受付でリョウと再会したのは、一月の半ば頃だった。
この子が卒業したての頃はチョクチョクと会っていたけれど、中忍試験に合格するとリョウはすぐに長期任務を言い渡されたので、会うのは本当に久し振りだった。イルカ先生、と声を掛けられた時は、一瞬誰か分からなかったくらいだ。女の子なら思春期に大きく変貌することがあるけれど、この子も本当に変わった。実に男らしく頼もしくなった。
よく無事に帰って来たと仕事も忘れて俺はその場でリョウを抱擁した。敵対している国にスパイとして忍び込み情報収集するという大役を、一歩間違えば命を落とす危険性があった大役をよく無事に遂行してくれたものだ。
「話したいこと一杯あるんだ」
リョウはアカデミー生のように目を輝かせてそう言う。そりゃそうだろう、ずっと里には帰れなかったし、任務中は里に手紙を出すこともできなかった。単独で潜入していたので定期連絡を取り次ぐ者以外はリョウの正体を知らなかったし、この手の任務はその取り次ぎ時が最も危険だからのんびりと里の話なんかできやしない。心休まる時などずっとなかったはずだ。
「よし、んじゃ久し振りに行くか!」
どこへ、とは言わない。勿論一楽だから。
「先生、受付は?」
「もうすぐ終わる」
じゃあそこで待ってるよと言って、リョウはソファーを指差す。俺は頷いてから、そこにいた先客に「すみません」と声を出さずに言った。人気のない時間帯だったからリョウと俺との会話が聞こえていたのは分かっている。カカシさんはすぐに立ち上がり、口布を下げて「じゃあまた明日」と唇を動かした。
元教え子を優先させて貰うことに心苦しさはなかった。カカシさんとはいつでも飲めるし、ずっと一緒にいた。今日だって約束こそしてないものの、仕事が終われば一緒に飲みに行くことになっていただろう。でもカカシさんはこれくらいのことで怒ったりはしない。
その後俺は順調に仕事を終え、交代が来るとリョウと一楽に行った。任務先であったことを話せる範囲で一生懸命報告してくるリョウは、チャクラを暴走させる度に落ち込んでいた頃とは見違えるようだった。自信がついてきているのだろう。
「あ、そうそう。お土産あるんだよ」
リョウは嬉しそうに置いてあった背嚢に手を伸ばし、そこから綺麗にラッピングされた紙袋を取り出した。有難うと受け取り中を見ると、温かそうなマフラーが入れてある。
「任務先は極寒地だったからね。防寒具はどれもとても良いものが揃ってた。それも凄く温かいよ」
俺と一緒、と付け加えて、リョウは自分の首元を指す。色違いだが同じデザインのものだった。
「大切にする。お前に貰ったイルカのカップも、すっごく大切にしてるんだ」
そう言うと、リョウは照れくさそうに笑った。
積もり積もった話があったし比較的狭い一楽の片隅をずっと占領するわけにもいかなかったので、リョウを俺の家に呼んだ。途中で俺用のビールとリョウのジュースを買い、つまみとお菓子も買って二人でブラブラと歩く。どこで覚えたのかリョウはもう酒が飲めるんだと主張したが、教師である俺がそれを許すわけにはいかなかった。成人したら絶対に一緒に飲みに行こう、それまで我慢しろよと宥めてやる。
家に到着すると二人で寛いで、ダラダラと喋っているうちに夜が更け、帰るのが面倒だと言うので泊まらせてやった。まったりとした良い夜だった。
翌朝、スヤスヤと眠っているリョウを起こすのが忍びなくて俺は書き置きだけを残し、昨晩貰ったマフラーを巻いてそっと家を出た。ガタガタと物音を立てるのが嫌だったので、朝飯も昼用の握り飯も作っていない。外は雨で、今日の昼は久し振りに素うどんでも食べるかと傘を差して歩き出そうとすると、何故かアパートの前にカカシさんが突っ立っていた。
「カカシさんじゃないですか。どうなさったんですかこんなところで」
カカシさんは傘も差さずぼんやりとした目で俺を見ている。その目には何の感情も浮かんでおらず、久々に見るモノのような目だった。そして、何かあったのか、どうしてこんな所にいるのかと問いただしてもカカシさんは何も答えなかった。ただひたすら俺の顔を眺めて、ピクリとも動かず突っ立っている。
酷く嫌な感じがした。俺の知っているカカシさんじゃないような、術でも喰らって人格を失ってしまっているかのような。悪い感情に飲み込まれた人形がひっそりと雨に打たれ続けているような。とにかくずっしりと重い、とても良くないものがそこにはあるような気がして。
俺はカカシさんが好きだ。誇りに思っているし信頼している。でも今は率直にとても気味が悪いと思った。
「本当に、どうなさいましたか。医療班でも」
呼びますか――と続ける前にカカシさんは消えた。
唐突に、カカシさんがそこにいたことが嘘だったみたいに唐突に。