「イルカ、おはよう」
 腹減ったなー。一楽のラーメン食べてー。
 そうだ、今日はずっと一楽のラーメンのことを考えていよう。ここにある水を一楽のラーメンスープと想像するんだ。心頭滅却すれば火もまた涼し、ラーメン集中すれば水もまたスープの如きってなもんだ。語呂悪い! 俺、語呂悪いよ!
 ……調子悪いなぁ。風邪ひいたっぽい。
「今日もお前を傷付けに来たよ。ああ、でも身体には手を出さないぜ? お前には天変地異を起こしてもらわないといけないからな、身体は大事にする。けど、心は傷付けるよ。俺は毎日お前を傷付ける」
「うっせーよ、ばーか」
 ナツなんて知らね。俺、もうコイツのことなんて知らねーんだ。無視無視。何言われたって、ぜーーったい無視。
「昨日からの猛吹雪、落雷、雹の他に、今日は火影邸を中心にガラスの欠片が降って来てる。噂によると異常気象は火の国だけに止まらず、砂や岩の国にまで及んでいるそうだ。すげーよお前。ほんと、物凄い力だ」
 俺だって忍だからな、精神訓練ってものは一通り受けてるんだ。イビキさんから拷問訓練受けたこともあるもんね。いやぁあん時は凄かったなー。俺、ゲーゲー吐いた。あと、痛くて泣いた。あは。
 でも俺、あん時も堪えたもんね。すっげー我慢したもんね。我慢しきって三代目に誉めてもら……。
 ああそうだ! 今日は一楽のラーメンのこと考えるんだった! 名付けて一楽デー。バレンタインデーみたいなもんよ。ちょっとした記念日よ。
「今朝早く、緊急招集がかかったよ。勿論お前のことだ。こんな事態を引き起こすのはお前以外にいねぇからな。で、協議の結果木ノ葉はお前を殺すことにした。見付け次第速やかに捕獲、しかるべき手続きを踏んだ後に処分、だってよ。里の忍は今、全力でお前を探してる。嫌疑は結界班で保管されていた結界札の窃盗」
 一楽のラーメンはマジで美味い! 醤油も良いが味噌も良いんだぜ? 俺、ラーメンマニアだから木ノ葉のラーメン全部食べてるけど、ついでにラーメンマップとかも作っちゃったりしてるけど、やっぱ一楽っすよ! 一楽!
「はたけ上忍は寝込んでるから協議には不参加だった。だから俺が里の結論を伝えに行ったよ。でもあの人、何も言わなかった。黙ってたよ」
「うるせーんだよッ!」
 ああああああああああうっぜえええええええええええええ! コイツうっぜえええええええええ!
 そうだ、ナルトのこと考えよう。ああそうだ、それが良い。
 ナルト、元気かなぁ。アイツのことだからまた変なことしでかしてないと良いけど。悪戯好きだからな、アイツは。でも本当は寂しがり屋で、優しい奴なんだ。俺は知ってるけどな、アイツのそういうトコ。でもみんなナルトのこと勘違いしてる。九尾だとかなんとかって言ってさ、ナルトに酷い態度取る奴もいる。
 でも俺はナルトの味方。
「今日は昨日より気温が低い。もうすぐ死人が出る寒さだ。死体、持って来ようか?」
 ナルトの味方は俺。俺の味方はナルト。父ちゃんと母ちゃんも俺の味方。
 生徒達も好き、テウチさんも好き。だから味方。
「お前、喰うんだろ? 喰って供養するんだろ? 最初に死ぬのは老人か赤子だ。喰えよ、イルカ」
 後は知らない。




 ナツは毎日のように俺のところに来て、俺を見てるフリをして虚空を見詰め、くだらない話をした。
 けれど俺はナツの話なんかに耳を貸さず、自分の好きなものを考えて時間を過ごした。ラーメンとか温泉とかナルトとか生徒達とか、父ちゃん母ちゃん、猫の髭、お花、牛乳、カルピス、女の子のおっぱい、あとはラーメンとかラーメンとかラーメンとか!
 ナツ曰く、三日目からは空から随分変なものが降ってきたそうだ。クリームパンとうぐいすパン、おたま、鍋、トンカツソース、右の靴だけ、何も書かれてない巻物、テレビのリモコン、それにラーメンの麺。若干緩んだものの寒さと雪はまだ続いているみたいだけど、ナツは「もっと人を傷付けるものを降らせろよ」って怒ってた。多分岩とか槍とか火の粉とかを望んでるんだろう。それなのにトンカツソースとかラーメンの麺とかだもんな、笑える。ナツ、ザマーミロ!
 空から変なものが降って来るのを俺の仕業だと思い込んでるナツは、毎日来て毎日くだらないことを言う。とにかくくだらないことばかり言う。
 でも平気だ。ナツの誤算は俺の精神力の強さだな。流石俺だぜ、そんなの屁でもねーぜ。俺はこれからもこうやって逞しく生きていくんだ。一生ここで暮らすはめになったって、絶対に絶対に傷付いたりするもんか。はは、ザマーミロ!
 俺の牢屋の前にはいつも誰か見張りがいて、俺は暇つぶしにソイツラに話しかけたりする。俺の知らない四人は俺を傷付けようとやっきになるから、超笑えるんだ。それに本人達は必死になって隠してるけど、多分俺のこと怖がってるんだよね。中忍の、授業をアズキやコムロウに代わってもらうような俺を怖がってんの。ほんと、笑える。
 ミズキは俺が話しかけてもあんま乗ってこない。コイツは俺と同じくらい馬鹿だから、きっと喋ったら駄目って自分でも分かってるしナツにもそう言われてるんだろう。相変わらず小賢しいと言うか度胸がないと言うか流されやすいと言うか。でもミズキはナツのことを本気で崇拝してるみたいだった。ナツのことだけはちょっとだけ喋るし、「ナツは本気で人類のことを考えてる。スケールが違う」って言うし。
 馬鹿だな、ミズキ。週刊少年誌とか読むと、このくらいのスケールのデカさなんて並だぜ。俺なんてもっとでっかいこと考えちゃうね。世界規模じゃなくて宇宙規模で物語を作っちゃうね!
 唯一俺とまともに喋るのは、まぁナツを置いとけば、ヤマブシだ。流石ヤマブシ、とことんアホだ。
 聞けばヤマブシは里の結界を修復するために本当に働いていたそうだ。「いやぁ実は実は、里の結界が破損した場合はヤマブシにやらせること。その報酬としてその後三年間に発売されるエロゲは無償でヤマブシに譲渡。任務にもその後一年は出さなくて良い。と、そんな素晴らしい三代目の遺言が発見されましてな。フヒ。エロゲが三年間タダで手に入るなら、某、やらねばなりませぬ。某がやらずに誰がやるってなもんですからな。フヒヒ」と、聞いてもないのに一方的に事情を語ってくれた。
 そんで本当に里の結界を即座に修復、その帰り道にナツに捕まったらしい。勿論ヤマブシはこの計画に参加するつもりなんてなかった。ヤマブシは人類とか戦争とか平和とか本気で興味ないし、「拙者、エロゲができない生活は嫌でござる。御免!」と言ってその場を格好良く去ろうとした。が、去れるわけがなかった。で、ちょっと腕を捻られて脅されただけで「オウフ! 某は貴殿の味方でござる! 貴殿の手足となり働く所存でござる!」と、まぁそんあ具合。
 しかしヤマブシはここでの生活を忌み嫌っていて、事あるごとに愚痴を零す。そりゃそうだろう。エロゲはできないし、リムリム姫のことが心配で堪らないのに家に帰ることもできないんだから。
 ああ、腹減ったなー。もうすぐメシの時間だなー。
 俺のメシは結構良いものが出る。健康にも気を使われていて、寒いと言えば毛布が一枚足されるし、腹が痛いと言えば薬を貰える。おかげで風邪も治ってしまった。
 三食メシ付き、しかも一人暮らしの時よりも豪華。
 変な監禁暮らしだ。
「おはよう、イルカ」
 あー、まったウッゼーのが来た。
「今晩はなかなか頑張ってくれたようだね。今朝は空から酒樽が十七個落ちてきて、負傷者が出たよ」
 あー、そうでっかー。
「その調子でどんどん負傷者を出してくれ。でもできればもっと一遍に、もっと沢山の死者が出るようなのが良いから、今日も俺はお前を傷付けるよ」
 あー、そうでっかー。
「平気なフリをしてても無駄だぜ? 雪が止まないのはお前が傷付いてる証拠だからな」
「ナツー。人を間引きしたってどうせまた同じことの繰り返しになるんだったら、今のままで良いじゃないか」
「今、百万人殺すとする。大虐殺だよね? でも今百万人殺さないと、俺達人間はあと百年かけて一千万人殺す。自分達で殺し合う」
 うん、もう良いや。ナツの話はきっとそれはそれで筋が通ってる。俺、よく分かんないけどそう思う。ナツは賢いからな。もう良いどうでも良い。
「野営訓練中に一人の生徒が病気になった。空気感染する上に高い死亡率を誇る性質の悪い疫病で、すぐにその生徒を殺さないと残りの生徒も死ぬ。お前ならどうする?」
 そんなの。
 ……分かんない。
「お前も忍だろ? できるだろ? そこで躊躇すると大切な生徒を全員失うぞ?」
「多分、それとこれとは話が違う」
「違わない」
「違う。いくら理想を語っても、どれだけそれが理屈では正しくても、お前が言ってることは多分色々間違ってる。自分が正しいと思って人を殺す人間に平和な世界なんて作れない。お前みたいな奴とお前みたいな奴の犠牲になった人間で歴史の教科書はいっぱいなのに、お前はその教科書から何も学ばなかったのか?」
「違わない。誰かが犠牲になれば多くの者が助かるなら、殺すしかないんだ。だから里もお前を殺すことにした。それと同じなんだ。はたけ上忍もお前を殺すことに異存はないみたいだしな」
 もう良いやどうでも。
 何か面白いこと考えよーっと。
「はたけ上忍はお前を愛してないよ」
 腹減った。くだらないこと喋るくらいならメシ持って来いよ。
 今日のメシは何かなっと。
「お前の力が他里に知られて、こうやって拉致される可能性もあった。だから恋人役になる者は腕の良い忍でなければならなかった。万が一の時にお前を守れるし、守れないと判断した時はお前を殺せるようにね。恋人役として名前が上がったのは、はたけ上忍、アスマ上忍の他に上忍三名、特別上忍一名、その他暗部から四名。その中から恋人がいる者を除外、男相手では勃起しない者も除外、残ったのははたけ上忍と暗部のくノ一。くノ一をあてがって家庭を持たせるとお前も安定するだろうと思われたが、お前のその変な能力がお前の子供にまで受け継がれると困るという話になり最終的に除外された」
 誰か、ナツを黙らせろ。
「お前の運命の王子様は、そうやって選ばれた」
 あああああああああああああッ!
 限界。ほんと、もう嫌になってきた。なんだよ、なんなんだよ。俺、なんか悪いことしたか? どうしてこんなことになってんだ? 俺は毎日普通に生きてただけだぞ? それなのにそれなのにそれなのに。変な力なんて持ってねぇよ! 知らねぇよ!
 俺はただ、本当にみんなのこと好きで!
 アノヒトのことが好きで! 心から、大好きで!
「お前の恋人役はS級任務扱いだったそうだよ。報酬、たんまり貰ってたんだろうな」
 ……大好きで。
 ほんと、そんだけだった。
 カカシさんが好きだった。カカシさんを愛してた。
 こんなに人を好きになることは二度とないって誓えるくらい好きだった。寝ても覚めてもカカシさんのことばっかり考えるくらい好きだった。カカシさんの何もかもが好きだった。俺の人生は全部カカシさんと愛し合うためにあったんだって思えるくらい好きだった。
 だから、すっごく、すっごく、しあわせだった。
 でも。
 でももう良い。
 俺、ひとりで生きていく。
「分かった。ナツ、認める。カカシさんは俺を愛してなかった」
 俺は静かな声でそう言った。
 ナツはどこかぼんやりとした顔で小さく頷き、俺からそっと目を逸らした。
「早く人間を殺そう。この世からほとんどの人間を消してしまおう。そうしてくれれば、俺はもうイルカを傷付けない」
 こころなんて、なくなってしまえば良いと思う。
 だから、これが最後だと決めて馬鹿みたいに泣いてやった。当て擦りみたいにナツを見詰めながらぼろぼろと涙を零してやった。声も出さずに、ひたすら泣いてやった。
 それなのに、ナツは俺よりも沢山の涙を零した。




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