うみのイルカは何者なのか!



 今日のカカシさんは敵だ。
 来るな!って言ってるのに付いて来て、口布取るな!って言ってるのに素顔晒して、喋るな!って言ってるのにあの声で何気ないナイストークを繰り広げて、そんでもってゲンマさんと二人でこの合コンに参加した女の子全員をメロンメロンにした。
 熟してる、完全に熟したメロンだこれは。完熟ってヤツだよ全員。良かったね良かったですね、みんな目がハートですよ良かった良かった、あー良かった。好き放題お持ち帰りできますね、わー大量だ大量だー。
 ぺっ!
 じゃあ訊くけどさ、今日の俺とヤマブシの努力はどこのお星様になったんだ? あれか? いや、あのお星様か?
 じゃあ訊くけどさ、今日の俺とヤマブシの気合いはどこの海に儚く消えて行ったんだ? シロクマさんがいる北の海か? いや、のんびりプカプカヤシの実でも浮かんでる南の海か? アハハウフフ。
 ぺっ!
 俺とヤマブシが今日のためにどれだけ作戦を練ったか。自己紹介で目立つ方法、自然なアピールの仕方は勿論のこと、ヤマブシがうっかりビールを零した後に俺がササっとおしぼりを差し出してその場を仕切り「なんだか仕事のできる男」をさりげなく演出するそのタイミングすら計画したと言うのに、何故こんなことになっているんだ。何故ヤマブシと俺はまるで空気扱いなのだ。ヤマブシは妙にイワシと仲良くなってるし、俺なんかさっきから「あ、灰皿取り換えまーす」ってやる役になっちまってるぞ! なんで俺がこんなことを。むしろそれしか発言してないってあり得ないだろ! くそ!
「で、ですねイワシ氏。ぷりんタンのおっぱいフラグが立ったら手っ取り早く淫魔を使っておっぱい開発をし、その後すかさずアナルバイブを手に入れて調教をするでござる。ここで注意すべき点はヴァギナではなくアナル拡張に力を入れることなんですな。Bエンドを狙うならここでアナルをやっとかないと絶対に後で後悔しますぞ。ヴァギナではなくアナルです。正しく言うならばアヌスです。アヌス。フヒ」
 何故合コンの場でアヌスを連呼するのだヤマブシよ。今度こそ、今度こそ女の子と良いコトできちゃうんだ!って俺と語り合った時より、何故エロゲの話をしている時の方が生き生きしているのだヤマブシよ。そしてイワシ、お前なに感心してメモってんだよ!
「イルカぁ。俺、焼酎ー」
 コテツはどうして既に酔っ払って俺に凭れかかってるのかな。最初に俺の隣にいた女の子はどこに行ったのかな。あ、カカシさんの隣に移動したんだー。あはは。
 ぺっぺっ!
 今日の俺は足の裏から耳の裏、歯ぐきに至るまで漂白剤で洗ったかの如くピッカピカだと言うのに、勿論下着は新品でしかも「やっぱトランクスはださい。ブリーフは美男子と少年しか許されない。俺もついにボクサーパンツ」という雑誌の文句に煽られて履き心地の微妙なそれを購入し身に着けているのに、どうしてこうなった! どうして俺の隣にはコテツがいる! 一応念の為に断っておくが俺はコテツにこのボクサーパンツを見せるつもりなんて毛頭ないからな。
「きゃー! はたけ上忍それ本当ですかぁ!」
 うっさいこのメロンパンナちゃんめ! くっそー、俺がさっき「ビールのお代わり要りますか?」って訊いた時はガン無視したくせに、ちょっと可愛いからからって……確かに可愛いよ可愛いとも。だからとりあえず俺におっぱい揉ませろ! もみもみさせろ!
「ゲンマさんかっこウィイ!」
 うっさいこのメロンジュースちゃんめ! あ、なにさりげなくゲンマさんに乳でタッチしてるんだ! 俺は気付いてるんだからな、俺はお前のその「おっぱいでゲンマさんに近付こう作戦」に気付いてるんだからなぁああ!
「イルカぁ、俺、焼酎ー」
 うっさいコテツ、お前はそこで酔いつぶれてろ。
 そもそもだ。
 そもそも俺は生まれてこの方、彼女という存在ができたことがないのだ。頬を赤らめた女の子に桜の木の下に呼び出され「う、うみのくん、私ずっと前からうみのくんのことが……」みたいな人生の一大イベントが発生したことがないのだ。そういう素敵イベントが一切発生せず、俺の人生は物凄く地味なままここまで来てしまっているのだ。人生振り返れば全て破廉恥色に染まるゲンマさんと違い、俺には桃色っぽい部分がひと欠片もないのだ。人生を振り返るとそこは全てドドメ色なんだ。
 否、女の子から告白だなんてそんな高望みはすまい。でもせめて「うー、歩けなぁい。うみのくん送ってーっ」ってお店の外で凭れかかって来る女の子の頭をぽむと撫で、「まったく。モミジちゃんはそんなにお酒が強いわけでもないんだから、飲み過ぎちゃ駄目だろぉ?」なんて甘い声で叱ってやりながら送ってあげて、「うみのくんお茶でも飲んできなよぉ」「うん有難う、じゃあちょっとだけ」みたいな流れになった後で、そのままあれよあれよと言う間にうっかりアレコレああなって、朝になったら「俺たちもう付き合っちゃおうぜ」っていう、そんな感じのほら、ね? そういうイベントがひとつやふたつあったって良いじゃないか、良いじゃないか、良いじゃないかぁあ!
「イワシ氏、リムリム姫をアヌス調教できる隠れルートを御存じかな?」
 ヤマブシは既にエロゲのことしか頭にないようだ。この日の為にやりたがりFXまで調達したのに、完全に諦めてるな。
「ヤマブシさんマジっすか!」
 イワシ、お前も諦めてるな。
 まあ良い。話を戻そう。
 俺の名誉のために断っておくけど、ドドメ一色の俺の人生とて若干桃色っぽい空気が混じりかけたことはある。これまでの二十七回の合コンの中で、もしかしてイケルかも?と思ったことはあるにはあるんだ。本当だ嘘じゃない嘘じゃないぞ。そっと手を握られたことだってあるんだ。やたらとタッチされたこともあるんだ。でも俺と俺のチンコがその気になって頑張って家に誘った途端に「ごめん、あたしイルカ先生のことそんなふうに見れないから」なんて言われたんだ。
 じゃあなんで俺の手を握るのかな! なんでかな! これはあれか? 何かの罰ゲームなのか、それとも女の子が行う小さなボランティアなのか? 俺はそんなに寂しい男に見えるのか?
 その気がないならタッチしないで欲しい。もうわけ分かんないからその気がないなら手なんか握って欲しくないし、その気があるなら構わずチンコを握って欲しい。「今日のあたしは冒険しちゃいたい気分」って時は、隣に座った途端にチンコを握ってくれて構わないから、ホントに。いやホントに。
「イルカぁ、俺の焼酎まだぁ?」
 うるさいぞコテツ、お前が甘えた声を出しても気色悪いだけだ。
 それにしても何故俺はこんなにモテないのか。
 受付での評判はすこぶる良いし、お前の笑顔は大好きだと幾人もの仲間に言われる。その多くは男だという事実はさて置き、アカデミーでも俺は大変好かれている。主に生徒達からだけど。いやでも、同僚の女性にだってよく「イルカ先生は何で彼女ができないのかなぁ」って不思議がられるんだ。「だったら俺と付き合ってくださいよ」って言ってみると曖昧な笑顔で上手くかわされるけどね。ああ、女の人の曖昧な笑顔ってのは凄いよね。時に凄い威力を持つよね。その笑顔とともにある沈黙が痛いぜ。
 しかしそういったことを何度も経験し、熟考を重ねに重ね、俺はひとつの結論に至った。
 うみのイルカは、良い人止まりなのだ。
 切っても切っても良い人の顔が出てくる金太郎飴の如く、とにかく俺にはそう言った、こう何て言うか、ゲンマさんやカカシさんみたいな「やだ、この人物腰は柔らかいのにどことなくワイルド! あたし、今日は肉食獣に食べられる仔ウサギちゃんなんだから!」みたいに思わせるものが欠落しているのだ。「イルカ先生は安全牌だよね。思いっきり現物牌だよね」とか思われちゃっているのだ。「夜のイルカ先生はきっと凄いわ」みたいな雰囲気がどうしても醸せていないのだ。醸成できていないのだ。カカシさんが時折見せるあの雰囲気を美術品とも呼べる研ぎ澄まされた名刀だと例えるならば、俺の纏う雰囲気は、こどもようはさみ(対象年齢六歳以上)なのだ。怪我をしないよう注意を払われた安全なはさみ。
 いかんいかん、これではいかん。しかし己の弱点が見えたところで後は克服するのみ。つまり野獣のようなイルカをそこはかとなく醸せば良いのだ。
 俺はヤマブシ……今既に敗戦を認めエロゲ話に夢中になっている隣のヤマブシと連日連夜の作戦会議を開き、自己紹介の仕方やらおしぼり作戦やらを企てただけでなく、当日は物腰柔らかく清潔感がありつつもどことなくワイルド、というものに徹底して拘ることとなったのだ。風呂に入って良い匂いがする清潔な髪なのに、一房額にかかっているこれ。これ、拘り。あと、とっても優しくて穏やかなイルカ先生なのに時折見せるキリっとした目付き。あ、これまだ今日二回しかやってない。
「灰皿取り換えまーす。あと、飲み物欲しい人はー?」
 ニコ。
 キリ!
「ビール。瓶で」
「カルピスサワー」
「梅酒」
「生。あとスルメ。ああ、キュウリの漬け物」
「焼酎とお湯。別で持って来てもらって。あと適当にツマミ頼んで」
「はい、瓶ビール、生ビール、カルピスサワー、梅酒、焼酎お湯割りだけど別で、スルメとキュウリと適当なツマミですね」
 ニコ。
 キリ!
 俺はヤマブシのように諦めてはいない。どれだけ苦しい戦いであろうとも最後まで諦めてはいけないんだ。諦めたらそこで試合終了なんだ。安西先生、俺、彼女が欲しいです!
「ちょっとー、あたしのウーロン茶はー?」
 君さっきそれ言わなかっただろ! 君、俺が気を利かせて注文取った時にカカシさんに夢中になってただろ! この生ハムメロン!
 大体カカシさんがここに来たのが悪い。
 カカシさんが来たら女の子たちはみんなこぞってカカシさんにゾッコンメロンになるのは目に見えてるって言うのに、こうしてのこのこ来たのが悪い。俺が如何に切実に彼女を欲しているのか知っているくせに、あたかも俺の邪魔をせんと言わんばかりに呼ばれてもないくせに乗り込んで来たカカシさんが悪い。ゲンマさんは良いんだ。任務成功数より合コンお持ち帰り数の方が多いと言われている人だし、そんなコンパキングだからこそ俺とヤマブシもゲンマさんにセッティングをお願いした。当然ゲンマさんに半数の女の子がゾッコンメロンになるのは想定内だった。でもカカシさんは違う。想定外。だって呼んでないし。呼んでないどころか来るな!って言ったし、俺。
「次はあたしがはたけ上忍にビールを注ぐー」
「あ、俺もカカシさんにお酌してみたいです」
 空気を読んで何気なく会話に入ってみる俺。
 ニコ。
 キリ!
「はたけ上忍、それでねそれでねー」
 丸無視かよ! って、カカシさんは何で俺にグラスを差し出してるんだ? その、「俺は万人に平等に接しますよイルカ先生」みたいな余裕っぷりが憎い。ぺっぺ!
 口布を下げた途端に露になるその美形っぷりも、酒を飲む姿も、普通にしてるのにどことなく素敵な佇まいも、箸の持ち方も薄らと浮かべている微笑みも優しい眼差しも、全部全部ぜーーんぶ憎い。髪をかきあげるその仕草もキマってて憎い。細くて綺麗な指も 目元の涼やかさも、「ふーん」って何気ない相槌さえ格好良すぎて憎い。ともすれば俺でさえメロメロメロロンになりそうな、はたけカカシの存在自体が頭にくる。
 今日のカカシさんは敵だ。
 女の子を全員メロンパンナちゃんにしたカカシさんは、俺の敵だ。
 完敗は目に見えているけれど、俺は戦わなくてはならない。「今日こそ彼女を作るぞ」から「エロゲ仲間を増やす旅」に目的を変更したヤマブシのようにはならないんだ。何とか一人でも俺のこの野性味溢れるちょっと危険なうみのイルカを知って貰い、お互いの住所を書いたメモを交換して「今度は二人っきりで会いましょうよ」とかって誘っちゃって、後日デートに行く。二人っきりになればこっちのものだ。気が利いて優しくて「夜は別人になりそうなうみのイルカ」の魅力に、女の子はきっとメロンパンナちゃんになるのだ。ああなるともなるとも、きっとなっちゃうとも!
「そのピアス、綺麗ですねー」
 ニコ。
 キリ!
 駄目だまた無視された俺はもう駄目だこころがおれそう。って、なんでカカシさんが俺を見てにっこり笑うんだ? あんたはピアスなんてしてないだろ!




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