酔い醒めしたイルカが身体を起こし時計を見ると、酷く中途半端な時間だった。日が昇るまでまだ時間はあるが、酔い醒め特有のスッキリ感がありもう一度眠る気にもなれない。
 隣にはカカシが静かに眠っている。イルカはそっとベッドを抜け出して台所に行き、そこで水を飲んだ。
 最初は暴れたがカカシに抱えられているうちに眠気が増した。屋根を伝い飛ぶ振動とカカシの体温が心地良かった。「屋根の上を移動したら駄目ですよー」と、ふにゃふにゃした口調でとりあえず咎めたような記憶がある。カカシが「はーい」と返事をしつつ、それを止めなかった記憶も。何時の間に眠ってしまったのだろう。
 イルカは水を飲み終えると翌日の授業の用意をして風呂に入る。熱い湯船に浸かっているいると残りのアルコールも飛んだようで、更に頭がスッキリした。あれだけ疲れていたのに気分も良く、イルカは長風呂を楽しみながら鼻歌を歌う。昔の流行曲でイルカの大のお気に入りだ。永遠に貴方を想い続けるよという内容の、少し切なめの恋の歌。イルカはその歌の中でも「この心には時間も距離もないんだよ。深海の底みたいに、月の向こう側みたいに」という部分の歌詞とそのメロディを気に入っている。普段は音楽に興味を示さないカカシもこの曲だけは好きなようで、ベッドで愛を囁き合っている時にイルカと一緒に歌ったことがあった。
 想いが強ければ強いほど、恋は切なさを伴う。光と影のようにそれは切り離せない。イルカもカカシもそれをよく知っている。しかし二人は切なさを受け入れて愛を育んできた。
 風呂場の天井を見上げながらカカシのことを想い、イルカは歌うのを終えて湯船から出る。バスタオルで身体に付いた水滴を拭き取って、髪を乾かす。そしてもう少し横になって身体を休ませようと寝室に戻った。
 カカシの隣に静かに潜り込む。
 後ろから腕を回し、その胸に手を当てた。カカシの鼓動を感じながら、この人は一体どれだけの切なさを抱えて自分を愛してきたのだろうかと思う。
 カカシの恋は激しかった。とても。
 真っ直ぐにイルカだけを求め、自分だけを求めさせようと必死だった。その必死さが強引さとなり、かなりの無茶を要求されたこともある。本当にくだらないことで嫉妬され、その度に気を失うまで抱かれた。イルカが何を言おうが、どんなに気持ちを伝えようと試みようがカカシには届かない気がした。それでもイルカは辛抱強く待った。カカシが自分を信じてくれるまで待った。
 カカシの必死さの根底に、不安があることが分かっていたから。
 カカシは怖がっていた。イルカの気持ちが離れることを何よりも恐れていた。最初から間違っていた自覚があるから尚更だ。イルカがいつか自分に呆れて離れて行くのではないかと怯え、離れないよう束縛する。しかし束縛すればするほど不安は募る。当時のカカシは酷い悪循環の中にいた。
 どれほど怖かっただろう。どれほど不安だっただろう。どれほど切なかっただろう。
 カカシが抱いていた切なさを想像し、思わずぎゅっと抱きしめるとカカシが笑った気配がした。
「もしかして、起きてました?」
 小さく声を掛けると、カカシはわざとらしくグーと寝息をたてる。
「いつから起きてました?」
「もっとぎゅっと抱きしめて欲しーなー。むにゃむにゃ」
「いつから起きてたんです? 正直に答えてくれたらキスしたげますよ?」
「今起きたよ」
 すんなりと答えて身体を反転させ、カカシは嬉しそうに唇を差し出す。
 約束通りちゅっと音が鳴るようにキスをしてやり、イルカはカカシの首に腕を巻き付けた。すぐにカカシが足を絡める。
「こんばんは。カカシさん」
「こんばんは。イルカ」
 二人で鼻先を合わせてクスクスと笑い合い、飽くことなく何度も口付けをする。イルカはカカシの唇の感触がとても好きだった。カカシはそれを知っている。だから深く口付けることなく、柔らかく重ねるだけのキスを繰り返す。そしてしっかりと密着した互いの身体を、ゆっくりと撫でる。
 カカシの口付けが唇から頬に移り、首筋に落ちた。そこから鎖骨までを唇で触れて、今度は舌を出してじっとりと耳朶の下まで舐め上げていく。
 いつの間にか服の裾から入れた手が脇腹を辿り、乳首を優しく摘まんだ。
―んっ」
 小さく声を漏らし、イルカは目を閉じる。刺激を期待し固くなった乳首を弄られると甘い痺れが全身に広がる。首に吸い付かれるとくったりと力が抜ける。
 摘ままれた乳首を優しく潰され、それから指の腹で撫で回される。
「あ、駄目です! 駄目でした! そういや昨日から体術強化週間が始まったんです!」
 ふと思い出しカカシの手を掴んでそう叫ぶと、物凄く不服そうな溜息が聞こえた。
「もう手遅れ。俺ヤる気になちゃったもん。特に俺の言うことを聞かない下半身の一部が」
 その下半身の一部とやらは、先程からイルカの腰にガッツリと当たっている。
「手で出してあげますから。口でも良いです」
「じゃあ手で」
 イルカは請われるがままそこに手を入れ、包み込んでゆるゆると扱きだした。完全に勃起したカカシのペニスを擦りながら先程とは違う、深い口付けをする。
 唾液を交換するように舌を絡ませていると、ペニスの先端からぬめった液体が漏れた。滑りが良くなったそこから手を離し、カカシの服を脱がす。イルカも、と言われたので自分の服も脱ぎ、もう一度裸で抱き合う。
 何をどうすればカカシが悦ぶかイルカは知っている。だからイイところばかりを責め、カカシに尽くした。
 カカシは射精すると満足気に大きく息を吐き、イルカの鼻先にキスをした。カカシが満足するとイルカも嬉しい。だからイルカもお返しにカカシの鼻先にキスをした。
「イルカはどっちが良い? 手? 口?」
 訊ねながらカカシはイルカの手に付いた自分の精液を指で掬い、その指をイルカの後口に当てる。
「お、俺は良いですよ」
「良いわけないじゃない。して欲しいこと言って。イルカの言うようにしてあげる」
 ゆるゆると後口を指の腹で撫でられると、また力が抜けてくる。カカシが身体を起こし、イルカに覆いかぶさりながら全身に愛撫を始めるともう何も考えられなくなった。
 カカシがそこかしこを舐める。舌で舐め、時折歯を立てる。空いた手で執拗に乳首を責め、捏ね回す。イルカはその度に声を上げて身を捩る。
「どうして欲しいの? ほら、早く言いなさいよ」
 乳首を摘ままれクイと上に引き上げられると頭が真っ白になった。
「ああっ」
「まだ素直に言えないの?」
 カカシが笑って手を離す。そしてじんじんと痺れる乳首に一度ちゅっとキスをすると、そこから舌を出して脇腹を辿りそのままイルカのペニスを舐めた。
 後口に当てられた指はそこで円を描くようにゆるゆると動くだけで、中には入って来ない。硬く勃ち上がったイルカのペニスにも、そっと舐めるだけで決して口に含まない。先端から付け根、付け根から先端へと行ったり来たりするだけで、手で扱きもしないし口全体で刺激を与えることもしない。
 緩い快感に身体が溶けだすようだった。
「イルカの言う通りにしか動かないよ。何も言わないならずっとこのままだよ」
 カカシがそう言って笑う。
「や…いやです。もっとちゃんと」
「ちゃんと?」
「咥えて、下さい」
  言わねば本当にカカシはそれ以上しないことを身を持って知っているイルカが羞恥を堪えてお願いすると、よく言えましたと誉めるようにカカシはイルカのペニスの先端に唇を当てた。そして一度唇を閉じ、そこから歯を立てないようにゆっくりと、押し込む悦びを与えるようにイルカのペニスを口に含んでいく。
 しかしそれも括れの部分で止まり、口に咥え込んだまま括れの周りを酷くねっとりと舐めまわす。
 何度も何度も。
「ん、ん…もっと」
 イルカが腰を押し当てるように上げると刺激される場所も深くなる。腰を揺らしながらカカシの肩に両足を乗せてイルカがもっとと強請ると、撫でられていただけの後口に指の先が僅かに挿入された。
「ああっ。ちゃんと挿れて…カカシさん指ちゃんと挿れて!」
 背を反らせて甲高い声を上げるイルカに請われるまま、カカシは指を奥に挿れてイルカが悦ぶ場所をグイと押す。
―ッ!」
 声にならない悲鳴を上げ全身を震わせたイルカを見て、カカシは嬉しそうに目を細めてペニスから口を離した。指でイイところを擦り、中を掻き混ぜ、細かく揺すってやる。
「イルカは本当にこれ好きだよね」
 心底楽しそうにカカシがそう言う。それから熱くとろけてきた後口にもう一本指を増やす。
「や、カカシさん咥えて…舐めて」
「好きでしょ? 前と後ろ同時に弄られるの。すっごい好きでしょ? 答えないと止めるよ」
「止めたら駄目ッ!」
 駄々をこねるように叫んだイルカの声に、カカシはクスクスと笑いながらイルカの望むようにしてやった。


 もう朝が近い。
 腕の中で寝息を立てるイルカを愛しそうに見詰めながら、カカシはその黒い髪を撫でていた。
 ペニスを挿れることはしなかったが、たっぷりと楽しませてもらった。後ろも指で散々弄ったし、イルカの可愛い声も沢山聞けた。苛めてやればやるほどイルカは強請る。それが何より嬉しい。あれもこれもしろと言う。もっともっとと眉を寄せてカカシの愛撫を求める。身体を震わせ声を上げる。その全てが可愛い。
 全てを終えた後に少し仮眠しなさいよと声を掛けると、イルカは素直にその通りにした。トロンとした目でもぞもぞとカカシに擦り寄り、カカシの腕を持ってそれを伸ばして頭を置き、目を閉じたかと思えば寝息を立てていた。その一連の動作に、アンタ何でこんなに可愛いんだと思わず問い質したくなったくらいだ。
 イルカは可愛い。愛しい。
 こんな愛しいイルカに今日のことを知られなくて良かった。
 カカシは小さく息を吐いて目を閉じる。
 居酒屋でスープを口にした時、毒が混入されているとすぐに気付いた。毒見検分は忍であるなら必ず行う。何時如何なる場合でも必ず行う。カカシは勿論イルカもするし、カカシの部下であった子供達にもそれは徹底させていた。
 しかし、毒見検分でも気付かない種類の毒はある。忍も万能ではないし成分判別機のような舌は誰も持ち合わせてはいない。無味無臭の毒には気付かない場合もある。今日の毒はカカシだからこそ気付いたもので、イルカなら微妙だった。
 スープを注文したのはカカシだし、昨日一昨日のこともある。ターゲットは間違いなくカカシだろう。
 余計な心配をかけたくなかったので、カカシはイルカに気付かれないようにスープを処分した。幸いイルカはその時物思いに耽っていたので事はスムーズに運んだ。カカシはこっそり影分身を出し、スープを処分させて調理場に向かわせたが、そこでは何の手掛かりも得ることができなかった。念のために店の周囲も見させたが同じく何も見つけることはできなかった。
 スープが飲みたいと言っていたイルカにそれとなく酒を飲ませ続けて酔わせ、そのことを忘れさせた。帰る時も万が一戦闘になるとイルカを巻き込んでしまうので、イルカを抱え屋根を伝ってさっさと帰った。
「まさかホントに宣戦布告だったとはねぇ」
 愛しい恋人の温もりを感じながら、カカシは苦笑して呟いた。   

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