「付き合ってください」
俺はカカシ先生の頬を両手で挟んだまま祈るようにそう口にした。
一瞬たりとも視線を外さずに。
「もしかして、もう新しい恋人がいたりするんですか?」
問うと、少し眉を顰める。
測ってる。
カカシ先生は測っている。
俺は腕に力を込め、カカシ先生の顔を引き寄せる。鼻先がぶつかるくらい近くに。それから右手の親指でカカシ先生の閉じられた左目の傷をなぞり、この目を開けてくださいと頼んだ。何度も。何度も何度も。
カカシ先生は躊躇していたが、結局その左目を開けた。
写輪眼。
初めて見るそれは本当に美しく、俺の中で激しく渦巻き俺を焼き尽くさんとする俺の恋心のように紅かった。
カカシ先生は測ってる。
蒼い眸と紅い眸で。
「測らないでください」
カカシ先生が何か言おうと唇を動かすのを感じ、俺はピシャリとそれを遮る。
「俺との適切な距離を測ろうとしないで欲しい。貴方は俺を嫌っていない。それは知っている。でも恋人としては見られない。それも分かっている。だからと言って俺との距離を取るために、まだ恋人なんて作ってないくせに嘘を吐くか吐くまいかなんて変な所で悩まないでください」
「本当にもう恋人いるとしたら?」
「いません。今確信しました」
俺はカカシ先生を挟み込んだ両手を動かして口布も下げる。そして月の光のような銀色の髪をかきあげて、その凍りつかせたいほど美しい顔を強制的に剥き出しにする。
カカシ先生は俺にされるがままにじっとしていた。俺が左目を開けさせ口布を取っても何も言わなかった。
ただじっと俺を見てて。
「カカシ先生って、本当に好きになって誰かと付き合ったことないでしょう」
「何それ」
「ないでしょう」
「……ないよ」
俺は喜びに打ち震える。
カカシ先生を射抜くように見詰めたまま歓喜に飲み込まれそうになる。
「だったら俺だって良いんだ。俺だって良いんだ。良いでしょう?」
「あのね」
「別に好きになってくれなんて言わない」
言わない。思ってもいない。
俺はただ、はたけカカシを愛したかった。ひたすらに、全身全霊を込めて愛したかった。この身を使って、この心を使って、この想いを投げつけるように。叩きつけるように。
「俺じゃ駄目なんですか?」
良いじゃないか。問題ないじゃないか。
俺はその静寂に包まれた蒼い眸と、俺の恋心のように燃え続ける紅い眸に魅了される。
なんて美しい。
「ねぇ俺で良いじゃないですか。何で俺じゃ駄目なんですか。駄目なら駄目な理由を言ってください。すぐに直します。今すぐに直します。女が良いなら女体化してみせます。今すぐに」
「イルカせんせ」
カカシ先生は酷く困惑し、視線を落とした。
だが俺は諦めなかった。
諦められるわけがなかった。
だってこんなに好きだ。こんなに愛してる。こんなに愛したい。こんなに抱き締めたい。こんなに触れたい。こんなに愛おしい。こんなにこんなに。
「視線上げてください。俺を見てください」
こんなに好きだ。
早く見てくれ。
俺を見てくれ。
「ねぇカカシ先生。俺を見て」
こんなに愛してる。
見てくれ。
見て。
見れば分かるから。
「俺を見て。ねぇカカシ先生見てください。視線を合わせて。逃げないで。ねぇお願いしますお願いしますから――俺を見ろ!」
声を荒げると、カカシ先生は視線を上げ強く見詰め返してきた。でもそんな強い視線はすぐに終わって、穏当な判断を下せず困り切ったように俺を眺めた。
「全ての構築物を打ち砕くような、かたちあるものを理不尽なまでに粉砕し跡形もなく消滅させるような、そんな恋を貴方にしています」
「攻撃みたいな告白だね」
「これでも抑えているんですよ」
カカシ先生は苦笑する。
「嫌だって言ったらどーすんの」
「泣き叫びます。詰ります。そして口説き続けます。絶対に諦めません」
「俺に選択肢はないような気がしてきた」
「ありませんよ実際」
「何それ」
「大丈夫です。アンタ天才で上忍様だし」
そう言うと、カカシ先生は今度は楽しそうに笑った。
俺はカカシ先生を見詰め続け、激しい想いを乗せたままその髪を優しく優しく撫で続け、カカシ先生を両足で抱え込み。
ずっとずっと口説き続けた。
伝え続けた。
どれだけ激しい恋をしているのか。どれだけ愛しているのか。どれだけ愛したいか。
そして、カカシ先生は折れた。
最初に約束をした。
まず、カカシ先生が俺と別れたくなったら、それで終わりにすること。
俺は絶対に泣き喚いたり詰ったり縋ったりしないから、そこは安心して良いと。これは約束しますからねと。
カカシ先生はひとつ頷いた。
元の関係に、つまり友人関係に戻れるかなと訊ねてきたので、俺は戻れますと答えた。これも約束しますからと言った。
カカシ先生はひとつ頷いた。
それから、浮気はしないで欲しいと頼んだ。
カカシ先生が浮気をしない人だということは知っていた。女のサイクルはやたらと早いが、浮気はしない人だ。だが俺は男なので、女性の身体が恋しくなる時もあるかもしれなかったから。
カカシ先生はひとつ頷いた。
最後に、任務、七班の任務やそれ以外の任務でも、とにかく任務があった日は、怪我をした時以外真っ先に俺の所へ帰って来ることを強引に約束させた。どれだけ血に濡れていようが、どんな任務内容だろうが、ただ真っ直ぐ俺の所へ。
これだけはカカシ先生は少し悩んでいたけれど、やっぱり最後にひとつ頷いてくれた。
そして俺達は付き合うことになった。
夜の森の中を二人で歩いた。
今日の任務で怪我はしなかったのかとか、明日の七班の予定とか、そういう話をした。
好きで好きで好きでどうしようもなくて。
「好きです」
何度もそれを口にした。
何度も何度も。
俺達は今までと同じ歩調で歩いた。俺とカカシ先生の間には今までと同じ距離感があって。
好きで好きで好きでどうしようもなくて。
カカシ先生を何度も何度も見詰めて。
森から出るとカカシ先生は火影様に報告に行くと言うので、そこで別れた。
俺は俺のアパートへ。カカシ先生は火影様の所へ行き、その後カカシ先生の家へ。
一人になってもカカシ先生のことを想い続けた。
愛したい。
あの人をこの恋心の赴くまま愛し尽くしたい。
苦しいほど愛したい。
眠りにつくまで俺はその想いに支配されていた。
それはやけに暑い、風のない夜だった。