「イルカー、おはよー」
「おう、おはよう。あれだ。うん、おはようだ!」
 一日の始まりは清々しい挨拶からだな。うん、確かにそうだ。
「突然夏に戻りやがったな。アチーのなんのって。昨日まで雪降ってたのによぉ」
「まぁ何て言うか、お日さんの機嫌もだな、こう、あるわけだよ色々。冬になってみたい夏だってあるわけだ。俺は一筋縄ではいかないぜ?みたいな年だってあるんだよ。分かってやろうぜそういう部分は。な?」
 大雪が降った一週間なんて夢だったかのように、今日は唐突に真夏に戻った。どこかに避難していたのか蝉も鳴いているし蛙達の声も聞こえる、ちゃんとした夏だ。真冬の屋外からサウナ室に入ったかのような温度差には参るけれど、正しい夏に戻って良かったと思う。あのままずっと雪が降っていたら木ノ葉は木ノ葉じゃなくって、枯れ葉とか枯れ枝とか針葉樹林になってしまうところだった。「針葉樹林の里」なんて呼びにくいったらありゃしない。
「イルカ、今日は元気だな。なんか良いことあったか?」
 ナツの問い掛けに俺はブンブンと首を振った。でもみるみるうちに顔が真っ赤になっていく。
 違う、別にそんなんじゃない。今朝は目覚めと同時にカカシさんがキスしてくれて、一緒にシャワーも浴びてそこで互いにアレしてアレし合って一発抜いて、そんでイチャイチャしながら朝ごはんを食べたけど、それとこれとは関係ないぞ? 断じて関係ないぞ? 因みに目覚めのキッスの後で俺が夢にまで見た「俺達、もう付き合っちゃおうぜ」って台詞を言えたことも関係ない。カカシさんはポカンとした顔してたけどな!
「俺もほら、いつまでも落ち込んでちゃいられないからな。アカデミー教師として生徒達を導かなくてはならんし、木ノ葉の忍として里の復興に力を尽くさねばならんわけだ。別にカカシさんは関係ないし、違う、いや、カカシさんの名前を出しちゃったけどカカシさんは関係ない。いやほんとに。マジで」
「あー、何があったか知らねぇけどイルカは元気なのが一番だよ。あとお前、ほんと単純明快だな。そんなところも好きだけどさ」
 好き! ナツよ、実はお前も俺のことが好きだったのか!
 何と言うことだ。今は人生のモテ期なのか? 俺はもしかして今日一日、いやこれからずっと「イルカ、好きだぜ?」とか「実はあたし、イルカ先生のことが……」みたいなことを言われ続けちゃうのか! くそ、なんてこった。それだけならまだしも、ある日突然女の子が隣に座って俺のチンコを握ったりすることもあるかもしれん。俺と目が合っただけで女の子がぽろんとおっぱいを晒して「抱いて」とか言われちゃう可能性が無きにしも非ず! 抱けん、抱けんよ、人生はタイミングが命! いや女の子だけではないぞ? 野郎どももこぞって「イルカ。お前、男も大丈夫らしいな?」とか言いながら俺のチンコを握ってくるという、とんでもハプニングが起こるかもしれんのだ。握るな握るな、俺のチンコはカカシさんのものだ!
「すまんナツ。お前の気持ちは嬉しいが、俺にはもう好きな人ができたんだ」
 誰に言い寄られても俺はカカシさんを裏切るつもりはない。ナツ、それがたとえお前でもだ!
「あー、大体事情は分かった。けどなイルカ、俺のために言うけど俺はお前を友達として好きって言ったんだぜ?」
「ナツー! 俺もお前を友達として大好きだーー!」
「分かった分かった。ほら教室行くぞ」
 ポンポンと俺の頭を叩き、ナツはクスクスと笑いながら立ち上がる。
「ナツは本当に良い奴だな。ナツ、マイフレンド。いや違うな。ナツ・イズ・ベストマイフレンド。いや違うかな? ナツ・イズ」
「わーったから行くぞ! ほら、予鈴!」
 ナツ・イズ、とブツブツ言いながら俺も立ち上がり教室に向かう。ガラリと戸を開けると久々に落ちて来たぜ、黒板消しの野郎が! こんなもの余裕で避けられるかもしれないうみのイルカ。だがしかし、ここであえてこの黒板消しトラップに引っ掛かるのかイルカクオリティ。ほら、案の定生徒達が笑った。
「おはよう諸君!」
 白いチョークの粉を叩き落としながら元気に挨拶すると、「おはよーございまーす」と返って来る。なんだなんだ、みんなも好きな子ができちゃったのか?
 でも、ぐるりと教室内を見渡すとやっぱりまだしょんぼりしてる子が沢山いる。
「ん。みんな元気でよろしい。では授業を始めます! ……と言いたいところだが、最初に俺と三代目の話をするぞー」
 それは朝、カカシさんと朝ごはんを食べながら決めたことだった。俺が傷心の生徒達のために出来ることはなんだろうと考えて決めたんだ。大切な人を失った悲しみがどんなものか俺もよく知ってるし、どう頑張っても時間をかけなくちゃ哀しみが癒えないことも知ってる。でも、放っておいて良いわけじゃないことだって分かってる。
 俺は三代目と自分の逸話を語り聞かせた。三代目がどれだけ素晴らしい忍であり火影であり人間だったのか、そして子供の頃に両親を失った俺をどれだけ支えてくれたのか、出来るだけ詳しく語った。それからこの一週間、どれだけ泣き濡れて暮らしていたのかも。
 予想通り泣き虫の俺は語りながら泣いた。「三代目が大好きだった。今も大好きだ」って百回くらい言った。幾人かの生徒達も俺につられて泣いた。
 語り終えると、木ノ葉崩しで負った傷を生徒達に語らせた。みんな怖い思いや辛い思いをしていた。そういうことを全部吐きださせた。順番がやって来ても木ノ葉丸だけどうしても自分の気持ちを語ることができなかったけど、俺も無理はさせたくなくてそのまま着席させた。わんわん泣く子もいたし、言葉が詰まって少ししか喋れない子もいた。でもみんなで慰め合った。
 それから歌を歌った。
 みんなで、木ノ葉の歌を大きな声で歌った。
 午後からは生徒達と楽しく授業をした。暗号の授業はむつかしいのでアズキの出番だ。「アズキ、頼むぜ!」って言わずとも、チラっと視線を送っただけでアズキは起立し教壇に立ってくれた。なんて奴だ、お前は暗号解析班じゃなくて教師を目指せば良いのに。それに相変わらずメガネをクイっとしながらのコムロウの突っ込みが鋭い。「アズキ君、そこはホニャラワでムニャラワなわけ?」「そうだよコムロウ。ここはこの部分がこうなっているからここをこうして、こう読み解くわけ」とか言ってる。もう俺にはチンプンカンプンのチチンプイプイだ。
「アズキ、今のところをもう一度説明してくれ」
 教師として出番がないと寂しかったので、ちょっとキリっとした顔で発言してみた。そこはかとなく今のところはむつかしいような気がするから、理解できなかった子が沢山いるはず。俺、気を利かせたね、偉いね。まぁ俺にとっては今のところだけじゃなく全部むつかしいけどね!
「アズキ、アゲイン!」
 今の部分も多分むつかしかった。生徒の半分は理解できなかったに違いない。分からない子の気持ちだってちゃんと分かる教師、うみのイルカ。
「アズキ、リプレイ!」
「イルカ先生、うるさいです」
 怒られた。
 放課後までには大多数の生徒達に笑顔が戻ってきていた。なんでもっと早くこうしなかったんだろう。俺が元気なかったら、みんなだって元気を出せないに決まってるのに。だって教壇に立っている教師が辛気臭い顔でボソボソ何かを呟いてたら、元気の出しようってものがないじゃないか。笑いたくても笑えなかった子だっていたに違いない。
 良かった。俺、元気になれて本当に良かった。それにしても昨晩だけでよくもここまで復活できたものだ。あれか? ちょっと恋人できただけでここまで浮かれるのって、やっぱマズイか? なんか不謹慎か? ちょっと分かんないけど、とにかく生徒達のためにも元気になれて良かったと思う。
 しかしカカシさんって人は凄いね。信じられないくらい優しいし、俺を元気にしてくれたし俺の涙も止めてくれたしさ。あと、何かもう口にはできないアレコレがまた、こう、なんだ。俺なんかすぐに白いの出しちゃったもんね。最高記録だったもんね。今朝なんて、違います違います俺は普段はこんなに早くないんですって一生懸命言い訳するはめになったからね。て言うかカカシさんのテクニックをもってすれば、その辺の人間なんてみんなイチコロだよ、イチコロ。男だったら俺みたいにすぐにピュって白いの出すに決まってるし、女の子も絶対に「らめぇええ!」ってなってびくんびくんってなるね。間違いない。恐ろしい人だ!
 アカデミーが終わると今日も復興作業のお手伝いだ。突然気温が真夏日に戻ったからあんなに積もっていた雪も溶けて、まぁ地面はグチャグチャで大変だったけど作業は凄く捗った。熱帯夜で暑かったけど、良い汗かいたと思う。こうやって少しづつ里が元の姿に戻っていけば良いんだよな。里だけじゃなくて、人の心もね。




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