「カカシさんのアホ! 馬鹿! ほうき頭!」
 ジョッキを傾け一気にビールを飲み干すと俺はそう悪態を吐き、カカシさんが持っていたジョッキを略奪して瞬く間にそれも飲み干してやった。
「すいませーん、生中二つ」
 いつもの掴みどころのない笑みを浮かべながら、平然と追加注文するカカシさんが憎い。
「ナルト達にはまだ早いんだ、何かあったらどうしてくれるんだ!」
 お通しの「いんげんのピリ辛ゴマあえ」のいんげんを一本一本箸で摘んで口に放り込み、箸で摘んで口に放り込み、を物凄い早さで繰り返して平らげると、次はカカシさんの分の小鉢も略奪して同じように食べ尽くす。
「もしナルトに……サクラに、サスケに、万が一のことが起こったら許さないからな!」
 拳を握ってダン!とテーブルを叩き、歯をギシギシさせてカカシさんを睨んでいるとビールがやって来た。続いて俺が頼んだもずくと枝豆、カカシさんが頼んだキュウリとニンジンのサラダスティックなるものもやって来る。カカシさんは俺の怒りなどどこ吹く風でニンジンを指で摘んでタレも付けずに口に入れぱりぽりと美味しそうに食べた後、「イルカ先生、これ美味しいよ」と薦めてきた。
 この人はいつもこうなんだ。
 今日だって中忍試験でナルト達を推すカカシさんに食って掛かり見事に言い負かされた俺は大憤慨してプリプリしていたのに、カカシさんは確執などありましたっけ?みたいな顔でしらっと「良い店発見しました。飲みに行きましょう」と誘ってきた。絶対嫌だと断っても勝手に話を進めて店に予約までした。俺は怒ってるのに、カカシさんはずーっとニコニコしている。本当にこの人は俺の気持ちなんて無視してマイペースに事を運ぶんだ。
「美味しいよ?」
 キュウリにタレを付けて、カカシさんは俺の口元にそれを差し出してくる。食欲を誘うオレンジ色のタレにつられて思わず食べてみると、それは本当に美味しかった。キュウリも新鮮だしタレも美味い。ビールによく合う。
「ニンジンも美味しいですよー。あ、俺はそのもずくを少し食べたいな」
「あげません! それからナルト達には中忍試験なんてまだはや――
「おっと。揚げだし豆腐と、とろろステーキが来ましたよー」
「俺、とろろステーキ!」
 とろろステーキに目がない俺は、店員から鉄板を受け取って盛大な拍手をした。
 とろろステーキ、それは魅惑の食べ物。単に輪切りにしたものを焼いただけの長いもステーキよりも、俺は断然ステーキ用鉄板で焼いたとろろステーキ派だ。とろろステーキと言っても色々あるけれど、母ちゃんがよく作ってくれた、長いもを擂って醤油だか何だかを混ぜて焼いて、焦げ目を付けて最後に鰹節をふりかけてあるものが最高に好きなのだ。そして今俺の目の前にある長いもステーキは、正に母ちゃんが作ってくれたとろろステーキにそっくりだった。
「イルカ先生はとろろステーキが好きだって言ってたからね、ここに連れて来たんですよ」
 なんて……なんて良い人だろう。
 もずくが入った小鉢をそっと差し出すとカカシさんはニコニコしてそれを受け取り、少しだけ食べて「美味しい」と感想を述べると小鉢を返してくる。それから自分が注文した揚げだし豆腐も一口食べて「これも美味しいですよ」と俺にそれを差し出してくれた。くそ、一から十まで気が利く優しいナイスガイだ。
 しかし今はとろろステーキ。俺はわくわくしながらスプーンを手にし、端っこから掬って鰹節を零さないよう気を付けながら口に入れる。熱い、しかし美味い! もう世の中の居酒屋という居酒屋、否、世の中全ての飲食店にとろろステーキをメニューに加える法案を作るべきだと思うくらい美味い! 母ちゃんのとろろステーキに負けず劣らずとは大した奴だ! くそ、これほど美味いとカカシさんにも食べさせたくなる。でも今日の俺は怒っている。だがここで俺がとろろステーキを独占していると天国の母ちゃんに叱られる。母ちゃんはそういうことにとても煩かったんだ。
 俺は怒っているぞ!
 でも天国の母ちゃんには逆らえない。
「美味しいから、あげます。半分食べて良いです」
 鉄板を乗せた木のトレーをぐいと押しやり、カカシさんにスプーンを差し出した。カカシさんは「有難う」とニッコリ笑ってとろろステーキを一口食べた。
「うん、美味しい!」
 満面の笑みでそう言われると薦めた俺も嬉しくなるってもんだ。そうだろう美味いだろう、俺の好物だ不味いはずはないんだ、さぁ喰えどんどん喰え。とっとと召し上がりなさい上忍様。
 そう思っていたのに、カカシさんは一口しか食べずに俺にとろろステーキを返そうとする。
「なんですか! 美味しくなかったとでも言うのですか!」
 超頭に来て、俺はテーブルをダン!と叩き立ち上がった。
「こんな美味しいものを一口で返却とは何ですか! 是非半分食べてください! 美味しいものは誰かと分け合うともっと美味しくなるって母ちゃんが言ってました!」
 拳を握って力説すると、カカシさんは「じゃあ遠慮なくいただきますねー」と言ってちゃんと食べはじめた。俺はカカシさんが一口食べる度に「美味しいでしょう? 美味しいですよね? どのくらい美味しいですか?」と訊きまくっていたけれど、そのうちカカシさんが「イルカ先生、まずは座ってね」と言うので座って、次に「イルカ先生も揚げだし豆腐食べましょうね」と言うので、それを食べた。
 結局カカシさんはとろろステーキを七分の三ほど食べて、残りを俺にくれた。母ちゃんが言ったように、美味しいものを分けて食べたからそれはもっと美味しくなった。何でも母ちゃんの言う通りなのだ。流石俺の母ちゃん。でも途中で口の周りが痒くなった。ゴシゴシ擦っていたら、カカシさんがおしぼりを渡してくれた。それでも痒かった。流石とろろステーキ、ここまでうみのイルカを痒がらせるとは、大した奴だ。
 お店の料理はハズレがなくって量もそこそこあったので、俺は大満足だった。満腹になって良い感じに酔っ払って二人で店を出ると、俺と同じく満腹ぷくぷくのお月さんが空に浮かんでいる。大変気分が良かったので俺は子供の頃から計画している「火の国銀行襲撃計画」をカカシさんに教えてあげることにした。カカシさんは熱心な聞き手となってくれたので俺の機嫌は更に上昇し、ウナギ昇りの滝昇りで鯉のぼりまではためく勢いだった。
 カカシさんはいつものように優しいし、空には月と星があるし、空き地では黒猫と三毛猫とブチ猫が集会をしている。少し暑くなってきたけれど賑やかな蛙の声も聞こえ始め、夏の訪れを感じさせる良い夜だ。
 桜の木が目印の四つ角まで来ると俺はひらひらっと手を振ってカカシさんに別れとおやすみの挨拶をしたが、カカシさんは今日は俺の家に泊まると言った。泊まりたい、じゃなくて泊まる、だ。決定事項だ。でもまぁ、俺の「火の国銀行襲撃計画」が佳境を迎えていたので俺もこのまま帰って欲しくはなかった。だって直ぐに「ああ、じゃあ続きはまた今度。イルカ先生おやすみなさい」って言われたら、なんか俺だけ盛り上がってたみたいで恥ずかしいじゃないか。俺だけ興奮してたの?って寂しくて恥ずかしくて唇を噛み締めちゃうじゃないか。
 でもカカシさんは泊まると言ってくれた。きっと俺の「火の国銀行襲撃計画」に夢中になっているからに違いない。良いぞ、もっと夢中になれ、もっと熱くなれ!
 アパートに到着するとタイムを要求し、トイレに行って膀胱の中をすっきりさせる。すぐさま風呂に湯を入れて居間に戻り、話を続ける。湯が入ると風呂に行き、カカシさんを脱衣所に座らせて話を続ける。俺が出ると今度はカカシさんが風呂に入り、俺は脱衣所で座って話を続ける。とにかく語る。語りまくる。運命の人と出会うまでのこの長い待機期間中、暇で暇でしょうがなかった俺が練りあげたこの壮大な計画を!
「面白かった?」
 計画の全てを暴露し終えたのは、布団に入って二時間ほど経過してからだった。もう眠い。流石に眠い。俺が眠い。
「面白かったよ。空飛ぶポケットティッシュやら地中を進む猪やらが」
「他にはどこが面白…ふぁあああ……った?」
 いかん、眠くて欠伸が。だが感想を述べよ今すぐ述べよ。
「そうだねぇ。火の国銀行木ノ葉支店長がアジの刺身定食を食べている時に非常ベルが鳴って、ピンクの服を着たカエルを引き連れてレモン王女が颯爽と登場したのに怪盗イルカは捕まえることはできなかったところ。でも怪盗イルカの襲撃は失敗したところ」
「一度目は失敗せにゃならんのです。そうじゃないと面白くないんです。むしろ失敗は計画通りなんでふ」
 カカシさんはちゃーんと俺の話を聴いてくれていたようだ。実に細かい部分まで覚えている。
 何だか布団が暑くて俺はそれを蹴っ飛ばし、冷たい部分を求めてゴロゴロと転がった。ひんやりしている部分を見付けると気持ち良くてまた眠気がやって来る。
「どのくらい面白かったでふぁあああ…かぁ?」
 足の裏が熱い。でも眠い。そして感想が欲しい。モア、感想、モア。
「俺が今までに耳にしたあらゆる計画の中で、最も刺激的且つ魅力的なものでした。特に空飛ぶポケットティッシュの中にレモン王女の純白パンティが混じっている部分は秀逸でしたね。あれが決め手となった」
 そうなのだ。レモン王女の純白パンティがこの計画の決め手となるのだ。恥じらい戸惑うレモン王女は萌える。もしかしたら彼女こそ俺の運命の人なのかもしれない。レモン王女のビジュアル的なモデルはアイドルのモミジちゃんだから、もしや俺の運命の人はアイドルのモミジちゃんなのかもしれない。いやいやそれはないぞ俺。いやしかし、希望は捨てるな俺。人生何が起こっても不思議じゃないぞ?
 暑いからまた冷たい部分を求めてゴロゴロする。
「捕まえたー。ごろごろしなーいの」
 カカシさんの布団領域に侵入したら捕獲されてしまった。
「だって暑い」
 弁明すると、カカシさんはチャクラで体温を調整してくれた。この人は本当に優しい人なんだ。俺の話も聴いてくれるし、とろろステーキがあるお店を教えてくれるし。
 眠い。寝よ。カカシさん、腕枕して。
 意識がぼやけてくる。ゆったりと眠りの海に沈んでいく。
「イルカ先生、今日はみんなの前で煽るようなこと言ってごめんね。でも、危ない危ないって言ってちゃナルト達は何もできないよ? これからどんどん任務のランクは上がっていくんだし、波の国のようなことだって起こり得るんだから。それに、俺はあの子達なら何とかなると思うんですよ。信じてあげて、ナルトとサスケ、そしてサクラを」
 優しい声を聞きながら、そう言えば今日、俺はカカシさんに腹を立てていたんだと思い出した。
 思い出したけど、何で腹を立てていたかまでは思い出せないまま眠りについた。




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