カカシ先生はキスを強請るようになった。
そして、俺の家に泊まるようになった。
それまでも毎日のように遊びに来ていたが、本当に入り浸り状態になった。
俺はカカシ先生と暮らすことによって、カカシ先生に関する様々なことを知るようになった。どんな寝顔なのか。どんな眠り方をするのか。目覚めてからまず何をするのか。忍具の手入れの順番から、遅刻の理由、好きな歯ブラシと歯磨き粉のメーカーなんかも。
そんな小さなことひとつひとつが嬉しかった。どんなことだって、全部。
それらは今も、全て俺の財宝。
今年最初の熱帯夜という言葉に相応しい夜、カカシ先生は俺の家に来て寝そべっていた。
「あつーい」
扇風機を独り占めにしているカカシ先生が、畳に寝そべってダラダラしていた。仰向けになって本を読んでみたり、うつ伏せになって足をブラブラさせてみたり。
カカシ先生の希望でその日はカレーで、あとはルーを入れて少し煮込むだけだった俺は、一旦火を消してタオルを濡らし、居間に戻ってカカシ先生の横に座った。
帰ってすぐに風呂に入ったのに、俺もカカシ先生もうっすらと汗をかいていた。忍は体温を調節できることはできるのだが、限度というものがある。ましてや任務中ならともかく、里内にいる時は無駄なチャクラは使わない。
昨日は窓から入る良い風があってまだ良かったが、今日はうちの古い扇風機に頼るしかなかった。
「あつーい」
カカシ先生は仰向けになって、だるそうに天井を見上げていた。
「身体拭いたげます。少しは楽になりますよ」
俺はカカシ先生が着ていた浴衣を脱がせ、濡らしたタオルで拭き始めた。タオルの水分が肌に移り、それを扇風機の風が蒸発させ、カカシ先生は力を抜いて気持ち良さ気に目を閉じる。
何と見事な肉体だろう。
俺は目にする度にそう思う。
それは戦忍として鍛え上げたというよりも、むしろ美しさを突き詰めて作り上げられた肉体と言った方が納得できるような気がした。
「イルカせんせ、キスして」
カカシ先生はわざと子供っぽい口調で強請る。俺は強請られるままにその唇に口付けた。唇を舐め、舌をねじ込み、何度も角度を変えて深く口付けた。
俺はカカシ先生が好きで。好きで好きで好きで、血脈が振動するほど好きで。
長い口付けが終わると、お互い少し息があがっていた。カカシ先生はずっと目を閉じたままで、俺は息を整えぬまま愛しい身体に奉仕した。
四肢をタオルで拭き、風に当てながらそれに指を這わせた。首元をタオルで拭き、風に当てながらそこに唇を這わせた。胸元をタオルで拭き、風に当てながらそこに舌を這わせた。
身体をうつ伏せにさせて、今度は背中を拭く。
見事な広背筋、緩やかな曲線を描くその白い背中。
なんて美しい。しなやかで、寸分の無駄なく極められた身体。
肌理の細かさ、身体中にある戦忍としての傷跡。
暑い夜だった。
眩暈がするほど。
ポトリと音を立て。
俺の額から汗が滴り、カカシ先生の背中に落ちた。
それは、つーっと絶対的に美しい背筋を流れていく。
暑くて、眩暈がするほど暑くて。
嗚呼。
目が離せない。
食い入るようにそれを見詰めた。
カカシ先生の白い肌に、俺の汗が。
また落ちる。
ポトリと音を立て、蛍光灯の光に反射して密かに存在を主張し、そのなめらかな背を滑る。
また落ちる。
俺の汗がカカシ先生の白く美しい身体に落ちては滑る。その肌に落ちては滑る。
俺の汗がカカシ先生のしなやかな背に。
俺の。
それまで何をしようが置き去りになったままでいたモノが、この恋のような唐突さと破壊的な過激さで俺を急襲した。
血液が滾るような感覚に陥る。
それは焦げ付くような光と熱を放って、全身の血脈をマグマのように巡っていく。
カカシ先生の身体は緻密に計算し尽くされた極上の誘惑そのもので、その誘惑は俺の中を強欲に突き進む無慈悲なほどのこの想いを更に加速させる。
確かな欲望が身を焦がす勢いで猛烈に炸裂するのを明確に感じ取った。
「イルカせんせ?」
「嫌なら言ってください」
俺の欲望を素早く感じ取ったカカシ先生は、一瞬口を閉ざした。
波打つ。
愛しいという感情が。
「イルカ先生」
「嫌ですか?」
「分からない。ていうか、急に欲情したの?」
「はい。勃発的に」
「勃発的って。こんな時までアンタ面白いね」
カカシ先生は楽しそうに笑った。
そして俺のしたいようにさせてくれた。
俺はカカシ先生を全身全霊で愛した。
俺の指先で触れなかった場所などどこにもないくらい。
俺の唇で触れなかった場所などどこにもないくらい。
俺の舌で触れなかった場所などどこにもないくらい。
いつの間にかカカシ先生の身体にも変化が現れ、その白い肌は熱を持ち、性器は俺を狂喜させるほど勃ち上がっていた。
俺は悦んでそれを口にする。口付け、なぞり、舌を這わせ、咥え込み、吸いついく。
その行為自体が、カカシ先生の勃起した性器自体が、俺を病的なほどに高揚させる。
カカシ先生がそっと俺の髪紐を解く。パサリと音がして俺の髪が解かれる。視線を感じる。
俺は喰らい付くように性器を口にしたまま、自分に向けられた視線の方向に目をやった。
カカシ先生はいつの間にか目を開け、じっと俺を見ていた。
蒼い眸は静寂に包みこまれ、紅い眸は欲情にかき乱れていた。
俺は愛しい性器を口にしたまま、目で笑ってみせた。
俺を見てください。こんなに貴方が好きです。こんなに愛してます。俺は貴方のモノを口に咥えてこんなに悦びます。貴方の快感が俺の快感なんです。
どうですか。
イイでしょ。
カカシ先生は俺の笑みを見て大きく目を見開き、すぐに息を詰めた。咥えていた性器が一際大きくなり、俺は猛々しい程の悦びに打ち震えながら優しくそれに歯を立て、そして吸いついた。
その愛しい全身が強張り、小さな呻きが漏れる。と同時に精を吐く。
俺は無心にそれを飲み込んだ。俺の生きる糧だと言わんばかりの勢いで。
「イルカせんせー」
カカシ先生は上半身を起こし、呼吸を整えながらガシガシと頭をかいた。俺はカカシ先生の右足を持ち上げてその指先に唇を押しつけていた。
「ほんと、イルカ先生には参る。あんな顔するなんてズルイよ。もー俺、なんか早漏っぽくなかった? カッコ悪くなかった?」
はー、と息を吐くカカシ先生を見て、俺は笑う。この人は何て可愛いんだろうかと。美しくて強くて洗練されていて、それでも時折とても可愛い。
「ね、イルカせんせ」
「はい」
「ベッド行こう」
返事をする暇もなく起きあがったカカシ先生の肩に担がれ、身体がふわりと浮かんだかと思うとそのままベッドに運ばれた。
ベッドに寝かされ、そして浴衣と下着をあっという間に剥ぎ取られる。覆い被さって来たカカシ先生は俺の顔を覗き込み、至極潔い笑みを浮かべた。
「あのねイルカ先生。俺、ずっと考えてました。元々貴方は俺にとってかなり特別な人だった。俺は貴方みたいに親しくした人間なんて他にいなかったし、こんなに楽な気分で一緒にいられる人もいなかった。俺のせいで貴方が悪く言われていると知った時は柄にもなく激怒して、根回ししたし……」
「――ちょっと待ってください! あの手の話が消えたのは、貴方が何かしたからなんですか?!」
「当然デショ。俺のせいなんだから」
知らなかった。自然に消滅した話題なのかと思ってた。
カカシ先生は冷酷な光を帯びた目を細め、にぃっと口端を上げる。
「脅しましたね」
「……」
「一体どれだけの人間を脅しました?」
「……ま、とにかくそんなことしたのも初めてだったし。本当に、貴方は元々俺の特別な人だった。因みにあの任務もイルカ先生だからサポート付けたんだよ。カッコイイ所見せたいなって。まぁ結果的にカッコ悪い所見せたわけですけど。でも付き合ってって言われた時はどうしようかと思いました。だって俺は友人としての関係にとても満足していたし、恋人として付き合うことで、特別だった貴方との関係が全て壊れるのが物凄く怖かったですし」
カカシ先生は優しく俺の髪を撫でる。
二人とも素っ裸で、それはとても暑い夜で。
「本当に、最初はどうしようかって思ってたんですけどね。でも貴方にキスされてから、何かおかしいなって思うようになって。それでずっと考えてたんです。俺ね、イルカ先生。キスって嫌いだったんです。やっぱり俺、自分で言うのも何ですが有名じゃないですか。舌噛み千切られたら困りますしね。里のくのいちだって油断できないんです。ホントに。今までの経験上。でも貴方にキスされるの全然嫌じゃなくて。むしろイルカ先生とキスするの好きだなーって」
チュっとわざと大袈裟な音を立てて、カカシ先生は俺にキスをする。
カカシ先生からキスをされるのは初めてで、俺はただ、湧き上がる情熱を感じながらどこか茫然としてカカシ先生の言葉を聞く。
「不思議だったんです、ずっと。そう言えば戦闘時と担当医療忍以外に写輪眼見せるの許したのは貴方だけだなぁとか。あんなことさせませんからね、俺は。他の奴にあんな強引にされたらキレますからね。強引と言えば貴方には、任務直後の俺の精神ハンドリングまで見られましたよね。あんなの絶対他人に見せたことないのに。イルカ先生ってホント、めっちゃくちゃ強引だよね」
あ、話が逸れた。って、カカシ先生は心底楽しそうに笑いながら、合間合間にずっと音を立てて俺にキスをしてきた。
顔中にキスの雨を。首にも、耳にも、髪にも。
「そう、キスね。キス。キスするようになってからずっとそうやって色んなこと考えてたんですよ。そして今日です。俺ね、口でしてもらったのって、今までほんの数回しかないんです。かなり若かった頃、ちょっとやってもらっただけ。勿論アレです。やっぱ男の急所ですからね。絶対にさせないんですよ普段は。でもね、今日、なんて言うか。アンタにどこ触れられてもキスされても口でしてもらっても、本当に全然平気で。平気どころか本当に気持ち良くて。それで漸く分かったんです」
カカシ先生は俺を真っ直ぐに見詰め、笑みを消した。
それは心から、ありったけの誠実さを込めた表情で。
眸で。
俺を縛り付けた。
「どう考えたって俺はアンタが好きなんですよイルカ先生」
月光が銀色の髪に降り注いでいた。
魂を巻き込み唸りを上げて攻め上がってくる肉欲に身を任せ、俺達は全身に汗をしたたらせて絡み合った。
俺は隈なく隙間なく愛された。
カカシ先生の指先で触れなかった場所などどこにもないくらい。
カカシ先生の唇で触れなかった場所などどこにもないくらい。
カカシ先生の舌で触れなかった場所などどこにもないくらい。
その吐息がこの身体を蕩けさせる。
初めて触れられる後ろのソコに、身体が仰け反る。身体が、神経が、細胞が、ひとつひとつ意思を持ってカカシ先生の愛撫に応えようとしていた。
だから異様なほどに感じた。
愛したかった。
この世界で最も尊いこの人を、絶対的に愛し尽くしたかった。
だから応えたかった。その指に、その唇に、その舌に、その行為に。
与えてくれる快感に、その心に、終わりが来るまで全力で。
指先でそこに触れられる度に熱で包まれ、声をあげた。夢中で口付けを交わして夢中でその快感を拾って受け止めて、射精する。
熱い。
互いの熱で次々に汗が流れていく。
カカシ先生は俺の頬に張り付いた髪を指で撫でるように除け、そこに唇を落とす。そこに浮かぶ俺の汗を舐める。そのまま耳元に、首に、舌が這っていく。
更なる快感を呼び寄せるように、引き戻すように。
そして俺はそれに導かれるまま新たな熱を浮かばせる。
カカシ先生は顔を上げ、俺と視線を絡ませてからゆっくりと誠実に囁いた。
「愛し合おう」
視線を絡ませたまま、とても激しい口付けを何度もした。
俺の足を抱え、カカシ先生が口端をペロリと舐めて淫猥な笑みを浮かべたのが目に映る。
度重なる愛撫と口付けで俺の全身はとろとろになっていた。
カカシ先生の性器が押し当てられ、力強く入ってきた時にどこかで彷徨っていた俺の意識が一瞬にして戻ってきた。
「――――ッ!!」
それは息が止まるほどの激痛であり、身悶えするほどの快感だった。
俺はその後、うねりを上げて襲い掛かってくる幸福と、蛇のようにぬめりを持って全身に纏わり付く性的な悦びにねじ伏せられた。
それらは全てカカシ先生によって与えられた。