その翌日に珍しく里外に出る任務が入り、帰って来ると今度はカカシさんに大きな任務が入った。任務先から寄越してくれた文によると暫く帰れそうにないという。そこには土産は何が良いかと訊ねてあったので、何か酒のつまみになるものでもと返事を書いた。それから、いつでもカカシさんを呼べるように部屋の掃除に精を出した。俺は自炊は滅多にしないけれど、やる気を出して料理すればそこそこのものが作れる。リョウはとても誉めてくれるし、仲の良い同僚なんかも俺のメシは美味いと言ってくれる。カカシさんの口に合わなかったら仕方ないけれど、一度くらいは手料理を振舞ってみたい。
 カカシさんがいないと時間が空くので、アヤメ先生を誘って飲みに行った。好きな子はいないかと問われたので「いません」と答えると「彼女に立候補する」と言いだすので驚いたが、酔っ払いの戯言だと思って放っておいた。アヤメ先生もニヤニヤと笑っていたので、からかっているだけだと思うけれど、でも嘘でもちょっと嬉しかった。
 天体観測の授業は興奮する生徒達を相手に奮闘し、クラス対抗の体術大会は俺のクラスはまたアヤメ先生のクラスに負けた。
 ちょくちょくとリョウが遊びに来る。Bランクの単独任務を成功させたと言って肉を持って来てくれた時はすき焼きをしたし、二人とも金がない時はもやしとニラを大量に買って野菜炒めを作った。いつの間にかリョウは俺の家に自分用のマグカップを持ち込んで、俺のイルカくんカップの隣に置くようになり、それから遊びに来ると必ず泊まっていくようになった。
 日々は平穏に流れる。
 生徒達と笑い合い、時に叱り、時に励まし、思う存分生徒達を抱き締める日々。
 毎日が充実し、毎朝目覚めるのが楽しみだった。今日はどんなことがあるだろう。生徒達はどんな成長を見せてくれるだろう。まっさらな一日が始まる朝が、最も好きな時間になった。
 その内に雪の季節は終わり春が訪れ、そろそろ卒業試験を考えなくてはならないと思っていた頃、俺は三日間立て続けに妙に気になる夢を見た。いや、夢の内容は覚えていないのだが、目覚めた時に無性に泣きたい気分になっている。胸が掻き毟られるような酷い心の痛みがそこに残っている。
 何だろうと思っていると、カカシさんが任務先で大怪我を負ったという話が舞い込んできた。予知夢、もしくは虫の知らせだったのかと慄然とし、運び込まれたという病院に駆けつけてみると、アスマ先生を始め多くの忍達がカカシさんの命の無事を願い手術が終わるのを待っている。
「毒にやられてな」
 アスマ先生は硬い声で俺に説明する。戦場で勝利に浮かれた仲間がブービートラップに引っかかった。カカシさんはその仲間を助けようとして毒にやられた。強い毒で現地の医療班では手の施しようがなく、一旦仮死状態にしてここまで運んだのだと。
 説明を聞いているだけで涙が出た。自分の中でカカシさんがどれだけの重みを持っているのか初めて知った。半年かけて漸くここまで仲良くなれた。でもまだ足りない。まだ俺はカカシさんについて知らないことが多すぎる。まだしてないこと、話してないことが多すぎる。もっと一緒に時間を過ごして、俺はいつかカカシさんの唯一無二の存在になりたいんだ。カカシさんと、絶対に終わらない堅い絆で結ばれたいんだ。その一生を支え続けたいんだ。
 だから死なないでくれと眠らずに祈り続けた。
 皆勤を続けていた仕事も休み、病室の前で膝を折り、祈り続けた。
 そして二日後、綱手様が扉を開け「もう大丈夫だ」と言った時は、そこにいた仲間と肩を抱き合って泣いた。



「順調に回復してる。長く仮死状態にいたのに後遺症も見当たらないよ」
 診察を終えた綱手様はそう言って、見舞いの品であった林檎を籠から勝手に出してガブリと齧りついた。
「全くしぶとい子だよ」
 小さな子にするように、綱手様がカカシさんの髪の毛をグシャグシャっと掻き回す。カカシさんは「どーも」とのんびりした声を出して、ヘラリと笑った。俺はそれを見て、俺以外の人にも笑顔を向けることがあるんだなと、どうでも良い感想を抱いた。
「イルカは今日はどうした」
「カカシさんの着替えと、身の回りのものを持って来たんです」
 紙袋を持ち上げてみせると綱手様は「そうかい」と興味のなさそうな返事をして、もう一度カカシさんの髪をグシャリと撫でて病室から出て行く。綱手様は自分が小さかった頃からとても可愛がってくれたとカカシさんに聞いてはいたが、それにしても本当に仲が良さそうで何だか小さな嫉妬まで芽生える。俺もそういう関係になりたい。
「着替え持って来ましたよ」
 カカシさんに向き直って、紙袋の中身を取り出す。下着の代えや歯ブラシ、髭剃り、コップ、それに暇潰しになりそうな本を少し。
 カカシさんに頼まれて、さっき初めてカカシさんの家に行った。思った通り綺麗に片づけられた部屋で、観葉植物なんかもあった。むさくるしい俺の部屋とは大違いで、これじゃ俺の家に招待してもやっぱり嫌がられるかもしれないと思ったくらいだ。
「しっかり休んで、ちゃんと治してくださいね。そんで、また俺と一緒に飲みに行きましょうね」
 子供相手のようなゆったりとした口調でそう言うと、カカシさんも子供みたいな顔で笑って頷いた。
 それからカカシさんは綱手様の言う通り順調に回復していった。毒が抜け切るまで少し時間がかかるし外傷もあるので退院はなかなかできなかったけれど、それでも日に日に顔色が良くなっているのが分かる。俺は時間があればカカシさんの病室を訪れ、差しでがましくない程度にあれこれと世話をする。
 そんなある日、診察に訪れた綱手様に、アヤメ先生のことを訊かれた。
「お前、アヤメとデートしてるらしいな」
 ニタァといやらしい顔をして綱手様が言う。完全にからかってる。
「一緒に飲みに行ってるだけですよ。あの人凄い酒豪で大変ですけど」
「そろそろ身を固めるかぁ?」
 俺で遊びながら綱手様がカカシさんの腕から採血する。
「アヤメ先生とはそんな関係じゃないですよ」
「良いねぇ。お前、なかなかモテるらしいじゃないか」
 モテるならとっくに彼女くらいできてる。俺がモテるのはナルト限定だ。あとリョウにもモテるぞ。
「アタシもそろそろ身を固めたいねぇ」
「是非!」
「嘘だよ」
 ケタケタと笑ってから、綱手様は顎を上げて抜き取った血を眺める。それからそれを傍にいたシズネさんに渡し、よっこらせと非常に年寄りじみた掛け声を出して立ち上がった。
「イルカ、その気になったらいつでもおいでよ。お前にならじゃんじゃん見合いさせてやるからな。カカシ、お前もだ。お前は特に上層部がうるさくって」
 ブツブツ言いながら軽く手を振り、綱手様は振り返らずに病室から出て行った。シズネさんはニッコリと笑みを浮かべ、目礼してから綱手様の後を追いかけて行く。
 アヤメ先生とのことが噂になっているのは向こうに迷惑がかかるんじゃないかと心配になる一方、正直に言ってちょっと嬉しかった。アヤメ先生は美人だし、性格も良いので人気がある。デート云々とその実情はさておき、そんな人気のある美人と噂になるのはやっぱり嬉しい。本当は「うみのー!」とどやされながら酒を飲んでいるだけなんだけど。
「参りますね、綱手様には」
 隠しきれない浮かれた声で呟いてから、俺はカカシさんの様子が少しおかしいことに気付いた。
 酷くぼんやりしている。顔色も悪い。
「どうなさいました?」
 しゃがみ込んで視線を合わせ、その手に触れてみる。怖いくらい冷たい。
 急いで綱手様を呼び戻し診察してもらったが、カカシさんの身体に異常はなかった。ただ、カカシさんは誰が何を言っても決して、言葉を発しなかった。



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