「そもそもいのいちさんが外に出ることって、珍しいんじゃない?」
夕食の片付けをしながらリョウが言う。
「珍しい。あの方は基本的には内勤だ。だが今回、どうやら奈良上忍が直々にいのいち上忍を指名したらしくてな、断れなかったんだろう。奈良上忍も戦場任務、しかも長期に渡り隊長を務めるとなると信頼の置ける者を副隊長にしたかっただろうし」
「しかし、いのいちさんは何を気にしてたんだろうね」
分からない。とにかく彼は何も教えてくれないのだ。いくらなんでも生徒達に危険が及ぶことなら必ず何かしらの忠告があるはずなので、恐らく俺個人のことなのだと思うのだが。
リョウは皿を片づけるとヤカンにお湯を沸かす。俺も手に付いた洗剤を洗い落して茶の準備をした。リョウに貰ったイルカくんのマグカップと、リョウが持ち込んだリョウ専用のコップを出す。
「お前も明日から三ヶ月里外だな」
「大名の護衛って初めてだよ。商人の護衛ならしたことあるけど」
「今度は盗賊じゃなくて各里の忍が襲って来るかもしれない。気を引き締めて頑張れよ」
分かってると頷き、土産は何が良いかと訊いてくる。美味い酒か珍しい薬草、もしくは入浴剤と答えると、できれば全部持って来てあげるとリョウは笑った。何かと気を遣う子なので本当に全部土産として持って来てくれるかもしれないが、流石にそれでは気が引ける。珍しい薬草があればそれだけで良いよと告げると、薬缶がシュンシュンと鳴りだした。
急須にお湯を入れて茶の準備をする。
明日からの任務は班で行われると言う。リョウの上忍師は非常に厳しい人なので、遅刻なんかしたらただでは済まされない。それを知っているからこれを飲んだら今日はもう帰れよと釘を刺したのだが、リョウは今日も泊まりたいと我儘を言った。明日の準備はもうしてあるし、また暫くイルカ先生に会えなくなるから良いでしょ?と。
「俺は親離れならぬ教師離れがまだできていないんです」
悪戯っぽくリョウはニシシと笑う。
「馬鹿者。お前そんなんじゃ彼女もできないぞ」
「彼女なんて……」
急にむっとしてそっぽを向きリョウが投げ遣りに呟いた時、玄関からノックの音がした。誰かが訪ねてくるような時間帯から外れていたので、緊急事態でも発生したのかと急いで玄関に向かう。
「どなたですか?」
「俺」
カカシさんの声だった。招待していないのにカカシさんがここに訪れることはなかったので、何かあったのかと思った。それか、日持ちしない土産を買ってそのまま持って来てくれたか。
鍵を開けてドアを開ける。
「ただーいま」
――おかえりなさいという言葉が、出なかった。
それは間違いなくカカシさんだったけれど、俺の身体は。
俺の身体は恐怖に竦み。
「またあの子が来てるの?」
カカシさんは玄関のサンダルを見てニッコリと微笑みながら俺に問う。それから俺の横を通り抜けてスタスタと部屋の中に入って行く。
カカシさんはもう元に戻ったはずだった。綱手様が術を解除してその後も念入りに調査されているはずだった。その証拠にあれからカカシさんと俺はとても素晴らしい関係を築いてきたはずだった。俺はあの人が心を開くことのできる唯一無二の存在に……なったはずだった。分からない。分からない。なんでそんな目を。
居間の方から狂気じみた殺気が一気に膨れ上がり、直後に激しい衝撃音がする。リョウが……そこにはリョウが!
「カカシさん!」
我に返って駆け戻ると床に頭を叩きつけられ恐怖に硬直しているリョウと、そのリョウを氷のような目で見下ろしているカカシさんがいる。
「カカシさん、その子は関係ないです!」
関係あるなら、俺。ターゲットにされるべき存在は俺。アカデミーの情報か、次は何の情報か、とにかく俺。リョウは里に関する情報など何も持っていないのだ。
「関係ないわけないじゃない。毎日毎日ここに入り浸ってさ」
カカシさんが口端を大きく上げて嗤う。それからリョウの髪を鷲掴みにしてその頭を持ち上げる。何度も何度も繰り返し俺がされたことが鮮明に、怒涛のように甦る。
「止めてくださいッ」
腕を伸ばすと手を払われた。そしてカカシさんは微塵の容赦もなくリョウの顔面を床に叩きつける。打撃音と共に鮮血が飛び散り、つんざくようなリョウの悲鳴が俺の耳と胸にこだました。
殺されるかもしれない。リョウが、カカシさんに。この人に、あの時の俺のようにボロボロにされて。殺されるかもしれない。
「止めろオオオオッ!」
カカシさんに体当たりをしてリョウを抱き起こす。リョウは突然の暴力と衝撃に目を見開き、鼻と額から血を流して泣いていた。何で、とその唇が戦慄く。何でか分からない。俺だって分からない!
「選ばせてあげる。その子を助けるために俺の言いなりになるか、その子もろともここで俺に殺されるか」
「この子は助けてあげてください!」
即答するとカカシさんは右の眉を大きく吊り上げて不満気に俺を見る。それからぬっと腕を伸ばして俺の首を絞めた。
「イルカせんせいはお前を助けるって。お前はどうしたい?」
首を絞められたまま持ちあげられる。苦しさと恐怖でカカシさんの手に爪を立てた。殺されるならそれで良い。里の情報を外部に漏らす失態などもうしたくない。でもリョウは。
「二度とここに来るな。俺の視界に現れるな。それが約束できたら殺さないでやる」
赤くなった視界が揺れると同時にまた打撃音。二度目。三度目。殺される。リョウが殺される。
唐突に手が離され、俺は咽せながらリョウの方に手を伸ばす。その手を蹴り飛ばされる。
「今日のことは内緒ねー。言ったらお前、確実に殺すよ? 間違いなく、こうしていたぶって殺す。身体中の骨を折って苦しませて殺す。良い? こうして、殺す。こうして、確実に殺す」
冷え切ったカカシさんの声と紛う方なき暴力の音が部屋の中に響いた。カカシさんのつま先がリョウの胃の腑を蹴り上げリョウの身体が壁にブチ当たり嘔吐する。それでもカカシさんは蹴りつける。蹴り続ける。個人的な恨みを晴らすかのように執拗に。
ここにあるのは上忍の本気の殺気であり、拷問のような激しい暴力だった。
「良いね? 誰にも言ってはいけない。お前は今日のことを忘れ、俺にもこの人にも二度と近付かない。約束できるね?」
小さな子供に言い聞かすような口調でそう念を押し、カカシさんはリョウの頭を足で踏みつけた。
「分かりました! 分かりましたから、リョウを解放し――」
言い終える前に硬い拳が飛んできて俺の腹を抉った。
「アンタは黙ってて。良い? リョウ君。俺に逆らうと殺す。痛めつける、ではなく、殺す」
俺の呼吸が止まりその場に蹲ってからも、カカシさんは異常なほどリョウを脅した。それから動かないリョウの腕を持ってずるずると引き摺り、玄関の方へ行く。ドアを開ける音。締める音。鍵を閉める音。リョウが助かった音。
力が抜ける。
「さて、それじゃ次はアンタね」
冷酷なカカシさんの声に身体が震えだす。
「術に……カカシさん、貴方また術に」
みっともないくらい声が上擦った。この人はまた操られている。綱手様の解除が甘かったのか、それとも新たにかけ直されたのか。どっちにしろカカシさんは正気を失っている。
「術?」
嘲笑ってカカシさんはクナイを取り出し、俺の服を切り裂いていく。
「術になんてかかってないよ。俺、そんな間抜けじゃないし」
「戻って。カカシさん戻って来て。本来の貴方に」
戻って。帰ってきて。
「だから、元々術になんてかかってなかったの。あの時もね、うるさいこと言われるの嫌だったから自分で自分に術をかけたの。連行されてね、ああ、猫面が見張ってウザかったけど、シズネ一人になった時にこっそりとさ。みんなまんまと騙されてくれて良かったよ。木ノ葉も甘いよねぇ」
あれじゃ先が思いやられるねとカカシさんは笑った。そして切り裂いた俺の服を面倒臭そうに毟る。外気とともにカカシさんの狂気じみたねっとりとした視線が素肌に直接触れ、全身に鳥肌が立つ。怖い。カカシさんが何を言っているのか分からない。自分で術をかけた? 何のために。どうして。怖い。この人はみんなを騙していた? 嘘だ。絶対嘘だ。怖い怖い怖い。
「嘘。絶対そんなことない。カカシさんは優しい」
「バッカじゃないの?」
「カカシさんは優しい人だ! 操られているだけだ。そうだ、心転身の術! 操作系の術でカカシさんを操っているんだろ、お前なんかすぐにカカシさんに殺されるんだからな! 俺から情報を引き出しても、お前なんかすぐに――」
「中忍如きが持ってる情報に何の価値があると思ってんの?」
カカシさんは鼻で笑い俺の胸に手を置いた。それから軟体動物が這うような粘っこい仕方で俺の身体を撫でて行く。気持ち悪い。払いのけて罵声を浴びせたいくらい気持ち悪い。でも怖い。カカシさんの執拗な暴力を覚えている身体が恐怖で竦んでいる。
「で、でもこの前も」
「だから、それは俺が自分でかけたの。中忍ってどんだけ馬鹿なの? 何度言わせたら理解できるの? ここに何が入ってるの?」
何にも入ってないの?とカカシさんは俺の髪を掴んで嗤う。
「ウザイのが監視してたみたいだから暫く大人しくしてたけど、漸く消えてくれたからね。もう好きにできる」
何を言っているのか分からない。カカシさんの言葉が理解できない。
「なんで」
「もうちょっとまともな方法でヤろうと思ったけど、もう面倒臭くって。一応は頑張ってみたんだよ、俺も」
両足を掴まれ大きく広げさせられる。おぞましいほど変態じみた視線を感じ身体が勝手に動いた。
すかさず殴られる。拳が飛んでくる。
「あっと。顔を殴ったら駄目だったよね。綱手様にバレるや」
カカシさんは可笑しそうに笑い、それから俺の腹に拳を落とした。息が止まる。目の前が真っ白になる。引き攣った身体で懸命に呼吸を繰り返し、目に浮かんだ涙を零すまいとキツク瞼を閉じると、それはやってきた。
身に覚えがある身体を引き裂くような激痛。
「うああああ!」
「うるさいな」
また拳を落とされる。息が止まる。呼吸ができず身体が固まる。涙が溢れる。けれど凶器のようなそれは俺の内臓に押し入って来る。強引に、恐ろしいほどの痛みを伴って。
殺される。この人に殺される。
「キッツイねー。ちょっと力緩めてくれない?」
どうして。どうして。何でこんなことに。カカシさん、カカシさん、帰ってきて。術になんか負けないで。
お願い、カカシさん。
「他言無用だーよ。言ったらアンタも殺すから。サクラ、ショックだろうなぁ。自分の上忍師がこんな鬼畜だったなんて分かったら。ナルトもショックだろうなぁ。ショックで九尾化するかもねー。でも俺は里には殺されないんだよね。だって俺、写輪眼持ってるし、腕も良いしね。でもアンタが密告したら全部お終い。俺がその気になればアカデミー生なんて五秒もあれば皆殺しにできるよ。アンタの可愛がってるあのリョウって子も、即座に殺す。いたぶって殺す。良い? アンタが大切にしてるもの、全部壊す。アヤメ先生って人も、子供も、里の者も全部壊す。分かる?」
痛い。痛い。痛い痛い……痛い!
苦しい。何で俺はこの人に強姦されているんだ。分からない。分からない。身体が裂ける。
「ちょっと聞いてる? 返事は?」
「痛いッ」
「うるさいよ」
硬い拳で頬を殴られる。もう嫌だ。もう。
「大体さ、さっき約束したでしょ? リョウって子を助けるためにアンタ俺の言いなりになるんじゃなかったの? 今からあの子殺しに行っても良いんだよ?」
「止めろ!」
カカシさんが身を乗り出し、俺の顔を見てニィと笑う。モノのような目で俺を見下ろす。
「俺の奴隷になるか、アンタの大切なものを全部俺に殺されるか、どちらか選んで良いよ。どっちにする?」
意味が分からない。涙が止まらない。
身体が悲鳴を上げている。呼吸が苦しい。凶器のようなそれが中で擦れる度に喚きだしたいくらいの激痛が走る。カラカラに乾いた内部が捲り出そうな気がして怖い。正気を失ったカカシさんが怖い。内部まで強引に食い込むその性器が怖い。気持ち悪い。気を失うまで殴られ続けた記憶が俺を否応なく襲う。
「返事もできないの? なに? リョウや生徒達、殺されても良いの?」
「嫌だ」
俺は泣きじゃくっていた。醜く顔を歪め、鼻水を垂らし、唾液を飲む余裕すらなくしゃくりあげて泣きじゃくっていた。意味が分からない。カカシさんがそんなことをする意味が分からない。
「じゃあ、良い子にしててね。俺に叛いてはダーメ」
カカシさんは憎悪に満ちた視線を俺に向けながら、とても優しくそう言った。
それから俺は好いように犯された。少しでも逃げる素振りを見せるとすかさず腹を殴られた。後ろからも犯された。痛いと言うとクナイで薄皮を一枚切られて脅かされた。その後も様々な体位で犯され、最後には浴室でも犯された。
分からない。何も。
ただ、カカシさんが射精すると滑りが良くなることだけが有難かった。