注意事項を確認し、ちゃんと宿題をやるように、各自修業に励むようにと付け加えた後、では新学期に会おうと締めくくると生徒達が一斉に歓声を上げた。
 満面の笑みを浮かべて両手を突き上げている子、瞬く間に教室から飛び出て行く子、荷物の整理をしながら友人と談笑する子など様々だが、どの子も解放感に溢れている。夏休みは里外に行くんだぜーと自慢している声とそれを羨む声、はしゃいで机を倒してしまった音、興奮気味な生徒達を祝福するように鳴るアカデミーの鐘。教室の窓から外に視線を遣ると遠くの方に真っ白な入道雲があり、庭にはぐんぐんと力強く成長している向日葵と朝顔、それから今の生徒達の心情を象徴するかのように自由に飛んでいる蝶が見える。
 目に映るもの全てが心地好く、そして平和だ。
 ずっとここにいたい。今この時のこの教室の中にずっといたい。別に多くは望まない。生徒達との交流も些細で心温まるエピソードも未来への希望も俺の心を満たすものも、何もいらない。ただ笑顔の生徒達を眺めていたい。自由な子供達を眺めていたい。
「イルカ先生」
 呼びかけられて俺は穏やかな笑顔をミキに向ける。ミキの後ろには大輔、藤堂、アゲハがおり、真っ直ぐに俺を見詰めていた。その子達の顔を見て俺はピンとくる。
「夏休みなんていらない」
 藤堂が硬い声でそう言うと、周りの子達がコクリと頷いた。
「修業を見て。できるだけ見て。私達は早く忍になりたいの。だから毎日でも来て、私達の修行に付き合って」
 ミキの声には切実さと焦りがあった。
 ほとんどの子が下忍試験に落ちたと聞いた時、俺が真っ先に心配したのはこのミキの精神状態だった。この子はクラスのくノ一の中でも抜きんでた存在だったし、本人もそれを自覚していた。しかしだからといって驕るわけでもなく、この子は常に誰よりも努力していた。気も強くプライドも高いこの子がどれほど傷付いただろうと心配したものだが、ミキは俺の心配をよそにケロっとしていた……ように見えた。だが、矢張り無理をしていたか。
「来年こそは下忍になる。間違いなくなるわ。今年だってなれたはずだった。私は自分がコムロウより劣っていたとは思えない」
「できるだけお前達の修行に付き合うよ。でも先生も夏休み中は色々と忙しいんだ。毎日ってわけにはいかないかもしれないぞ?」
 自分達より一足早く忍となった元クラスメイトの名前が出たところで、俺は柔らかくそう言う。ミキは攻撃的になりかけた自分の口調を後悔し、唇を噛んで俯く。ミキだけではない。大輔、藤堂、アゲハもコムロウの名前が出た時、その目に対抗心と嫉妬を強く浮かばせた。皆自分の実力は知っている。だからこそ悔しいのだ。
 高尾は?と訊ねかけたが、あの子の性格なら自主練だろうなと思い直す。
「第五演習場を使うと良い。あそこならアカデミーから近いし安全だ。大掛かりな忍術の訓練は俺か他の指導者がいる時のみ、起爆符や火遁も同じ。良いな?」
 腰を屈ませて生徒達と同じ目線にし、ミキの頭にポンと手を置く。下忍試験に落ちたことで去年よりも遥かにやる気が漲っているし、元々センスもある上に向上心もあるこの子達ならメキメキと頭角を現すだろう。
 生徒達を全員見送ると職員室に戻った。自分の席に着いて業務に取りかかる。
 今日は受付もないし火影様の手伝いもないのだが、その分気が重い。いっそここで夜を明かしたい。誰もいなくなった職員室で黙々と生徒達一人一人の成長記録でも作っていたい。誰か仕事をくれ。帰らなくても良いような仕事をくれ。もしくは、任務をくれ。できるだけ長い任務を。
「これからアヤメ先生の御見舞に行くのですが、イルカ先生はどうなされます?」
 スズメ先生がやって来て、冷たい声でそう訊ねた。スズメ先生は俺が見舞いに行かないと分かっているのに、毎回俺にそう訊ねる。訊ねることで俺の良心をツツく。
「用があるので」
 そんなものはない。スズメ先生はそれも知っているけれど、残念ですと小さく呟いて去って行く。残念だろう。俺が入院した時はあれほど見舞いに来てくれたアヤメ先生の元に、俺は一度も訪れていないのだから、何て奴だろうとほとほと呆れ果てているだろう。それでも俺は行けないんだ。
 アヤメ先生は治療中に内臓の疾患が発覚し、入院が長引いていた。それでも噂によるとその旺盛な食欲は健在で、病院食では足りないと毎日愚痴を漏らしているそうだ。見た目は健康そのものだし自覚症状も現れない病気なので暇だ暇だとぼやいており、誰かが見舞いに訪れると大層喜ぶらしいので、イルカ先生が行けばアヤメ先生も喜ぶのにとよく言われる。でも俺は行けない。アヤメ先生の病室に訪れるどころか、アヤメ先生と口を利く許可も出ていないから。
 夕暮れまで職員室でだらだらと時間を潰した。ペンを持つ手は一向に動かず、机の上に飾ってあるクラスの写真をぼんやりと見詰めては現実から逃避する。初めての授業、自己紹介、チャクラの練り方、それに生徒達の小さな手が懸命に印を結ぼうとする様子。楽しかった思い出を引っ張り出してはそれに浸る。
 トントンと窓が叩かれた。顔を上げると銀髪の男がニッコリと笑って俺を見ている。
 お出迎えとはご苦労なこったと俺は胸中で吐き捨てる。それから机の上に散乱していた紙束を纏め、トントンと角を整えてから鞄に仕舞い職員室を出る。すかさず俺の後ろに来るクソッタレな上忍に遅かったねと言われたが返事などしなかったし、返事は?と言われたがそれにも返事などしなかった。
 商店街を歩いて買い物をする。肉じゃがを作ってと言われて笑いそうになった。お上品な店でお上品な食事しかできない奴が、何が肉じゃが作ってだ。お前なんぞ豚の餌でも喰ってりゃ良いんだ。クズ上忍が。そもそも往来でこの男と歩いていること自体が気持ち悪くて仕方ない。周囲に俺とこの男は仲が良いなんて勘違いされること自体が喚きだしたいくらい耐え難い。所有権でも誇示しているつもりか機嫌の良い男の存在自体に吐き気がする。
 帰りたくもない家に到着すると、さっそく脱げと言われる。本当に毎日毎日よく飽きないことだ。
「今日も自分で準備してね」
 変態上忍様が嗤ってそう言う。早く死ねば良いのにと思う。
 本当に、早く死ねば良いのに、コイツ。
 棚の中から自分で買った潤滑剤を取り出し、クズ上忍の前に座る。それから足を曲げて大きく開き、潤滑剤を手の上に出して尻に指を当てる。周りにぬめりを与えてから力を抜いて、指を一本中に挿入する。
「頑張ってねー」
 早く死ねば良いのに。任務先で殺されれば良いのに。ズタボロにされて虫けらみたいに殺されれば良いのに。そうしたら貯金はたいて祝砲でも上げてやる。
 指を進めて中を探る。指を折り曲げて前立腺を探し出しそこを押すと、萎えたままだった性器がヒクリと戦慄いた。そこを中心にゆるゆると指を動かしていると息が上がってくる。夏の湿気た空気が発汗を促し、身体の内部も熱を帯びる。指を前後に動かしてそこを擦り、解れてくるともう一本指を増やす。
 性器が勃ちあがってくる。
 暑い。腹と性器に当たる腕が汗ばんでいるのが分かる。前立腺を指で擦りあげる度に熱が広がり射精感が襲ってくる。どれだけ馬鹿げた状況でも人間の身体は所詮そんなものなんだと自嘲する。男という生き物はそこを刺激されれば射精したくなるものなんだ。だから今は、早く解して早く終わらせたいだけ。
 更に指を増やすと先端から先走りが出た。
 変態上忍様の視線が食い入るように尻と性器に注がれているのが分かる。俺に自慰をさせて愉しんでいるのが分かる。死ねば良いのに。
「準備を整えました。挿れてください」
 機械のようにつまらない声で俺はそう言い、指を抜く。クズ上忍がそれを確かめるために指を挿れて左右に動かす。それから俺のとは違う細くて冷たい指で前立腺を抉った。
―…んっ」
 両手を床の上に突き、思わず尻を浮かせた。そこを小刻みに刺激される度に腰が卑猥に動く。噴き出した汗が胸から腹へと流れ、忙しくなった呼吸の合間に声が混じる。先端からは先走りが溢れ、ぬらぬらと性器が濡れそぼる。射精したい。早く終わりたい。
「今日はどんな体位で犯されたい?」
 今日は、じゃない。今日も。
「後ろからお願いします」
 お前の顔など見たくもない。死に腐れ外道上忍が。お前が俺を使って自慰をするように、俺もお前を使って自慰をするだけだ。ささっとブチ込めば良い。そしてさっさと射精しろ。クズ。
「いつもそれじゃつまんないじゃない」
 黙れ。死ね。さっさとヤれ。
 指が抜かれたので四つん這いになって腰を高く持ち上げると、クスリと笑われた。笑いたいのはこっちの方だ。お前がどれだけクズで変態なのか皆に吹聴して腹を抱えて笑ってやりたいわ。
 性器を当てられ力を抜くと、すかさずそれが押し入ってくる。質量に反応してまた先走りが出たが、性器には触れられない。どれだけ射精したくても、俺はこのクズの許可なしには自分で性器に触れることはできない。自分から触ってくださいと言えと強要されればそれで良いが、そうじゃなければこのクズが気紛れに俺の性器に触れるか、それともクズが射精するまで待つかのどちらかだ。
 俺を犯すクズ上忍の今日の気分は、後者のものだったようだ。身体の中で暴れる性器がそこを刺激する度に射精感に汗だくになりながら、俺はとにかくこの変態が射精するのを待った。奥まで突き荒らされて揺さぶられて、必死で我慢しているとクズの性器が一段と膨らむ。一秒でも早く俺の体内から出て行けと力を入れると、クズの吐息とともに汚らわしい精液が吐きだされたのが分かった。
 小便や大便と同じくらい不潔な精液が俺の中に注ぎこまれる。
 この身体を、俺の精神を汚す不浄な精液が。
「自分でしな」
 性器を抜き、男は俺の尻を両手で開いてそう指示する。
 尻を突き出すような格好のまま、舐めるようなねっとりとした視線をそこに感じながら俺は自分の手で自慰をする。ずっと我慢していたからすぐに出た。射精の瞬間は全身が強張るので、俺の尻からクズの不浄な精液が溢れる。それは絶対的な不快感を俺に与えながらタラタラと流れて睾丸まで垂れて行く。
 コイツはこれが好きなのだ。
 俺の尻から自分の精子が溢れるのを見るのが、大好きなんだ。
 ド腐れのド変態は、その瞬間を最も楽しみにしているのだ。
「はい、お疲れ様。じゃ、ごはん作って」
 死ね。今すぐ死ね。お前など今すぐここで惨めに朽ち果てろ。断末魔の叫びを上げながら俺に呪われて死ね。敵に切り刻まれて苦しんで死ね。
 のろのろと立ち上がって台所に行くと、クズも付いて来る。俺が夕食の支度をするのを後ろから眺めるためだ。いつものように椅子に座ってニヤニヤと笑いながら俺の全裸を眺め、俺の足に自分の精液が垂れていくのを心待ちにしているためだ。そしてそれを見て興奮してまた指を突っ込み、ぐちゃぐちゃとわざとらしく音を立てて掻き混ぜたいためだ。こんな変態見たことがない。吐き気がする。
 笑わせるじゃないか、何が里の至宝だ。この男はケツに突っ込むのが大好きなド変態なだけだ。人の身体を玩具にして弄ぶのが大好きで、すぐに暴力を振るい人を脅迫する最低の屑だ。
 過去に何人コイツの餌食になったかは知らないが、コイツは絶対にこうして人を玩具にして生きてきたんだ。間違いない。相手が思い通りにならなければ力で押さえ付け、それでも駄目なら人の大切なものを盾にして次々と脅迫する。
 コイツがサクラやナルト、子供達を手にかけるなんて嘘に決まってる。コイツにそんな根性はない。コイツは反吐が出るほど卑怯な人間だから、そう言えば俺が言うことを聞かざるをえないと知ってそう言っていただけだ。だから俺はコイツが俺を裏切ったと知った時、全力で抵抗してやった。罵詈雑言を浴びせ殴られても蹴られても抵抗しまくってやった。するとどうだ、コイツはすぐさま脅迫の内容を変えてきた。
 確かに面倒なことになるから子供には手を出さない。でも、アンタが嫌がるなら俺の次の玩具はリョウになる。上に訴えても無駄だよ。俺に頼っているこの里は何の取り柄もない中忍一人如きのために俺を罰しない。
 里がコイツを罰しないかどうかは分からない。けれど、コイツがリョウに手を出すのは明らかだった。どんな懲罰を与えられてもコイツは俺への復讐として必ずリョウを潰すだろう。リョウの身体を、忍としての道を、俺への当て付けとして壊すだろう。何せコイツは俺のことを憎んでいる。自分になびかなかった俺を憎悪している。だからリョウを守るために、俺は奴隷に、コイツの玩具になった。
 だが、絶対に屈服などしない。俺の精神はこんな屑に屈したりはしない。




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