「半平太君だね?」
「うん!……じゃなくて、はい!」
彼はとても自慢げに目を輝かせて頷いた。
きっとアレだ。コードネームを忘れそうになったけどかろうじて思い出した自分が誇らしいんだな。間違ってるけど。いやでも誉めてあげるよ俺は。はん、までは合ってたし!
「そうかね。半平太、今日は一杯楽しもうね」
気色の悪い笑みを浮かべて唇を汚らしく舐める男の舌を引き摺り出して忍刀でぶった切ってやりたい。俺は手をわきわきさせながら下を覗き込む。
「もっとこっちへお寄りなさい」
彼の手を取り引きよせるその汚らしくてぶよぶよした腕を鋸でギコギコしてやりたい。うさ晴らしに鳥面の髪の毛を抜いてやろうとしたのに、今度は全力で阻止された。ったく、こんなところで無駄に暗部め。
「可愛いね、半平太」
「有難うございます」
ぐるぐるぐる。
「半平太、私の膝の上にお乗りなさい」
「はい」
ぐるぐるぐる。
「……君は、お腹が減っているのかな?」
「はい。今日はお金持ちのお屋敷に行くから腹ペコにしておくと良いぞってシオ先生が言ったから、何も食べてません」
ぐるぐるぐる。
期待に満ちた彼の目が、若旦那に向けられた。
不安に満ちた俺の目が、腹ペコらしい彼に向けられた。
何と言うか、彼だってもうそろそろ脳味噌も精子まみれになる年齢のはずなのに、性的なことに好奇心旺盛になって世の中の色々な性嗜好や趣味をその過程で学んでいるはずなのに、何故そこまで危機感がないのだ。というか、今回の任務を本当に彼は理解できているのだろうか?
いやそもそも、シオ上忍。アンタ何を吹き込んでいるんだ!
「シオ上忍って何なの!」と指文字で兎に訊ねると、すぐさま「凄腕だけど上忍師にはなっちゃいけないタイプの人」だと返事をされた。
俺は色んな意味で不安になり、手に汗握り彼を見下ろす。
はんぺいた! そんな簡単に男の膝に乗っちゃいけません!
「何が食べたいかね?」
「ラーメン!今日は味噌の気分です!」
若旦那はニヤリと口端を上げ、すぐに先程の老人を呼ぶと「美味しい味噌ラーメンを作っておくれ」と言った。美味しい、という部分に妙なニュアンスを感じた俺が兎に視線を向けると、すぐに心得たと兎が消える。
ラーメンが出来るまで、男は彼の太ももや背中をいやらしく撫でまわしていたので、俺はその度に手をワキワキさせながら鳥面の残り少ない髪の毛を全てむしりたくなった。鳥が身の危険を感じ、すぐに消えたので実行はできなかったけど。
兎が帰ってくる。
「予想通り」
小さく囁く兎の声に、俺はそろそろ限界を感じていた。
彼に媚薬を盛るなんて、言語道断じゃないか。
そもそも火影様は一体何を考えて彼をこの任務に任命したんだ!
馬鹿なの?里長って馬鹿なの?
そりゃ俺も一瞬「彼に場数を」なんて思ったけどさ、やっぱ駄目でしょ! はんぺいたはまだ、そんなことしちゃダメでしょ! もっとこう、下忍らしい、ほら、あるでしょもっと安全な任務が! 子守とか草むしりとか鳥の毛むしりとかラーメン試食とか!
ラーメンがお盆に載ってやってくる。
彼が目を輝かせる。
というかはんぺいた、忍はそんな簡単に何でもかんでも口に入れちゃ駄目なんだよ。今度教えてあげるけど、毒見検分ってのがあってね。あのね。
彼が箸に手を伸ばした時、俺はついに印を結ぼうと手を動かした。
食べちゃダメ!!!
が、はんぺいたの目を見て俺は悟った。
はんぺいたのあの目。
あの目は、忍の目!
ああ、はんぺいた。君のことを信じなくてゴメンネ。
君はちゃんと分かっていたんだね。下忍といえども君も忍。分かってくれていたんだね。そう、君はできる子。
のはずなのに、あっさりと彼はラーメンを口にする。
あ、食べちゃったの?
だが彼は俺の心配をよそに、ラーメンを一口啜っただけで箸を置き、立ち上がって叫んだ。
「ええい、店主を呼べ!!!」
凛々しい彼の声がこだました。
「半平太?」
「このラーメンのスープには、化学調味料みたいなものが入っている!店主を呼べ!」
「あの……」
「スープは店の魂!店主の思想、哲学が詰め込まれるべきもの!」
「半平太君……」
「俺が説教してやんます!」
「……無味無臭のはずなんだけどな」
「これを作った者には、ラーメンに対する愛情というものが欠如しているッ!!ラーメンに愛を!俺にラーメンを!」
彼は叫びながら地団太を踏んだ。
それから、畳の上に転がって手足をバタバタさせながら美味しいラーメンが食べたいとごね始めた。
らーめんーー。
おいしいらーめん食べたいぃーーー!
そう喚きながら。
鳥面は俺を警戒し頭を庇いながら身を丸めて震え笑い、兎は任務中に爆笑しないようにと瞑想を始めた。
俺はというと、はんぺいたに美味しいラーメンを食べさせなくては! というわけの分からない焦りを感じていた。