私は呆然としていました。
軽蔑なさるかもしれませんが、その時の私は忍でもなく教師でもありませんでした。冷静さを失い状況判断すらできない状態で、ただ呆然と立ち尽くしていたのです。それほど子供達の様子は異様であり、子供に頬を、ヨシノの頬を打たれたことは私に大きな衝撃を与えたのです。
目に映っていたものは覚えております。意識が空白になった分、私の脳は目から入る情報をしっかりと記録しておりましたので。何と言うか、その時の私はレンズ越しに映る光景をひたすら記録し続ける機械みたいなものだったのです。
木々の向こうに見える空はあまりにも美しい青でした。気持ち良さげに葉を広げた木々や茂みは太陽の光を受け、葉の上に乗せている前日の雨の痕跡を清々しく輝かせておりました。その空の青さ、森の緑は感動的ですらありました。
しかしその美しい世界に子供達が……私の知らない生き物と化した生徒達が混入しておりました。
ある子は痴呆症の老婆のように腰を屈め、うろうろと徘徊しておりました。ある子は穴を掘り、またある子はヨシノのように両手両足を地面に突き、泥水を舐めるようにして身を屈めておりました。へたり込んで泥を掬っている子もいれば、怒っているかのように藪を掻き分けている子もおりました。
ただどの子も無言でした。声を発する器官など元から備わっていないかのように無言でした。
そして、どの子も恐ろしいほど真剣でした。子供達の邪魔をすればまた殴られるだろうと安易に予測できるほど真剣で、手の付けようがないほど必死でした。
私は子供達の気迫に圧倒され、ただそこに立ち竦んでいたのです。
美しい森の中で、無言の子供達が私の理解できないことを死に物狂いで行っている。
それはまるで、悪い夢のようでした。
――その時の森の様子に変わったことはありませんでした? 例えば音など。
不思議と小鳥達の声が止んでおりました。
あの日は風もありませんでしたから、森はとても静かでした。時折顔を出していた小動物の姿も見当たらず、そこにあった音は全て子供達が動く音と、私の呼吸音のみです。
――何か匂いなどは?
ありません。一切ありません。
呆然としている私の元に葉ノ紀先生がやって来て、私はそこで漸く自分を取り戻しました。教師としての自分、忍としての自分をです。
すぐさま周囲の確認を致しましたが、そこには雨上がりの森の匂いがあっただけです。
――間違いありませんね?
はい、間違いありません。
瞬身を使い私の左隣に舞い降りた葉ノ紀先生はまず、私の肩に手を置いてチャクラを流して来ました。私はそこで我に返り、それと同時に葉ノ紀先生の意図を読み取りました。葉ノ紀先生は子供達の状態を敵の忍術だと判断し、私と合流した。そこで茫然自失となっている私を見つけ、幻術にでも掛かっているのだとお思いになりチャクラを流してきたのでしょう。ですから私はすぐに「大丈夫です。幻術には掛かっておりません」と申しました。
そして二人ですぐさま状況確認をしたのです。
視界に映るもので何か気になるものはないか、音はどうか、匂いはどうか、二人で確認し合いました。子供達の身体に触れてチャクラの流れも見ました。妙な結界が張られていないかの確認も致しました。
私の思考は本来の動きを取り戻し、全てを綿密に、そして敏速に確かめていきました。
葉ノ紀先生は私よりも早く自分がすべきことを判断し私と合流したお人です。階級は中忍ですが非常に優れたくノ一です。そして私もその時には冷静さを取り戻しておりました。その二人で結論付けたのです。子供達以外、どこにも問題はないと。
しかしどっちにしろ私達の手に余る状況でした。
私はその状況を作っているものが敵忍でないと判断した後、すぐさま緊急の式を作り火影様に向けて飛ばしたのです。
――医療班、特別上忍及び暗部、そして火影様が現場に到着するまでのことを話してください。
状況確認をした時に生徒達の数を数えておりましたが、数人足りませんでしたので私はその子達を探しに行きました。その途中でケイ先生を発見し、火影様に緊急の式を飛ばしたことを報告しました。最初、いささかケイ先生は取り乱しているようでしたが、それでもすぐに冷静さを取り戻してくれました。
残りの生徒達は私が発見しました。イシノ薬草園から少し外れている場所で、やはり何かを懸命に探す動作をしておりましたね。私は緊急用の口笛でケイ先生をそこに呼び、二人でその子達を運びました。その子達は離れすぎておりましたので、とりあえず目の届く場所にと思ったのです。
生徒達は自分達の行動を邪魔され、酷く怒っておりました。ムっと顔を顰めるだけの子もおりましたが、本気で暴れる子もおりました。私は猛獣のように暴れる生徒をワイヤーで縛り、右に一人、左に一人抱えてイシノ薬草園の中心地まで戻りました。ケイ先生も子供を抱え、一緒に戻りました。
葉ノ紀先生とも合流すると、我々は一度生徒達の様子を詳しく調べました。私はそのワイヤーで縛った生徒を、コチと呼ばれている子ですがその子を調べ、葉ノ紀先生もケイ先生もその辺の子供を捕まえて瞳孔や体温を調べておりました。(注: カワラ コチ 参照資料D-786-A-4586
しかし、どの生徒も体調には何の問題もありませんでした。体温は平熱、脈拍も正常、いや、私が調べた生徒は暴れましたから体温も脈拍も少し上がっておりましたが、異常と呼べるものではありません。顔もしっかりしておりまして、術に掛かっている時の、あの特有の少しぼんやりした様子は見受けられませんでした。生徒達からは汗の匂いがしただけで、何かを飲んだり食べたりしているようでもありません。念の為に私はその、ワイヤーで縛った生徒の、つまりコチの口の中に指を突っ込み胃の中のものを吐かせましたが、昼に食べた弁当が出てきただけで怪しいものはありません。
瞳孔にも変わった様子は見受けられませんでした。生徒達はみなどこか遠くを見ているわけではなく、しっかりとものを目に映しておりました。ただ、思考や意識のみがどこか我々とは違う、別の世界にあるようでした。
上手く説明するこはできないのですが。
例えるなら、そうですね。
私達は目に映したものを、そのまま電気信号で脳に送っております。直接脳に映像が送られ、そこからまた直接思考回路に電気信号が流れるわけなのです。ですかその時の生徒達は目に映したものを直接脳に送るのではなく、そこから電波でどこか遠くに運び、その遠いどこかで思考しているような感じです。
一体化していないんです。直結していないんです。本体が、身体の中にいないんです。
私は以前一度だけ、暗部の方と任務を遂行したことがあります。その時に同行した暗部の方でお一人、少し変わった術を使う方がおられました。偵察に蜻蛉を使う方です。その方は口寄せで蜻蛉を呼ぶと、その蜻蛉を偵察に出します。そして蜻蛉が目にする映像をリアルタイムでその暗部の方は見ることができる、そんな珍しくも優秀な術の遣い手だったのですが、それと同じなんです。
生徒達の本体は、どこか私の知らない場所にいるのです。見たことも聞いたことも、勿論行ったこともない場所にいるのです。
断っておきますが、生徒達が人形のようだったとか、操られているようだったわけではないのです。本当に上手く説明できなくて恐縮なのですが、そういったものではないのです。子供達の、【核の部分だけ】がそこになかったと言えば良いのでしょうか。感情はそこにあるのです。ですが、とても重要な部分が、どこか遠い場所にあるような感じです。
私は生徒達の瞳孔を観察し、そんな印象を受けました。そして冷静に見ても生徒達の目は、意志の疎通が一切できない未知の生物のようでした。
それから、その時の生徒達の表情ですが、苦しみの表情は一切ありませんでした。ただとても真剣で、激しい焦燥感のようなものは浮かんでおりました。我々教師が生徒達の行動を邪魔すると、そこに嫌悪感と怒りが現れる。そんな感じです。
一旦生徒達を一ヶ所に集めましょうか、と葉ノ紀先生がおっしゃいました。敵忍の仕業ではない様子でしたが、生徒達は我々の理解できない状態で散らばっているのです。ですが無暗に彼等に触れ、刺激して良いものかどうか私には分かりませんでした。
私は迷いました。ワイヤーで縛ったコチはずっと暴れておりました。声を上げず、ケモノのように息を乱れさせて必死でもがいておりました。その様子は、何と言うか、憐れだったくらいです。見ていられないほど痛々しかったくらいです。一ヶ所に集めようとすればコチのように暴れる子もでてくるでしょう。
それでも散らばっているよりはマシだとは思いました。イシノ薬草園はそこそこ広いですから、生徒のほとんどは私達の目に届かない場所にいるのです。私はコチに手刀を当てて気絶させ、少しコチの様子を見て何も起こらないことを確認すると決意を固め、ケイ先生と葉ノ紀先生に生徒達を一ヶ所にまとめましょうと言いました。暴れる者がいたら気絶させて運びましょうと。刺激することにより状況が悪化するリスクはありましたが、目の届かない場所で何か起こるよりマシだという判断です。
そうして手分けをして生徒達を一ヶ所に集めるために我々三人が散らばってから、生徒達の様子に変化が起こったのです。
その時私はイシノ薬草園の北側におりました。つまり結界が張ってあった方です。危険があるとそこからですから、私はまずそこに行ったわけです。
一番離れている子達から回収しようと思いました。葉ノ紀先生が現れ私の元に現れ二人で状況確認をした時も、私はまず最初にそこを見ましたから、その方面に関してはどの生徒がどこにいるのか分かっておりました。北の結界札の近くに三人の女生徒がいることも分かっていたのです。ですから、まずその子達を回収しようと思ったのです。
私がその女生徒三人組みの元に降り立った時には、もう生徒達の様子には既に変化が現れておりました。
三人は大きな木の根元に座り込み、肩を震わせて泣いていたのです。
呻くような声を上げながら。
その状況が始まって、初めて私は生徒達の声を耳にしました。
――その三人を回収しに行く途中で、貴方は他の生徒を見かけなかったのですか?
見かけました。ですが私は急いでおりましたので、一人一人の状態を細かくチェックしていたわけではありません。視界に入る生徒達の頭数を数えるのみでした。
途中で見かけた生徒達はみな、やはり下を向いて何かを探している動作をしておりましたから顔は見えませんでした。泣いているかどうか分かりません。
ですから私は、いつどのように生徒達に変化が現れたのかハッキリと分からないのです。
――なるほど。
. 私は三人に声を掛けました。生徒達の意識が少なくとも先程よりは正常に戻っているのかもしれないと期待をして。
何があったんだと私は訊ねました。脅えさせないようにできるだけ優しく問いかけたと思います。
すると三人の女生徒達は、手をこう、ぎゅっと握り締めて怒りをそこにぶつけるように大地を叩きながら、「見つからない!」と叫びました。どうしても見つからないと。
どうしたら良いか分からない。どこにあるのか分からない。誰かが落としてしまった。大事なのに失くしてしまった。見つからない。どうしよう、どうしよう。
その子達は口ぐちにそんなことを言いながら泣くのです。ポロポロと大粒の涙を流すのです。この世の終わりみたいな顔をして泣くのです。
私は会話を試みました。とにかく落ち着いて、先生に何があったのか話してみなさいと。誰が何を落としたのか、一体みんな何を探しているのかと、色々訊ねました。しかしその子達はただ、ずっと「見つからない」「どうしよう」「大切なものなのに」と、そんなことばかり口にして会話になりません。
そのうち三人とも興奮が高まり、小さな子供のように、幼児のように声を上げて泣き始めました。「なくなっちゃった」と、顔をぐしゃぐしゃにして。
そして三人はパタリと倒れ込み昏睡したのです。
三人同時にです。フツリと糸が切れたように、そこに倒れたのです。私の目の前で、突然。
私は驚きました。何故かずっと声を発することがなかった生徒達が急に喋り出し、そして倒れたのです。我々の刺激により状況が悪化したのか、それとも他に何らかの理由があったのかは分かりませんが、ともかく目の前の生徒達は倒れたのです。
私は急いで倒れた三人を順に抱き起こしました。大きな声で名を呼び、頬を叩きました。体温と脈拍を診て瞳孔を調べ、チャクラの状態を確認しました。しかし意識がない他に、その三人に不審な点は見当たらなかったのです。
森は再び静寂に包まれました。私はその子達を地面に横たえて立ち上がり、その子達から最も近い生徒を探しました。そしてそこでも倒れた生徒を見つけました。北の外れの三人を確保する途中で見かけた生徒達の場所は頭の中に叩き込んでありましたので、全て見て回りました。そして、全員が倒れているのを知りました。
我々教師が分からないところで何かがあり、子供達が一斉に何かを探し始めた。そして一斉に昏睡を始めた。
我々教師の分からないところで、我々教師の分からないことが、確実に起こっていた。
私は問題の真相へは一切近付けず、ずっとかやの外にいただけです。
木漏れ日が美しかったことを覚えております。とても静かだったことも。
頬がむず痒くてそこに手をやると、乾いた泥が付着しておりました。ヨシノに打たれた時に付いたのでしょう。
子供達が倒れている深い木ノ葉の森の中で、私はぼんやりと空を見上げました。いいえ、私は冷静でしたよ。私は取り乱したり呆然としていたわけではありませんでしたよ。ただ分かったのです。そこかしこで死んだように倒れている子供達を見て、そこでやっと理解したのです。
私にできることは何もないと。
暗部がやって来ると、私は簡潔に状況の説明を行いました。暗部の方はこの途方もない話に慌てたり驚いたりせず、直ちに周囲の警戒を行い解除印を結んでおられました。敵忍の術だと思ったのでしょうね。そうお思いになるのも当然です。
その後医療班が到着し、特別上忍が到着し、そして火影様が来られました。
――子供達は翌日全員覚醒したわけですが、その後何か変化はありましたか?
いいえ、全くありません。少なくとも私が見た限りはありません。
三日後にアカデミーにやって来た生徒達は、まぁ、いささか興奮はしておりましたね。気付けば病院、記憶は途切れている、何故か色々検査を受けされられ、更に大人達からも質問責めにされたでしょうから。
しかしすぐに元に戻りましたよ。生徒達は元気に校庭を走り回り、授業を受け、よく食べよく笑っておりました。自分達の身に何が起こったのか誰も気付かず、誰も問題にせず、何事もなかったかのように日常へと戻ったのです。あれほど必死で何かを探し、「見つからない」と泣きじゃくっていたのに。
むしろ我々教師達の方が、その件に関しての動揺を引き摺っていると思います。私、ケイ先生、葉ノ紀先生、そしてあの場にいなかったイルカ先生も。それは当然と言えば当然なのでしょうが。
それから、私はヨシノにあの日のことを訊ねてみたことがあるんです。ヨシノが一緒にお弁当食べようと声を掛けてくれたものですから、その時に。
アカデミーが再開された日です。はい、あの日の三日後です。
あの日と同じくらい天気が良かったので、私達は弁当を持って屋外に出ました。ヨシノは私の手を引いて、アカデミーの周囲には五月のお昼にお弁当を広げるにはうってつけの場所が沢山あるんだよ、と言いましてね。教えてくれたのですよ。中庭にある楠の下のベンチや、裏庭にあるツツジの横の芝生、それから、火影屋敷側の桜の木の下なんかを。ここも良い場所だよ、ここも気持ち良いよ、ここは静かで落ち着くんだ、なんて言いながらヨシノは私に色々教えてくれまして、そうやってアカデミーの周辺を一周してから私達はツツジの横の芝生を選び、そこでお弁当を広げたんです。
私達はそこで穏やかな時間を楽しみました。お互いのおにぎりを交換しましたし、おかずの交換も致しました。ヨシノは優しくて、気の利く子です。そしてなかなか賢い子です。ヨシノは生徒達から敬遠されがちな私のことを想い、今度は私のお友達も誘うから、みんなでお昼ご飯を食べようと言ってくれました。ヨシノは、ヨシノは本当に、そういう優しい子なんです。
それで、二人で弁当を食べて腹も膨れて、水筒のお茶を飲みながら蜂が飛び回る様子を眺めていた時、つまり食後の最もリラックスしている時に私はあの日のことを訊ねました。
薬草摘みの授業の日のことを、覚えているか?と。
他の方々から散々同じことを訊かれただろうから流石にうんざりしているかもしれないと思いましたが、ヨシノは嫌な表情を浮かべることなくただ首を振りました。昼食後に班の子達と一緒にハズナ草を採っていたところまでは覚えているそうですが、それ以降は全く記憶がないと。
私はこの件の担当特別上忍から既に子供達の記憶がごっそり消えていることを聞かされておりましたから、ああ、やっぱりそうかと思っただけでした。ヨシノも他の子と同様、気付いたら病院のベッドの上だったと言っておりまし、イシノ薬草園で何か特殊なものを見たり嗅いだりはしていなかったようです。体調も悪くないと言っておりました。
一体何があったの?と、訊ねられました。よく分からないんだと、私は答えました。それ以外に言いようがありませんでしたから。
ヨシノは不思議そうに首を傾げて、空を眺めておりました。
そして、病院で目覚めた後で沢山の大人に似たような質問を繰り返されたことを私に報告しました。身体の隅々まで調べられて、それからイシノ薬草園に連れていかれて当日のことを根ほり葉ほり訊ねられたのだと。知らない大人や上忍達に囲まれ、少し怖かったと申しておりました。ですから、大人達はみな子供達のことが心配でたまらなかったのだ。心配だったから、色々と細かく教えて欲しかっただけなんだよと私は言いました。
私達はそれから、手を繋いで歌を歌いました。芝生の家に寝転んで、木ノ葉の歌を歌いました。空には白い雲がふたつばかり浮かんでおりまして、気持ちの良い風が吹いておりました。
「ねぇシダレ先生。あそこで、誰か、何か失くしたの?」
歌い終わった時、ぽつりとヨシノがそう訊ねました。どうして?と言うと、大人達にそんなようなことを問われたのだと言いました。何か失くしてないか、とか、誰か何か落とした記憶はないか、とか。
私はヨシノの手を握り、ただ「分からないんだ」と答えました。子供達があの時、何かを探していたのは確かなんです。私はそれをこの目で見ましたし、子供達が「見つからない」と焦ったように呟いたのも耳にしております。ですが、私には何も分からないのです。本当に誰かが何かを落としたのかさえ。
ヨシノは私の手に小さな指を絡め、私と同じようにぼんやりと空を眺めておりました。校舎からは生徒達の笑い声が聞こえ、蜂が私達の周りを飛んで蜜を集めておりました。
「私は、上忍の人達にイシノ薬草園に連れて行かれて色々訊かれても、ちゃんと答えたよ。自分の覚えてること、ちゃんと全部言ったの。でもね、何か落としてしまったものや、失くしちゃったものはない?って訊かれた時、どうしてか分からないんだけど、言葉が出てこなかったの。持ち物は鞄の中に全部入ってたし、それは自分で確認してた。だから、ないですって言えば済む話だったのに、何でか分かんないんだけど、とにかく言葉が出てこなかったの。それから、急に胸が苦しくなった。ぎゅーってなったの。自分が泣いちゃうんじゃないかなって思うくらい、胸が苦しくなったの。それからね、ちょっとだけ怖くなった」
ヨシノはそう語ると、私の目を見て困ったように笑いました。
それだけです。
あの件の残骸のようなものを見たのは、それだけです。
――では最後に、この件に関するシダレ上忍の所感を述べていただけますか?
アカデミー担当主任として、自分の行動はあまりにも不甲斐ないものであったと思っております。もっと早く式を飛ばすべきだったでしょうし、そもそもその状況が始まった時に我を失ったことは情けないにもほどがあると自責の念は絶えません。
しかし正直に申し上げますと、あの状況で私にできることは何もなかったのだとも思っております。
私が何をしようと、あの時既に歯車は回ってしまったのです。
印を最後まで結んでしまえばもう術は発動するしかないように、あの時何かのきっかけで始まってしまったソレは、誰にも止めることはできなかったのです。
子供達に何が起こったのか分かりませんし、想像することもできません。
全ては我々の知らないところで発生し、我々の知らないところで終わってしまったのです。
我々とは無関係なところで全ては行われたのです。
見ることも、聞くことも、触れることもできないどこか遠くで。
恐らく、我々はこの件を忘れることもできず、ずっと心のどこかに引っ掛かりを覚えたまま生きていくことになるでしょう。全ては謎のままで、我々は自分を納得させるものをただのひとつも持つことができないのですから。
ああ、まだ調査は続いているのですよね。でも、結局何も分からないと思いますよ。あの深く静かな森の中で私にできることなど何ひとつ無かったのと同じように、他の方も、仮令それが誰であろうと、火影様ですら、結局何ひとつできることなどないのだし理解できることもないのです。
これは確信です。
私達に分かることなど、何もありません。
あれはそういった種類のものなのです。