俺とはんぺいたを先頭とした行列は時間を追うごとに伸びていったし、他にもチラホラと行列を作る店が現れた。俺はこういったイベントに無縁だから知らなかったけど、はんぺいたによると毎年のことらしい。最初は「みんな暇だなぁ」って眺めていたけど、正月から福袋を買うために行列を作る隠れ里ってのも呑気で良いかもしれないって、ちょっと思った。
俺達が並んでいる店は開店が十時ということだったので、俺はその間、はんぺいたと濃密な時間を過ごすことができた。例えば、俺がはんぺいたの鼻水を拭いてあげたり、寒いねって言って擦り寄ってみたり、手を握って「可愛い軍手だね」って誉めてみたり、温かい飲み物を買って来てあげて二人で飲んだりと、とにかく新年早々濃密で幸せな時間を過ごしたのだ。
それに、ずっと二人でお喋りしていたので俺ははんぺいたについてかなり詳しくなった。
特に、はんぺいたはラーメンを万能薬か何かだと思っていることが。
「アイツ痩せてるから、ラーメン食べれば良いと思う」
「三代目が腰が痛いって言ってたから、ラーメン食べれば良いと思う」
「シオ先生が足を怪我したから、みんなでラーメン食べた」
「風邪気味の時はラーメンに限る」
「レンゲがダイエットしたいって言ったから、塩ラーメンをおすすめしといた」
キリがないのでこの辺で止めておくけど、なにはともあれ、はんぺいたはラーメンを万能薬か秘薬の類だと思っているのだ。
そんなはんぺいたの極め付けはこれだ。
「俺一回、腹を切られたことがある。内臓とか出たけど、一楽のラーメン食ったら治った」
眩しいくらい鮮烈な笑顔でそう語るはんぺいたに、俺は「それは医療忍が治してくれたんだと思うよ」なんて現実的な突っ込みはできなかった。あんなに顔を輝かせてラーメンの効能を語る子に、俺が一体何を言えるっていうんだ。
でも、「その時、はんぺいたを背負って里まで送ったのは俺なんだよ!」って勇んでアピールしておいた。「俺はその時、初めてはんぺいたと出会ったんだよ!」って。
「へー」
はんぺいたは、物凄く他人事みたいな相槌を打った。
……。
……。
ちょっと涙目になった俺が、はんぺいたについて他に知ったことと言えば、はんぺいたの普段の食生活だ。つまり、ラーメンの話だ。話を聞くに、あまりにもラーメンを食べすぎているので俺は心配になってしまった。
「たまには野菜を食べると良いよ」
口うるさいことは言いたくないけれど、さすがにどうかと思ったので何気なく助言してみた。
「ラーメン食べてる」
「あ、いや、野菜ラーメンとかじゃなくてさ。うん」
先回りをする俺、さすが。
「今日はモチを食べた」
「偉いね偉いね! でもおモチとかラーメンも良いけど、野菜をさ! ほら、野菜を、ね?」
口うるさくならないよう、優しく優しく言う俺に、はんぺいたが小首を傾げながら答える。
「だから、ラーメン食べてる。ラーメンは野菜だから」
ちょ!!!! いつからラーメンが野菜カテゴリに!!!!!
俺の知らない間に炭水化物って野菜になったの? ねぇ、そうなったの? どういうこと? 大丈夫? 世の中大丈夫?
激しく動揺したけど、俺はブンブン頭を振って落ち着きを取り戻した。いや、そうじゃない。ラーメンが野菜なわけがない。落ち着け俺、はんぺいたはちょっと間違えて覚えてるだけなんだ。
「あのねあのね、ラーメンは野菜って言わないんだよ。野菜ってほら、ニンジンさんとか、白菜さんとか」
あたふたしながら言い募ると、はんぺいたが俺に軽蔑混じりの視線を送る。
それから彼はひょいと肩を竦め、やけにお兄さんぶった口調で俺に教えてくれた。
「あのさ、お前は知らないみたいだけど、ラーメンって小麦でできてるんだ。肉とか魚でできてるわけじゃないんだ。小麦ってのは、小麦畑でとれるヤツだ。分かる? 肉や魚と、違う。もちろん、果物でもない。分かる?」
「う、うん! 小麦だね」
「モチは、もち米ってのからできる。それも、果物や、魚や、肉とは違う」
「うんうん! 違う、ね……」
え、えっと?
「だから、ラーメン、野菜。モチも野菜」
そ、そうだ……ね?
動揺が激しすぎて、俺は返す言葉を見付けることができなかった。それにはんぺいたの顔がいかにも「俺、教えてやった」みたいな自慢げな顔だったから、余計何も言えなくなってしまった。
このままこの子の野菜に対する認識を放っておいて良いのだろうかと俺はすごく落ち着かない気分になったけど、はんぺいたはどこ吹く風で、しきりに「俺、教えてやった」的なドヤ顔をしてみせた。その上、俺と目が合うと「おう、誰しも間違いはあるってもんよ」みたいな感じで俺の肩をポンポンと叩いた。
そんなこんなで開店十時。
俺とはんぺいたは、いの一番で福袋を買いこんで事なきを得た。チラ、チラっとしてくるはんぺいたに「あ、俺は忍具しかいらないなぁ。この木ノ葉商店街共通金券いらないなぁ」ってわざとらしく呟き、予想通り「じゃあ俺がもらう」って言ってくれたはんぺいた様に金券を献上することもできた。
「はんぺいた!」
って、はんぺいたが言った。
凄く意味が分からなかった。
俺は愛の逃避行的里抜けをしたいんだけど、その後、はんぺいたと一緒に初詣に行くことになった。だってまるでデートみたいだから、里抜けはその後で良いと思ったんだ。
はんぺいたは立ち並ぶ屋台を一軒一軒覗き込み、ねめつけるように商品を品定めし、鼻息を荒くし、鼻水をちょっと垂らし、その鼻水を軍手で拭いながら歩いた。びっくりするくらい真剣だったので俺は声をかけることができず、初デートは超無言のまま行われた。俺達はまるで他人みたいで、ちょっと寂しかった。
木ノ葉神社の階段を上り終えて境内に入ると、人ごみではぐれそうになる。すかさず手を伸ばすと、はんぺいたは鼻水が付いた軍手で握り返してくれた。ああ可愛い。早く里抜けしたい!
賽銭箱の所まで行くと、はんぺいたは賽銭を取り出してそれを高々と放り投げた。賽銭は見事なまでの放物線を描き、賽銭箱に入る。
パンパン!と、はんぺいたが手を打つ。それから、短く鋭く凛々しく、彼はキリリと叫んだ。
「ラーメンッ!」
カッコウィイイイイイイ!!! 最高にカッコウィイイイイイイイイイ!!
その鋭い一喝が、痺れるくらい格好イイ! ひれ伏したいくらい格好イイ! ここは神社だから「アーメン!」じゃおかしいけど、でもだからって「ラーメン!」も本当はおかしいんだ。それなのに不思議とそれは間違っていないような気になる。ラーメンが野菜でも正解な気がしてきた。そうだ、はんぺいたは正義なんだ。YES、はんぺいた! YES、はんぺいた!
ついでにはんぺいたは、「ラーメンッ!」の一言で初詣を終わらせてしまった。すごく早い。無病息災とか里の平和とか、そういうものが含まれる一声だったらしい。
はんぺいたは帰りにリンゴ飴を買った。袋に入れずにそのまま貰い、一生懸命食べていた。お口の周りが真っ赤になって、それを軍手で拭うから軍手も真っ赤になってきている。凄く可愛い。俺はそろそろこの子を攫っても良いと思う。よし、攫おう!
「あのさ、そろそろ里抜けしない?」
「おう」
凄い! 即答すぎて凄い!
「テウチさんを拉致るの、ちょっと時間かかるかもしれない。最初は一楽ナシでも良い?」
「嫌だ」
リンゴ飴と格闘している割にはこれも即答。
「俺、はんぺいたのこと好きなんだ」
「へー」
へーってなに! それ、どういうふうに受け取れば良いの!
それから、リンゴ飴がくっついたからって、歯の裏に指を突っ込んでホジホジしながら返事するの止めて! 俺、一応告白したんだけど!
「付き合ってもらえる?」
「それは分かんない」
分かんないか。でも、このままこの子を攫ってしまえば関係ないか。
俺はうんと頷き、頭の中で簡単に里抜けルートをシミュレートしてみた。テウチさんは後で拉致すれば良いから、とにかく俺は最初にこの子と遠くに行こう。
よし、と思い立って俺ははんぺいたをダッコする。それから一気に走り出した。
はんぺいたと二人で、どこまでも行こう。煩わしい里を抜けて、どこまでも走って行こう。この可愛い子を掻っ攫うってだけで俺は興奮するし、何だかとても嬉しくなる。これからどんな素敵なことが待ち受けているんだろうって、まるで子供みたいにワクワクドキドキする。
野宿をして、二人で満天の星を見よう。川で魚を取って、楽しいお喋りをしながらごはんを食べよう。たまに喧嘩をするかもしれないけど、同じ数だけ仲直りをしよう。ラーメンだってたくさん食べさせてあげるんだ。
俺の胸は夢と希望ではちきれんばかりだった。だって俺は、はんぺいたが大好きなんだ。俺は初恋の子を抱いて、イチャパラみたいに愛の逃避行をしようとしているんだ。
俺は凄く幸せだった。
例えようがないくらい、嬉しくて幸せだった。
はんぺいたはリンゴ飴を食べながら、時々歯にくっついた飴を指でホジホジしていた。
しかし、そうして謎なくらい平々凡々と始まった割に最高潮に幸せな愛の逃避行は、たった三時間で終わりを告げた。
最初、はんぺいたが急に、「あ、今日は夕方からコノレンジャーあるから、そろそろ帰る」って言いだした。
俺は勿論無視した。そんなようなことを言いだすって分かり切っていたし、どうせ腹が減ったら「ラーメン」って言いだすし、多分泣くし喚くし、大変なことになるんだ。それを承知で俺は攫って来たんだから。
予想通り、はんぺいたは暫くすると酷く怒りはじめた。「里抜けしても良いけど、一楽ないと嫌だって言ったろう?」とか「三代目も一緒じゃなきゃ嫌って言ったろう?」とか喚いて、俺の腕の中で暴れはじめた。でもそれも俺は無視した。
無視して走り続けた。
俺はこの子が好きだ。大好きだ。俺のものにしたいんだ。
だから、強引に奪ってしまうしかなくて。
「俺、火影様もテウチさんも、塩先生もネギもレンゲも、商店街の人とか、みんな好きだ。離れるの嫌だ」
強引に奪ってしまうしかなくて……そう思っていたのに、はんぺいたが真剣な声を出すから、足が止まってしまった。
だってはんぺいたは、ラーメンのことじゃなくて、人のことを理由に挙げたんだ。
ラーメンだったら代わりはあるだろうって思ってた。どれだけ一楽のラーメンを恋しがっても、俺は一楽のラーメンを写輪眼でコピーしているから大丈夫だと思ったし、他にも旨い店があるはずだから何とかなるだろうって。
でも人は、どうしようもない。人との繋がりは、俺にはどうすることもできない。
はんぺいたは木ノ葉が好きなんだ。
それでも里抜けに同意したのは、特に深く考えてなかったからだし、そもそもはんぺいたは「里抜け」じゃなくて「木ノ葉をまるごと里抜けさせるなら良い」って言ったんだ。遷都的な意味で。
でもはんぺいたは、人との繋がり、景色や空気や気候、そういうのをひっくるめて木ノ葉を愛している。だから遷都的な意味においても、本当は里抜けなんかできやしないんだ。
強引に奪ってしまいたかった。木ノ葉のことを全部忘れるくらい、俺が幸せにしてあげたかった。
でも、それは無理だなって思った。
敵は……木ノ葉って敵は、俺なんかが太刀打ちできるわけがないくらいあまりに強大で強靭で、それに、あまりに愛おしいものだった。
「よし、里抜けごっこは終わり!」
俺が明るい声でそう言うと、はんぺいたはフーと大きく息を吐いた。
「お前のこと、嫌いになっちゃうところだったぞ!」
冗談っぽく小突かれて、俺も冗談っぽく笑った。
「俺、はんぺいたのこと本当に大好きだから。本当に幸せにしたいって思ってるから、これじゃ駄目って分かった」
「へー。よく分かんないけど、はんぺいたは幸せだなー」
良く分かんないのはお前だぞ!
とか、そんなことを思ったり言ったり笑ったりして、俺の愛の逃避行は終わりを告げた。
それから三時間かけて里に戻り、はんぺいたを家まで送り届けた。
別れる時、「お前、軍手好きみたいだから」って、はんぺいたは軍手をくれた。
気丈に振る舞えたのはそこまで。
はんぺいたが視界から消えると、俺は涙を堪えるので精一杯になった。
自分の思いつきに浮かれて、はしゃいで、トチ狂って里抜けまでしようとした挙句にこの体たらく。せめて何か進展があったなら救いもあっただろうけど、それすらない。告白したって「へー」の一言で済ませられた。
浮かれていた分、辛かった。夢見た未来が楽しかった分、泣けてきた。
家に帰ってそのままベッドに潜り込み、後はひたすらシクシクと泣いた。自分が酷く子供じみているような気がしたし、恥ずかしかったし、言いようがないくらい惨めだった。
真夜中に、兎面がやって来た。
勝手に家に入って来て、ベッドの中でシクシクと泣き続ける俺を布団でスマキにすると、そのままどこかに移動しはじめた。どうせ里抜けを企んだ俺を罰するんだろうなって思ったし、ベッドの中で泣きぬれるのも独房の中で泣きぬれるのも同じことだから、俺はスマキ状態にされたまま大人しくしていた。
そして俺は、予想通り懺悔室に運ばれた。
蝋燭の光すらない、真っ暗な懺悔室に。
スマキが解かれ、俺は大人しく正座する。人の気配はあったから、暗部隊長と副隊長が俺を叱り飛ばすんだろう、もしかすると五体満足じゃいられないくらいの懲罰を受けるかもしれないって覚悟していた。
でも、なんだかやけに人の気配が多い。
俺のことが嫌いな暗部連中が、ここぞとばかりに俺を袋叩きにするのかもしれないって思った時。
「お前が如何にあの子を好いているのか、よく分かった」
暗部隊長の声がした。
兎面が指に火を灯し、蝋燭を点けていく。
「お前は自分の欲望より、あの子の真の幸せを優先して里に戻った。よくやった。カカシ、よく戻った。お前は生意気なガキだが、真の純愛に目覚めたとなれば」
ゆっくりと明るくなる懺悔部屋。
暗部隊長の優しい声。
「これより暗部一同、お前の本気の初恋を全力で支援する!」
蝋燭に照らされた部屋には――…暗部隊長・暗部副隊長・鳥面・兎面・その他暗部の先輩達が腕を組んで俺を見下ろしていたのだった。