「目標発見。総員、配置につけ!」
副隊長の声が響くや否や、一楽付近にたむろっていた暗部の先輩達が一斉に決められた配置に付いた。ある者は一楽のカウンターに、ある者は一楽のテーブル席に、そしてある者は天井裏に、勝手口に、向かいの商店にと、先輩達は暗部面を被ったまま一瞬で散る。おかげで一楽付近は暗部以外近付けない雰囲気だ。いや、たむろってた時点で最早そんな感じだったけどね。
「カカシ、気張れよ」
隊長が俺に声をかけ、定位置につく。主役である俺も、決められた場所に移動した。
胸が高鳴る。
遂にはじまるのだ。『真の愛に目覚めたカカシくんを応援して、ついでに副隊長の乾いたチンコを潤そう作戦』が……!
出落ち状態になっちゃったけど、まぁつまり、そういうこと。
里抜けなんてぬかした俺を、兎面だけが「カカシは里抜けなどすまい」と一笑に付したらしいんだけど、隊長や他の先輩は「本当に里抜けしたらここぞとばかりにカカシをフルボッコ!」的な目論見で俺を見張っていたらしい。で、そんなねちっこくて陰湿な思惑に気付きもせずに俺は本当に里抜けしかけたんだけど、途中でそれを止めた。はんぺいたの真の幸福を願い、ぐっと堪えた。その様子を一部始終見ていた暗部隊長が「あれほど身勝手で生意気でヤリチンのカカシが……」と、いたく感動し、「よし、カカシ。思いっきりぶつかって思いっきりフラれてこい!」みたいになったわけだ。副隊長は副隊長で「カカシがあの子に夢中になっていれば、カカシに群がっていたくノ一がちょっと俺のことを気にしてくれるかも?」なんて情けない思惑で「いやいや、カカシはあの子とくっつけば良いよ。フラれたらアカンよぉ」みたいになった。他の暗部は「なんか面白そう」とか「カカシが俺達の目の前でフラれたら笑える」とか、そういう理由でこの作戦にのっている。
ええっと、つまり暗部隊長は俺の本気に心を打たれて「お前の初恋を全力で支援する!」とかって言ってくれたわけだし、本当に俺を応援してくれてるわけだけど、ムカつくことに何故か俺がフラれると決めつけていて、副隊長は自分の乾いたチンコのことしか考えてなくて、他の暗部連中は面白がってるだけで、俺は兎面の期待を見事なまでに裏切ってガチで里抜けしようとした。
ええっとつまり、俺達暗部は、ろくでもない!
兎面だけ天使!
鳥面はハゲ!
そんな結果になったわけだけど、ま、良いとしましょう。どんな思惑があるにせよ、みんなで俺のこの純粋な初恋を応援してくれるって言ってるんだから素直に感謝しておこうじゃないの。
昨日なんかは一日かけて俺のために作戦を練ってくれたし、今日もこうやって集まってくれたしね。
因みに一昨日の俺の告白は、暗部の先輩達曰く「零点!」だそうだ。モテモテ人生を送ってきた俺は知らなかったんだけど、あんな、「俺、プリン好きだわー」みたいな言い方では駄目なんだってさ。告白ってのはもっとロマンチックに、満天の星空を見上げながら、重々しく行うんだって。あと、相手がリンゴ飴と格闘してる時は告白するタイミングじゃないんだってさ。難しいんだね。
「カカシ、来たぞ」
鳥面の声に俺は表情を引き締めた。見遣れば俺の可愛いはんぺいたが、暗部だらけのこの界隈の雰囲気をものともせずブラブラ歩いて来るのが見える。
シミュレーションは昨日散々立てたんだ。あとは行動に移すのみ!
「はんぺいた!」
俺は、さも「うわすごい偶然だね」みたいな声を出して彼に駆け寄った。
「おう、はんぺーた!」
彼も「うわすごい偶然だね」みたいにそう返事をした。でもなんで自分の名前を挨拶風に使うんだろうね。相変わらず意味分かんないよね。
あ、でもそこに拘っている場合じゃないんだ。はんぺいたは何もかもがちょっと特殊なんだし。
「一楽に来たんでしょ? 今日から営業だもんね」
気を取り直してそう言うと、はんぺいたは嬉しそうにニカリと笑った。あまりに可愛い笑顔で思わず抱き付いてチュッチュしてベロベロして里抜けしたくなる。それからアレコレ悪戯したくなる。
「一緒にラーメン食べようぜ」
はんぺいたは、俺が誘う前にそう言ってくれた。思わず胸と目頭と股間が熱くなる。
勇んで頷いてついでに手を繋ぎ、胸や目頭や股間をホカホカさせながら暖簾をくぐると、中には俺とはんぺいたの席を残して全部暗部で埋まっていた。
「カカシ、奇遇だな」
兎の一声に倣って、他のメンツも「カカシじゃねぇか」と親しげに声をかけてくる。いつもは「生意気」とか「天誅」とか「制裁」って息を巻いている先輩達だし、この前なんかあの端っこにいる桃面に毒を盛られたけど、俺も親しげに「ああ、先輩達も来てたんですか」と返事をする。
カカシくん、すごく人望ある作戦だ。
友達が多い人格者、みたいに見せる作戦なのだ。よもやはんぺいたも、俺がこの先輩達から普段はボロカス言われてるなんて思いもしないだろう!
でも一楽に入った途端、はんぺいたの目はテウチさんに釘づけになっていた。俺のことなんか見向きもせず、暗部面がずらりと並ぶ不気味な店内にも構いもせず、ただひたすらテウチさんに熱視線を送っていた。
はんぺいたの目が雄弁に語っている。
テウチさんかっけえええええええええええ!!と叫んでいる。
俺の最大の敵って、もしかしてテウチさんだったの?
「ギョーザ食べる? ねぇ、ギョーザ食べる?」
俺のことを見て欲しくて話かけたけど、無視された。はんぺいたの眼差しは一心にテウチさんに注がれている。その瞳はまるで、恋をしている者のそれ……。
「味噌? 味噌ラーメンにする? 俺はね、今日は醤油にしようかと」
ガン無視。
「チャーシュー大盛りにして良いよ? 俺、おごっちゃうよ」
「テウチさん、俺、味噌ラーメンチャーシュー大盛り!」
はんぺいたは空いている席に無意識のようにピョコンと腰かけると、元気良くそう注文した。俺はその隣に腰かけ、醤油ラーメンを注文してまた話しかける。店内にいる先輩達も「小僧、たんと食べろよー」とか「カカシのおごりだってよ。良かったなぁ」とか言って盛り上げようとしてくれてるんだけど、てんで効果がない。
先輩達にハンドサインで「話しかけろ!」って言われるし、俺だって頑張ってるんだけど、ほんと見向きもしてくれない。ラーメンの待ち時間にはちょっと盛り上がって、「暗部って怖くないんだ。みんな良い人だね」って思わせる予定だったのに。
「ラーメンの麺は、何が好き? たまごめんとかあるよね? 縮れてるのとかさ」
一生懸命話しかけたけど、はんぺいたはテウチさんにぞっこんで、目なんかほとんどハートマーク化している。
く、くやしい。
「あのさ、はんぺいたは」
ガンガン行け!という先輩達のハンドサインに背中を押され、更に話しかけようとしたその時、はんぺいたはポワワーンとした声で呟いた。
「俺、一楽と結婚したいなー」
テウチさん許すまじ!!!!!!!!
涙目で殺気立った俺の首を兎面が引っ掴まえた。あっという間に瞬身で屋根の上に連れ出される。
超涙目で「だって!」って言い募る俺を、何事かとやって来た鳥面と兎面が宥めてくれる。でもでもだって、はんぺいたは俺と結婚しなきゃ駄目なのに、よりによって一楽と結婚だなんてそんな!
「功を急いてはいかん。カカシ、こんな時こそ瞑想だ」
目に浮かんだ涙をカシカシと擦りながら、可哀想な俺はコクコクと頷いた。はんぺいたの性格上、そもそも一楽で仲を深めるって作戦自体が失敗だったのかもしんないし、確かに気落ちはしていられない。
俺という存在が一楽のラーメンに及ばないなんて、分かり切っていたことだし?
改めて言うと凄く落ち込むけど……。
「はんぺいたは良い子だが、落とすのは難しい。それは分かっていたことだろう?」
鳥面がポンポンと俺の肩を叩いてくれた。なにこいつ、めっちゃ良いヤツ。伊達にハゲてないのね。
その後、なんとかテウチさんに対する殺意を治めた俺は、兎と一緒に一楽の店内に戻った。
が、そこでは新たな事件が俺を待ち受けていた。
三代目が、ナルトを連れて来ていたのだ。
火影様が来店したとあって誰かが席を譲り、三代目とナルトは店の一番端のテーブルに座っていた。
「なんでキツネを外に連れ出すんだろう」
「メシがまずくなる」
「閉じ込めておけば良いのに」
「殺せば良いのに」
「見ろよ、キツネっ子のあの目」
悪意に満ちた視線と、コソコソと交わされる陰険な陰口が耳に届く。九尾の事件で身内を亡くした者は数えきれないし、里の多くの人間が今でもこうして抑えきれない憎悪を抱いていることは分かっている。けれど俺は、ミナト先生の子であるナルトを悪く言われるのは嫌だった。ミナト先生は何か考えがあってナルトに九尾を封印したに決まってるんだから。それに、あんなに小さな子に辛く当たるってのは、あまりにも酷だと思うんだ。
でも、俺は何も言えない。俺が何か言える問題じゃない。
店の雰囲気は最低だった。知らん顔をしている三代目と、暗部が食べているラーメンを「ちゅるちゅる」と羨ましげに見ているナルト、それからナルトの存在に全く動じないテウチさんを除けば、みんな酷くピリピリしていた。
そう、はんぺいたも。
はんぺいたは、物凄い勢いで落ち着きをなくしていた。過呼吸になるんじゃないかって心配になるくらい呼吸は乱れていたし、チラチラナルトを見るのは良いけどその度にカウンターに頭を打ち付けるし、落ち着こうとしているのか爪楊枝を並べだすし、コップは落とすし、割り箸が入っている袋をグチャグチャにしては綺麗にし、グチャグチャにしては綺麗にし、を繰り返すし。
ともかく大変な動揺の仕方をしていた。
「お待ち」
テウチさんがラーメンを差し出すと、そこは速攻で受け取ったが。
「……」
食べない! はんぺいたがラーメンを目の前に、箸を付けない!
その異常事態に俺はゴクリと喉を鳴らした。
テウチさんも様子のおかしいはんぺいたをじっと見つめている。……あ、あの、俺のラーメンは?
その時、意を決したようにはんぺいたが立ち上がった。小走りでナルトに近付き、震える両手を握って拳を作り、声をかける。
「お前、一楽好きか」
ナルトを連れて来た三代目は、テウチさんと同じく黙ってはんぺいたを見詰めていた。暗部の先輩達はまだコソコソと、いや、聞こえるようにナルトの悪口を言っている。「来るな」とか「呪われた子」とか。
三代目が何も言わないから、調子に乗って。そりゃ、俺も何も言えないけどさ。
「お前、一楽のラーメン、好きか!」
返事をしないナルトに、はんぺいたは重ねて問うた。
「ちゅるちゅる、しゅき」
はんぺいたに気圧されたナルトだったけど、それでも小さく、はっきり答えて頷く。
すると、暗部で天才でエリートの目にも止まらぬ速さではんぺいたが店を飛び出した! 思わぬ展開に俺も暗部も全員が「あ!」っと立ち上がったら、戻って来た! え、何なの!
「一楽のラメーン、好きかッ!」
「しゅき」
同じことを訊いて、また飛び出した! でもすぐに戻って来た!
「一楽のラーメン、好きかアアァアッ!」
「いちりゃくのちゅるちゅる、しゅきらってあよぉ!」
「好きかアアアアァアアッ!」
「しゅきぃいい!」
「好きかぁああああッッッ!!!」
「しゅきらってばぉおおお!」
よく分かんないけど、二人は叫び合っていた。
はんぺいたは謎の高速移動をして店を出たり入ったりしていたし、時々その場で身悶えていたし、最後の方は壁に頭をガンガン打ちつけていた。それがどのような感情の発露なのか俺にはサッパリ分からなかったけど、涙目になっていたから間違いなくオデコは痛かったと思う。あとで手当てしなきゃいけない。
「俺、決めた!」
ちょっとはんぺいたに付いて行けなくて茫然とする俺達と、事態を見守っていた三代目とテウチさんは、厳しく鋭い声を出したはんぺいたに括目する。
はんぺいたは握った拳をブルブルと震わせながら、一度だけ目元をぐいと拭った。
「俺、父ちゃんと母ちゃんを九尾に殺された。だから俺はこの子が大嫌いだった。でも、この子は一楽のラーメンが好きだと言う。いちりゃくのちゅるちゅるがしゅきだと言う! だったら同士だ! 仲間だ! 一楽のラーメンファンとして、俺は――…俺はナルトを守ることをここに誓うッ!!」
堂々たる決意表明に、俺達は一瞬水を打ったように静まり返り……。
そして怒涛の喝采が湧き上がった。
なんという友愛、なんという男気、なんというブレないラーメン至上主義、そして見事なまでの度量の大きさ! 俺は自分が惚れた子がはんぺいたで良かったと、涙ながらに思ったのだった。
はんぺいたは演説を続ける。
「一楽のラーメン好きに悪いヤツはいない。この子は間違いなく良い子なんだ。これからナルトのことを苛めるヤツは、一楽ラーメン熱愛会名誉会長である俺が許さないからなッ!」
カッコウィイイイイ! 俺も一楽ラーメン熱愛会会員に入ります!
「一楽のラーメンは正義だ! 一楽のラメーンを愛する者も正義だ!」
凄い極論! だいすき!
「ナルトは仲間だ! 九尾だってラーメン仲間だ!」
え? ナルト云々は分かるけど、九尾も仲間になるの? そこまで話は飛躍するの?
「俺には見える! 一楽のラーメンを啜り、あまりの美味しさに雄叫びを上げつつ感激し、『俺は木ノ葉に悪いことしちゃったよね』って泣いて反省しはじめた九尾の姿が見えるんだ!」
そ、それは見えない! 俺には見えない!
ちょっと戸惑ったけど、それでもはんぺいたの熱意に押され、「あ、う、うん」みたいな感じでみんな頷いた。あれだけピリピリしていた一楽のムードは一気にはんぺいた万歳的な喝采にまみれ、その後もはんぺいたは涙ながらに「一楽ファンにゃ、悪いヤツはいねぇんだぜ!」といったことを力説し続けた。
知らないうちに、はんぺいたのものだったはずの味噌ラーメンが俺の前に置いてあった。俺はちょっとぬるくなったラーメンを食べながら、はんぺいたの演説にうっとりと耳を傾け、拍手したり歓声を上げたりしていた。
はんぺいたはひとしきり持論をぶち撒けると、テウチさんが新しく作った「デラックス味噌ラーメン」を食べた。
予想外の展開になったけど、はんぺいたが生き生きしてたから俺はすごく満足だった。
「じゃ、俺は帰る。はんぺいたー!」
爪楊枝でシーシーした後、はんぺいたはスチャっと手を上げて立ち上がる。「バイバイ」とか「ごちそうさま」って言うべきところを、どうして自分の名前に置き換えるのか本当に不思議だったけど、俺も慌てて立ち上がって「送るよ」と声をかけようとした。だって本日のメインイベントである『星空を見上げながら重々しく告白』はこれからだったし、あわよくばその後、俺とはんぺいたは愛のキッスをですね。ふふ。
んが、俺が「送るよ」と言う前に、三代目が言った。
「イルカよ、これからのナルトのことを頼むぞ」
「おう!」
交わされた言葉に、俺達暗部は若干の違和感を覚える。若干と言うか……激しい違和感と言うか……。
店から出ようとするはんぺいたに、テウチさんも声をかけた。
「イルカ、また来いよ」
「勿論だぜ! じゃ、はんぺーたー!」
……。
……。
……えっと?
イルカってだれ?
はんぺいたが出ていくと、一楽は騒然となった。
そして俺達は三代目やテウチさんに詰め寄り、自分たちの勘違いを知ることとなった。いや、勘違いだけではない。暗部が如何に粗忽者の集まりなのか、無能集団なのか、アホばっかりなのか、まざまざと思い知ったのだ。あ、俺は天才なんだからね! 俺はエリートだし、みんな俺のせいにしたけど俺のせいじゃないし俺天才だし!!
とにかくそんなこんなで、俺の新年は驚愕の新事実とともにスタートしたのだった。