男が帰って来るまで、俺は部屋に細工を施した。無防備になっている時と言えば矢張りセックスの最中だから、ベッド周りと台所周りに細心の注意を払ってトラップを張る。枕元に千本を忍ばせ、台所に仕掛けるクナイは夜更けまで熱心に研いだ。このクナイがあの男の命を奪えば良い。俺はクナイが男に突き刺さり、男が血を噴き出して惨めに死んでいく様を幾度も想像し、床に倒れて縋るように俺に手を伸ばすその様を幾度も想像し、その度に嗤った。
 男を殺したら俺も死のうと思う。
 男の死体を処分し、綱手様と子供達に長い長い手紙を書いて、誰にも見つからない深い森の奥でこっそりと死のうと思う。その手紙の中で綱手様にお願いして、サクラやナルトにはあの男は長期任務に出たことにしてもらおう。俺は、そうだな。できるなら戦場で果敢に戦い命を落とした、なんてことにしてもらえたら良いのだけど、それはまぁ無理だな。何せ里が「とても使える」と判断している男を「あまり使えない」中忍の俺が勝手に殺すんだから。
 でも綱手様には分かって欲しい。あの男は生かしておいてはいけなかったんだと、俺は正しかったのだと知って欲しい。俺はこの里を守るため、子供達を守るために男を殺したんだと分かって欲しい。だから長い手紙を書こう。俺があの男の悪行を全て告白したら、綱手様もお調べになるはずだ。そうしたら、きっと分かってもらえる。あの男は俺だけでなく、過去にも多くの者に対し悪行を重ねてきただろうから。そしたら綱手様は理解してくださるだろう。ああ、イルカは里のためにアレを殺したんだね、と。
 トラップを仕掛け終えると気分が落ち着いた。その日はゆっくり風呂に入り、持ちかえりの仕事を片付けるとベッドに潜り込み、ぐっすりと眠った。何だか久し振りによく眠れた気がする。
 次の日、俺はいつものようにアカデミーに行き、いつものように教鞭を振るった。この愛しい愛しい生徒達にもうすぐ会えなくなるのかと思うと残念で仕方なかったが、それでも俺の行為によってこの子達を守れるんだと思うと少し誇らしい気分にもなった。放っておけばいつか戦場で、任務で、この子達はやがてあの男に性欲処理に使われるのだろうが、それを俺が身を呈して阻止するんだから。
 帰りには慰霊碑に寄って両親に事の次第を報告した。これこれこんなことがあり、俺は里のためにあの男を殺します。その後は責任を取り、自害するつもりですと。
 父ちゃんや母ちゃんと同じ場所には行けそうにありません。それだけが悲しい。
 心の中でそう呟き、少しだけ泣いた。
 俺は正しいことをするけれど、その行為は絶対に間違っていないけれど、俺の魂はもう汚れている。あの男に真っ黒になるまで汚された。俺は里のためにあの男を殺すけれど、それは正しいから良いのだけれど。
 俺は、俺の魂は憎しみで一杯だ。
 ここまで己がドス黒く醜い感情に支配されるなんて思いもよらなかった。一時期は両親や里の仲間を奪った九尾を恨んだりもしたけれど今は自分の中で区切りを付けているし、そもそも俺は本来負の感情を持つタイプじゃなかった。そりゃ人並みに不平不満を口にしたり受付で横柄な態度をとる者を疎ましいと思ったりもしたが、そんな感情は長くは持続しなかったし俺を汚すような強いものでもなかった。
 それなのに今、俺は憎悪で一杯だ。醜い感情で一杯だ。あの男に対する激しい嫌悪感、それにあの男を殺す願望と妄想で一杯だ。
 堕ちた魂に救いなどないだろう。
 それでもやらねばならない。あの男を殺さねば。




 男は夏休みが終わった五日後に帰って来た。
 ハードな任務だったらしく、血と泥にまみれたみすぼらしい格好で帰って来た。
「ただいま」
 俺の家に勝手に入って来て勝手に上がり込む。この家の、いや俺の主という顔をしてズカズカと家の中に入って来る。
「おかえりなさい」
 夏休み明けのテストの採点を中断し、俺は顔を上げてそう言った。
 男はヒョイと片方の眉を上げて俺をまじまじと見遣る。そりゃ珍しいだろう、おかえりなさいなんて言葉が返って来るとは思っていなかっただろう。でも俺は心待ちにしていたんだ。お前が帰って来るのを今か今かと待っていたんだ。毎晩毎晩トラップの具合を確かめてお前を殺す夢想に耽りながら、待っていたんだ。
「珍しいね。何か良いことでもあった?」
「ええ。俺のクラスがアヤメ先生のクラスに」
「勝ったの? あの体術の勝負でしょ?」
「勝てそう、だったんです。惜しくも敗れましたが健闘しました。とても素晴らしい成長ぶりだったんです」
 男はとても無邪気に笑ったので、俺も微笑んだ。こうやって以前のように会話を交わしたのは久し振りだったし、俺達が互いに憎しみ合っているなんて嘘のような、自然な笑顔の交換だった。
「お土産あるよ」
「変なのはいりませんよ」
「違うって。新しい髪紐。それ、もう千切れそうじゃない」
 男は小さな紙袋を投げて寄こした。中を見ると紺色の高級そうな髪紐が二本入っている。有難うございますと礼を言うと、男はまたとても無邪気に笑った。
 それから男は珍しく俺に服を脱げと命令せず、お腹が減ったよと酷く子供っぽい口調で呟いた。そして俺が用意しますねと言うと、台所の自分の椅子に座って大人しく待っていた。企てがバレているのかと内心焦ったが、俺は平静を装って夕食の支度をする。ここでいつものように後ろから俺の身体を弄ろうと近付いてくれば、トラップを発動させようと心に決める。何本ものクナイが男に向かって一斉に放たれ、男の身体を突き刺すのを想像しながら俺は野菜を刻む。
 しかし、今日に限って男は背後に来なかった。いつもなら毎度毎度後ろから尻や乳首を弄りに俺の後ろに立つのに、今日は大人しく待っている。機嫌も良いようで鼻歌まで歌っていた。
「できましたよ。ビールでも飲みますか?」
「ん。お願い」
 お願い、ときたもんだ。今までそんなこと一度も口にしなかったのに。
 その後も男の様子は変だった。手を合わせていただきますなんて言うし、行儀良く俺の作った料理を食べながらアカデミーの話を俺に乞う。どの子が活躍したの? ミキ達はどうだった? 高尾は? この夏、どの子が一番成長したの? 興味なんてないくせにそんなことを訊ねてくる。どういうつもりだろうと思いつつも、俺は全ての質問に答えた。一番活躍したのはミキで、藤堂はマークされて向こうの一番のヤリ手とぶつけられたので負けて、高尾はこの夏どんな自主練をしたか知らないけれど物凄く強くなっていて、だから一番成長したのも高尾。そういうことを事細かに全部教えた。
 男は相槌を打ちながら俺の話に耳を傾け、出した料理を綺麗に食べ終えると手を合わせてごちそうさまと言った。食後に飲む熱いお茶を差しだすと、それに対しても有難うと礼を言う。
 以前の……俺を騙していた頃のカカシさんのようだった。
 あの頃の、とても優しいカカシさんのようだった。懐き難い野生動物みたいなのにやけに俺の周りをうろついて、でもなかなか心を開いてくれなくて、時間をかけてやっと仲良くなった頃のカカシさんのようだった。
 ……それも全部嘘だったけれど。
 そう、嘘だった。全部嘘だった。この人が言う「マシなやりかた」という方法で俺を性欲の捌け口にしようとしていただけだった。
「お風呂入った?」
「はい」
「じゃあ俺、行ってくる」
 食器を自分でシンクまで運び、男はそう言う。それから顔を背けて何か言いたそうにし、困ったような拗ねているような顔をしてそこでまごまごしていたが、結局何も言わずに浴室へ向かった。
 どんな心境の変化なのかは知らないが、あの男がヤらないわけがない。いつでもどこでも盛っているようなヤツなのだから、今日だって絶対にヤろうとするはずだ。浴室へ誘われなかったということはベッドでヤるんだろうし、もし今夜はベッドでしなくても明日の朝は朝勃ちついでにベッドで犯そうとするだろう。その時だ。
 絶対に殺す。
 緊張で手が冷たくなった。これでも忍のはしくれかと自嘲し、深呼吸を繰り返して平静を取り戻す。それから食器を洗ってベッドに行き、トラップを全部確認した。
 ここで殺したら、ベッドを処分しよう。シーツだって燃やそう。こんな汚らわしいものを他人に触れさせるのは申し訳ないから。
 男が浴室から出た音がする。足音がこちらに向かう。
「寝るの?」
 問われて、首を振った。だが、居間に戻ってそこで持ちかえりの仕事をすればセックスはきっとそこで行われるだろうことに気付き、慌てて何か言い訳を探す。
「少し休憩していたんです。今日は昼間にちょっとはしゃぎすぎて」
「そう」
 男はのったりとした歩調で近付く。それからベッドに腰を下ろし、首にかけていたタオルで髪を拭いた。
 妙な沈黙が滑りこんで来る。これもこの男が俺に近付いてきた当初によく感じた沈黙だった。何か妙に引っ掛かる、多分互いが互いを意識しているからこそ心地悪い沈黙。
 男がタオルから手を離し、小さく息を吐いた。
「……服」
 それはとても小さな声だった。いつものように、「脱いで」とか「脱ぎな」という命令に続かない、まるでただの独り言のような声だった。
 それでも無視はしない。できない。するつもりは毛頭ない。
 逸る気持ちを抑え、俺は渋々といった感じで服を脱いでいく。もったいぶったように時間をかけて全裸になると、腕を伸ばして棚から潤滑剤を取り出し、蓋を開けて中身を取り出す。
 男が俺を見た。
 普段通りに、機械的な動作を装って俺は自分の尻を解していく。大きく足を開き中にある前立腺を指で探し当て、そこを中心にしながらゆるゆると指を動かす。男の視線がそこに集中するのが分かり、見えやすいように膝裏を腕で抱えて尻を持ち上げる。指を増やすと小さな吐息が漏れた。
「俺も、触って良い?」
 そんなこと訊いたことなかったのに、男が小さな声でそう問う。
「どうぞ」
 答えると、男の指が入口を撫で回す。そしてゆるゆると動かす俺の指に触れ、ゆっくりと指を一本挿入してきた。
 一気に圧迫感が増す。深く呼吸をして無駄な力を抜き、俺はそれを迎え入れる。細くて冷たい男の指が、俺が触れている部分を同じように優しく擦る。
「……んっ」
 ひくりと抱えた足が動く。それを合図として俺の指と男の指が競い合うようにそこを激しく弄り出す。抜いて、挿れて、擦って、押して、叩いて、混ぜて。男の指と俺の指が中で共同作業でもするみたいにそこを責める。指と指が重なり合い互いの動きが分かる。どこをどう責めているのか分かる。
「あ、も…あっ……んッ」
 指を抜いて勃起した自分の性器を見せつけるように腰を突き出すと、男も指を抜いた。
「今日は」
「前からして…ください」
 その方がやりやすい。後ろでも良かったが、確実性を求めるなら正常位がベストだ。
 珍しいねと男は何故か嬉しそうに微笑んだが、俺はそれには何も言わなかった。余計なことを口にすべきではない。正常位を求めた時点で既に怪しまれているに決まっているのだから。
 男は俺の足を抱え、性器を尻に当てた。ゆっくりと体重をかけ、それを中に挿入させる。どれだけ解してもこの最初の圧迫感と異物感は慣れるものではなく、内壁が戦慄き拒絶しようとするのを唇を噛んでやりすごす。一度根元まで入ってしまえばあとは何とかなるものだ。そうしたら後はコイツが昂るまで腰を振らせて、射精の瞬間に行動に移す。
 男はいつになく慎重に挿入した。根元まで挿れてもすぐには動かさず、俺の身体がその質量に慣れるまでじっとしていた。向き合って、時間をかけて馴染ませて、まるで本当のセックスをしているみたいだと俺は心の中で苦笑する。
 男が腰を振りだした。最初は気遣っているかのようにゆっくりと、それでも次第に早く激しくなる。肌と肌がぶつかって音を立て、互いの呼吸が上がり、汗が滲んで来た男から微かに体臭がしはじめた。
 もうすぐだ。
 俺は控え目な喘ぎ声を漏らしながらその時に向かって準備をする。悶えては髪を乱しシーツを掴み、顎を上げて扇情的な表情を浮かべる。
 男が俺の性器に触れた。
「あっ…やッ……」
「一緒に」
 達こう、と男が誘う。男の性器が中で大きく膨らみ、俺の性器を扱く手に力が入った。中を強く抉られ、俺も身体が仰け反る。声を上げて男を拘束するための足に力を込め、その背中を引き寄せた。
「イル―」
 俺の名を呼ぼうとしたんだろう。
 が、俺はそこでトラップを発動させる。
 男の背後から三本のクナイがヒュンと音を立てて襲いかかり、男がそれに気付いて身体を捩じる。上に飛んで逃げられぬよう、俺は足にありったけの力を込めて男を拘束する。しかし男は逃げる気配は微塵も見せず、飛んできたクナイを片手で全て掴み取ってしまう。分かってる、そんなこと計算通り。何故ならそれはデコイで、お前を殺すのは俺のこの手に握られた千本。
 男が身体を捻ったと同時に俺は枕の下から千本を取り出し男が怒りに満ちた表情で俺の方に向き直った瞬間にその心臓を―。
 刺す、はずだった。
「どうりで今日は素直で良い子だったわけだ」
 全ては刹那。
 刹那の時の中で男は俺の攻撃を読み切り、こちらに向き直る寸前に千本を握った俺の手を掴んだ。
 失敗―。
「オカシイとは思ってた。今日はやけに喋ってくれたし」
 恋人にするかのように、男は身体を倒して俺の額に自分の額をこつんと当てる。本当に、恋人にするみたいに。
 でもその目は。
 真っ暗な闇。絶対零度の闇。そこで轟々と燃え盛る凄まじい憎悪の炎。俺が憎くて憎くて仕方ないと絶叫している荒れ狂う憎悪の炎。
 男の唇が怖いくらい大きく吊り上がり、男の目が糸のように細く弓のように曲がる。
 狂人の笑み。
「お仕置き、欲しいんだよね?」
 男は指に挟んだ三本のクナイを捨て、片手で印を結んだ。すぐに影分身が現れ、俺を見て嗤う。
「ああ、この人アレだよ。アレが欲しくてこんなことしたんだよ」
「だよねー。この前みたいに滅茶苦茶にお仕置きされたくって、わざとこんなことしたんだよね。素直じゃないよね」
「可愛いじゃない。またグチャグチャにしてください、なんて恥ずかしくて言えなかっただけだって」
 影分身と本体は嗤いながら会話をする。

 そして俺は、また犯される。
 手首をワイヤーで縛られてベッドに繋がれ、薬を使われ、尻を嬲られ、二人の男にぐちゃぐちゃにされる。
 執拗に指で乳首と前立腺を責められ、のたうちまわりながらイかせてくれと頼むと性器の根元を髪紐で結ばれた。そしてその状態で口淫された。
 おかしくなる。頭が、おかしくなる。
 身体が痙攣し、意識が遠のくとふいに性器の拘束を外された。それと同時に俺の性器から男の口の中に大量の精液が放たれ、じゅるじゅると一滴残らず吸い出される。
 それは快感とか悦楽とか射精感とかそんなものとは一線を画す、驚異的で破壊的なひとつの衝撃だった。
 尻を嬲られる。狂うほど徹底的に犯される。失神しても何度もその衝撃を与えられ、俺は絶叫しながら意識を戻す。
 俺は堕ちる。肉欲のバケモノになる。
 理性など跡形もなく溶解し、もっと犯して、もっともっと滅茶苦茶にしてと髪を振り乱し声を張り上げる。精液が溢れるほど中に注ぎこまれてもまだ足りず、自ら尻を振る。
 男に犯されながら、もう一人の男の性器にむしゃぶりつく。
 男の精液を飲んだ。何度も飲み干した。
 顔に男の精液を塗りたくられ、震えながらその匂いに身悶える。




back novel  next