13

 夢を見る。
 カカシ先生の夢。
 俺を誘う指、甘い吐息、完璧に造形されたその身体から滴る汗。
 カカシ先生の夢を見る。
 低く穏やかな声、長くしなやかな四肢、優しい眼差し。
 俺は激しい恋に落ちる。何度でも恋に落ちる。
 俺は愛してる。愛している。愛している。
 あの人を愛している。

 失恋したことを自覚して以来、毎晩カカシ先生は夢に出てくるようになった。
 俺は朝を迎える度にねじ切れるような胸の痛みと戦う。
 カカシ先生とはあれ以来会っていない。
 避けられているのかもしれない。
 でもまだ、俺はあの人を愛している。


「イルカせんせーさよーならー」
「おー。気をつけて帰れよー」
 可愛い子供達に毎日同じ言葉をかける。
 小さな後ろ姿を見送ってから力を抜き、鞄を肩にかけて受付へと向かう。
 受付では笑顔を絶やさず、任務から帰って来た里の仲間に労りの言葉をかける。お疲れ様でした、お帰りなさい、と。
 それで良い。
 日々はそうして流れていく。俺の恋とは無関係に、無慈悲なほどに。だがそれで良い。それで良いんだ。
 仕事をする。任務を受ける。子供達と笑う。叱ってやる。誉めてやる。そうやって俺は毎日を生き続けた。たまに同僚と飲みに行ったり、一人ベッドの中で恋心に蹴り殺されそうになったりしながら。
 俺はそうしてうみのイルカであり続けた。
 ただ、飯が食えなくなった。
 忍は身体が資本。何かあった時に危険が増すのは子供達。それは分っているのに、どうしても喉に通らない。何とまぁ情けないことか。
 里内にいるのに兵糧丸の世話になった。これでは駄目だ、教師失格だと己を罵り、時折無理にメシを詰め込む。
 家に帰れば一人。カカシ先生はもういない。もう来ない。でも俺は日常を送らなくてはならない。いや、ちゃんと日常を送っているだろ?
 それなのに。
 何がいけなかったんだろう。何故俺は捨てられたんだろう。
 あんなに愛したのに。
 そんな今更な疑問が、大陸を飲み込む巨大な津波のように俺を襲う。

 毎晩あの人の夢を見て、毎晩恋をして、毎日どこか切羽詰まったように過ごした。
 森が色を完全に変えた。
 あの人は現れない。




 カカシ先生はいない。














 瞼を開ければ、過去の記憶は終了する。

 火影岩の上から見下ろせば、夕日にあたたかく染まっていた里はもう深夜の静寂に包まれていた。
 紅葉した木々ももう見えない。
 キラキラと輝く街頭が、とても寂しく美しく感じる。
 あの人は今、何をしているだろう。
 任務に出ているのだろうか。誰かの家にいるのだろうか。それとも眠っているのだろうか。
 あの美しい指先は、誰かに触れているのだろうか。
 今日は昨日よりずっと冷え込みがきつい。明日はもっときつい。そうして機械的なくらい確実に、いつしか冬になるんだ。
 今年の夏はあれほど暑かったのに。
 今年の夏はあれほど。
 今年の夏は。

 俺は立ち上がる。

 帰ろう。そして眠ろう。
 機械的なくらい確実に、もうすぐ冬になる。
 機械的なくらい確実に、朝は容赦なくやって来る。
 機械的なくらい確実に、俺はあの人の夢を見る。
 それでも帰ろう。
 眠ろう。
 明日は体術の授業がある。
 眠ろう。子供達の為に。


 今日もあの人の夢を見て、目覚めた時は夢に殺される。


 しかし俺に選択肢はない。

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