「結局どのメロンパンナちゃんもお持ち帰りしないって、アンタぁ一体何しに合コンに来たんですか」
 刺々しい口調でそう問うと、カカシさんはいつもの掴みどころのない笑顔を浮かべた。
「んー、楽しそうだったから?」
「楽しそうだった? 俺がどれだけ彼女を欲しがってるか知ってるくせに、楽しそうだったからって邪魔したんですか!」
「イルカ先生の邪魔はしてないよー」
「しました! 思いっきり邪魔してました! カカシさんのあほ馬鹿チンドン屋の意地悪虫! カカシさんのホウキ頭!」
 ぎゃーぎゃー言いながら俺はカカシさんの前に回り込み、両手で自分の顔を挟んで引っ張って思いっきり変な顔をしてからアカンベーをしてみせた。それでも足りなかったので、ぺっぺ!ってやって、更には半ケツを出してペシペシと叩いてやった。憤慨していたのでまだまだ足りなかったけど俺がどれだけ煽ってもカカシさんには一向に効果がなくて、むしろ楽しそうにやたらとニコニコしているのでそれ以上やるのは諦めた。
「カカシさんのあほんだら」
 プイとそっぽを向いてドシドシと荒い足取りで歩行を再開させる。一緒にいて気の楽な人だしカカシさんのことは大好きだけど、それとこれとは話が別だ。俺は今日、彼女を作ろうと思ってたんだ。やれる、俺ならやれるぜって自分に言い聞かせ、意図せず手が触れ合うところから初キッス、そして初エッチまでの過程をせっせとシミュレーションし、結婚式から老後の過ごし方まで想像したのに。完璧だったのに。合コンに向かう時の俺は空だって飛べる気分だったのに!
「カカシさんのすかぽんたん」
「イルカ先生ならすぐに彼女ができるって」
「気休めの言葉なんていりません」
「まーまー。ほら、月が綺麗ですよ」
 その言葉につられて夜空を仰ぐと確かにでっかい満月があって、それは眩しいくらいに光っていた。今が合コンで撃沈した帰りじゃなかったら、きっと公園にでも寄ってブランコに乗りながらカカシさんと一緒にのんびり月を愛でたに違いない。ツツジの花を摘んで蜜を吸いながら心地好い風に当たり、楽しい時間を過ごしたに違いない。
 でも今日は駄目だ。とてもじゃないけどそんな気分になれない。
 何せあれほど気合いを入れ計画を練り妄想想像シミュレーションを練りまくったのにその目論見は脆くも崩れ去り、俺は最初から最後まで「灰皿取り換え係」に終始するはめになったのだから。ヤマブシの奴も早々に白旗を上げてビール瓶を倒してくれなかったし、せめてカカシさんに群がるメロンパンナちゃん達に俺の存在を意識して貰おうと頑張ったのにとことん無視されたし、それどころか今日俺が女の子と言葉を交わしたのは注文の追加の時だけという有様だったのだから。
 あー、思い出すだけで腹が立つ! 俺、おかんむり!
「じゃあサイナラ。アンタの家はアッチでしょ」
 桜の木が目印のいつもの四つ角に来ると、ぺろぺろっと適当に手を振った。
「今日は泊めてよ」
「ずぇったいイヤ! 俺は帰ったら不貞寝してやるんだ。風呂にも入らずグースカ寝てやるんだからな。モテモテのカカシさんの相手なんてしてやれない。トランプも花札も何もしてやんない!」
 カカシさんが泊まりに来るのは普段なら大歓迎だけど、とにかく今日の俺はおかんむりなのだ。帰宅後までカカシさんの綺麗な顔を見ては「くそ、このメロンパンナ製造機め!」ってなるだけならまだしも、「俺、そんなにブサメンかな……この傷が悪いのかな……」ってコンプレックスにまみれることだけはごめんこうむる。
 それに今日の俺は心が荒んでいるのだ。あたかも荒野をうろつく一匹狼の如く殺伐としているのだ。「ふ、俺は今まで一人で生きて来たんだ、これからも一人で生き抜いてやるさ」とかお風呂の中で呟きたい気分でいっぱいなのだ。
「そんな怒らないでさ、これからイルカ先生の家で飲みなおそうよー」
「ついてくんな!」
「やーだよー」
 人がぷんすかぷんすかしているのに、カカシさんときたらどこ吹く風だ。いつも通り掴みどころのない笑顔を浮かべて飄々と俺の後を付いて来る。こういう時のこの人は何を言っても無駄だと分かっているからこそ余計腹立たしい。何しても結局許されて結局この人の思うようになるその、なんだ、その、カリスマ性みたいな? そういうのがむかつく! 大体何故俺の家なんだ。さっきまでアンタにメロメロメロロンになっていた女の子が贈答品みたいに陳列していただろうに!
 ぺっぺ!
「お店ではあんまり食べれなかったねー。イルカ先生ん家、カップラーメンある?」
「あるけど、俺のしかないからな。アンタのはないから。ホントに」
「じゃあわけっこしようねー」
 カカシさんの分なんて絶対あげないんだからな。俺だけでぜーーんぶ食っちまうんだ。カカシさんなんて指を咥えて俺が新商品の「限定・一楽しょうゆ味」を食べているところを見てれば良いんだ。そんで俺の前にちんまり座って、物欲しそうな顔をしてれば良いんだ。
 そもそもカカシさんみたいな綺麗な人がカップラーメンを食べること自体何か変なんだ。俺に彼女がいないのと同じくらい変なんだ。カカシさんなんて美人くノ一さん達が作った、俺が食べたこともない洒落た料理を食べてりゃ良いんだ。フォークとナイフを使うようなヤツで、オニオンだかブニオンだかユニオンだかが入ってるようなヤツ!
 満月のせいでやたらと明るい夜道を歩いてアパートに帰ると、カカシさんはすぐさま勝手に台所を物色しはじめた。そんで俺が隠しておいたカップラーメンを目敏く発見して、勝手にお湯を沸かして勝手に蓋を開けて粉末スープの素を取り出し準備を始めた。
 カップラーメンを二人でわけわけする時は、俺とカカシさんは同じ箸で食べる。カカシさんは毎回必ず最初に俺に食べさせてくれて、半分ずっこと言いつつも実は俺が半分より多く食べることを知っているのに、気付かないフリをしてくれる。それどころか毎回必ず最後の一口を残してくれて「食べる?」って訊いてくれる。俺はラーメンの残りカス麺が大好きなので毎回必ず喜んでそれを貰う。
 そして今日もまた、カカシさんは永遠にも等しい魅惑のラーメン三分間が終わると俺にラーメンを差し出してくれた。先に食べて良いからね、と言う優しい言葉と共に。
 良い人だ。間違いなく良い人だ。
 だがしかし!
「優しくしてくれてもあげませんからね。俺はラーメン一杯如きじゃ懐柔されないんですからね。それほどまでに俺の恨みは強いんですからね」
 カップラーメンを抱え込んでカカシさんに背中を向け、俺はハフハフと食べはじめる。
 全部食べてやるんだからな。灰皿取り換え係として合コンを終えてしまった今日の俺は、身も心も色々飢えたロンリーウルフ。他人の温もりなんざいらねぇさ、俺はこの荒涼とした世界で孤独に生きるのさ。「え、全部食べちゃったの?」って言われたって毛ほども気にしない、むしろラーメン作ってもらった礼も言わない、ラーメンスープだって一滴たりとも残さないしツンケンした態度だって取ってやる。超ツンケンしてやる。
「イルカ先生、美味しい?」
 そんな優しい声出したって無駄だからな。俺は今日ずっと女の子達に無視されてたんだ。カカシさんだって人に無視される辛さを思い知れば良いんだ。俺は返事なんて絶対してやんないんだ。何故ならロンリーウルフだから。
「焦って食べなくてもいーよ」
 うっさい、俺はケダモノなんだ。
「全部食べて良いからねー」
「カカシさんがお腹減ったって言ったんだろ!」
「うん、でもイルカ先生の方が食べられなかったでしょう? だからいーよ」
 優しい。
 美形な上に優しい、気も利く、そして上忍。二つ名も持ってて他里の忍から恐れられてるのに、本当は穏やかでいつも笑みを絶やさなくって、モテない俺に良くしてくれる。
 くそ、全部食べることなんてできやしない! 俺は母ちゃんに「イルカ、ひもじい時こそ思いやりを忘れちゃいけないよ」って何度も言い聞かされて育ったんだ。母ちゃんの教えは絶対なんだ。
 渋々ラーメンの残りを差し出すとカカシさんは少しだけそれを食べて、やっぱり最後の一口……以上ある残りを俺にくれた。それどころか不貞腐れてる俺の代わりに風呂に湯を入れてくれたし、布団だって敷いてくれた。いつもに増して至れり尽くせりなのは、カカシさんなりに今日の合コンは悪かったなと反省しているからなのか、それともあまりにも可哀想な子だった俺に同情しているからなのか。
 風呂に入り歯を磨いて布団の中に潜り込むと、カカシさんが部屋の明かりを消してくれる。
「イルカ先生、おやすみ」
 カカシさんは優しい声でそう言って隣に敷いた来客用布団……既にカカシさん専用布団になっているが、とにかくその布団に潜り込む。
 さぁ寝るぞ、不貞寝するぞ。思う存分出勤時間ギリギリまで惰眠を貪り一人で拗ねまくって世の中の女の子たちに勝手に絶望して世捨て人みたいになってやるんだからな。もう完全に世捨て人になる。奥深い山の中で一匹のヤギさんと共に暮らしている白い髭を生やしたお爺さんみたいな感じになってやる。それで毎日ヤギさんの乳を飲んで山菜や猪の肉なんかを食べて生活するんだ。いやむしろ霞を食べて生活するんだ。
「イルカ先生、あんまりカリカリしないでね。イルカ先生だったらきっと素敵な彼女ができるから」
「うっさい! 放っておけ!」
 カカシさんに背中を向けて俺は怒鳴る。
 傷口に触れるなっての!
「イルカ先生の良さに気付く聡い女性がまだ現れてないだけなんだからさ」
「だから、うっさい! 追い出しますよ! 大体アンタね、今日は何で俺の家に来たんですか。合コンだったんだから女の子の一人や二人や三人や四人、好きなように自分の家に呼んで好き勝手にあんなことやこんなことを楽しめば良かったのにさ」
 あんなモテモテだったくせに。帰りだってメロンパンナちゃん達から物凄い勢いでアピールされまくってたくせに。
「今日はイルカ先生と一緒に寝たかったんですよ」
「アンタ、ホモか! あいにく俺にはそういった趣味はないぞ!」
「俺もそういう趣味はないですよー」
 怪しい。
 カカシさんはナルト達を介して知り合ってからすぐ、妙に俺に接近してきた。「イルカ先生、ナルト達のことでお話が」から始まり、「イルカ先生、今日のナルト達の任務の様子を酒のつまみに一杯どうですか?」になり、その内「イルカ先生、飲みに行こうよ」になって、あれよあれよという間に俺の家に頻繁に出入りするようになった。今では三日に一度はカカシさんのお泊まりがあるくらいだ。
 カカシさんがあまりにも自然に近付いて来たので俺も深くは考えたことなかったけれど、これは明らかに怪しい。かもしれない。俺のような凡人であんまり格好良くなくて中忍のもっさい男に、何故カカシさんのような美形上忍が近付いて来たんだ?
 やっぱホモか? ホモなのか?
 本当の家族みたいにずっと俺を可愛がってくれた三代目とアスマ兄ィを除き、俺にこんなに親しくしてくれた人なんていなかった。中忍仲間の友達は沢山いるけど、それでもここまで親密になったことなんてない。今は牢獄に入っているミズキや新作エロゲレビューを一方的に語りに来るヤマブシでさえ、こんなにしょっちゅうお泊まりはしなかった。
 正直に言うと俺は相当な寂しがり屋だ。だからカカシさんが来てくれるのは本当に嬉しい。でも、もしカカシさんが同性愛者だったとするならば。
「俺の身体が目当てだったのかぁああ!」
「寝る前に興奮しなーいの。イルカ先生の身体を目当てにここに来てるわけじゃないから、良い子で眠ろうねー」
 だよな。
 やっぱ違うよな。女の子から見向きもされないこんな俺を、カカシさんともあろう人が狙うわけないもんな。それにもしカカシさんが同性愛者だったとしても、やっぱり選り取り見取りで相手を選べるはずだし。カカシさんにけったいな嗜好……例えば「顔を横切る一文字の傷がないと勃起できない症候群」とか「背中に大きな傷がないと射精できない病」とか「ちょっともっさい男でしかも良い年こいて童貞がドストライク」とかじゃない限り大丈夫のはず。
 ……。
 ね、念のために確認しておくか。
「カカシさんの好きなタイプって、どんな人ですか?」
「んー? 元気が良くって心根の良い人、かなぁ」
「拘りポイントは?」
「んー? 特にないなぁ」
 よし、大丈夫だ。俺の尻の不安は払拭された。さー寝るぞぐーぐー寝るぞー。羊が一匹、羊が二匹、女の子を乗せた羊が三匹、おっとそこに王子様みたいなうみのイルカが登場で四匹、見詰め合う二人で五匹、恋におちる二人で六匹、いつの間にやら子供ができて七匹。ちょ、展開早すぎるだろ! 最初から数え直し。
 それにしても今日は屈辱的な日だった。ぺっ。ぺっぺ。
 良いよ良いよ、人のこと無視するような女の子はこっちから願い下げだ。俺は優しくて気が利く、素敵な女の子を彼女にするんだからな。あんな女の子たちはこっちから願い下げだ。何度も言うけどこっちだって遠慮しとくんだからな。別に俺、本気出せばいつでも彼女くらいできるし? いやマジで。ほんとに。
「カカシさん!」
「はいはい、こっちおいで」
 ちょっと寂しくなったので、いそいそとカカシさんの布団の中に入れて貰った。
 人肌、大好きだ。
 温かい。
 カカシさん、優しい。
 うん、眠くなってきた。




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