一楽のラーメンは正月にも恐らくイルカを救う 前編


「つまり、俺はホモということなのでしょうか」
 項垂れてそう問う天才忍者はたけカカシ……つまり俺。
 そんな天才忍者俺がしおらしく正座している前で、暗部隊長・暗部副隊長・兎面・鳥面が難しい顔で腕を組んでいる。暗い部屋の四隅には、ちょっと狙いすぎなんじゃないの?と思うくらい前時代的な燭台が置かれ、チロチロと揺れる蝋燭の炎が、俺の前に立つ四人をオカルトチックに照らしていた。
 暗部塔の最奥、通称懺悔部屋。
 普段は「先日部隊長の野戦食にうっかり毒を混ぜました」とか「暗部共有嫁であるバーバラのオナホールを洗わず放置したのは俺です」とか「むしゃくしゃして残り少ない鳥面の毛髪を五本抜きました」とか、まぁそういうことを懺悔する為に使われている部屋だ。
 俺は正月早々、そこで人生初の「天才忍者はたけカカシくんの人生相談会」を開催している。主催俺、相談者俺、アドバイザーはこの四人。女に変な病気うつされた時ですらクールに自己解決した俺が、人生相談を開催した理由は勿論ひとつ。
 YES、はんぺいた!
「ホモなだけなら良い。だが相手の年齢を考えると、お前は若干変態なのではないか?」
 鳥面が腕を組んだまま、眉間に皺を寄せてそう言う。
「そこが問題だ。しかしカカシがあまりにヤリチンすぎるから忘れそうになるが、実はコイツもまだ子供だぞ? 若干変態だとしてもギリギリセーフかもしれん。それに、何せあの子は可愛い。生意気な子供が可愛い子供に恋心を抱いたと考えれば、ずいぶん真っ当なような気もする」
 瞑想に耽っているような素振りをしていた兎が、悪気のない悪口を散らしながら俺をフォローする。
「そもそもカカシは、子供のくせに今までがヤリチンすぎた。チンコが乾く暇もなかったヤリチンが、今更純情ぶって同年代に恋をするんじゃねーよというのが、俺の乾いたチンコの見解だ」
 暗部副隊長が意味の分からない主張をする。僻んでんじゃないよ。
「手を繋ぎたいとか、頬にチッスをしたいとか、そんな可愛らしい願望を抱く程度なら良かったのかもしれない。だがこのヤリチンは、あんなに可愛らしい子に不埒な真似をしたいと望んでいるのだろう? そこからして既に変態だ。ヤリチンカカシの年齢は関係ない」
 暗部隊長はさっきから妙に機嫌が悪い。そして俺を変態と決めつけている。
 まったく、どこが変態なんだ?
 好きな子にアレコレ致してアンアン言わせたいと思うのは、男なら当然の欲望だろうに。
「で、俺はホモなんですか」
「ホモで変態だという結論になった。ついでにヤリチンだ」
「ヤリチンは今は関係ないはずなんですけど。ていうかね、俺だって好き好んでヤリチンやってるわけじゃないの。美人なお姉様方が放してくれないだけなの。昼夜問わずお姉様方が、カカスィ〜、カカスィ〜って、俺の顔を見る度にブラのホックを外してパンティを脱ぎ捨てるの。俺だってヤリたい盛りだから、そんなことされたら突っ込むしかないでしょ。俺は美形の天才忍者なんだからモテるのも仕方ないわけだし?」
 やだねー、妬みっぽい男ってのは、みっともないねー。
 そう思いながらプイとそっぽを向くと、暗部副隊長がおもむろにブッ!と屁をこいた。うざい。だからお前はモテないんだ。
「そりゃ俺はヤリチンでしたよ? それは認めますよ? でもさ、それは過ぎたことじゃないの。過去のことじゃないの。真の愛に目覚めた今後の俺は、はんぺいた一筋となるわけだしさ」
「真の愛だろうがなんだろうが、あの子に不埒な真似をすることは許さん!」
 腕を組んでふんぞりかえる暗部隊長は、はんぺいたの父親のような口ぶりだ。そろそろ「俺は認めんぞ」なんて言いだすに決まっている。隊長だけじゃなくて副隊長もハナからこの純愛に否定的だし、もしかして俺はアドバイザーの人選を間違えたかもしれない。せっかく人生初の「人生相談会」を開催したのに、せっかく人生初の純愛に目覚めたのに……。
「じゃあこの際、ホモで変態でヤリチンでも何でも良いよ。とにかく俺は恋をしたの。初恋なの。うっかり謙虚になっちゃうくらい恋に翻弄され、戸惑い、怯えている天才忍者写輪眼エリート子羊ちゃんなの。こんな俺に、大人のアンタ達は何か助言っぽいことを与えるべきじゃないの? 暗部でも、そういう優しさは忘れちゃいけないと思わないの?」
「俺、ヤリチンには優しくないから」
「僻んでんじゃないよ。あと、屁をこかないでくれる? ここ密室なのに」
 副隊長は放っておこう。
「俺は認めん!」
「それ、言うと思った」
 隊長も放っておこう。それから隊長なら隊長らしく、もうちょっと捻ったことを言えば良いのにね。写輪眼使わなくてもアンタの言動は先読みが容易すぎて困る。難易度低すぎ。
「カカシ、一緒に瞑想しようではないか」
「瞑想したら初恋が成就するわけ?」
 兎も駄目だ。コイツは瞑想アドバイザーなだけだ。それから、俺はお前がはんたぺいたと仲良くしてたこと忘れてないんだからな。お前がクリスマスにはんぺいたのお世話係になってたの、しつこく覚えてるんだからな!
 すがるように最後に鳥面を見遣ると、頭髪の寂しい鳥面は俺の気持ちを汲んでコックリと頷いた。鳥面のつぶらな瞳が「分かっている、こいつらは駄目だ。でも俺はお前の味方だぜ?」って言っている……気がする。見えないけどね!
 でも俺は信じるぞ。禿げだからこそ、お前は人の心の痛みが分かる優しくて繊細なヤツなんだ。初恋に苦しむ俺にさぞかし同情し、勇気付けるような素敵な言葉をくれるに決まっている。
 鳥面が背筋を伸ばし、年配者らしい毅然とした態度で言った。
「大丈夫だ、はんぺいたは俺の養子にする」
「百万回死ね」
 論外だった。
 しおらしく正座しているのが嫌になってきた俺は、ツンとそっぽを向いてほっぺを膨らます。むかつくし、幸い懺悔室にはこの四人しかいないから、蝋燭を消して全員皆殺しにしてやろうかと思った。なんなの? カッコつけてデーンと突っ立ってる割には全く役に立たないし、ケチばっかつけてさ。
 大体さ、この人たち、アレでしょ? みんなはんぺいたが可愛いだけでしょ? だから独り占めしたくて、俺の恋路の邪魔をしたいだけなんでしょ? 良いよ良いよ、だったら俺は勝手にやるもんね。あんなことやこんなことまで、色々とさ。
「あれもこれも駄目だ。俺は許さん!」
 妄想してただけなのに隊長に厳しく却下された。って言うか、俺の思考が読まれた。難易度の低い隊長に読まれたってことは、もしかして俺は更に低レベルなの? 天才だと思ってたけど、実は雑魚だったの? え? ほんと?
「第一あのような天使じみた子が、お前のような変態ヤリチンなぞ相手にするか。バカめ」
 ただでさえ自分のアイデンティティが揺らいでいたのに、副隊長が容赦のない言葉を浴びせてきたから、俺はちょっと涙目になった。
 なんなの。これは俺が主催した「天才忍者はたけカカシくんの人生相談会」のはずなのに、どうして「天才忍者はたけカカシくんを徹底的に苛める会」になっちゃってるの。
「良いよ、もう」
 ぐすんと鼻を鳴らして俺は立ち上がる。それからハッキリと宣言してやった。
「だったら俺はいつか、はんぺいたを掻っ攫って里抜けとかしちゃって、二人で愛の逃避行をしちゃうもんね! ばーか!」
 どいつもこいつも最低限の優しさを忘れたばかりじゃなく、俺のはんぺいたを狙いやがって、俺の恋路を邪魔しやがって。本気で里抜けしてやるからな。
 俺の愛を高らかと宣言するようにそう吠えたのに、蝋燭の小さな炎に照らされた四人は偉そうにデーンと突っ立ったまま俺の過激な発言を無視した。やれるもんならやってみろって言われた気がして更にむかつく。
「あほ!」
 俺は短く捨て台詞を吐いて懺悔部屋を出た。
 兎面か誰かが、小さく笑った気がした。




 五年振りの正月休みなのに、新年早々腹立たしいったらありゃしない。そもそもアイツらは子供の俺に、お年玉とかくれても良かったんじゃないの? 特に暗部隊長と副隊長は「今年も宜しくな?」とか言いつつ、俺にたんまりお年玉を差し出すのが道理ってものじゃないの?
 プリプリしながら早朝の木ノ葉商店街を歩いていると、シャッター街みたいな正月特有のその光景にまたもや涙が出てきた。誰も彼も俺のことを苛めるし、木ノ葉商店街まで俺を除け者にしている気になる。「アイツ、天才とか自称してるけど、実は超低レベル思考なんだぜ?」とか「変態ヤリチンのくせにはんぺいたに懸想してるらしいぜ?」とか「身分をわきまえろよなー、ぎゃはは!」とかって陰で言われてる気がする。ひどい、みんなひどい! きっと今までそうやって俺のこと陰口叩いてたんだ。
 ガックリと肩を落としてトボトボ歩いていると―そんな傷心の俺に何の脈絡もなく天使が舞い降りた。
 ていうか、天使がまるまると着膨れして、とあるお店の前に突っ立ってた。
「はんぺいた!」
 運命的な邂逅に、それまで感じていた重苦しい気分や被害妄想は一気に吹っ飛ぶ。これを運命と呼ばずして何を運命と呼ぶ!
 あ、もしかしてこれは天啓? 「YOU、里抜けしちゃいなよ!」っていう神様のお導きなの? だったら本当にやっちゃおうじゃないの、里抜け! こんな意地悪な人間しかいない里なんか、ポイポーイって捨てて抜けちゃおうじゃないの!
「はんぺいた!」
 里抜けする気満々で呼びかけて彼の前に立つと、はんぺいたは何故か不思議そうに周囲を見渡していた。それから俺がもう一度「はんぺいた」って元気に呼びかけると、今度は急に何か閃いた顔をして何故か「おう、はんぺーた!」と返してきた。お、俺は、はんぺいたじゃないけど……ま、良いか。
「何してんの?」
「福袋買いに来た」
「へー、偉いね、偉いね!」
「ここで忍具の福袋を買うと、木ノ葉商店街共通金券が結構もらえるから。それで一楽に行ける」
「偉いね! 偉いね!」
 こんな朝っぱらから福袋を買うために並んでるなんて、可愛すぎる。はんぺいた、可愛いすぎる! しかもお目当ては忍具の方じゃなくて当然のように一楽絡みとか、揺るぎない。格好良い!
 よし、攫おう。

「あ、お前、変態サンタか」

「ち、違うよ! それは酷い誤解だよ!」
 腕を伸ばそうとした瞬間に出鼻を挫かれた。っていうか、今頃俺のこと思い出したの? 遅くない? 一目で思い出してくれても良くない?
「俺、変態サンタじゃなくて、良いサンタなんだよ? ほら、クリスマスの時もはんぺいたのためにラーメン作ったりしたでしょ? 俺は良いサンタなの。分かる?」
「へー」
 ……すっごいどうでも良さそうな返事をされた。俺、マイナス230くらいのダメージ。
 いやでも、ここで負けるわけにはいかない。俺は天啓を得ているんだから、とにかくこの子を攫ってこのまま里抜けしちゃうのだ。はんぺいたは嫌がるだろうし抵抗もするだろうけど、いつしか天才忍者カカシくんの虜になるに決まってるんだから。そうに決まってるんだから。
「あのさ、あのさ、俺と、今から」
「暇だったらお前も並べよ」
「うん! 二人で福袋買おう!」
 あ、うん。良いよね、まずは二人で福袋を買って、それから里抜けすれば良いよね。二人で買い物なんて、まるで恋人同士みたいだし?
 まるまると着膨れしたはんぺいたに、「俺も並ぶから」みたいな顔をしてもうちょっと近付いてみる。寒さで赤くなった鼻先とか超可愛い、激可愛い。手袋が軍手なところも超可愛い激可愛い。「一楽は三日から営業だ」って訊いてもないのに一楽情報流してくれるところも超可愛い激可愛い食べたい舐めたい里抜けしたい!
「あのさあのさ、はんぺいたは里抜けとか考えたことある? ほら、忍者なんてやってると色々とむかつくこともあるし、好きな時に好きなだけラーメン食べることもできないしさ、こう、自由にラーメンの旅を楽しもうとかそんな気楽な気分で俺と」
 気が急いて里抜け勧誘を始めてしまった俺に、はんぺいたはペコリと頭を下げて言った。


「ごめんなさい。父ちゃんと母ちゃんがいないから、今度にしてください」


「お、俺は訪問販売の人とかじゃないよ! 全然違うよ!」
「あ、そうなの?」
「違うよ、よく聞いて? ね?」
 良いけどさ、無理やり攫っちゃえば良いんだけどさ、でも万が一、億に一でもはんぺいたが里抜けに同意してくれるなんて奇跡が起きたら最高じゃないの。二人の逃避行とか最高じゃないの。
 俺はソワソワと手を伸ばして、はんぺいたの手を握った。はんぺいたは不思議そうな顔をして俺の手に視線を落としたけど、その時、はんぺいたの鼻水が俺の手に落ちた。するとはんぺいたは、俺の手を自分の半纏で擦って鼻水を拭いてくれた。可愛い、もう何もかもが可愛い! 言動全てが奇跡!
「えっとさ、だからね、俺と一緒に里を抜けて、二人で一緒に自由気儘に暮らしてみない? 勿論ラーメンも食べられるし、不自由な思いなんかさせないよ? だって考えてみなよ、このまま忍者を続けたって、戦争だの任務だの殺しだのってそんな殺伐とした人生のままじゃないの。出世とか報酬額詐欺とか面倒なことばっかりで、うんざりするよ。裏切りだって出てくるし、上層部はうるさいし、そんな人生よりも」
 懸命に誘っていると、はんぺいたがちょっと顔を顰めた。ああ、やっぱり駄目かなぁ、力尽くでこの可愛い仔を攫うしかないのかなぁって思っていたら。


「難しい話は、今度にしてくれないか?」


「難しくないよ! 全然難しくないよ!」
 俺はブンブン顔を振って否定する。凄く簡単な話なのに、多分もう飽きてきてる! はんぺいたとお喋りするには、もっと要点を纏めないと!
 短く、はっきりと、要領良く。
 そう念じながら、俺ははんぺいたの手をぎゅっと握りしめて真摯な眼差しを彼に向けた。これはプロポーズみたいなものだなと思うと、ちょっと声が震えそうになった。
 よし、根性決めるぞ。俺はこの子と一緒に幸せになるんだ。暗部隊長も副隊長も鳥面も兎面も、みんなみんな知ったこっちゃない!


「俺と、一緒に、里抜け、しようよ!」
「良いけど、一楽がないと嫌だ」


 良いのか! はんぺいたは一楽があれば何でも良いんだ! やった!
「平気平気。テウチさんも拉致……ゲフン、テウチさんも来てもらえば良いんだよ。それで、他の場所で二人で幸せに暮らしてさ」
「俺は火影の爺ちゃんもいないと嫌だし、塩先生もいて欲しい。ネギもレンゲも一緒が良いな」
「ほ、火影様はアレだけど、その三人なら頑張れって拉致……いやだから」
「駄菓子屋の婆ちゃん、つか、木ノ葉商店街のみんなも一緒だったら良い。木ノ葉神社もないと嫌だ。火影岩だってないと絶対嫌だし、阿吽の門もないと寂しい。木ノ葉の人やものを全部里抜けさせるなら、俺は良いぞ」




 ……それは里抜けじゃなく、遷都?




 国家規模の大プロジェクトみたいになってきた所で他の忍も並び始めたので、それ以上里抜け(遷都?)の話はできなかったけど、俺はまだ諦めない。
 早くこの可愛いはんぺいたを掻っ攫うのだ。
 そしてまだ見ぬユートピアを目指して、愛の逃避行をするのだ。




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