暇だったから天井裏でイチャパラ読んでたんだけど、勿体ぶったヒロインがようやく主人公に股を開いたところで人の気配がしたからしぶしぶ本を閉じた。これからが良いところだったのに。
一日一瞑想をモットーとしている兎面も瞑想を止めて目を開け、禿に利く薬を頭皮に塗り込んでいた鳥面も素早く薬を仕舞う。
「若旦那様。お連れ致しました」
襖の向こうからかけられる年老いた男のしゃがれた声に、屋の主は「入れ」と入室を許可した。
僅かにずらした天井板の隙間から本日の囮とその様子を確かめようと覗き込んだ俺達の目に入ったのは、まず悪趣味な部屋の装飾。部屋の中央に敷かれた一組の布団。それから、ターゲットであるぶよぶよと太った馬鹿若旦那。
ここまではさっき確認したのと同じ。
「失礼します」
そこに、少し震えた声で襖を開けた少年。今回の囮。
この任務自体は大したことがないものだった。
うちの馬鹿息子の性的嗜好に少々問題がありまして、最近ではその行為もどうやらエスカレートするばかり。今までは騙し騙しやってきたのですが人の口に戸は立てられず、どうやら少し噂にもなってきているらしい。これ以上酷くならないうちに何とかしてもらえないだろうか。と、えらく羽振りの良い商家から依頼があったのだ。
つまりは暗部を三人も出す必要なんてダイコンの尻尾ほどもなく、ましてや天才エリートである俺が赴く必要はカイワレの根の毛ほどもなかったんだよね。そんなもの強面の奴を使って少し脅してやるか、不能になるくらい強烈な幻術でもかけてやれば良いだけの話じゃないの。にも拘らず俺達暗部が三人もこうして出張って来たのは、単にその商家が「お家の一大事」という理由で、不必要に金を払ったから。火影様も事務方も断ったらしいけど、向こうも折れなかったらしい。「内密に」「とにかく内密に」と、そればかりを繰り返し金を押しつけたそうだ。火影様も面倒臭くなったのだろう。一般人相手のCランク程度の依頼にAランクの金額を払われたので、律儀にもそれに見合ったメンバーが揃えられたという顛末でこの状況。
ともかくそんな簡単な任務は幻術でさっさと終わらせようと思っていたのに、火影様から横槍が入った。良い機会だから下忍を囮として遣わす。場数を踏ませたいのですぐに終わらすな、と。
冗談じゃない、と思った。
下忍といえども木の葉の忍。一般人相手のこんなこと場数を踏むうちにも入らない。ただ馬鹿息子がコトを起こすまで大人しくしてれば良いだけの話だから演技もクソもないし、この程度で動揺したり何か失敗を犯す者なら忍を止めた方が良い。だってこんなことアカデミー生でもそつなくこなせることでしょ。そもそも俺達は子守役なんて真っ平ごめんだよ。
火影様にそう噛みついてはみたのだが見事に無視され、しまいには給料分くらい働けと言われた。聡明な火影様がそう仰るのだから何か他に理由があるのかもしれないと思い、俺達はしぶしぶ承諾した。
でも俺も兎も鳥も、全くやる気なんて出なかった。これは仕方ないよね。
囮に使われた下忍のサポートなんて上忍師にさせれば良いものをと、内心不平まるけだった。大体この俺がこんな任務に使われたこと自体面白くない。面白くないったら面白くない。
しかし、ま、任務は任務。
俺は自分がすべきことはする、仕事のできる男。
囮が入ってくる。
せいぜい頑張って馬鹿若旦那をその気にさせてちょーだい。何事も社会勉強ってことで、色々やったりやられちゃったりしても良いんじゃないの? あんまり酷くならないうちにちゃんと止めるけどさ。
囮は緊張しているのか少し震えていた。
真っ赤な襦袢を着せられているのは良いが、歩き難そうに足元を見ながらヨロヨロと部屋に入ってくる。
華奢な身体、歩く度に揺れる頭の高いところで結ばれた黒い髪、おぼつかない足取り。
「ほほほほ、本日は……えっと。何だっけ。とにかく宜しくお願いします」
囮は馬鹿若旦那の前で正座をしてペコリと頭を下げそう挨拶すると、何故かぐるぐると腹を鳴らしながら顔を上げた。
その顔には――髪と同じ真っ黒な瞳に、顔を横切る大きな傷。
内臓ぶちまけくん!!
思わず声を上げそうになったが、天才なのでかろうじて口を押さえて声を殺した。
それはあの日俺を感動の嵐に巻き込んだヘロヘロくん、内臓ぶちまけくん、今思わず俺命名「ヘロ・一楽ラーメン・ヘロ太郎内臓くん」だった。
何と奇遇な。彼とは縁があるようだ。
じゃなくて!
駄目!
駄目駄目! 駄目だから!
この任務に彼を任命するなんて火影様って何考えてるわけ?
馬鹿なの? ねぇ里長って馬鹿なの?
この馬鹿若旦那ってまだ年端もいかない少年に悪戯する変態さんなんだけど!!
他の下忍にしてよ! 下忍って一杯いるでしょ!
そりゃ彼は黒い瞳と黒い髪が魅力的で結構可愛くて幼く見えて優しくて良い子で暗部もひれ伏す根性もあって猛烈に感動的なラーメン大好きっ子で、本当に何て言うか俺も彼のこと忘れられなかったくらい強烈な印象が残ってる色々と素晴らしい子だけどさ、でも駄目でしょこんな任務させちゃだって彼はほら、何て言うかほら。ね、駄目デショ!!
俺はすぐさまクソ馬鹿若旦那を殺して彼を保護しようとしたが、かろうじて思いとどまった。
うん、これは確かに彼に場数を踏ませるには良い機会だと。
彼は下忍だから今後もこんな任務が回ってくるかもしれない。変態相手の任務って何故かちょくちょくあるし、今回は俺がいるから危ないことにはならない。これは場数を踏ませる良いチャンスなんだ。そうやってみな一人前になっていくんだ。そうだそうだ。これは良い。俺がいるから守ってあげられるし、下忍のうちは何でも修行だ。経験を積むことは良いことだ。可愛い子には旅をさせろ、可愛いヘロ太郎内臓くんには任務をさせろ。三代目ナイス判断! さすが我らが里長!
「君、名前は?」
キモイ。
ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべて彼に話しかけるぶよぶよクソ男がむかついたので、とりあえず隣で俺と同じように下を覗き込んでいた鳥面の髪を一本抜いてやった。そういえばコイツは彼にハゲと言われて怒っていたな。
貴重な髪を抜かれて静かに激怒している鳥面に向かって、指文字で「あの子に手だししたら殺すよ?」と伝えた。鳥面も指文字で「あの子あの時の子だろ?分かってるから髪の毛抜くな!!!」と、伝えてきた。兎がその横で「あの子、何か様子が変だ」と伝えてくる。
下を見ると、彼が腹をぐるぐる鳴らしながらえらくモジモジしていた。
「名前は、何と言うのかな?」
重ねて問うクズに、彼は更に落ち着きなくモジモジする。
囮には今回の任務のためのコードネームが与えられていた。
ハンゾウ、というコードネームが。
「恥ずかしがらなくて良いんだよ。名前を教えてくれないかな?」
「……う」
彼の黒い右目がクロールを始め、同じく黒い左目が背泳ぎを始めた。
忘れちゃったんだね。コードネーム。
大丈夫、人間誰しも失敗くらいするもんだよ。
「は」
そうだ!ハンゾウだ!
「はん」
いいぞ頑張れ!
「はんぺいた!!!!!」
どんまい!
「はん」までは合ってる。君は偉いよ!
うんうんと頷く俺の横で、兎と鳥が天井板に突っ伏して笑っていた。