「父ちゃんがどうしても許せないんだ。俺を信じなかった父ちゃんが」
全部しゃべると、やっぱり悔しさがこみあげてきた。理由を問われても答えられなかったし、俺がやったことはいけないことだった。それに俺が自分で、殴られてもしかたないようなことをあの場で口にした。でも、それでも。
「父ちゃんは俺を信じるべきだったんだ。何かあったな、言えないことがあったなってさっするべきだったんだ。イルカはそんなことしねぇって、そうやって思ってくれなきゃダメなんだよ。そうだろ?」
悔しくて悔しくて本当に泣きそうになった。隣にいるのはオバケだから泣いちゃっても良いかもしんないけど、それでも涙を流すことだけはぐっと我慢する。俺は男だし、男には男のイジってもんがあるんだ。
「イルカは忍者になりたい?」
オバケのカカシが急に話を変えた。なんだ急にって思ったけど、このまま父ちゃんのグチを続けたら涙がこらえきれないかもしれないから、ちょうど良かった。
「なりたいよ。上忍になってビンゴブックにのるようなスゴウデ忍者になって、そんで暗部になる。コノレンジャーにスカウトされるかもしれないし」
「だったら他人に過剰な期待なんかしないことだ。忍になったら親兄弟といえども信じたらいけないんだよ。信じて良いのは自分だけだ」
オバケのカカシがとんでもなく大人びた声と表情で、とんでもなくズレたことをのたまった。
「お前なに言ってんの?」
俺はあきれた声をだす。でもカカシは続けた。
「忍社会って、いつ誰に裏切られるのか分からない世界なんだよ。騙し騙されるのが当たり前、忍は裏の裏を読め、ここはそういった世界だ。任務のためなら身内でも殺さなきゃならない」
「お前、家族を殺せるのか」
「任務であるならば」
オバケのカカシは死んだ目で答えた。それを見て、ああやっぱりコイツは本物のオバケなんだなってカクシンした。
でも、なんだかカワイソウなオバケだ。そんなふうに考えちゃうなんて、本人だって辛いに決まってるんだから。
「あのな、カカシ」
死んだ目のカカシに手を伸ばすと、ふしぎなことにちゃんとさわれる。白い肌はスベスベしてるけど死体みたいに冷たいし、気配そのものも生きてるって感じがしなかった。
それでもカカシは俺にふれられて、気持ち良さそうに少しだけ目を細めた。ネコがグルグルとのどをならす時みたいに。
「あのな、カカシ。忍者だって人を信じて良いんだよ。父ちゃんが教えてくれたけど、【人を信じるってことは、覚悟を決めること】なんだってさ。たとえ本人からお前のこと裏切ったって言われても、それでもなお信じ続けてやるってそういう覚悟を決めたり、コイツになら裏切られても良い、コイツになら殺されても良い、コイツになら全部任せる、一緒に死んでも良い、とか、そういう覚悟を決めることなんだって。だから信じることって、誰かに期待することじゃなくって、自分自身の心を強く持つことなんだって」
父ちゃんが教えてくれたことを、いっしょうけんめいオバケのカカシに教えてやる。これは多分すごく大切なことだから、がんばって教えないといけない。
そうやっていっしょうけんめい説明しながら、俺はかなしいオバケの髪をなでてやった。このかなしいオバケは、心を強く持てないんだ。そういうのって凄く辛いに決まってる。だから死んでるのに、もっと死んでるみたいな目をしてるんだ。
「カカシ、よく聞け。人に裏切られるのが怖いのは、みんな同じなんだ。でも裏切られるかもしれないってリスクがあるからこそ、覚悟がいるんだ。大事なのは、リスクじゃなくて自分の覚悟の方なんだよ」
オバケのカカシは人なつっこいネコみたに顔や頭を俺の手にこすり付けながら、だまって俺の話に耳をかたむけていた。死んでいた目は、今はふしぎそうな目に戻っている。
だから俺は語りつづける。
信じるってのは自分のセキニンだってこと。だっていきさつがどうであれ、最終的に信じるって決めるのは必ず自分なんだから。
忍者は人を信じることがとてもむずかしくなるけれど、それはむずかしいからこそ覚悟が大きくなるだけだってこと。
それから、人を信じるには自分を信じてないとダメなこと。だって自分の人を見る目が正しいって信じてないと、ちゃんと覚悟もきめられないから。
最後に、人を信じられないなら、誰も自分を信じてくれなくなること。そうするとひとりぼっちになって、心がすさんでしまう。
「だから信じることって、大切なことだよ」
首をかしげて俺の話を聞いていたオバケのカカシは、その言葉にコクンと頷いた。
「だから俺はひとりぼっちなんだね。父さんも」
オバケのカカシがさみしそうにそう言うから、俺は心がぎゅっとなった。どんなジジョウがあるのか知らないけれど、ひとりぼっちのままオバケになって、このままずっとひとりぼっちってのは、あまりにもかなしすぎるじゃないか。もしかして、カカシが成仏できないのはそのせいなのかもしれない。
「じゃあ、カカシは俺を信じろよ。俺はカカシを信じるから」
ガマンできなくなってテイアンすると、カカシがビックリした顔をする。
「俺が裏切ったら? 俺が本物のオバケで、信じ切ったイルカを食べちゃおうとしたら?」
「お前に食べられたって平気だ。俺は笑顔でこう言ってやるよ。どうだ、最後まで信じてもらうってけっこう良いモンだろ?って」
ニカっと笑ってやると、カカシはもっとビックリした。それから顔をモゾモゾ動かして、最後には恥ずかしそうに笑顔をうかべた。まるで生きているかのような、キレイで生き生きした笑顔だった。
「俺ね、本当は今回、フォーマンセルで任務だったの。でも他の人は子供の俺の言うことなんか全然信じてくれなくて、言うことも聞いてくれなかったんだ。いつもそうなんだ。俺の方が強いのに、従ってくれなない。だから今回も、俺はひとりで任務を片付けた。でもイルカの話を聞いていて、俺にも問題があったなって分かったよ」
オバケのカカシはとんでもなく見栄っ張りのようだったけど、俺はその大ウソに突っ込むようなヤボなことはしない。こういうのをデーンと包み込んじゃうのがイイ男のジョウケンみたいなもんだぜ。
「俺、イルカが好きだな」
「俺もカカシが好きだな。お前とはウマが合うみたいだ」
俺たちはクスクス笑いながら肩を組んだ。カカシの体はもう冷たくなくて、本当に生きているみたいに温かだった。
それからいろんな話をした。カカシはコノレンジャーを全く知らなかったから俺が暗部戦隊コノレンジャーのあらすじを教えたり、カカシは遠い異国のことを俺に教えてくれたりした。カカシは異国のオバケなのかもしれない。