カカシさんとどんどん仲良くなるのと同時に、俺はアヤメ先生とも仲良くなっていった。
以前から気兼ねなどしないで済む人だったが、一緒に飲んで以来もう親友と言うか戦友と呼んでも差し支えないくらいだ。とは言っても俺達の場合、戦う相手は敵ではなく生徒達だけど。
忘年会新年会は言わずもがな、教師達の親睦会も俺はアヤメ先生の隣だった。周囲も俺達の仲を知っていて、自然に隣の席にしてくれるし、飲み会にも二人セットでお呼ばれされる。互いが互いの仕事を手伝うし、俺の都合が悪いとアヤメ先生が代わりに受付に入ってくれる時もあった。昼食もいつも二人で生徒達のことを話題にしながら食べる。昼食と言えば、握り飯と沢庵のみという俺の質素すぎる昼飯を憐れんで、アヤメ先生は俺用の弁当箱におかずを詰めてきてくれるようになった。余裕がある時だけだからね、と最初にアヤメ先生は言ったけれど、週に二度三度は持ってきてくれるのだ。イルカが輪を潜ろうとしている、可愛いイラストが入った弁当箱に。
プライベートなこともよく話すようになったし、教材の貸し借りも頻繁に行う。アヤメ先生の担当クラスと合同で薬草摘みの授業もしたことがあるし、クラス対抗で体術の試合なんかもした。アヤメ先生のクラスはアヤメ先生自身が体術の遣い手だけあって非常に手ごわく、俺のクラスはこてんぱんにやられてしまったが、俺以上に生徒達が大層悔しがって放課後に自主的に居残り訓練をするようになった。とても良い刺激になったと職員会議で報告したら、全クラスで体術大会を開くことになり、それを生徒達に伝えると居残り訓練は更に熱を帯びた。
毎日が楽しい。
生徒達は俺を相手に果敢に挑んでくる。目をキラキラと輝かせて俺に挑み、俺が退けても退けてもめげない。次第に仲間と連携で仕掛けてくるようになり、体術が苦手な子も頭を使って罠を仕掛けるようになった。
そしてアヤメ先生だけでなく、リョウともまた親密になっていった。リョウは長期任務明けということで今は簡単な任務が多く、よく俺の所に遊びにくる。土産を持って、今日はこんなことをした、こんなことがあったと嬉しそうに俺に教えてくれる。毎回酒を飲みたがるのでそれには手を焼いたが、リョウの手土産は食べ物が多いのでそれは有難かった。俺の家に呼んで一緒に鍋を突いたり餃子を作ったりする。たまに真面目な話になってもリョウは自分の考えをしっかりと持っていて、俺はその成長ぶりが頼もしい限りだった。
大蛇丸の件で一時期は苦しかった木ノ葉も最近は漸く軌道に乗り、上層部もピリピリすることは減っている。上忍達の会話を聞く限り血生臭い任務も減ってきているらしい。
何もかもが良い方向に向かっていた。俺は公私ともに非常に充実した日々を送り、毎日が本当に、とても楽しかった。
二月に入って最初に大雪が降った日、アヤメ先生に飲みに誘われた。予定がなかった俺は一もニもなく承諾したが、夕方になるとシフトに入っていた事務方が遅れるので手伝ってくれないかと頼まれた。夕方の混雑時だけ乗り切ればどうにかなると言うので、アヤメ先生に伝言を頼んで急遽受付に入る。
しかし忙しい時間帯はあっと言う間に終わった。日によって忙しかったり暇だったりすることはあるが、どうやら後者の日だったらしい。これなら早めに切りあげることができると思っていると、カカシさんが入ってきた。
カカシさんは一週間の護衛任務に出ていた。二、三日帰還がズレるかもしれないと聞かされていたが、予定通りに帰って来られたようだ。
いつものように報告書を出さずそのままソファーに座ったカカシさんに、今日は予定が、と言う意味で腕でバツを作ろうとした時、アヤメ先生がやって来る。
「迎えに来たのよ。もう終わる?」
満面の笑みを浮かべてそう問うアヤメ先生に、俺はもうちょっとだけと答える。もうすぐ、本来のシフトに入っていた同僚がやって来るはずだ。
「今日はね、ちょっと良いところに連れてってあげる。この前スズメ先生と見付けたお店なの。庭に寒椿が咲いてるから、それを愛でながら今日は雪見酒ってどう?」
「おお、良いですねぇ。でも俺、あんま高いお店は無理」
「今日は私の奢り」
ニカっと笑うアヤメ先生に思わず「ヤッタ!」と拳を握る。「俺、今日は思う存分飲みますよ」と言うと、「アンタなんて早々に潰してやるわ」とアヤメ先生が自信満々に言うので笑ってしまった。
視界の端でカカシさんが立ち上がったのが見える。すみませんと唇を動かすと、報告書は他の者に頼んでいるらしくカカシさんは小さく頷いてそのまま受付を出て行った。あの人も俺を迎えに来てくれていたんだろうと思うが、アヤメ先生の方が先約だったので仕方ない。この埋め合わせはまた明日、と俺は胸の中で呟いた。
その日はハイペースなアヤメ先生に引き摺られるように、俺も飲みに飲んだ。高そうな店だったけれど、酒のペースが落ちるとすぐに「うみのー!」と檄が飛ぶので、途中から今日はアヤメ先生の御好意に甘えると決めた。
雪の中で咲く寒椿はそれはそれは鮮やかで、酒好きのアヤメ先生が注文する酒もそれはそれは美味であり、そして何より、アヤメ先生はやたらと楽しい。酔ってくるとアヤメ先生は面白可笑しく自分の半生を語りだし、どこで生まれどんな両親に育てられ、どんな青春時代を送りどんな結婚生活を過ごしたのかを事細かに俺に聞かせる。前に一緒に飲んだ時と被った話題もあったがそれはまぁ酔っ払いの常なので大目にみるとして、なかなか波乱万丈の人生を送って来たアヤメ先生の人生は聞いているだけで楽しく、またアヤメ先生も話し上手なので思わず夢中になって聞いてしまった。おかげで俺は、亡くなった旦那さんの次くらいにアヤメ先生について詳しい男になった。
帰りは足元のおぼつかない俺にアヤメ先生が肩を貸してくれた。
「すんませんアヤメせんせ。うら若きお嬢さんに肩を貸してもらうなんてうみのイルカ一生の不覚。こんなとこ誰かに見られて変な噂が立ったりしたらどうしませう」
「変な噂大歓迎! アタシはまだまだ枯れてないぞー!」
「いかにもアヤメせんせは妙齢の美女! アヤメせんせは枯れてない! 綺麗です! アンタ綺麗な人です! 黙ってれば!」
二人でゲラゲラと笑い、雪の中をだらだらと蛇行しながら歩く。更にはアヤメ先生に滅茶苦茶に笑われながら俺は途中で立ちションをし、「妙齢の女性の前ですんません!」と叫びながら俺も爆笑。挙句の果てには近所迷惑も顧みず雪の童謡を一緒に熱唱した。
笑い過ぎて腹が痛くなったところで丁度おでん屋があったのでそこに突入し、腹も膨れ酔いもそこそこ醒めてきたところでお開きとなった。
「今日はごちそうさまでした!」
おでん屋は俺が払った。でも一件目は約束通りアヤメ先生が払ってくれたので、俺は前屈でもしようかという勢いで頭を下げる。
「うみのくんは一人で帰れるかなぁ?」
「勿論であります!」
流石に妙齢の女性に送ってもらうことはできません。と、敬礼しながら答えると、年増で悪かったねとパチンコンと頭を叩かれた。
「じゃあね。明日ね」
「あい、また明日!」
大きく手を振ってアヤメ先生を見送り、アヤメ先生が次の角で振り返るともう一度ぶんぶんと手を振り回す。アヤメ先生はニカっと笑って去って行った。
それから良い気分のまま俺はぶらぶらと歩く。誰も踏みしめていない雪の上を、キュッキュと音を立てながら歩く。雪の日特有の空気はキンとよく引き締まり、酒とおでんで熱いくらいの俺の身体をほどよく冷やしてくれた。リョウにもらったマフラーを緩め、俺は子供じみた歩き方で誰もいない夜の里を闊歩する。
アパートの前まで辿り着くと、降りしきる雪の中、キラキラと光る銀髪が見えた。
「カカシさん」
駆け寄ろうとすると目が合って、俺の身体が硬直する。
カカシさんの目は、まるで――。