「イルカ先生、おかえり」
 ドアを開けるとカカシさんの声に出迎えられた。今日は初めてカカシさんの方が帰りが早かったみたいで、部屋は既に暖められているし奥からはごはんの良い匂いがする。それにしても、誰かがいる部屋に帰ることなんて何年振りだろう。おかえり、なんて言われるのは何年振りだろう。
 嫌だな、また目の奥がじわっときた。俺はいつからこんな泣き虫の弱虫のうじうじ虫になっちまったんだ。
「ただいま」
 キッチンに顔を出してそう言った。でも何だかカカシさんまでうんざりさせちゃうような陰気くさい声が出た。
 もっとこう、元気でいたいのに、俺は元気が取り柄なのに。イルカはいつも元気があって宜しいって三代目によく誉められた。母ちゃんにも父ちゃんにも元気なことを誉められた。俺から元気を取ってしまったら、何一つ残らないってことは俺が一番よく分かってるんだけどな。
「イルカ先生、先にお風呂に入っちゃってね。夕飯の準備、もうちょっと時間かかるからさ」
「俺、今日は」
 今日も、食べたくない。首を振ってそう答えると夕ご飯の準備をしていたカカシさんは、手を腰に当ててニッコリと笑う。
「ちょっとで良いから食べて。ね? それより先にお風呂に行ってらっしゃいよ。イルカ先生の大好きな入浴剤入れておいたから、気持ち良いと思うよ。温まるし疲れも取れるよー」
 とても自然に明るい声を出すカカシさんから逃げるように背を向けて、俺は風呂に向かった。なんでこんなに優しい人なんだろう。でも優しくされればされるほど何だか重苦しい気持ちになるし、それどころか三代目が死んだのに平気そうな顔をするカカシさんが憎くなる。カカシさんだって平気なわけじゃないって分かってるのに、それでもカカシさんに苛々するんだ。
 いつもなら辛くたって一通り泣けば気も晴れるはずなのに、今回ばかりはそうならない。あとどれだけ泣けば俺は元気になれるんだろう。くそ、また鼻がツーンとしてきた。自分に頭にくる。いい年した男がいつまでもメソメソメソメソしやがって、ばっかじゃねーの?
 八つ当たりするように脱いだ服を洗濯機の中にブチ込んで風呂に入った。身体が冷えきっていたみたいで指先とかがジンジンしたけど、無理矢理肩まで浸かって一人で百まで数えた。湯は入浴剤のおかげで良い匂いがしていてるし、カカシさん家のお風呂は俺のアパートの風呂よりも大きいから足も伸ばせる。それでも元気になれなくって、俺は泣き虫だからやっぱり泣いた。これから先の人生、俺はお風呂に入る度に泣くような気がする。あと、もう二度とすき焼きは食べられないような気がする。
 お風呂から上がると、もたもたと服を着てキッチンに戻った。カカシさんはごはんの準備を完璧に整えていて、俺の姿を確認するとすぐに濡れた髪を拭いてくれた。ここまで来ると優しくされているんじゃなくて甘やかされている気がする。
 今日のご飯は鍋だった。今の木ノ葉でこんな食材をどこで調達して来たんだろうと思うくらいそれは立派なもので、上忍ともなるときっと色々とツテがあるんだろうなと思った。温まるし美味しいから良いんだけど、両親を亡くした子供達は今日何を食べたんだろう、あの子達はこうして温かいものを食べることができたんだろうかと考えると、やっぱり少し落ち込む。
 何を見ても何をやっても心はしつこくしつこく落ち込んで、せっかくカカシさんが作ってくれたのに溜息ばかりでる。
 それでもカカシさんは俺の世話をしながらナルト達のことを教えてくれた。いつもはいがみ合っているナルトとサスケも、この里の一大事に力を合わせて頑張っているらしい。寒さに震えながら協力して瓦礫をどかしたり、仮設住宅を作るための木材を運んだりしているのだそうだ。サクラも炊き出し班で頑張っていると言う。
 七班の子達だけでなく、ガイ班の子達もアスマ班の子達も紅班の子達も、みんなそれぞれ自分達のできる範囲でよくやっているみたいだよとカカシさんは教えてくれた。
 そうなんだろう。みんな、この里の一大事に懸命に働いているんだろう。
 何もできてないのは、きっと俺だけ。
 教師のくせに生徒達を導くこともできず忍のくせに使えない役立たずは、俺だけ。
「もういらないの?」
 いらない。それから放っておいて欲しい。宿を提供してくれただけじゃなく、こんなに細々と気を遣ってもらっているのは感謝しているけど、もう放っておいて欲しい。
「うどんは? 雑炊は? 食べる?」
 いらない。
 そう答える代わりに席を立って洗面所に向かった。カカシさんは態度の悪い俺に何も言わなかったけれど、その沈黙が痛かった。文句を言ったり叱ったりすれば良いのに、カカシさんはずっと優しい。それが嫌だ。でも俺は馬鹿だから、叱られたらそれはそれでヘコむんだ。もう最悪。最低。大嫌いだ、俺なんて。大嫌いだ!
 歯を磨いてから寝室に行ってベッドに潜り込む。今日も一人じゃ眠れないのに、カカシさんは夕食の後片付けをしていてなかなかこっちに来てくれない。カカシさんが疎ましいのに、いないと眠れない。
「もう駄目だ。俺、もう駄目。最低最低最低。さいてい! さいてい! さいていっ! 死ね!」
 ばっかじゃねーのおれ! ほんと、ばっかじゃねーの!
 性格は悪いし自分勝手だし役に立てないし、最低!
「こらー。寝る前に興奮するんじゃなーいの」
 ベッドの中でのたうちまわって喚いているとカカシさんが来てくれた。でも俺は毛布を頭まで被ってダンゴ虫みたいに丸まってカカシさんを拒絶する。構ってもらいたいけれど放っておいて欲しい。でも構ってもらいたい。
「カカシさんなんかどっか行け!」
 俺の部屋じゃないし俺のベッドじゃないのは重々承知してるのに、本気でそう思った。本気でそう思ったからそう言ったのに、口にしたら物凄く哀しくなった。もう駄目だ。俺はもう駄目な奴なんだ。
「はいはい。じゃあ俺は向こうで寝るから、良い子で寝ててねー」
「え?」
 布団を捲って急いで上半身を起こすと、ゆったりと微笑んでいるカカシさんと目が合う。
 困る。そんなことしてカカシさんが風邪をひいたら大変だし、そもそも俺はカカシさんがいないと眠れない。この一週間でそういう体質になってしまったんだ。全部カカシさんのせいだ。カカシさんが俺に優しくするからそうなっちゃったんだ。だから行ったら駄目なんだ。向こうに行ったら許さない。
「入れてくれる?」
 その腕をぎゅっと握るとカカシさんはいつものように掴みどころのない笑顔を浮かべてそう言った。コクンと頷いたら、さっきの俺の言葉なんて何も気にしてないって感じでのんびりと隣に入ってくる。それから俺の服を引っ張って一緒に寝ようと促した。
 カカシさんは優しい。
 大人だし綺麗だし度量も大きい。凄腕の上忍なのに威張らないし、みんなから尊敬されてる。九尾が腹にいるナルトのこともちゃんと可愛がってくれて、いつでもどこにも文句がつけられない人だ。
「あー、また泣く。イルカ先生のおめめはそのうち溶けてしまいますよー」
「だってカカシさんが優しいし格好良いし、俺は駄目な人間だしモテないし最低だし、それに三代目は死んじゃったんだ。三代目は……あんなに俺を可愛がってくれたのに急に死んじゃったんだ。大蛇丸と戦って里を守って」
「うん。あの人は本当に立派でした」
「そんなこと知ってる! そんなこと知ってるんだ。あの人がどれだけ立派な人だったなんて俺が誰よりも知ってるんだ! イルカイルカってあの人はいっぱい俺を可愛がってくれて、気にかけてくれて。いっつもすき焼き食べさせてくれて、一緒にお風呂にも入った。俺は三代目と一緒にお風呂に入ってたんだぞ!」
「うん。いっぱい可愛がってもらってたんだねぇ」
 そうだ。三代目はいっつもイルカイルカってひとりぼっちの俺のことを。
 それなのに。
「俺を置いて死んじゃったんだ」
 ぼろぼろと涙が零れる。この一週間で俺はバケツ一杯になるくらい涙を零してるというのに、次から次へと涙が溢れてしまう。単にぽろぽろ泣くだけだったら格好はつくのに、鼻水まで垂らして嗚咽まで漏れ始めてきっと醜い猿みたいな顔になってるに違いないんだ。みっともないと思うけど涙は止まらないし嗚咽も止まらない。しゃくりあげながら俺はとにかく泣く。泣くことしかできなくなった人間みたいに。
「そんなに泣いてたら三代目もおちおち安眠してらんないデショ? イルカのやつめ、まーた泣いておるわって向こうで心配してるよ」
 それはそうだけど。三代目のことだからきっとそうなんだけど。
「イルカ先生は元気なのが良いよ。三代目もそう思ってるし、俺もそう思う」
 カカシさんの顔がやたらと近付いてきて思わず目を閉じると、瞼に柔らかくて温かいものが触れた。それは凄く優しい感触で頭を撫でられるよりずっと気持ち良かった。薄く目を開けるとカカシさんの綺麗な顔がまだ近くにある。そして再度優しい感触が降って来た。
 何をされているのか分かると、急激に恥ずかしくなった。他人の唇が自分の身体に触れたことなど一度もなかったのに、カカシさんは何の躊躇いもなく俺の瞼に唇を寄せる。
 どうして良いのか分からなくて困っていると、カカシさんの顔が少しだけ離れた。
「はい、じゃあ鼻かんで」
 カカシさんはベッド脇に置いてあったティッシュを数枚引き抜いてそれを渡してくれるから、言われるがままそれを受け取って鼻をかんだ。カカシさんは忍術でも使ったのか、それとも魔法でも使ったのか、俺の涙はもう止まっている。
「はい、良い子でした」
 丸めたティッシュをゴミ箱に捨ててカカシさんはまた俺に顔を寄せる。寝かしつけるためにさっきみたいに目にキスをしてくれるのかな、それとも今度はおでこにしてくれるのかな。でもカカシさんはそこから動かない。いつものように不思議な笑みを浮かべてじっと俺を見詰めている。
 見られていると眠れない。何かお話でもしてくれるんだろうか。でも俺はそんなに子供じゃないぞ? 桃太郎や金太郎の話なんかじゃ眠らないぞ?
 それにしても、この人はなんて美しい顔立ちをしているんだろう。ずるいって思うくらい整っている。睫毛の色まで人と違ってて魅力的だし、目の傷までやたらと格好良いし、それに何と言っても瞳が凄い。赤くて綺麗な写輪眼は勿論、自前の瞳も凄く謎めいていてうっとりしてしまう。
 カカシさんは謎めいている。優しいけど、何故かいつもどこか掴みどころがない。
 でも本当に美しい。
 カカシさんの顔がまた少し近付いた。互いの息がかかるくらいに近くなる。
 その美しさに心を奪われていると、カカシさんがゆっくりと。
 あ、これってキスする時みたいだ。こういうのずっと想像してきた。こうやって見詰め合ってゆっくりと顔を近付けて、最初はそっと、できるだけそっと唇を。
 ああ、やっぱりキスを――。
 痺れるようなキスって言葉があるけれど、それは本当に痺れるようなキスだった。唇と唇が触れ合うだけで指の先まで電流が走った気がした。一度触れた唇が少し離れ、少しだけ角度を変えてまた触れる。また離れ、また触れる。その度に身体が痺れて力が抜けていく。頭がぼうっとしてきて、なんだか夢心地になってくる。
 キス、キモチイイ。
 うっとりとキスを続けていると柔らかくて熱いものが口内に入って来る。
 ああ、こうやってキスするんだ。これが深いキス、大人のキスって言うものなんだ。想像していたよりもずっとずっとキモチイイ。いやらしくって、頭がくにゃくにゃになってくる。毒でも仕込まれているみたいだ。でももっとしたい。もう一生キスしていたい。
 何も考えられない。
 キス、キモチイイ。
 触られるの、キモチイイ。
 カカシさんは魔法使いなのかもしれない。カカシさんが触ってくれるところは全部キモチイイ。すっごく優しい手つき。とろとろになる。人に触れられるってこんなに凄いことなんだ。凄い。なにもかもきもちいい。唇も手もきもちいい。
 ああ、もっと。違う、そこじゃなくてもっと。
 もっとそこ、もっと。
 そんな優しくしなくて良いから、もっと強くやって。そこ、先っぽもっと。
「――って、ちょっと待ったあああ!」
 やばいやばいやばいよ俺! 今なに、ちょ、ま、いやとにかくその手は何! 一体何してんだ!
「カカシさん早まってはいけません! 貴方はホモではないのですし俺も全然違うし今はちょっとほら、雰囲気に飲まれてお互い何か血迷ってって、ちょっと待ってってば!」
「イルカ先生、黙って」
 艶っぽい声に思わず口を閉ざすと、やんわりと股間を握られた。
「だから! 早まるなって言ってんでしょうに!」
「黙ってってば。良い子だから」
 あ、ちょ、なにこの、キスで口を塞ぐってこの……え、ちょ、待っ……。
 …………。
 …………。
「――んんっ!」
 あっという間に俺はカカシさんの手や唇に翻弄され夢中にさせられ、あっという間にそれはやって来た。燃え滾るような光が全身を貫き、両足を突っ張らせて背中を仰け反らせると勢い良く精液が飛び散る。
 やっと唇を解放されると唾液が糸を引いていて、その狙ったかのようなエロさがあまりにも綺麗にカカシさんに嵌っているから俺はやっぱりうっとりした。この人は何をしても美しいんだ、きっと何をしても許される人なんだ。きっとこうして今まで何人もの女の人を夢中にさせて、恍惚とさせてきたんだ。
「いっぱい出たねー」
 カカシさんはニッコリと微笑んで小さな子供を誉めるような言い方をした。
「でもまだ出そうだね」
 そう言って再び俺のを握る。そんなところ人に触られたことなんて勿論ないから、他人の手ってものの威力を知った俺のアレは期待ですぐに大きくなる。
 心臓がバクバクと音を立てていた。
「あの、カカシさん。つかぬことをお伺いしますけど」
「はい」
 何でこんなことになったんだろうと言う疑問が脳裏を掠めたけれど、それよりも訊くべきことは。
「俺のこと、好きなんですか?」
 これだ。
 でも多分カカシさんは俺が好きだ。なんか分かんないけど、そうじゃなかったら説明がつかない。ような気がする。だってキスとか。だってこうやってアレしてくるとか。この、綺麗で格好良くて上忍で優しくて非の付けようもないカカシさんは、俺のことがきっと多分恐らく好きだ。というか好きなんだ絶対!
「好きですよ。可愛い人だと思ってますよ」
 ほらやっぱり! 俺にムラっとくるようだから多分この人は相当俺に参ってるんだ。俺にお熱なんだ。本当はホモだったのかそれとも俺が特別なのか分からないけど、とにかくすっごく俺が好きなんだ。俺はこんな素晴らしい人に好かれたんだ!
「お、俺もやったげます! 握れば良いっすか! カカシさんのイチモツ扱けば良いっすか!」
「うん、まずは落ち着いて。それからもうちょっと違うことで興奮して欲しいな」
 落ち着いてなんかいられないだろうだってカカシさんが俺を好きって。いや待て俺、待て待て。俺は別にホモじゃなかったような気がするんだがそれは良いのか? いや良い、むつかしいことは良いんだ。とにかく俺にとってカカシさんは運命の人だったんだ。三代目が言ってた、運命の人。俺の今までの人生は、今日この時のための待機期間だったんだ。ホモがなんだ女の子がなんだ、カカシさんはこんなに格好良くて優しく最高だ、性別の垣根なんて関係なかったんだ。人は運命に逆らうことなど出来ぬのだよイルカ。はい、分かりました三代目!
 さっきまでカカシさんに翻弄されぼんやりとしていた頭が今になって猛烈に回転し始めてまるで脱水機みたいな有様でその回転力に自分でついて行けず最早何が何やら分からないけれど、とにかく俺ばっかりでは悪いからカカシさんもキモチイイふうにさせなくっちゃならない。ああ心臓がドキドキする。
「イルカ先生、そんな目を爛々と輝かさせなくっても良いから」
 カカシさんがクスクスと笑った。でも俺はやる気充分なんだ。目くらい輝いたってしょうがない。
「カカシさんは俺のことが好き!」
「うん、好きですよー」
「俺もカカシさん、好き!」
「うん、有難う。じゃあ二人でイイコトしようねー」
 そう言ってカカシさんはさっきみたいに俺にイイコトの続きをしてくれた。俺も頑張ったけど上手くできなくて、次もやっぱり俺が先に白いのを出してしまった。それでも性的な経験が皆無の俺はカカシさんに色々教えてもらいながら、その日は遅くまであれこれイヤラシイコトをした。
 キスも沢山してもらったし、身体の隅々まで触ってもらった。
 そしてカカシさんに腕枕をしてもらい、俺は朝方眠りについた。




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