「どうなさったんですか?」
俺の顔の痣を見てアヤメ先生が顔を顰める。
「酔っ払いの喧嘩に巻き込まれたんですよ」
腫れあがった頬を湿布で冷やし右目の周りには真っ黒い痣がある俺の顔を見て、何も訊かずにはいられないのは当然だった。そして俺が、これはカカシさんにと答えられないのも当然だった。何故ならあの人は、俺を見張っているからだ。
――今も。
「あら、ちゃんと上に報告しました? 忍同士の喧嘩は御法度でしょうに」
「忍術も使っていないし忍具も使ってません。本当にただの喧嘩だったし和解済みです。鬱憤が溜まってたんでしょうね、男はたまにこういうことをするもんです」
俺はアヤメ先生の顔を見ずにツラツラとそんな嘘を吐き、次の授業に向かうために席を立つ。
一睡もしていない上に散々ヤられた身体は酷く重かったし、嫌になるくらいどこもかしこも痛い。だがカカシさんはいるのだ。影分身を出して俺を見張ると今朝あの人に言われた。だからいるのだ。コソコソと追いまわし見張っているのだ。俺が他人に余計なことを言わないように。
どんな質問も受け付けられなかった。ただ、アカデミーに行くと言うとそれだけは許可された。アンタが休むと訝しむ人間がいるから、仕方ないねと。そして脅されたのだ。自分のことは一切他人に話すなと。話した途端に全ては終わると。
執拗に脅された。
だから同僚にも心配してくれる生徒達にも同じことを言った。酔っ払いの喧嘩に巻き込まれた、見た目ほど怪我は酷くないから心配しなくて良い、その人達とも和解している、だから大丈夫だ。笑顔を作って軽い口調で俺はそう説明し、何事もないように振舞っている。カカシさんの名前は一切口にしていない。
だが、どうにかしなくてはならない。カカシさんは敵の術に嵌っているんだから、このままで良いはずがない。隙を見てまた綱手様に言わなくては。それにリョウのことも心配だ。今のカカシさんは正気じゃないんだから、下手に密告すると本当に殺されるかもしれない。俺も……いや俺の命なんてどうだって良いけれど、万が一カカシさんに俺の密告がバレたら生徒達の命が危ない。全て壊すと言われているのだ。俺の大切なもの全てを。生徒達や同僚、アヤメ先生、リョウ。ナルトは里外だからまだしも、もしかしたらサクラにも手をかけるかもしれない。
何せあの人は今、術にかかっている。
だから慎重に動かなくてはならない。里の情報も大事だけど、生徒達の命には代えられない。それに昨晩カカシさんも言っていたように、中忍の俺が持つ情報なんてたかが知れている。だからこそ何故俺なのかが分からないが、実際に俺がターゲットにされているのは事実なんだ。俺は今、誰よりも慎重にならなくてはならない。里のため、生徒達のため、そしてカカシさんのために。
迂闊には動かないでおこう。敵とカカシさんの目的が分からないし、見張りもいるからまずは動かないでおく。現状を把握して相手を油断させて、それから行動する。