けそれを食べると、話を続けた。
「だから、ほんと、生活が苦しくなったわけ。それまでなーんにも考えずのうのうと生きてたのに、つかさ、それ以前の高の国は凄かったからな。そりゃ豊かって一言じゃ済まされないもんだったもん。それが突然、信じられないくらい貧乏になってよ。みんな怒りの矛先を国王に向けたんだよな。当時はそりゃお前、アレだよ。みんなちょっと異常なくらいだったよ。頭に血が上って、集団ヒステリーみてぇになっちまって、国王暗殺計画とか立てちゃったりしてよ」
 昨日今日と高の国を見て回った限り、この国は平和だと思えた。北部は平和とは言えないかもしれないが、それでも往来で国王の悪口を言える、しかも大声で言えるし、子供達は学校に行っている。餓死しそうな人間は未だ一人も見掛けていない。そしてその北部の人々でさえ、切羽詰まって何かよからぬ行動を起こそうという気配はなかった。
 余程殺気立っていたらしい当時よりは随分落ち着いてきているのだろう。
「でもさ、いつまでもグダグダ言ってらんなくなったんだよ。朱雀政権になったって採掘制限はあったし」
「あったんですか? 朱雀は残り少ないコウ硝石を独占しようとする国王とは違うと聞いていたのですが」
「あったあった。俺は鉱山の奴から直接話を聞けるから、これ本当。朱雀も制限かけてた。だから俺達のところに回って来るコウ硝石も少ないままだったもん。でもね、朱雀はそれ内緒にしてたね。国の中央にいる奴等は何でだか朱雀に騙されてんの。んで」
 いやいやちょっと待て。
 俺は手を開いて男の言葉を遮る。
「待って下さい。鉱山からの話を直接聞ける貴方達はそれを知っている。しかし貴方達から直接話を聞けるはずの武具商人達は、こぞって朱雀派でしたよ?」
「ああ、奴等のことは知らないよ。俺達、もうとっくに奴等とは手を切ってる。それからね、俺はたまたま鉱山で働く、地位の高い奴と親友でそう言った内々の話も聞けたけど、多くの人間は朱雀に騙されたまんまだよ。アイツは口が上手かったからな。あと、朱雀は情報の使い方が上手かった。もっともらしい嘘情報を効率良く、タイミング良く、定期的に流すんだよ。アイツは頭良いよ。アンタ、木ノ葉の忍? 朱雀暗殺に来た人?」
 こんなところまでその噂が流れてるのかと俺は苦笑した。とりあえず調達した行李を見せて行商人だと言っておいたが、男は俺の行李を一瞥して気のない返事をしただけだった。俺の正体にはあまり興味がないのだろう。
 その後も俺はその男から様々な情報を貰った。男は政治には興味がないようだが、国民を騙し続けた朱雀に嫌悪感を抱いており、話は聞き出し易かった。
 しかし聞けば聞くほど、朱雀なる人物は謎に包まれていた。悪政ばかりではなく善政も行っているが、結局一体何がしたかったのか分からないと男も言っていた。それに、国民から嫌われ憎まれてもおかしくないのに、不思議と未だに根強い人気がある。
 昼飯を食べ終えると、男は一服してから立ち上がり話を切り上げた。俺も立ち上がり、楽しかったよと礼を言う。
「アンタさ、木ノ葉の忍でも行商人でも何でも良いけど、花火が入用だったら俺に言いな」
「花火?」
「そ。朱雀政権になっても景気は上がらねぇしコウ硝石は流れて来ねぇしで、グダグダ文句言うどころじゃなくなった俺達は、とっとと新商売始めたんだよ。今は花火師。俺達の花火、評判良いぜー」
 男は胸を張ってそう言い、そしてコップの水を全て飲み干すと店から出て行った。
 勘定を済ませ店を出ると、俺は更に北上した。勾配のある道を上っていると途中で大きな河に出る。その辺りから次第に緑は濃くなり、暫くすると長閑な農村地が広がっていた。
 麦畑の上を鳥がのんびりと舞い、畦道には小さな生き物達が見え隠れする。既に標高は高いようで雲が近く、生息している動物も生えている植物も平野とは違う顔ぶれだ。
 人々は人懐っこく、暮らしもそこそこ安定しているようだった。行李を背負っている俺に近付き、「何か珍しいものはあるかい?」と訊ねてくる。俺は商品の説明を行いながら、好青年、とも言えない年だが、そんなようなものを演じ話を聞き出した。
 ここより東に進むと朱雀率いるゲリラ軍の本拠地があるのは知っていた。木ノ葉を出る前の資料にも大体の場所は示されていたし、国王が投げて寄こした資料にもそう書いてあった。だがしかし、あまりにここの人々がのんびりとしており、またここの村が平和すぎるので俺は全く実感が湧かなかった。同じく村民も、朱雀やゲリラというモノが比較的近くに存在している、ということに実感が湧かないらしい。何かやっかいなことになったことや、それらしき人物を見かけたことなど、ただの一度もないそうだ。まるで不可侵条約でもあるみたいに。
 大した情報は得られなかったが、とにかく村民と話すのは楽しかった。何の不平不満も口にしない、随分と穏やかな気質の人々ばかりだったからかもしれない。そこの人々はやや国王派、もしくは中立派で、そして俺は帰りがけに三個のトマトを貰った。土壌が違うためか昨日食べたトマトよりはまだ酸味は少なかったが、何となく味の薄いトマトだった。
 宿に戻ったのは一般的な夕飯時よりも少し遅い頃だった。
 先に戻っていたカカシ先生は俺の顔を見るなり「ごはん」と言って、読んでいた本をパタリと閉じた。それから大きく背伸びをして、優雅に外出の準備をする。用意が整うと俺の隣に立って「んじゃ、行きますか」と、ニッコリと可愛く微笑んだ。
 一連の動作は普段通りのはたけカカシとして完璧で、不自然な素振りは欠片も見当たらなかった。しかし完璧すぎて、まるで俺が帰って来たらこうすることがあらかた決まっていたかのようだ。
 食事をしながら俺は本日の成果を報告した。それまで美味しそうにチーズと野菜のオーブン焼きを食べていたカカシ先生は、俺が任務の話をしだすと途端に無口になり、スプーンを口に運ぶ速度も極端に落ちた。さりげなく視線を落とし俺を見ないカカシ先生は、それでも呆れるほど「普通のはたけカカシ」を装い「普通のはたけカカシの声」を出し続けた。
 それで拗ねているのを隠しているつもりか?
 何なんだこの超絶に可愛い美形天才上忍様は!
 以前本人が語ってくれたように、また俺の目から見ても、カカシ先生は忍としてあまりに完結しすぎた人だ。忍としての美学も持っている。しかしこの任務に関しては如何ともし難いとしか言いようがない、ただの可愛い駄々っ子だった。いつも余裕を持って任務を遂行しようとする超人的天才忍者、はたけカカシとは思えないほど可愛い駄目っ子だ。これは元々、前回失敗とされてしまった任務のリベンジという私情を挟みまくったものだが、それでも酷い。もう手の付けようがない。いくら任務の話はイコールして前回の任務失敗を俺に連想させるからって、その態度はないだろう。そんな拗ねなくても俺はカカシ先生を信じ他の誰よりもその実力を認めていると言うのに。
「カカシ先生」
 意図的に難しい表情を浮かべて固い声で呼びかけると、カカシ先生は非常に自然な仕草でスプーンを皿に突っ込んでそこに視線を落とした。
「俺、些か気になることがあるんです。それをハッキリさせるまで朱雀のことは一旦保留にしたい。俺は貴方のサポートとして同行しているのは理解しておりますが、暫くの間今日のように自由に動いても構いませんか?」
 昨日も今日も自由に動いてはいるのだが、一応そう断りをしてみる。どこどこでなになにをする、した、という報告は事態を把握するまでしない方針を何気なく伝えたかった。任務の話をする度に拗ねるカカシ先生はそれはそれは可愛いし、俺はカカシ先生の意図と心情は読みとっているつもりだが、現実的に少し遣り難い。
 カカシ先生は少し考え込む素振りをみせ、それから恭しく「分かりました」と俺の申し出を受け入れた。それからチーズと野菜のオーブン焼きを妙に美味しそうに食べだした。
 店を出て宿に帰ると、カカシ先生は俺と一緒に露天風呂に入り何故か機嫌良く俺に歌をせがんだ。湯船の中に身体を沈めてにっこりと優しく微笑むカカシ先生があまりに愛おしくて、俺はカカシ先生を讃える歌を即興で歌った。なんとも妙な歌だったし下手だったが、カカシ先生はとても喜んでくれてずっとニコニコしていた。
 翌朝目が覚めると、カカシ先生はまた俺にぺったりとくっつくいて眠っていた。起こすとイヤラシイコトをしたいしたいと強請ってきたが、俺は任務なのできっぱりと断った。朝からすると動きが鈍るし、俺は色々しなくてはならないことがあるのだ。カカシ先生のために。


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