「イルカー、おはよー」
「ナツ、おはよう!」
一日の始まりは清々しい挨拶からだ。うん。ヤマブシのあほー!
「今朝さー、木ノ葉の東の森にポッキーが降ったって話、聞いたかぁ?」
「聞いた聞いた! アーモンドまぶしたチョコのヤツだろ?」
今日も太陽はギラギラと無駄に元気だし鳴きまくってる蛙も蝉も無駄に元気だしナツも無駄に元気なので、汗を拭いながら俺だって無駄に元気に答える。無駄に元気だからこそ俺は無駄に中忍なのだ。意味分からん! 自分で言ってて意味分からん! くそ!
しかし本日は二次試験、まだ毛も生え揃っていないナルト達に引導を渡す日だから気分と表情と財布の紐は引き締めないといけない。生徒達の黒板トラップも今日だけは回避する。どうしようもないおちゃらけキャラかと思いきやピンチになったら実は凄い人だったことが発覚した週刊少年誌の主人公の父親役の如くやるから、「イルカ先生って本当は凄いんだ!」って休み時間は俺の話題で持ちきりになれば良い。なれば良いさ、ああなれば良い。むしろなれ!
とにかく今日は全体的に引き締まってないとイカン。尻もキュっと引き締まってないとイカンし、アンコさんに団子を奉納しまくったので財布の紐は特に硬く結ばないとな。それから今日はいつもの中忍服じゃなく、もっと個性的なファッションをしてくれば良かったかもしれない。ガイ先生……はちょっとお断りだけど、イビキさんみたいなコートとかを……いや暑いな。イビキさん、今の季節にあれは暑くないのか? 夏なのにあれってもう変態だとしか思えない。と言うか変態決定だな。この変態め、俺の生徒に変なことするなよ!
そんなこんなで俺は色々引き締まっていたのに、残念なことに今日は黒板消しトラップはなかった。それどころかナルト達は試験を合格してしまった。いや、してしまったと言うには語弊があるが、毛も生えそろってないのに二次試験を突破してしまった。いや、してしまったと言うには語弊が……うるさい俺! ナルト、サスケ、サクラ、おめでとう!
「今は……忍者なんだからな!」
ナルトがキリっとした顔で言う。
そんなキリっとした顔ができるようになったとは、ナルトめ、大した奴だ。そうか、カカシさんもナルトのこのキリっと喉越し爽やかさを認めて中忍試験に推薦したと言うわけか。よし分かった、このキリっとさならもう何も言うまい。お前のキリっとさが全てを物語っている。俺なんかちょっとキュンってきたくらいだぜ。
それからあっと言う間に第三の試験が始まった。なんだかんだと色々あったが、俺はもう何も言うまいと決めたので何も言わない。わ、サスケすっげーー!とか思っても何も言わない。砂の子、怖いです。って思ってもおくびにもそれを出さない。サクラに声援を送りたいけど、それもぐっと我慢する。ナルト! おま、あんなキリっとして俺を感動させたんだから負けたら許さんぞ!と思っていたけど、ナルトも勝利した。
ところで、俺が合コンの時に「ニコ、キリ!」作戦を実行したのに成果がなかったのは何故だろうか。ナルトですら俺をキュンとさせたのに、どうして俺は女の子をキュンキュンさせることができなかったんだろう。これはあれか? キリっとさで俺はナルトに既に負けているということなのか? いや違う、俺だって本気を出せば凄いんだ。俺が本気を出してキリっとしたら女の子はみんなこぞって俺に惚れるね。キュンキュンしまくるね。でもあの時はちょっと、何て言うか、いくら俺がキリっとしても誰も見てくれなかったからさ。俺のキリっを見てたのは、かろうじてカカシさんだけだったからさ。うん。
三次試験も終了すると、俺は久々に三代目と食事をすることになった。「イルカよ、何が食べたいのじゃ?」と訊かれたから、一も二もなく「すき焼き!」と答えた。俺は三代目とすき焼きを食べるのが大好きなのだ。何故なら良い肉を沢山食べることができるし、良い肉を腹いっぱい食べられるし、あとは良い肉を思う存分食べられるからだ。因みに三代目は年寄りだから、あんまり肉は食べない。基本的にネギとかしらたきとかを率先して食べてる。だから三代目の分の肉も俺のもの。はいその肉も俺様のものー。
「七班、残りましたね。それにナルト、今日カッコ良かったです。サスケはいつもカッコイイけど、アイツはモテ星の元に生まれたから別。サクラもクネクネしなくなったなぁ」
玉子を追加してビールを飲み、俺と三代目はナルトについて語り合う。アイツは本当によく頑張っている。あの子の頑張りは俺と三代目が一番よく分かっているんだ。カカシさんは二番目。だってナルトに関してはカカシさんは新参者だからな。
「イルカよ、そう慌てて肉を食わんでよろしい。肉は逃げんぞ? それからナルトのことじゃながな、わしはおぬしに託して良かったと思っておるよ」
三代目はしたらきを食べながらそう言ってくれた。
腹に九尾を抱えているがゆえに人々から疎まれ、何もかもを憎み羨んでいるような目をしていたナルトを俺に託したのは三代目だ。誰よりも哀しい子供だったナルトに、愛を教えてやってくれと。お主がナルトの繋がりとなってくれ、絆となってくれと。
最初は監視も兼ねていたことは確かだけど、俺はすぐに心からナルトを愛した。当時のナルトは酷く荒んでいたけれど、その真っ直ぐな目と心根を愛さないわけにはいかなかった。そして誰よりも強くナルトと繋がりを持った。
「三代目、やばい! 俺、泣きそうです!」
「うむ、おぬしは本当によくやってくれた。ナルトの成長を目のあたりにしたのじゃ、今日は思う存分泣くと良い。それから、肉は逃げん。イルカよ、肉は、逃げん。もっとゆっくり食べなさい」
この割下美味い! どれだけ食べても全然くどくならない! ナルト、おめでとう! がんばれ! 美味い!
「ところで三代目、話しはカキーンと打って変わりますが、そろそろミズキの奴に合いに行きたいのですが」
三代目の肉をさりげなく略奪しながら実に何気なくお伺いを立ててみたが、やっぱり三代目は渋い顔をした。肉の略奪とミズキの話題という組み合わせは流石に不味かったかもしれない。肉なら肉、ミズキならミズキと分ければ良かったか。
三代目の機嫌を直すために、俺が食べる予定だった肉をそっと三代目のお椀の中に入れてあげる。さぁ食べてください三代目。俺の肉を食べて御機嫌になってください!
「イルカよ、ミズキは罪を犯したのじゃ。そうそう面会を許すことはできんよ」
「でも三代目。アイツとはできるなら会って話がしたいです」
俺とミズキとナツは、とても仲の良い友達だったんだ。あんなことがあってミズキには裏切られたけれど、それでもやっぱりちゃんと会って話がしたい。ナツは俺の背中の傷を見た時に凄く悔しそうに目に涙を浮かべ俺の前でミズキを罵ったし、それ以来一度もミズキの話をしなくなったけれど、ナツだってきっとミズキに会いたいと思っているんじゃないかなと思う。
「駄目じゃ。アヤツに会うてはならん」
三代目は珍しく厳しい表情で俺を見た。
この顔で三代目が駄目だと言ったら、もう駄目なんだ。槍が降ってもメロンパンが降っても駄目なものは駄目なのだ。仕方ないので諦める。
「俺の肉返せ!」
「これはわしのじゃ!」
「年寄りはネギでも喰ってれば良いんですぅー。ほら、豆腐が煮えましたよ、よそってあげますからね」
「おぬしはさっきからわしの肉を強奪しとるじゃろ。わしとて肉の一枚や二枚は喰いたいわい!」
「お爺ちゃん、お肉はさっき食べたでしょう?」
「ボケ老人扱いするな!」
ぎゃーぎゃー言いながらすき焼きを食べていると木ノ葉丸とアスマさんもやって来た。くそ、俺の肉の取り分が減る! 木ノ葉丸、お前はまだ小さいのだからこんな刺激物を食べてはいけません! アスマさんは白菜食べててください。上忍には白菜がよく似合います。よ、この白菜上忍! 女殺し! 三代目はとにかくネギとしらたき食べてれば良いんです! あ、俺の肉取るな! ちょ、三代目なに本気になってんだ! 俺の肉返せぇええ!
三代目と一緒にすき焼きを食べたのはその日が最後となった。
凄く楽しかった。
俺は昔から三代目の家族にとってもよくしてもらっていて、三代目は俺の本当のお爺ちゃんみたいで、アスマ兄ィは本当の兄貴みたいで、木ノ葉丸は自分の甥っ子同然で。
父ちゃんと母ちゃんがお星様になってから、俺はずっとそうやって接してもらっていた。本当の身内みたいに。それもこれも、全部三代目が俺をたくさん可愛がってくれたから。
中忍試験の本戦が始まるまでの一ヶ月間、三代目も俺も忙しくってろくに喋れなかった。俺が相手をしなくちゃならない本戦を観戦しに来た各国の大名は我儘だし熱帯夜が続いて熟睡できなかったしで俺はここんところずっと疲れてて、最後に受付で会った時、三代目はそんな俺の頭をポンポンと二回叩いただけだった。「良くやっておるな」とか「頑張っておるな」とか「休める時にちゃんと休んでおくのじゃよ」とか、いつもいつも言ってくれてたみたいにその時も多分そんな感じでポンポンって。これほど忙しくなかったら俺はそんな三代目に「疲れた! お腹減った! すき焼き食べたい!」って我儘言ってた。でもその時はそんなこと言う余裕もなかったから、俺はコクンって頷いただけだった。
それが最後。
俺と三代目が交わした最後の交流は、たったそれだけ。
それなのに、有難うも言えないまま、さようならも言えないまま、三代目は父ちゃんと母ちゃんがいる場所に行った。花札だってトランプだって一度も勝てないままだった。しりとりだって難しい言葉ばかりを使う三代目に圧倒的な実力差を見せ付けられたままだ。もっともっと色んなことしたかったのに。また一緒にお風呂に入りたかったのに。まだエロゲタイトルの羅列勝負だってしてないのに。もっと一緒にすき焼き食べたかった。もっと一緒にいたかった。
寂しい時は慰めてくれた。誰よりも構ってくれた。本当に優しい人だった。
だけど木ノ葉崩しで里は酷いことになっていて、俺は泣いている暇なく働き続けた。不眠不休で働いて、三代目の葬儀も出て、木ノ葉丸を慰めて。
葬儀が終わってアパートに戻るとそこは瓦礫になっていて、俺はアカデミーに戻ってヤギさんやヒツジさん達のいる小屋に入って彼等と身を寄せ合った。
「みんな、三代目が死んだなんて言うんだ」
一番大人しいヤギさんの腹に顔を埋めて俺は笑った。
「みんな、ばかだ。三代目火影って言えば、そりゃあすっげー人なんだぞ? 殺しても死なないに決まってる人だ。凄いんだからさ。だって歴代火影の中でも最強って言われてるし、忍の神とかプロフェッサーとかって言われてる人なんだ。今の木ノ葉の育成カリキュラムだって三代目の発案だし、強いのに優しくって、みんなみんな、みーーーんな三代目が大好きだった。そんな凄い人なんだ。だから、死ぬわけないのにさ」
死ぬわけないんだ。三代目は俺が死ぬまで死ぬわけないんだ。ずっと生きてて俺の傍にいてくれるんだ。
「みんな、三代目の葬儀とかやっちゃってんだぜ? 三代目にそっくりな人の遺体があった。俺も見たけど本当にそっくりだった。でも俺は知ってるけど、ありゃ偽物だ。三代目は生きてる。多分隠れてるだけで、その内ひょっこり帰って来るんだ。しらっとした顔で、何かあったんかいのー?なんて言いながら帰って来るに決まってる。そんで俺とまたすき焼き食べるんだ」
俺と三代目、それからアスマさんと木ノ葉丸とで肉の争奪戦をするんだ。ぎゃーぎゃー言って肉の奪い合いをするんだ。憎まれ口を叩きながらさ。
でもすっごく楽しいんだ。本当に楽しいんだ。
「みんな、三代目が死んだなんて言う」
ヤギの腹に顔を埋めたまま、俺はくすくす笑う。
「ばかだ、みんな、ばか。俺は騙されない」
顔を上げて大声で笑った。
ヤギさんやヒツジさん達が俺の大笑いに吃驚して、じっと俺を眺めていた。
俺は気が済むまで笑って、それから、やっと泣いた。
わんわんと子供みたいに声をあげて泣いた。父ちゃんと母ちゃんがお星様になって以来の大泣きだった。
あの時俺を慰めてくれた三代目はもういない。木ノ葉のために命を懸けて戦って、誇り高く死んだ。流石三代目だ。俺の誇りだ。俺の大好きな人だ。
大好きだ。大好きだ。大好きだ。
動物達が寄り添ってくれて、俺は泣き疲れて眠りにつく。三代目のことばかり頭に浮かんで、もう涙なんか出ないのに夢を見ながらずっと泣いていた。
「イルカ先生、起きて」
優しく頭を撫でられて目を覚ますと、しゃがみこんだカカシさんが俺を見下ろしていた。昨日まで頭にくるほど暑かったのに、今は信じられないくらい寒くて俺は身震いする。動物達がいなかったら凍死してたんじゃないかってくらい寒い。
「泣かないで」
身体を起こすと、カカシさんが俺の涙を拭う。
「三代目は?」
全部夢だったら良いのにって思って訊ねたのに、カカシさんは何も言わずにぎゅっと俺を抱き締めるから。
「やっぱり死んだんですか? 三代目、死んじゃったんですか?」
そう問うて俺はまた泣いた。
「三代目は立派でした」
昨日葬儀でみんな言ってた。三代目は立派だったと。そんなこと知ってる! あの人は本当に立派な人だ!
「夢だったら良かった。全部夢だったら良かった!」
三代目も仲間も大勢死んだ。木ノ葉崩しなんてなければ良かったのに、夢だったら良かったのに、それは本当に起きたことだった。
俺はカカシさんに抱きしめられながらまた泣いた。どれだけ泣いても泣き止むことができなくて、頭が痛くなって嗚咽で気持ち悪くなるくらい泣いた。
泣いて泣いて、それでもそんな俺をずっと抱き締めてくれたカカシさんのおかげて少し落ち着いた。それからカカシさんに促されて小屋から外に出た。
そして俺は、呆然とする。
今は夏のはずだった。昨日まで蝉や蛙が鳴いていた。
しかし目の前に広がる風景は、深い雪に覆われた木ノ葉だった。