毎晩、目を閉じる度に俺は満ちる。
カカシ先生がいる。
それが俺を満たす。
毎朝、目が覚める度に俺は満ちる。
カカシ先生がいる。
それが俺を満たす。
貴方だけが俺を満たす。
「カカシせんせ、蚊を殲滅する術ってないんですか」
「あったら良いですよねー。俺すぐにコピーしちゃう」
受付業務が終わり、迎えに来てくれたカカシ先生と並んで歩きながら俺は、俺達を狙おうとする不届きな蚊をひょいひょいと摘んでいた。
カカシ先生が俺を好きだと言ってくれて。
本当の恋人として付き合ってくれるようになって。
擦れ違う人々から好奇な目で見られることも、くのいちから憎悪を込めた目で睨みつけられることも、同じく「どうせすぐに捨てられる」という同情の視線を受けることも、どれもこれも俺には関係なかった。
あの日からカカシ先生は俺達のことを隠そうとはしなかったし、俺もまたカカシ先生とのことを隠そうとは思わなかった。
カカシ先生以外のことは全て俺には関わり合いがなかった。俺はカカシ先生だけを熱愛し、自分の仕事をこなし、子供達を心から慈しむ。それだけだった。
この人を愛する。愛し尽くす。それだけが俺の全てだった。
「明日の任務ねー、サムラと一緒なんですよ」
「戦忍の彼ですね」
「中忍だけど腕が良いんだよね。今までも何度か一緒に任務をこなしたことあるけど、サムラは期待を裏切ったことがない」
褒められるサムラが少し羨ましい。しかし彼ならば明日の任務は無事に終了するだろう。サムラは確かに腕が良いし、カカシ先生ともウマが合う。カカシ先生は仲間をとても大事にするし、見捨てないけれど、それは誇らしくとても素晴らしい美点だけれど。でも同時にカカシ先生の危険はそれに比例してしまう。実力が足りない者とカカシ先生が一緒に任務に行くとなると、俺の不安と、足りない仲間の力を補いつつ庇いつつ任務をこなすカカシ先生の危険度は恐ろしく膨れ上がる。
俺はカカシ先生の手に触れ、指を絡めた。
カカシ先生は絡めた俺の手をギュっと握ってくれる。
「今日ね、サムラに明日の任務について連絡しに行ったんです。そしたらあいつ、うみの中忍とまた一緒に任務行きたい、だって。せんせ、惚れられてんの?」
「まさか。どうせトラップが面白かったって言ってただけでしょ」
カカシ先生のそれが嫉妬と分かって、俺は嬉しくて嬉しくてしょうがなくて、それを全て伝えるように握ったカカシ先生の手を持ち上げて強く口付けをした。
「ね、イルカせんせあの時どんなトラップ張ったの?」
「最初のトラップは教科書通りです。ただ多重トラップの方は発動に幻術を使ったんですよ。俺幻術ちょっと苦手なんですけど克服したくてやってみました」
「どんな幻術?」
「石に蹴躓く幻術。慌てた敵が実際にコケた所を連鎖で狙うという」
「なにそれ! 自分がよくコケるからって!」
「うみの家の家訓でこういうものがあります。汝、敵をコケさせろ。さすれば――」
「いやもう良いから! うみの家の家訓はもう良いから!」
俺達二人は沢山笑った。
手を繋いだまま子供みたいに笑った。
それから俺達は手を繋いだまま買い物に行き、野菜炒めと味噌汁の材料を買って家に帰り、順番に風呂に入り、今日も暑いねーなんて言いながら飯を食い、ベッドで汗だくになって互いの欲望を解放してから眠った。
全身で感じる恍惚とした悦びに俺は侵食されていた。
カカシ先生のこの恋が終わるまで、俺はずっとこの人の傍でこの人を愛し尽くせる。それだけが全て。それだけで残りの人生も生きていける。
この瞬間のために俺は生れて来たに違いないと。
カカシ先生の体温を感じながら、毎晩のようにそう思った。
翌朝、カカシ先生はサムラと任務に出た。
その日はまるっと任務で、次の深夜に俺の所に帰って来た。怪我もなく任務も成功したらしいが、三時間程眠った後で急な任務が入りまたすぐに出て行った。
カカシ先生を待つ間、ギラギラとした太陽が沈んでもなお気温が下がらず、寝苦しい夜が続いた。
そして、カカシ先生は五日後に怪我をして帰って来た。
何故病院に行かなかったのかと詰った。
カカシ先生は、そんなたいした怪我じゃないと笑みを浮かべた。
確かに致命傷になるような大きな血管が損傷したわけではなかったが、それでも俺は嫌だった。なんで、なんでとまるでうわ言のように呟きながら、震える手で手当てをした。
カカシ先生は病院に行くのを嫌がる。
凄く嫌がる。意識のない状態になるか、動けなくなるまで行かない。
それは前々から分かっていたことだった。だから説得を一旦諦めて、流れる血に時間が惜しくて自分で手当てをした。
悲しくて悲しくて仕方なくて、それを我慢して脇腹の手当てをした。震える手を抑えて消毒して傷口を縫って、包帯を巻いて。それから脹脛の手当てをした。それから腕も。
全ての手当てが済むと、俺は我慢出来なくて。
全身で叫ぶようにカカシ先生を詰った。
貴方が傷つくのは嫌だ。怖い。怖くて怖くてしょうがない。とても悲しい。悲しくて悲しくて堪らない。自分が傷つくのより痛い。心が痛い。忍が任務で怪我を負うのは仕方ない。自分も忍だからそれは当然分かっている。
だけど。だけど、病院に行って医療忍に処置を施してもらうのと、大丈夫だからと言って自分で処置をするのは全く違う。俺の心が違う。安心感が違う。
だから、俺のために行って。俺のためにしっかり治療してもらって。
カカシ先生の両手を握ってそこに額を擦り付け、何度も何度もお願いした。カカシ先生はとても困った顔をして、それでも最後には頷いてくれた。
「チマっとした怪我でも行くべきなの?」
「それは俺が手当てします」
「今日のはチマっとした怪我じゃないの?」
「今日のは違うだろ明らかに」
カカシ先生はどこか嬉しそうに、でもどこかばつが悪そうにヘヘっと笑った。可愛い可愛い笑顔だった。
その日は俺が上に乗って腰を振った。
カカシ先生が望むことなら俺は何でもしたし、何でもできた。
自分でしてみせてと言われたら自分でしてみせたし、ソコを広げてと言われたら広げてみせた。どれだけ卑猥な格好でもしてみせた。
愛したかったんだ。
全身全霊を込めて愛したかったんだ。
だから、上に乗って自分で挿入しみせてと言われたらそれをやってみせた。腰を振ってと言われたから腰を振った。イクのを我慢してと言われたからイクのを我慢した。
自分の手で性器を抑え、乱れて鳴く俺をカカシ先生が下から突き上げる。カカシ先生が身体に触れるだけで、俺は射精したくてしょうがなくなる。どこもかしこも性感帯のようになり、無我夢中で自分の良い部分に擦れるように淫らに腰を振った。
カカシ先生に性器を擦ってもらって、獣のような声を上げて射精して。それからカカシ先生がいつものように上に被さってきて。後ろからも攻めてもらって。
その日俺は、ほんの数分間だが、初めて性交時に意識を失った。
「セックスって、こんなに気持ちイイんだ」
汗で張り付いた髪を撫でてもらいながら、俺は目を閉じカカシ先生の声に耳を傾けていた。
狭いベッド。汗の匂い。精液の匂い。温度、湿度。互いの体温。
カカシ先生の声。鼓動。指。お互いの荒い息。
今年一番の熱帯夜。
「凄いねセックスって。イルカせんせと付き合うまで、こういう本当のセックスなんて、したことなかった」
「俺も、です」
カカシ先生の言葉に俺は微笑みを浮かべる。
カカシ先生と付き合うまで、こんな、全てを擲ち飲み込まれるようなセックスはしたことがなかった。
「愛し合おうね。たくさん」
目を開けると、俺を覗き込んでいるカカシ先生がいた。
その眼差しが優しくて、俺は愛おしさで息が苦しくなる。
この優しい人を愛したい。もっともっと愛したい。この人が喜ぶことなら何でもしたい。この人のためになることなら何でもしたい。
「愛おしい。貴方が愛おしい。大好き。すき。愛したい」
「愛してもらってますよ。俺も愛してます。だから……」
「もっともっと愛したい。愛し尽くしたい」
カカシ先生の優しい眸の中に何かが横切った。不思議そうにコテンと小首を傾げられ、俺もまた、カカシ先生が何に引っかかりを覚えたのか分からず小首を傾げる。
どうしましたかと訊ねようとした時に、血臭を感じた。
はっと息を飲んでカカシ先生の身体に目を遣ると、抱き合う前に縫った脇腹から血が滲んでいた。
「カカシ先生!」
俺は驚いてカカシ先生の身体を寝かせ、バタバタ足音をさせて救急キットを持って来て包帯を解いた。
「すみません。俺、カカシ先生に無理させるつもりなかったのに」
「俺がしたかったから。ていうかさ、イルカ先生が上に乗って腰振ってるの見てたらもう我慢できなくて」
からかうようでいてどこか卑猥な笑みを浮かべるカカシ先生に、馬鹿なことを言わないでくださいと苦笑し、俺はもう一度処置を施す。
快楽に飲まれてしまったことを反省し、これからは気をつけなければと決意する。俺のせいでこの人から余計な血液を流させてしまった。俺のせいでこの人に余計な痛みを感じさせてしまったのだから。
「カッコ悪いなー」
「何がです?」
「今回の任務なんて、こんな怪我するようなランクじゃなかったのに」
カカシ先生はすぐにそんなことを言う。
俺は溜息を吐いた。カカシ先生は何も分かっていない。
「ロクに寝れず立て続けに任務に出たのに、しっかりその任務を果たしてきたでしょう?」
「だってさー」
「カカシ先生に傷を負わすことができたとなると、相手も相当な手練だったんでしょう?」
「まぁね。んー、でも」
「貴方が請け負う任務を同じように受け、毎回無傷で帰って来られる人なんているんですかね」
「そーだけど。でも好きな人の前ではカッコ良くありたいじゃない」
「カカシ先生は傷を負う負わないで、カッコイイかカッコ悪いか決まるんですか?」
「そーじゃないけどさーーー!」
包帯を巻き直し終わりましたよと告げると、カカシ先生は子供みたいに足をバタつかせて駄々を捏ねる。
「分かるデショ! こう、何と言うか。俺イルカせんせ好きになってから、結構カッコ悪いところ一杯見られてるような気がするし」
「分かりませんね」
「こーゆー気持ち分かってよ!」
「分からん」
カカシ先生は拗ねたように少し口を尖らせる。こんな美しい人が、こんなに愛おしい人が、こんなに強い人が拗ねていると思うと、本当に堪らなくて。
好きで好きで好きで、堪らない。
俺は精一杯の慈しみをこめてカカシ先生の銀髪を撫でた。
「ねぇ、カカシ先生。俺は、生きるってこと自体が結構格好悪いことだって思うんですよ。だって生きるって、メシ食って出すもん出して寝て、色んなこと失敗して成功して、歯を磨いてクシャミして、たまに恥かいてたまにコケて、そういう様々なもんの積み重ねじゃないですか。同じように、恋ってもんも結構格好悪いことだと思うんです。凄く客観的に見るとね」
「意外なこと言うね」
「生きるって格好悪い、恋って格好悪い。でも必死で生きている人間は格好悪くないじゃないですか。全然格好悪くないじゃないですか。それと同じように必死で貴方に恋をしている俺はどうです? 悪くないでしょう? 懸命に懸命に貴方だけを想う俺は、悪くないでしょう?」
大好きだよ、と言ってくれたカカシ先生の鼻先に俺は口付けを落とす。それからまたその銀髪を心を込めて撫でた。
「そういうもんなんです。格好悪いって格好良いことでもあったりするんです。まずそれを知ってください」
「カッコ悪いはカッコ良かったりすることがある」
「そう。それは貴方とて同じことなんですよ。それとカカシ先生は少し理想が高すぎるきらいがあります。大体ね、他人の怪我は心配するのに自分の怪我はカッコ悪いって馬鹿ですかアンタ。前だってコハダを庇って怪我したのに俺カッコ悪いカッコ悪いとか愚図愚図言って。あの傷がどれほど勇敢な傷かも分からないなんて馬鹿です大馬鹿です。カカシ先生は必死で任務を遂行する。里のために命を賭して戦う。貴方が自分をどう感じようが、はたけカカシは俺の誇りであり里の誇りです。最高です。常に超絶にカッコ良い男です。仲間思いだし、実力者なのに威張らないし、モテモテだし、美形だし、スタイル良いし、その上滅茶苦茶強いし、なんか腹立って来た! アンタ俺の人生に喧嘩売ってんのかっ!!」
「イルカせんせ、落ち着いて!」
アンタがカッコ悪かったら他の男はどうなっちまうんだ、なんて俺は喚きながら。
カカシ先生は、分かった、分かったから、なんて俺を宥めながら。
一杯笑って一杯いちゃついて。
それは、恐ろしく透明度の高い純粋な喜びに満ちた時間だった。
それほど俺はカカシ先生を愛していたんだ。